汗
夏はカエルの声が聞けるが、冬は寂しい。そんな田舎の夜に一人出かける男がいる。
男は車に乗り込み、国道を経由して走らせ、いつも通り町外れの工場へ来た。
「おはよう」
夜にもかかわらず、そう声をかけた別の男がいる。それに対して当たり前のように男は「おはよう」と返す。そして、男は工場に入った。
作業着姿に着替えた男は、工場の生産設備に立ち、黙々と仕事を始めた。工場と言っても、男が任されている部署は複雑な工程があり、ライン工とはやや違う。臨機応変に動く必要がある。それを熟練の手つきでこなしていく姿は見事だった。
男が行っている作業はゴムの生地に加硫促進剤と言われる薬品類と硫黄を混ぜ、熱を加えて加工する前段階の状態を作ることだ。使う設備はロールと言われる、大きな金属製の円筒二本が並列にならんだもので、使いこなすには熟練が要る。巻き込まれれば、当然、指や腕が潰れる。
男の仕事が終わったのは、翌日の日が昇ってしばらく経った朝だった。勤めが終わった男は着替え、家路につこうとする途中、「おはよう」と日勤工に挨拶をして帰る。
自宅に戻った男は、風呂を使ったあと、食事をしっかり取り、床について休息を取った。
休暇の日、男は母親が入っている老人ホームを訪れた。
男の母親は足が弱り、不自由になっていて、ホーム内を移動するときも、車いすの使用が必要になる。
「母さんどうだい?」
母親に優しい口調でそう言った男は、喜ぶ母の様子を見つつ、車いすの手すりの部分をそれとなくチェックした。そこには、男が勤める工場で作っている製品が使われている。ややカラフルな、スポンジゴムの手すりカバーだ。それのチェックをしっかりやった後、母親としばらく時を過ごし、男は家に帰った。
休暇を終えた男はまた、夜の工場に向かう。それは、自分の生活のためだけではない。工場の稼働効率を守るため、作った製品を必要とする人たちのために、夜、汗を流すのだ。