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2日目:花言葉は初恋

小さい頃の淡い初恋の思い出。

幼い頃−だいたい小学三、四年の時−人生初の心霊体験をした。その話をしようと思う。


夏休みに母方の実家に帰省したときのことだ。


そこは山に囲まれ、周囲には家はほとんどなく、水田がどこまでも続く、そんな絵に描いたような田舎だった。他の従兄弟たちは何もない、と家の中で持参した本やらゲームやらで時間を潰していたが、当時の私にはその行為が信じられなかった。森や川−いや、一歩外に出ただけで都会で見るいつもの景色と真逆のそれに、どうして興味を覚えずにいられるのだろう、と。まぁ、ガキだったからこそそう思うだけで、中高生にまで年の離れた従兄弟たちがそう思うかと言えば、ノーだ。だから、当時の私は一人で遊ぶしかなかった。


それでも、遊ぶものはたくさんあった。それこそ目に入るもの全てに興味を惹かれる。いくら毎年着ているからといって、全て遊び尽くせるはずがなく、どこから手を出せばいいかわからない程だった。


その年は山へ行った。祖父が新しく虫捕り網を買ってくれていたからだ。前の年に川で使って壊してしまったから、その事が嬉しくて朝から外へ飛び出した。昼には戻ってこいよ、と祖父の大きな声に負けないよう、大声で返事をした。


山の中は蝉の鳴き声で満たされていた。それ以外の音が聞こえない位だ。その音を追いかけながら、見つけた虫を片っ端から捕まえに行った。蝉がいたこともあれば、全然違う虫もいた。何しろ何処を向いても蝉の鳴き声しか聞こえないのだ、まともにはわからない。ただ勘で走り回ってた。


どれだけ遊んだかはわからないが、山の中を駆け回っていると、少し開けた所にでた。比較的平で、木や竹が生えていない、不思議な場所だった。落ち葉ばかりが広がるそこの中心には、たった一つだけ、墓標があった。


周りからういているそれをガキが興味を持たないはずがない。俺は一目散に中心の墓標に向かった。


『だぁれ?』


墓標に後数歩と近づいた時、足が止まった。その墓標の方から声がしたからだ。突然の事に心が跳ねたものの、恐る恐る近づくと墓標の後ろには小さな女の子が座っていた。紫に白い小さな花の入った着物を着て、肌の白い少女。


「俺はそうた。あんたは?」


着物なんて都会ならなんでもない日に着物など、すごく珍しく思うが、ここならそうでもなかった。珍しいが着ている子に会った事があるからだ。零ではないのだし、気にしなかった。


『瑠璃。』


小さく、おっとりとした口調で話す。手は前に重ねてそえている。そんな様子を見て、好意を覚えたのは否定しない。


「一緒に遊ぼ!」


だから、この言葉も当然だった。


『うん。』


口元を緩ませ、その娘は小さく頷いた。


それまでは急な坂も気にせず登っていたが、着物を着た華奢な少女にそんな事ができるとは思えなかった。だから、できるだけ平坦な道を歩いた。ときどき、その娘がふらつきそうになったら手を貸してやった。小さく白い手は少し冷たかった。


虫は捕まえてはいたものの、既にかなりの数を捕まえていたため、話をする方が多かった。ほとんど俺の都会話。凄く珍しいようで、いろいろ尋ねてきた。それに答えるのが楽しくて、いつしか虫を捕まえるのを止めていた。


平坦な道を選んでいたからか、いつしか山を抜け、少し先に川が見えた。去年網を壊した川だ。


「瑠璃?」


何も言わずに瑠璃が走り出した。どうしてなのかわからず、仕方なく後を追った。川に入っても変わらず、どんどん中へ入っていく。川の中央まで着てやっと止まった。少し荒げた息を整えながら、近づいていく。


「一体どうしたん−」


″オ前モ″


「え−」


急に視界が沈んだ。何が起こったのかわからない。体が思うように動かない。息が出来ない。これは水?溺れてる!それだけの思考が一瞬で行われた。なんとかしないと、と体を死に物狂いで動かした。おかげで、一度水面から顔が出せたものの、すぐに沈んでしまった。泳ぎには自信があった。だが、顔を出す二度目はなかった。足が動かない。いや、引きずり込まれているようにすら感じた。浮き上がる事もできず、息は程なくしてきれ、私は意識を失った。


前の年に川で遊んでいたときは祖父に川の中央から向こうには近づくな、と言われていたんだが、そんなことは忘れてしまっていた。急に深くなっており、子どもの私なんて頭も出ないほど深くなっており、場所によっては、大人でも肩まで来るようなところもあるらしい。溺れて死んだ人間も少なくはないそうだ。


気がついた時、私は病室のベッドで眠っていた。意識が戻ったのに気づいた母が私に抱き着いて泣いていた。父や祖父、皆が集まってきた。私が目を醒ましたのは、その日の夜だった。それから一部始終を話した。瑠璃と言う名を出した時、祖父の顔が強張った。


『そんな者はおらん。嘘をつくな。』


いつもは温厚で、私の話をよく聞いてくれた祖父のそんな態度に、皆も固まり、結局、話は途絶えてしまった。


それから祖父とはまともに話す事はなくなった。私が避けるようになったのだ。それでも毎年祖父の家には行っている。花を持って。あの、山の墓標に、瑠璃に。あれ以来見ることはないが、彼女はここにいる。毎年、彼女の名の入った石を磨き、花を添える。祖父がなんと言っても止めるつもりはない。意識のない中で響いたあの言葉、そして、今も残る手首のこの痣が瑠璃のものだと分かるから。


−ごめんなさい−


あの時、好きだと言った、あの花を添えている。


これが、私の体験です。

いかがだったでしょうか。

今回の霊は瑠璃という名の正体のわからない少女と、主人公を引きずりこんだ者たちでした。川のところに出たときに、瑠璃は怨念を抱いた彼らに操られ、川にまで連れて行ってしまい、自らを取り戻した彼女の手で、主人公は助けられた、という形です。瑠璃については、また別の話で書くことになるかもしれません。

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