1日目:夏の思い出
夏のお祭り。夏の楽しい思い出の一つになる、そんなある日の出来事。
真夏の蒸し暑いある日、夜でもその暑さは続くものの、お祭りの日はその中でも特別で少しは暑さを忘れられる。
まさに今日がその日である。近くの神社で行われている小さなお祭り。私はつい先週着付けた新しい藍色の浴衣を身に纏い、彼との最初の夏の思い出を作りに出かけた。
神社の下の階段の所に彼は先に立っていた。私に気づくといつものはにかんだ笑顔で手を振ってくれる。近くまで行くと少し照れ臭そうに言ってくれた。
『とても…素敵だよ。』
その顔と言葉だけでも、私は十分な程の思い出ができた。
露店を一通り回り、祭を楽しんだ。賑やかな露店沿いから離れて、人気のない近くの池の側にやってきた。賑やかな声は小さくなり、私たちだけになる。鼓動が早くなるのを感じた。
『ちょっと待ってて。な、何か飲み物を買ってくるよ。』
彼もそう感じたらしく、私が止めようとする前に行ってしまった。せっかくいい雰囲気だったのに…。そんな風に思いながらも、その奥手なところも好きだったりする。
少し待っていると後ろからペタペタと足音が聞こえる。サンダルの音。彼はそんなものではなかったはず。一体誰かと振り返えった。
そこには少女が立っていた。小学生くらいの幼い女の子。桃色の浴衣を着て、手には金魚が入っているようなナイロン袋を持っている。
「どうかしたの?」
一人だけで、今にも泣き出しそうな目でこちらを見ている。安心させようと、できるだけの笑顔を見せた。
『お母さんが、いないの…。』
迷子になっちゃったのね。彼はまだ戻ってきていないけど、すぐに戻ればいいわよね。
「なら、お姉ちゃんと一緒に探そうっか。」
『うん!』
さっきまでの暗い顔が嘘のように明るくなった。私も自然と笑みがこぼれた。
祭に来て迷ったのだから、神社の方に行けばきっと会えるだろう。女の子と手を繋いでゆっくり歩いていった。
『あっ!お母さんだ!』
神社まで戻るとすぐに親御さんが見つかった。向こうはまだこっちに気がついていないみたいだ。
『ありがとう、お姉ちゃん!』
女の子はペタペタと音をたてながら駆けて行った。彼が待ってるかもしれない。そろそろ戻ろう。
『どこに行ってたの?心配したわよ。でも、良かったわ。』
『あのねぇ、お姉ちゃんに連れてってもらったの。』
『どこにいるの?』
『あれ…?どっか行っちゃった。えーと、赤いチョウチョさんのユカタきてたんだぁ。』
『なら、また会ったお礼言おうね。』
『うん。』
その夜、池周辺で女性の遺体が見つかった。共に祭に出かけていた恋人が発見、通報した。女性は腹部を鋭利な刃物で刺されており、藍色の着物には血が広がっていた。警察は財布の入っていたバックがなくなっていたことから、物取りの線で捜査を行っている。
-終-
いかがでしたか?
今回の霊は自分が襲われ、殺されたことに気づいておらず、楽しい思い出の中に身を置き続けています。
蝶の模様は言うまでもないと思いますが、殺された彼女の血です。その後の彼女の霊がどうなったかはまた別のお話に…ないかもしれません。