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エンディング専門の人気作家  作者: 桜楽
第二章 羊人族の町
9/12

制限解除の鍵

「ぅわぁ、朝から消耗(しょうもう)してんなぁ。オリビエイトかけてやろうか?」

 シャーフの町に朝日が(のぼ)って間も無く。コールで叩き起こし呼び出したアルが、待ち合わせに指定した庭のベンチに腰掛ける僕と目が合うなり、心配そうな顔で言う。

 昨日は何時(いつ)まで飲んでいたのか、途中で抜け出してしまったから知り(およ)ぶところでは無いけれど。アルはどうやら酒にも滅法(めっぽう)強いらしく、いつもと変わらぬ矢鱈(やたら)と元気な姿が、朝日よりも(まぶ)しく思えて目を細める。

「まぁ、二日酔(ふつかよ)いではないから平気、かな。寝起き早々(そうそう)エトバスの相手をして、ちょっと疲れたくらいで。」

「エトバス…って。あぁ、あの?」

 名前だけではピンと来ないようだったが、昨日のやり取りを思い出し(さっ)しがついたのだろう。苦笑(くしょう)し肩に手を置くと、お疲れ様と言い(ねぎら)ってくれた。


「ふぅ…、とりあえず座って。本当は無理の無いペースで色々とやってくつもりだったけど、早急(そうきゅう)対処(たいしょ)しなきゃならない問題が発生してね。沢山の人の生命(いのち)に関わることだから、こっからの話は真剣に聴いて欲しい。」

「…わかった。」

 ベンチの空いた右側に座り、半身(はんみ)になって聴く姿勢をとる。

 早朝からヘビーな話題ではあるが、のんびり構えている時間の余裕は無く、まずアルの全面的な協力を()られないことにはどうにもならない。

 十日後、羊人族(ようじんぞく)への報復(ほうふく)を目的とした翼龍(よくりゅう)()れによる襲撃(しゅうげき)があること。

 その襲撃(しゅうげき)により自警団員(じけいだんいん)から十二名の死者が出る上、他の住人にも被害が(およ)ぶ可能性があること。

 被害者となる者達の寿命(じゅみょう)を延長すべく“終末の物語(エンディング)“の書き換えを行いたいが、襲撃(しゅうげき)への対策が万全(ばんぜん)でないため制限がかかってしまっていること。

 寿命(じゅみょう)の書き換えに()いて消費する大量の魔力(MP)の補充をアルに頼りたいという(むね)を、(あせ)る気持ちから少しばかり早口で伝えた。


 魔力(MP)の補充については()ぐに了承してくれ、もしそれでも足りなければ魔法で生力(HP)を回復しつつ魔力(MP)に変換し譲渡(じょうと)する方法はどうかとの提案だ。

 ただそれだと効率を考え、回復魔法を繰り返し使える第三者の協力も必要となるわけで。同時進行ともなれば勇者の力を目の前で(さら)すことになってしまうから、安易(あんい)な人選は今後へのリスクとなる。魔籠石(まろうせき)(かい)せばその点はクリアできるが、今手元(てもと)に無い物を頼りにしたって仕方ない。

 やはり対象の人数を把握(はあく)してから、手段を選ぶべきか。

一先(ひとま)ず、教会の記録で被害者の人数を確認しよう。その後はベルデさんのところでも確かめたいことがあるんだ。あと、自警団(じけいだん)の人達とも話して、それから…。僕の考えだけであちこち引っ張り回して悪いけど…」

「仲間なんだから気にすること無いって。それに、救いたいって気持ちは同じだろ?」

 アルの言う通り僕らの思いは同じ。互いに助け合うと決めた仲間同士であれば余計(よけい)に、気を(つか)う必要など無いのだろう。

 けれど、(あし)の向こう側に(のぞ)く右手、握り締めた(こぶし)が小さく震えているのに気付いてしまった。勇者の資格を()るまで鍛えても(なお)、全てを守り切れない。一人では変えようも無い現実。アルは己の力不足が、どうしようもなく悔しくて(たま)らないのだ。

 そして……

 一瞬だけ見せた、どこか悲しげな表情。

「アル……?」

 もしかすると、アルは過去にも似た経験をしているのかも知れない。力不足を痛感(つうかん)するような、彼にとってのトラウマ。

 何があったのかなんて今は聞くべきじゃないし、大事なのは過去では無くこれからのこと。勇者にも足りないものが()ると言うのなら、僕があらゆる手を使いそれを(おぎな)えばいいだけの話だ。

 何も正攻法(せいこうほう)である必要は無いんだもんな…



 教会への道すがら、僕の肩に腕を回し眉根(まゆね)を上げて顔を覗き込むと、ニヤリと口角(こうかく)を上げる。

「なぁ、教会の他にも向かう先を決めてるってことは、もう何か考えがあるんだろ?結界(けっかい)を使わずにつったって、俺じゃ他にいい案も浮かばないしさ〜。今回は全面的に頼らせてもらうな♪」

 頼る…か。言い回しは丸投げにも聞こえるけど、僕を信じて(さく)(したが)うって意味だ。

 途端(とたん)()き起こる安堵感(あんどかん)。この瞬間、今後の行動に()いてアルが僕の選択に沿()うことが確定し、全員生存ルートの確率が高まったのがわかる。この感覚を言葉で説明するのは難しいけど。何だろう…

 ミッション達成率の予測精度(よそくせいど)が、前よりも上がった…?

 ただ不確定要素(ふかくていようそ)を残しているからか、あと少し確信(一〇〇%)に届いてはいない。

「僕の経験不足でまだ(いく)つか不安は残るけど。このまま思い通りに進められるとして、あとは頑張ればどうにかなる…かな。」

「あー、頑張るのかぁ。まぁたカルムが無理するやつだ。」

 己を酷使(こくし)するなと言われても。(ほとん)ど寝ずに考えて浮かんだ(いく)つかの策の中、一番効率的(こうりつてき)()つ成功率の高いものでこれだったのだから避けられない。だが今回はアルも道連(みちづ)れと決めている。

「言っとくけど、今回無理をするのは僕だけじゃなくアルもだからね。」

 僕の言葉に、当然と言わんばかりの笑顔で返してくれた。


 現状の成功率がどうであれ、最早(もはや)気分は完全に前向きだ。

 だいたい、勇者と救世主が互いの信頼のもと協力し全力で挑むのに、何とかならないはずが無い。

 相手が魔物の()れだろうが、(あらが)(がた)い運命だろうが知ったことか。選ばれた者の力…思い知らせてやる!




 と、昨夜に続き意気込(いきご)んだのに。状況は思いの(ほか)(きび)しかった。

 町の中央にあるギルドからも(ほど)ない場所に()荘厳(そうごん)(たたず)まいの教会。その一室に置かれた大きな水晶玉には、救世主の力を求め訪れた者達の“終末の物語(エンディング)“が全て記録されており、僕の意思で並べ替えもできるようだったから十日後が最期(さいご)の者に絞り込み表示したのだけど。

 犠牲者(ぎせいしゃ)の合計、九十八名。

 最終日は翼龍(よくりゅう)殲滅(せんめつ)に全力を(そそ)ぐとして。あと九日のうちに全員生存ルートを確定させた上で、九十八人分もの書き換えをこなさねばならないときた。現時点で一日十一人の計算だ。


「すみません!この記録にある人達って、何時(いつ)でも呼び出すことは可能ですかっ?」

 勢いに()され、部屋の入り口でたじろぐ神父さんに修道士の方々。中から一人の若いシスターがおずおず歩み出て、深々と頭を下げた。

 羊人族(ようじんぞく)(つの)は無く、前世にも居たシスターと近い姿をしているから、種族は人間だろうか。ともかくこの人が、僕の問いに答えてくれるようである。

「せ、セイラと申します。」

「あ、カルム・オレオルです。こっちは仲間のアルディート。朝からお(さわ)がせしてしまって…」

 僕の名を聞くや(いな)や、今がチャンスとばかりに一同(ひざまず)(こうべ)()れた。

 正面扉を開くなり、黄門様の印籠(いんろう)よろしく懐中時計(かいちゅうどけい)(かか)げ、記録を見せて欲しいと伝えたらこの部屋直通だったから、挨拶(あいさつ)する(すき)も与えず申し訳なかったとは思うけど。誰一人、一向(いっこう)(おもて)を上げる気配(けはい)が無い。

 これは僕の方から何か声を掛けないと(おさ)まらない感じかな。

 と言うか、そもそもこの扱いを止めるよう事前に周知(しゅうち)はできないものなのか。まぁ他にも救世主が存在している以上、僕だけ対応を変えろと言うのは()(まま)だし、中には頭の固い人もるだろうから難しい気はするけど。

 何も()していない時点でこうも(かしこ)まられては、とても()(たま)れない気持ちになってくる。

 それに何より今は急いでいるから、正直このやり取りが(わずら)わしい。

「あの…できれば、そういうのはやめていただいて。普通に接してはもらえませんか?」

 (すご)むつもりは毛頭(もうとう)無かったものの、不機嫌(ふきげん)が態度に出てしまっていたらしい。皆慌(みなあわ)てて立ち上がり横一列に並ぶと、緊張(きんちょう)面持(おもも)ちで姿勢(しせい)を正した。

 まるで軍隊の訓練でもしているかのように空気がピリつく。

 これじゃ笑顔を向けても今更か。申し訳なさは感じるけど、九十八人って数に(あせ)りが加速し、彼らを気遣(きづか)う余裕が無い。


「悪いけど俺ら急いでるから、カルムの質問にだけ答えてやってくれよ。」

 それまで僕の斜め後ろで静かに見ていたアルの口から、不意(ふい)に発せられた優しく穏やかな声。直接心に届くような不思議な感覚だった。

 途端(とたん)焦燥感(しょうそうかん)が消え()せ、残るのは前向きな感情ばかり。

 一体、何が起きたんだ?

「ほら、さっきの話しの続き。」

「え?あぁ、うん。この記録にある人達って、()ぐこの場に呼び出すことは可能でしょうか?」

 アルに(うなが)され同じ質問をしてみれば、先程(さきほど)までの緊張感(きんちょうかん)はどこへやら。ごく普通の態度でセイラさんが説明を始める。

「救世主様のみ、この水晶から直接呼び掛けることが可能です。一般的な通信手段にコールという魔法がございますが、コールは発した声をそのまま耳元に届けるもの。対してこの水晶を(かい)し行えるのは思念伝達(しねんでんたつ)となりますので、救世主様のお声を直接受け取ったとなれば、(みな)いつ何時(なんどき)でも(おう)じることでしょう。」

 魔道具も(かい)さず思念伝達(しねんでんたつ)を使える人なんてそうそう居ないから、こちらが名乗るまでもなく救世主からの声と受け取ってもらえるわけか。相手を探したり、迎えに行ったりって手間も無さそうだな。

 対象者の呼び出しに関してはクリア、と。


 次は、確実に不足する魔力(MP)の補充をどうするかだが。やはりアルの提案通り、魔法で生力(HP)を回復しながら生環(せいかん)スキルを用いて魔力(MP)に変換し、僕へと譲渡(じょうと)してもらう方法がベストだろう。

 とりあえず一般的な回復魔法のヒールを使うと考えて、どの程度の回数必要なのかがわからないことには教会の人達への協力も求め辛い。

「アル。話しを進める前に、ちょっとステータス見せてもらっていい?」

「ん?どーぞ。」

 “命譜(めいふ)の書“を手にアナライズを(とな)える。今日はまだエネルギーを削るようなことは起きていないから、今表示されているのがフルの状態だ。

 僕のと比較すると……生力(HP)が六倍、魔力(MP)が五倍ってところか。全てのエネルギーを魔力(MP)譲渡(じょうと)に回すとしても、およそ十五回分。なるほど…

 一日に十一人分の書き換えで済むのなら、慌てて回復する必要も無いのでは⁉︎

 とは言え、連日同じ流れを繰り返すのであれば、全回復した状態で一日を終えたいところではある。特にアルに(いた)っては生力(HP)を削るわけだから、魔力(MP)だけを消費する僕に比べ負担は大きいはずだ。

 それに、もし書き換えを始めるのが明日以降にずれ込む場合、一日毎(いちにちごと)の人数が増えることになる。回復魔法が使える者を少なくとも四、五人は確保しておきたい。

「こちらに回復魔法を使える方は居ますか?人数は多い方が助かります。あと、できれば教会に仕えている方だけでお願いしたいのですが。」

 万が一のことを考えての情報漏洩防止策(ろうえいぼうしさく)である。教会の者に(しぼ)っておけば、生環(せいかん)スキルについての口止めも容易(たやす)い。

 僕の問いに(こた)えて、神父さんと修道士からも五名、顔を見合わせながら軽く手を挙げ一歩前に出た。それぞれレベル3以上のヒールを使えるとのことで、魔力(MP)量を見ても二十回程度は問題無くこなせそうである。

「念の為、回復魔法を込めた魔籠石(まろうせき)も用意できますか?」

「それでしたら、ヒールよりも上位の回復魔法レベル2のケアを込めたものが(いく)つかございます。後ほど持って参りますので、ご自由にお使いください。」

「助かります。ありがとうございます。」

 アルの生力(HP)を満タンにするのにヒールだとレベル5でも六十回程度は必要になるから、回復量がおよ二倍のケアが使えるのはとても大きい。

 これで“終末の物語(エンディング)“の書き換えで不足する魔力(MP)の問題もクリア。教会に頼る部分の確認はもう十分かな。

「とりあえず、こちらで聞いておきたかったことは以上です。これからギルドの方でも確かめたいことがあるので、詳しいことは後ほど(まと)めて説明しますね。では、一旦失礼します。」

「はい。お戻り、お待ちしております。お気をつけて。」

 これは予想外。やたらと取り巻き、外まで付いてくると思っていたのに。(みな)その場で頭を下げ、(なご)やかに見送ってくれた。

 アルが不思議な声を発して以降、教会の者達に(かしこ)まった様子が無くなり、やたらスムーズに会話できたのはどういうわけだ?

 僕の苛立(いらだ)ちも瞬時に(おさ)まり、冷静になれたのもすごく助かったけど。何だか催眠術(さいみんじゅつ)にでもかけられていたみたいで、実際何が起きていたのかめちゃくちゃ気になる。



「もしかして、さっきのはスキル?」

 教会の正面(そば)、テレポートのポイントを設置しつつ(たず)ねると、先程(さきほど)と同じ声を使い耳元で『正解』と答えた。

 いや、ほんとに何だこれ。声を聴いただけなのに、とんでもなく心が落ち着く。お気に入りのアロマの芳香(ほうこう)や、可愛過ぎる動物のモフモフなどとは比べ物にならない(いや)し効果の高さ。あまりにも心地良(ここちよ)くて、回も重ねず依存(いぞん)してしまいそうだ。

「勇者の固有スキル、懐抱(かいほう)。こうやって目を合わせたり、触れたり、声を聞かせる瞬間に魔力を込めて、相手の不安や緊張、恐怖なんかのネガティブな感情を一時的に取り去るんだ。」

「はぁ〜なるほど。急に皆の様子が変わるから、一瞬(あやつ)られてるのかと思ったけど。僕に対しての過度な緊張が無くなったおかげで、普通に話せるようになったわけか。便利なスキルだなぁ。」

「あははっ、ほんとは戦闘に巻き込まれた人達がパニックにならないように使ったりするんだけどな。ま、役に立ってよかったよ。」

 僕にはさらっとネタバラシしてくれてるが、勇者の固有スキルだからってのは勿論(もちろん)、他者に心的影響(しんてきえいきょう)を与えるものだけに、知られちゃいけない力の一つだということは理解した。

 当然、多用も避けるべきなのだろうけど…

 この世界に来てから、不安やら(あせ)りやらで度々(たびたび)胃に穴が開きそうになるんだよな。依存(いぞん)してしまうと感情のコントロールが()かなくなりそうだし、たまにでいいから僕にそのスキルを使ってはもらえないものかな。そんな個人的な要望、いくらアルでも怒るだろうか。


「まぁた深刻な顔してるぞー。」

 腰を(かが)め顔を覗き込めば、眉間(みけん)のシワを押し広げるように二本指で突いてくる。

「ぇうっ、ちょっと何す」

「あのなぁ。そうやって黙って一人で悩むの(くせ)になってるだろ。俺そんなに察しのいい方じゃないから、言ってもらわなきゃ困るんだけど。」

 ()(いき)()じりに言われ、思わず誤魔化(ごまか)し笑いで目を()らした。

 僕の反応が気に食わなかったのかムッとした顔で、いっそう大きな()(いき)()く。

「ちゃんと言えないんだったら、もう懐抱(かいほう)も使うのもやめとくかなぁ〜」

 当て付けのような言い方。チラリとこちらに目線を送り僕の反応を(うかが)う。

 どこが察しが悪いだ。考えてたこと(ほとん)どバレてるじゃないか。

 僕に対しまともに説教したところで効果を得ないと悟ってのこの対応。僕自身よりも僕のことを理解していて、少しばかり納得いかない。

 しかしほんと、他人の変化には敏感だよな。それで相手の感情に当てられて己を乱すようなことも無いんだから、どうやったって(かな)うわけがない。

「勇者の力ばっか当てにしてたんじゃ、精神的にも肉体的にも軟弱(なんじゃく)になってくだけだと思ったから自重(じちょう)してんだよ。言えば何時(いつ)でも、とか言われると際限(さいげん)無く甘えそうだし。もうアルから見て僕がダメそうだなってタイミングでさ、懐抱(かいほう)スキルを使って欲しい。」

「言われなくても、そうするけどな?」

「ぐっ……アルって意外と…。いや、うん、ありがと。なんか、ちょっとは意識して素直(すなお)になろうって思えたわ。」

「そりゃ良かった♪」

 何だか手玉に取られた気分だ。悪い方に転がされたわけでは無いのが、せめてもの救いだけど。

 やっぱアル、ちょっとSっけあるよな。

 まぁ結局、僕の独りよがりなところを改めようとしてくれてるわけだし、オッサンのすっかり固くなった頭を(ほぐ)すなら、これくらいが丁度(ちょうど)いいのか。

 うん、そういうことにしておこう。






 教会からは目と鼻の先、今日は多くの冒険者で(にぎ)わうギルドを(おとず)れる。

 開け(はな)たれた入り口には、本日の朝食メニューが書かれた立て看板(かんばん)。焼いた肉の(こお)ばしい(にお)いが建物の外にまで漂い食欲を誘う。

 昨日の今日で少なからず警戒はされているものの、アルを見ただけで逃げ出すような者はおらず。こちらを幾分(いくぶん)気にしながらも、各々(おのおの)のテーブルからは打ち合わせの会話が聞こえる。

 目が合えば極力(きょくりょく)好意的な笑顔で挨拶を返し、カウンターの空いた席に並んで座った。

「おはようございます。酒場って言ってたけど、朝食も提供してるんですね。僕らもいただこうかな。」

「俺二人前で!」

 食べ物のこととなるとまるっきり子供で、カウンター奥の厨房(ちゅうぼう)を覗き込むように前のめりのアル。その姿を見て笑いを(こら)えながら、大人しめな茶系のメイド服を(まと)った女性がお冷やを運んできてくれた。

 朝からキッチリと身なりを整えたベルデさんも、書類を手にクスリと笑う。

「おはようございます。食事を待つ間に、ギルドカードのお渡しを済ませておきましょうか。」

 十日後にこの街を襲う翼龍(よくりゅう)()れへの対策を相談するつもりで来たからすっかり忘れていたけど、ギルドの詳しい説明とカードの受け渡しは今日って話だったっけ。

 長くなりそうだから説明は後日、今回の件が片付いてから聴くとして。カードの受け取りくらいはしておいた方が、ベルデさんの仕事も片付くよな。朝からとても忙しそうだし、ささっと済ませてしまおう。


「では、こちらの石板に右手をかざしていただいてもよろしいですか?」

 ごとりと重みのある音を立て目の前に置かれたのは、A4くらいの大きさの厚みのある石板。僕の名が刻まれた金属製のカードがセットされ、その横には右手の形を()した(くぼ)みがある。

「えっと、…これは?」

「こちらの石板は、手をかざした者の基礎データを読み取り記録する魔道具です。記録した情報は、身分を証明する際の本人確認に使用される他、各地のギルドで依頼をご案内する際、適正を判断する上で参考にさせていただきます。」

 基礎データ?“命譜(めいふ)の書“に書かれている内容の一部のことかな。各地のギルドで参考にするってことは、複数箇所からアクセス可能なデータベースに保存される感じだろうか。ネットで繋がる環境とは違うが、どのようなセキュリティなのか気になるところではある。

「その記録、ギルドの外に()れたりなんてことは…」

「ご安心ください。情報は特殊な魔法を複数(もち)いて厳重(げんじゅう)に管理され、過去一度も(やぶ)られたことはございません。各ギルドでの閲覧(えつらん)もマスターの承認(しょうにん)が無ければ行えない仕組みとなっておりますので、もし盗むとなればそれこそ……命懸(いのちが)けでしょう。」

 笑顔がとても怖い。特殊な魔法による防御に加え物理的にも守られているのであれば、自分で自分の情報を守るよりは(はる)かに安全かも知れない。

「あ、あはは…わかりました。こう…で、いいんですかね?」

 言われた通り石板の手形部分に右手をかざす。

 その瞬間、満タン時の生力(HP)魔力(MP)、加えて攻撃力、防御力などがわかり(やす)く数値化して浮かび上がり、更に基礎属性、耐性、スキルまで順に表示されると、文字は石板に吸い込まれるように消えていった。

 これは…、ひょっとしてマズいのでは?

 情報の管理そのものの安全性は十分とは言え、ギルド長や閲覧(えつらん)を認められたスタッフは記録された内容を知ることになる。勇者のそれを渡すのは流石に拒否すべきなのではとアルに小声で告げると、問題無いと一言簡単に返し躊躇(ためら)いも無く右手をかざした。

 ベルデさんも興味深げに見つめるこの状況で、つい先刻アナライズで見た情報そのままに数値化して表示され、続いて基礎属性に『光』、耐性には『闇』、『毒』、『呪い』の三つが浮かび上がる。

 そして問題のスキルの欄、表れたのは『属性強化』と『知覚強化』という二つの通常スキルのみ。生環(せいかん)懐抱(かいほう)をはじめとした、その他アルが所有しているだろう特殊スキルは一切表示されぬまま、僕の時と同じように石板に吸い込まれ消えてしまった。

 困惑しアルの方を見れば、(ふく)みのある笑みをこちらに向け水を飲む。

 あぁ、こりゃまた何か僕の知らない力を使ったな。

「はい、確認いたしました。では、こちらをお持ちください。」

「あっ、はい。ありがとうございます。」

 それぞれギルドカードを受け取ったところで、先程の女性が朝食のプレートを三つ(かろ)やかに運んで来てテーブルに置く。

「おぉ、ぅんまそぉ!いただきまぁす!」

 早速(さっそく)上機嫌(じょうきげん)で食べ始めるアルを横目に、ギルドでの依頼受注(いらいじゅちゅう)の流れを説明しようとするベルデさんを(さえぎ)って本題を切り出した。

「すみません、その話しはまた後日で。僕の本来の仕事の関係で早急に確認したいのですが。翼龍(よくりゅう)と戦う場合に有効な魔法について教えていただけませんか?」

「ふむ、それは構いませんが、食事を済ませてからにいたしませんか?カルム君の仕事に関わることであれば、この場では話し(にく)いこともあるでしょう。訓練場の方を()けて参りますので、続きはそちらで。」

「あ…、そうですね。お気遣(きづか)い感謝します。」

 手にしていた書類を女性スタッフに預け、()ぐに地下への階段を下りて行く。


 現時点で、翼龍(よくりゅう)()れとの戦闘は僕とアル、そして勝手に戦力に数えて申し訳ないがベルデさんを加えた三人だけでと考えている。この後確かめるつもりの魔法の効果次第(しだい)では、他所(よそ)に協力を求める必要性が出てくるのかも知れないけれど、シャーフに滞在中のAランクにも満たない冒険者が加わったところで怪我人が増えるだけ。経験の無い僕が言うのも何だが、正直足手纏(あしでまと)いだ。万一(まんいち)名乗りを上げられても困ってしまう。

 またそれよりも翼龍(よくりゅう)襲撃(しゅうげき)の噂が広まれば、犠牲(ぎせい)となる人達は自分が死に(いた)る明確な原因を知ることとなりパニックは避けられない。

 人の多いこの場で話そうとするなんて無配慮(むはいりょ)にも程がある。せっかくアルがスキルを使ってまで落ち着かせてくれたのに、また無駄に(あせ)って視野を(せば)めて。

 まったく、我ながら何やってんだか…

「はぁぁ…ちょっともう、自分のこの学習能力の無さをどうにかしたいよ。」

「んぅ?よくわかんないけど、腹が満たされりゃ元気になって頭も回るだろ。ちゃんと食えよ?」

「そうする。今日は僕の分、分けないからね?足りないんだったら追加で注文しなよ?」

「お、いいのか?そんじゃ、おかわりお願いしま〜す!」

 一人前でもなかなかの量なのに、いったい何処(どこ)に入っているのやら。


 存分に腹が満たされた頃、訓練場の人払(ひとばら)いを済ませベルデさんが呼びに来てくれた。

 さて、僕の魔法は翼龍(よくりゅう)どもに通用するのかどうか。

 今回“終末の物語(エンディング)“の書き換え対象となる者達の寿命(じゅみょう)を延長する上で、ここでの選択が制限解除の鍵となる。

 戦闘経験豊富なベルデさんならば、僕の(さく)を完璧に補ってくれるだろう。

「よし、行こうか。」

 食事の代金をカウンターに置き、ベルデさんと共に地下訓練場へと向かった。




「念のため、入口は閉じておきましょう。」

 訓練場に下りて()ぐ、壁に埋め込まれた石板に手をかざすと、たった今までそこに()った階段は一瞬にして消え他との境目(さかいめ)もわからぬ壁が現れる。ドアを閉め鍵をかけるよりもずっと気密性(きみつせい)が高く頑丈(がんじょう)。これならば、外で聞き耳を立てるのも不可能だ。

 (うなが)されて観覧席(かんらんせき)に腰掛ければ、ベルデさんは僕の正面で片膝を突く。

 向かい合わせて座る椅子も無いから仕方ないとは言え、こちらが頼る身でこんな風に扱われるのはどうにも慣れない。

 両膝に(ひじ)を突き、気休め程度だが前のめりに背を(かが)めた。


「では、詳細をお聞かせ願えますか?」

 優しく微笑(ほほえ)むベルデさんに、今回の襲撃(しゅうげき)に関してわかっていることの全てと、僕が救世主として寿命(じゅみょう)の書き換えまでも可能とする特殊な力を持つこと、またそれを実行する上で制限がかかっている現状も(あわ)せ、包み隠さず説明する。

 寿命(じゅみょう)の書き換えについては初耳だったらしく多少驚いた表情を見せたものの、過度なリアクションはせず静かに聴いてくれ、同時に僕が正体を隠している理由も深く納得したようだった。

「魔物の知識も、戦闘の経験も不足している僕では、翼龍(よくりゅう)()れを殲滅(せんめつ)できるという確信にまで至れません。ここで正しい選択をしなければ、全員の生存は(かな)わない。どうか力を貸してください。お願いします。」

 第三者であるベルデさんを巻き込むのに、アルに頼むような気楽な感じでは誠意に()ける。言葉と共に深く頭を下げ返事を待つ。

勿論(もちろん)、協力は惜しみません。ですが、…ふふっ」

 顔を上げ目が合うと、ベルデさんは(こら)え切れぬといった様子で笑い声を()らした。

 この世界の常識をまだ(ほとん)ど把握できていないから、気付かぬうちに何かおかしなことでも言ってしまったのだろうか。

 咳払(せきばら)いをして背筋を正すも、まだどこか締まらない表情に見える。

「申し訳ございません。随分(ずいぶん)謙虚(けんきょ)な言い回しをなさるので、どうにも気になってしまいまして。救世主様なのですから、私などへは命令してくださって構わないのですよ?」

「いやでも、僕の方が助けてもらう側なわけで…」

「おや、カルム君が皆を助けるのでは?」

「それは、そうなんですけど…」

 僕の力不足を補うため周りに助けを求めているのであって、ならばそれ相応の態度でお願いして当然ではないだろうか。

 やはり可笑(おか)しなポイントが心当たらず首を傾げる。

 そんな僕を見て、ベルデさんは(あご)に手を当て少しばかり考える素振(そぶ)り。思い立ってこちらへ視線を戻すと、心做(こころな)しか意地悪な笑みを浮かべた。

「救世主様が、一国の王と並ぶ権力を持つというのはご存知ですか?」

「………は?え、そうなんですかっ!?」

 動揺で思わず大きな声が出てしまい、右手で口元を覆う。

 アロガンさんからそんな説明は無かったし、わざわざこちらから自分の権力を確認することも無いから初耳だ。

 アルの方を見れば知っていたとばかりに頷いている。

 通りで誰も彼も僕を救世主と知るや否や、やたらと緊張し(かしこ)まった態度をとるはずである。

「実際のところ王のような地位を与えられているわけでは無いので、権力を持つという表現は正しくはありません。救世主様に()るのは権力にも等しい強い影響力。信敬(しんけい)する相手の言葉に従わぬ者などおりませんからね。」

「えっと、王様みたいに偉くは無いけど、王様と同程度には(あが)められる存在って認識で合ってますか?」

「そういうことですね。もっと言えば、王ですらも救世主様を神と同格として(あが)めておられます。であれば…」

 ある意味、常に王様の後ろ(だて)があるってことか。

 例えばもし救世主に不利益(ふりえき)が及ぶようなことが起きたなら、きっと王様が黙ってはいないのだろう。

「確かに、王と並ぶ権力ですね…。はぁ〜」

 大きくため息を()項垂(うなだ)れた。

 知れば知ったで一層気が重い。振りかざすつもりも無い権力なんて持て余すだけ。少なくとも今の僕には必要無い。

「他の救世主の方々がどうかはわかりませんけど、僕はひっそりと地道にやっていきたいので。」

「ご自分を変えるつもりはない、と言うことですか。…少々本題から()れてしまいましたね。ではカルム君の()()()(こた)えて、私の力をお貸ししましょう。」

 命令で構わないと言ったあたりからして、実のところベルデさんだって救世主を信敬(しんけい)する者の一人なのだろうに。わざわざ僕の意思に沿った言い回しで(おう)じてくれる心遣(こころづか)いには、(むし)ろこちらの方が恐縮してしまう。

 ベルデさんが柔軟な考え方のできる人で良かった。命令して人を動かすなんて(しょう)に合わないから、多少(へりくだ)ってお願いを聞いてもらうくらいで丁度いい。

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

 感謝の気持ちを込め、再度深く頭を下げた。


 それにしても、随分(ずいぶん)と余裕である。

 救世主の権力云々(うんぬん)の話など雑談も同じ、ベルデさんだって時間が無いことはわかっているはずなのに、一切(いっさい)(あせ)る様子は見られない。最早(もはや)、完全勝利を確信しているとでも言うのだろうか。

「時にカルム君は、翼龍(よくりゅう)との戦闘で有効な魔法属性が何かはご存知ですか?」

「雷…でしょうか。翼を持ち飛行する魔物の多くは、その翼を焼いてしまえば(ほとん)どの力を失うとユヌ村の教会で読んだ本に書いてありました。」

「えぇ。翼を奪えるのであれば他の属性の魔法でも良いのですが、飛行する翼龍(よくりゅう)は大変に素早く雷撃(らいげき)でもなければ簡単に(かわ)されてしまいます。では使用する魔法は雷属性のものに絞るとして。カルム君はサンダーレインよりも上位の魔法が使えるのではありませんか?」

 石板で基礎データを読み取った際、基本属性に『土』と『雷』が表示されていた。昨日の認定試験で僕が使ったフレイムバーストは火属性の上位魔法なのだけど、それが使えるにもかかわらず基礎属性に『火』では無く『雷』が表示された時点で、更に上位の雷属性魔法が使えることになる。

 ベルデさんは目の前でしっかりと情報を見ていたから気付いて当然か。

「“命譜(めいふ)の書“ではサンダークラップが習得済みになっています。」

「やはり。まだ使用したことが無いのであれば、ご自身でも威力の程がわからず自信が持てないのでしょうが…」

「サンダークラップを命中させりゃ、翼龍(よくりゅう)の五、六匹は一撃で落とせるぞ?ま、俺は使えないから剣で落とすんだけどな。」

 能天気(のうてんき)にアルが言う。

 普通は雷と変わらぬ速さで()ったりできないんだから、後の言葉は何の参考にもならないけど。

 サンダークラップ一撃で複数匹落とせるとは、予想していた以上の威力。僕の魔法だけで片付けるのは流石に無理があるかとも思っていたが、あながちそうでも無い気がしてきた。


「では次に、上空の敵にどう魔法を命中させるのか。基本的に魔法の発動は、視認(しにん)できる範囲に限ります。カルム君は特殊スキルの万視(ばんし)が使えましたね、距離はどのくらいまで?」

「2キロが限界です。」

「ふむ。スキルのレベルを上げれば範囲は格段に拡がりますが、如何(いかん)せん今は時間が無い。通常スキルの知覚強化で補いましょう。翼龍(よくりゅう)は上空二千メートル付近を雲に隠れつつ飛行しますから、それで確実に(とら)えられます。」

 上空の翼龍(よくりゅう)万視(ばんし)で見ながら魔法を撃ち込む方法は、僕が最も有力と考えていた(さく)そのもの。ただベルデさんに相談する前の段階では知覚強化の部分が欠けていたから、()れ全体を視認(しにん)しきれず隙を残したままだった。

 完全勝利を確信できなかったのも納得である。

「あ…でも、僕まだ知覚強化は使えなくて…」

「俺が教えりゃ良いんだろ?多分一時間もかかんないし。…ってか、知覚強化ならギルド長も使えそうだけどな。」

 そう言ってアルが視線を向けると、ベルデさんも習得済みらしく僕を見て微笑(ほほえ)む。どちらに教わっても問題なく習得はできそうだが、ベルデさんだと幾分(いくぶん)気を(つか)ってしまうな。

「アルにお願いするよ。」

「おう。後で優しく教えてやるからな♪」

 笑顔で返され、ふとフィーユに生環(せいかん)スキルを教えた時のことを思い出す。

 あの時は二人仲良く手を繋いで遊んでるようにしか見えなかったけど、僕にもあんな感じで教えるつもりなのかな。う〜ん、ベルデさんの前でそれはちょっと恥ずかしい。あれはあくまでお子様仕様であったと願おう。


「残る問題は、敵を一匹残らず(まと)めて落とすにはどうするか…。カルム君なら、複数箇所に仕掛けた魔法を同時に発動できますよね?」

 いやまったく抜かりない。時操(じそう)は恐らく僕だけの特殊スキルで、その詳細は僕にしかわからない。だけど解体作業の時と、認定試験でも一度使ったから、それで大凡(おおよそ)の効果を把握したのだろう。しっかり手段の一つに組み込んでいるあたり、流石と言うほか無い。

時操(じそう)という特殊スキルで、魔法効果の継続時間と発動のタイミングを操作できます。」

「それは魔法の詠唱毎(えいしょうごと)に設定するカタチでしょうか?」

「つい最近スキルレベルが上がって、時限設定を加えた魔法を複数設置した後、任意のタイミングで(まと)めて設定を解除し同時発動させることができるようになりました。認定試験の時にやったのが正にそれで。要は遠隔(えんかく)起爆装置(きばくそうち)、的な。」

「であれば、敵の殲滅(せんめつ)最早(もはや)成功と考えていただいて問題ありません。どうぞこちらへ、流れをご説明いたします。」


 片隅(かたすみ)に置かれていた使い古しの木刀を手に、観覧席(かんらんせき)から訓練場中央へ僕達を(うなが)す。昨日僕がめちゃくちゃにした地面はすっかり元通りで、そこに木刀を使い大きく(えが)いたのは西の山脈からシャーフまでの簡易な地図。山脈北側に(あら)くバツ印を付けた。

翼龍(よくりゅう)の巣は恐らく山脈の北側、この辺りにあると推測されます。ここからシャーフまでの間、上空を飛行していて迂回(うかい)せねばならぬような障害物は存在しませんから、真っ()ぐこちらへ向かい飛んで来るのは間違いありません。ですのでまず…」

 バツ印からシャーフにかけて一本の線を引き、それを三分割するように印を付けると、西側一つ目を木刀の先で(しめ)す。

「ここで一度万視(ばんし)にて捕捉(ほそく)し、敵の数と飛行高度を確認。それから()ぐに平原中央まで移動し、百メートル間隔で格子状(こうしじょう)にサンダークラップを仕掛けます。サンダークラップ一発の効果範囲は最低でも半径約五十メートル。カルム君の魔力(MP)であれば二十五回は使用できますから十分足りるとは思いますが、敵の数次第では魔力(MP)回復薬を(もち)いて回数を増やしましょう。」

 中央の印部分で格子(こうし)(えが)きながら話しを続け…

「あとは奴らが仕掛けた網の中に入ったのを見計(みはか)らい、発動。」

 三つ目の印に木刀を突き立てると、ベルデさんは確信に満ちた顔で笑った。

「ここは万が一にも取り逃した場合の最終防衛ラインです。数匹であればアルディート君と私で処理出来るでしょう。あぁ、各地点へは私のテレポートで移動可能ですのでご安心を。」

「はぁ…完璧ですね。」

「“終末の物語(エンディング)“書き換えでの制限は、これで解除されましたか?」

 目を閉じ、今一度(いまいちど)頭の中でイメージし確かめる。脳内に浮かんできた映像は実に鮮明に、ベルデさんが説明した通りの展開を(えが)いた。

 この感覚は間違いなく、結末の上書き成功を意味している。

「えぇ、これでいけそうです。“終末の物語(エンディング)“に書かれていた最期(さいご)の時間は、だいたい午前十時頃に集中していました。」

「では幾分早めに、七時から行動開始ということで。」

「念の為、九十八名には前日の夜のうちに安全な場所へ避難してもらおうと思っています。」

「念には念を。実に賢明(けんめい)なお考えです。避難先(ひなんさき)はユヌ村ですね?」

「はい。あの結界(けっかい)の内なら、絶対に安全ですから。」

 三百年もの間、一切の魔物の侵攻(しんこう)(ゆる)さず村を守ってきた実績は伊達(だて)じゃない。神様も認める守護力(しゅごりょく)をもつアロガンさんに任せておけば、もう何一つ不安は残らない。

「十日後を乗り切るまで、引き続きよろしくお願いします。」

「救世主様……いえ、カルム君の力になれるのでしたら、幾らでもお手伝い致します。」

 整った立ち姿から胸元に手を添え、丁寧(ていねい)なお辞儀(じぎ)でそう返した。

 この所作(しょさ)、やはりどこからどう見ても完全無欠(かんぜんむけつ)のイケてるオジサマ執事。僕の命令に従う姿は正直胸熱(むねあつ)……


 とまぁ、そんな妄想はさておき。

 まったくもって僕は出会いに恵まれている。困った時、問題を解決してくれる誰かが必ず(そば)に居るなんて、甘やかされているとしか思えない。

 いや、与えられた役目が役目なだけに、ちょうどバランスが取れていると考えるべきなのか?何はともあれ、おかげで万事(ばんじ)うまく運びそうだ。

 “終末の物語(エンディング)“の書き換えは予定通り今日の午後から始めるとして、まずは知覚強化の習得を済ませておかなくては。

「よし!じゃあアル。早速だけど、知覚強化を教えてもらえるかな。」

 アルへと向き直り右手を差し出す。僕よりも大きな手で手首ごと握ると、にっこり笑って力を込めた。

「ん。やってる途中で気持ち悪くなったりするかもだけど、我慢な。」

「え?あぁ、…うん。頑張るよ。」

 あ、何だろう、すごく嫌な予感がする。

 (つか)まれた右手を引いてみたが、(はな)してくれる気配は無い。

 なるほど、これは途中で逃げないようにするための(かせ)ってところか。

 一体何が起きるんだ?安易(あんい)に手を差し出さず、先にどんな感じで教えてくれるのかだけでも聞いておけばよかった。

 アルはずっとニコニコしてるし、ベルデさんを見れば露骨(ろこつ)に目を()らすし。


 ヤバい…めちゃくちゃ怖い…っ!


「あ、あの、アル。これはどういう感じで」

「いっぺんにやるとショックで気絶(きぜつ)するだろうから…、触覚(しょっかく)からいくか。」

「気ぜ…え?ちょっと、まっ」

 僕が慌てるのもお構い無しに、知覚強化スキルの伝授が開始される。

 嫌な予感は、この後しっかりと的中(てきちゅう)することになるのだった。

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