認定試験
創作スキルで用意したタープの作る影にフィールドラグを広げ、草原でのデイキャンプさながらに居心地を整える僕の周りを、神様がゆったりと浮遊している。
神様が顕れて先刻まで、時が止まったかのように凪いだ空気も常を取り戻し、声が詰まる程だったプレッシャーも今は感じない。
未だ頭の整理が追いつかないこの状況に在っても、アルは動じることなく在り付き顔。設営を終え正座する僕に向かい合う格好で胡座をかいた。
「それで…。神様はまた、どうしてこのタイミングでおいでになられたのですか?」
神様相手にどう話せば失礼にあたらないのかわからず、その姿を見上げぎこちなく問う。
小さな両の手で僕の手を握ると、殆ど無表情のままに少しばかり頬を膨らせた。
「他人行儀なのは好ましくない。カルムはエテルネルをネルと呼び、そこの勇者と同様に接するべき。」
「え?いや、でも…」
どうやら神様はその御立場相応に扱われるのが不服なようで、迷う僕の手を尚更強く握る。命令というわけでは無さそうだが、逆らって通るとも思えぬ圧が凄まじい。
「別にどう話すかなんて拘るもんでも無いだろ。神様が望むんなら言う通りにしてやれば良いんじゃないか?」
外見による先入観から、へつらった態度を取るのも違和感が勝るとは言え、アルの度胸にはまったくもって感心する。と言うより、僕の頭が固過ぎるのか?
前世で培った僕の中の常識が邪魔をして、どうにも遠慮が引き去れない。
「勇者は良い事を言う。ネルは勇者が気に入った。勇者もエテルネルをネルと呼んで構わない。勇者とネルは友達だ。」
「おっ!神様と友達なんてすげぇな!んじゃネル、ネルも俺のこと勇者じゃなくて名前で呼んでくれよ。」
「わかった。アルディート。困った事があればネルに言うといい、助言くらいは何時でもできる。」
表情からは読み取りづらいだけで、神様も感情豊かなようだ。ツインテールを握りアルの周りを飛び回ってはしゃいでいる。
僕たち人間などには対処しきれないような問題も、容易く片付けるだけの力を持つ、まさに全知全能の存在である神様。どこかで手出しすれば不平等が生じ、世界のバランスを崩してしまいかねない為、ただ見守ることを貫いてきたと言う。
けれど神様にも人の様な感情が有って、友達が一人できただけでこんなにも喜ぶ様を見ていると、その価値観は僕らと何ら変わらないように思えた。
想像も及ばぬ永い時を過ごす中で、見ているだけの歯痒さ、切なさをどれだけ感じてきたのだろう。こんな風に考えるのは烏滸がましいこととわかってはいても、一国の王などより遥かに不自由な立場を思えば、どうにも可哀想で…
「…あの。ネル。」
自分の中で勝手に築いた常識などは捩じ伏せ、エテルネルの要望に従うことにした。
「どうしたカルム。ネルがアルディートと仲良しで寂しくなったか?ハグするか?」
「いや、そうじゃなくて。敬語はやめようかなって…んんぅ」
薄っぺたな胸を押し付け抱きついてくる。これは僕の方が甘やかされていると捉えるべきなのだろうが、ならばやはりそれなりの容姿であって欲しかった。どうせ押し付けられるなら、多少は柔らかい方が甘えようもあったのに。
「ん、む…。ね、ネル、もうハグはいいから。なんで今こうして僕らに姿を見せてくれたのか、聞かせて欲しいんだ。」
「……?ネルはカルムに会いたかった。ハグしたかった。だから来た。」
んー。それはもう聴いたんだけどなぁ。
神様の割に察しが悪いのか、僕の聞き方が悪いのか、思うように会話が進まない。
それでもどうにか一つずつ質問を重ね、初めから僕を導くつもりはあったのに今まで姿を見せなかったのは『アロガンさんが居たから』という回答を得るに至った。
しかし、そこでまた一つ疑問だ。小さな村の神父でしかない人間が居たからって、それが何だというのだろう?僕や勇者にならば姿を晒すのも構わないが、一般の人間に姿を見られるわけにいかなかった?だとしても、アロガンさん一人に絞って言うのは少々違和感がある。
「アレはネルの従者だった。アレは天使の中でも並外れて優秀。だが許容できない問題もある。だから堕とした。」
「は?ちょっと待って、アロガンさんが天使⁉︎いや、堕ちたんだから…堕天使なの…か?」
衝撃的な事実にまたも頭は混乱したが、冷静にならねばエテルネルから詳細を得るのは困難だ。
一旦周囲を歩き気持ちを落ち着けてから再び質問を繰り返し、現在に至るまでの経緯を聞き出した。
アロガンさんは元はイブールという名で、エテルネル付きの天使だったそうだ。
頭が良く、必要な事は先回りして何でもこなす。数多く居る天使達の中でもその能力は傑出していて、エテルネルもそれなりに信頼を置いていた。
が、彼には神の力を持ってしても、どうにもできない問題が一つ。寧ろ、神が強大な力を持つからこそ、そうなってしまったと言わざるを得ないのだが…
エテルネルを崇拝するがあまり変態的行為が日々激しさを増し、他の天使達と揉める事もしばしばだったと言う。
ある時、そんな状況を鬱陶しく思ってしまったエテルネルは、日本で地獄と呼ばれていた場所にあたる世界、ラージュゲールにイブールを左遷。彼としては堕天使となってしまった事よりも、エテルネルの傍に居られなくなった事の方がショックが大きかったようで。
新たに与えられた咎人の根性を叩き直す役目の最中、腹いせとばかりに大暴走。怒りと争いに満ちたラージュゲールに於いても手に負えないと判断されてしまった為、更に力の大半を奪い人間としてイディアリュウールに堕としたのがおよそ三百年前の出来事である。
ユヌ村を護るようにとエテルネルが直接命じたのは、ラージュゲールの時のような暴走を防ぐため。いずれ転生してくる僕を導くよう命じたのも、同様の理由だ。
まぁ僕のサポートに関しては、エテルネル自身が説明下手だから、優秀な彼に任せたってのもあるだろうけど。
ともかく、エテルネルの顕れるタイミングが今になったのは、アロガンさんに見付かるのを警戒してのこととは理解できた。
ついでに僕に対しても些か変態じみた態度が見られたのは、エテルネルだけが持つ力の一部を僕に与えてしまっていたのが原因と判明。
ここまで聞き出し整理するまでなかなかに時間を要したが、これだけ解れば満足だ。
一仕事終え大きくため息を吐くと、どこか納得いかない顔をしたアルと目が合った。
「あの人には口止めされてたんだけど…もういいよな。」
「ん?…あぁ、もしかして。森でアロガンさんを襲った理由を聞いた時のこと?」
確かあの時アルは何かを言いかけて、それをアロガンさんが誤魔化したんだ。理由は単純に、自身の正体を隠したかったからと想像できるが。眉間にシワを寄せ悩まねばならぬ問題が他にもあるのだろうか。
「俺があの人を攻撃したのは、高レベルな結界で守られてるあの森には異質な強い魔族の気配を感じたからで…。カルムに聞かれた時、そのまま答えようとしたんだ。そしたら思念伝達で『勇者と敵対することは絶対に無いから黙っていて欲しい』って言われて。」
なるほど。思念伝達なんて便利なものを使える上、そういうやり取りがあったわけね。でも堕天使って悪魔でもあるわけだから、魔族の気配を感じてもおかしくは無いのでは…。
と思ったところで気が付いた。
エテルネルは最終的にアロガンさんことイブールを、力の大半を奪った上で人間に堕としたと言ったんだ。それもおよそ三百年前に。
この世界でも人間の寿命は長くて百年程度。三百年もの間、今の姿のまま生きているなどおかしな話だし、もしそうならば村人達が不審に思って然るべきである。
「俺と敵対しないってことは悪い事をする気は無いって意味だろうから、そこは別にいいんだけど。ネルの話しだと今は人間のはずだろ?魔族の気配がすんのは変じゃないか?」
アルの言う通りだ。ひょっとして、エテルネルによって奪われた力を早々に取り戻し堕天使に戻った?だけどそれだと寿命って縛りが無くなるだけで、現状人間としてユヌ村で暮らしている点に矛盾が出てくる。
「えっと…。ネルはアロガンさんを人間としてこの世界に送ったんだよね?人間の寿命って短いのに、三百年間も村を護り続けていられるのはどうしてなんだろう?」
「アレは従順。ネルの命令が絶対。通常の転生では幼少期に守護力が弱まり危険と考えた。肉体の変化に伴った弱体化は老いてからも同様。故に自らの肉体が死を迎えるより前に、別の成人の肉体へ憑依転生している。」
つまり普通なら他の人間と変わらず老いて死に、誰かの子供として0歳からスタートという流れを繰り返すところを、老いて思うように動けなくなるより前に別の身体へと魂を移すことで守護力を保っている…と。
「でもそうすると、憑依対象の人間を殺すことになるんじゃ……」
「数多の害をもたらす裁かれるべき人間の肉体を器としている。器に在った魂はラージュゲールに送られ更生処置を受ける。問題は無い。」
あぁ、極刑に値する罪を犯しながらも裁かれること無く逃げ延びている極悪人を捕らえ、身体だけ譲り受けているわけか。罪深き魂の更生に寄与しているって考え方をするのであれば、良いことなのかも知れない。この世界の平和にも一つ貢献しているわけだし、確かに問題は無いように思う。
ただなぁ、中身がそうで無いとしても、ガワが犯罪者ってのはちょっと受け入れ難いと言うか。神様達にとっては肉体なんて魂の器に過ぎないってことだ。
だいたい僕だってその器を変え転生させてもらってるわけだから、割り切って考えるべきなのだろう。
「アロガンさんの力についてはどうなんだろう?アルは、魔族の気配を感じたって言ってるんだけど。堕天使だった時の力を取り戻してるって可能性はある?」
「力は二割程度。アレは完璧主義。魂を鍛え、より守護力を高めようとしている。」
「そのまま強くなり続けて、暴走するなんてこと…無いよね?」
「この世界の道理に反するのならネルが処分するだけ。シャンスもそれで同意している。」
罰を与える程度の意味合いなのだろうが、処分と言うと大分物騒な感じがする。まぁアロガンさんなら、エテルネル直々のどんな罰にも悦びそうだけど…。
それよりも、気になったのはシャンスって名だ。聞き覚えはあるものの、どこで聞き何者だったのかが思い出せない。
「シャンス…とは?」
僕が聞くと、エテルネルが口を開くより先に、アルが得意げな顔で説明し始めた。
「現世には四つの世界が存在しててな、それぞれの世界は別々の神様によって創造されたんだ。テールの神がスウリール、ボヌプレムはボアドゥース、ラージュゲールがディシニ、そしてイディアリュウールがシャンス。シャンスは四人の神様の中では一番若くて、他の三つの世界を巡った記憶と神々の助言をもとにこの世界を創ったって言われてる。でな、そんな神様をも創造したってのが時の神エテルネルなんだよ。へへっ、すげーだろ。丸暗記したんだぞっ。」
こいつのメンタルは鋼か?神々の頂点に立つのがエテルネルだと知っていながら、本人を前にしても変わらずのこの態度。
もういちいち驚いていたって僕の身が持たないし、無感情の面持ちでアルを褒めておいた。
四つの世界に、五人の神様か。知らないことを教えて貰えるのは非常に助かるのだけど、畳み掛けるように与えられる情報を覚えておける気がしない。こんな時は書き記しておくのが一番。
前世、仕事で使い慣れていたような手帳を創作スキルで生み出すと、二人に確認を取りながら情報を整理し書き込んでいく。
テール。地球を含めた他幾つかの星から成る、誕生と滅びを繰り返す世界。創造神はスウリールだが、怠惰で引きこもりな為この世界に住まう人間の誰一人としてその存在を知らない。
ボヌプレム。天国と称される場所に当たる愛と平和の世界。テール及びイディアリュウールで死んだ者の魂を受け入れ、天使や精霊、妖精と呼ばれる者達が転生に際しての指導や手続きを行っている。天使達を統括し王として君臨しているのは女神ボアドゥース。めちゃくちゃ豊満な美女の姿を成しているのだとか。
ラージュゲール。地獄と称される場所に当たる怒りと争いの世界。ボヌプレム同様に魂を受け入れ、堕天使や悪魔と呼ばれる者達が罪深き魂の更生処置を行っている。圧倒的な強さで部下を束ねるのは闘神ディシニ。脳筋だが気のいい奴で話しは通じるらしい。
イディアリュウール。多種族共生、自然に満ちた魔法の世界。余命宣告システムを採用。不満解消の策として、前世の記憶を有した他の世界からの転生者(救世主)を不定期配置している。創造神はボアドゥースとディシニの子シャンス。エテルネルの孫にあたる。
イブール。アロガンさんの天使名。堕天使を経て、現在は人間としてイディアリュウールで生活している。エテルネルの狂信者。紙一重。
エテルネル。時の神。天地万物の母。僕を転生させた張本人。貧乳ロリ。バブみが足りない。
アロガンさんから聴いた分はまた後で書き込むとして、一先ずはこんなものか。文字は勿論全て日本語、どうせ僕にしか読めないだろうと後半好き勝手に書いたわけだけど、ずっとペン先を目で追っていたエテルネルに両頬を摘まれた。
「ネルは最高に可愛い神様。カルムは不満か?」
しまった。どんな文字で書こうともネルは神様なのだから読めて当たり前。せっかく遠慮して黙っていたのに、本音がダダ漏れだ。
「いや、ほら。ネルは僕のママだって言ってたから、僕がママってものに抱くイメージに沿うなら、もうちょっと大人っぽい外見の方がそれっぽかったかな〜って。」
バレてから先、誤魔化しても仕方がない。素直に思っていたことを口にすると、長い髪を弄りつつ暫し考えるような素振り。
じわじわ浮力を失って、しょんぼりとした雰囲気を纏い座り込んでしまった。
「…ネルは何にでも成れる。でもネルは可愛いのがいい。」
「あー、ごめん。ごめんってネル。うん、ネルはそのままでいいよ。ちゃんと可愛いし。僕、そういうのも好きだから!」
あぁ、何だこの性癖暴露みたいな言い訳は。エテルネルの機嫌を直すのには成功したが、自分が恥ずかしくて辛い。
若干の羞恥心に頭を抱えていると、僕の肩に触れつつアルが立ち上がる。右手を庇に西の方角を見やり、合図を送るように大きく手を挙げた。
「カルム、羊人族だ。意外と早かったな。」
アルも相手からも互いが視認できているのかも知れないが、僕には遠過ぎてよく見えない。万視スキルで視野を広げ見た先には、剣や槍といった武器を携えた者が七名。それぞれに大きさ形も様々な羊の角を生やしている。
うち二人が放牧している牛と山羊の元へと向かい、残りの者達が武器に手を添えこちらへ歩み出した。
「あっそうだ、これ片付けておかないと。ネル、ちょっとタープの外に出て……て、あれ?ネル?」
たった今まで直ぐ傍に居たはずのエテルネルの姿が無い。周囲を見回し、上空を見上げ名を呼ぶも返事は無く、静かに風が吹き抜ける。
(ネルはいつでも見守っている。またな、カルム…アルディート……)
声は耳にではなく、優しく脳内に響いた。
そうだった。ネルは神様、安易に人に姿を見せるわけにはいかないんだっけ。
「アル、悪いけどそっち側持ってもらえる?畳んでしまっておくから。」
「収納魔法使えるんだったら、そのまま入れときゃいいんじゃないか?」
「別空間に放り込むわけだし広げたままでも邪魔にはならないかも知れないけど、また取り出す時の事も考えろって。それに、ちゃんと整えてしまっておきたいタイプなんだよ。僕は。」
仄かに寂しさを覚えながらも周囲を片付け、アロガンさんに習得を手伝ってもらった魔法の一つストレージで別空間へまとめて収納する。
このストレージって収納魔法、初期レベルでも十畳の部屋程度の容量が有り、体積で埋めるまでは個数や重さ、形も特に関係無く詰め込むことが可能。完全に別空間に隔たれており、僕がどんなに動き回ろうと収納したものが振動で壊れてしまう心配は無い。しかも中にある物は“命譜の書“にリスト化され、取り出しはそこから選択するだけ。綺麗に畳んで順番にしまう必要など無いのだけど、物を雑に扱えない性分なのだから仕方がない。
丁度片付けが済んだくらいのところで、こちらへ向かっていた羊人族達が声を上げた。アルが斬り捨てたまま放置していた翼龍を間近に、動揺した様子で互いに顔を見合わせている。
それもそうだ、どう見たってそこらの駆け出し冒険者が挑んでどうにかなるレベルの魔物じゃない。そんな魔物が一匹ならまだしも三匹、首を斬り落とされ死んでいるのだ。
現時点、むしろ警戒されるのは魔物の死体よりも僕達の方である。一切面識の無い僕では要らぬ擦れ違いが生じかねないと思い、アルに付き添う形で彼らに近付いた。
「よっ!こないだぶり!最近家畜の数が減ってるっつってたの、こいつらのせいだったんだなぁ。」
「あぁ。アンタが倒したのかい?…バイパーの群れを棒切れ一本で一掃した時も、ヤバい奴だとは思ってたけど。…アルディートだったか、アンタ一体何者なんだい。」
応じたのは、黒髪がよく似合う西洋系な顔立ちの長身な女性。頭には羊のような角と耳、存在感のある胸に劣らぬ大鉈を携え、見定めるような視線をこちらに向けている。
「ただの冒険者だって。俺も色々あってさぁ、これからまた王都に戻るとこなんだ。なぁ、家畜を食い荒らしてた魔物討伐の報酬にさ、町まで送ってくれよ。」
「そりゃ構わないが。…そっちのは仲間かい?」
羊人族の視線を一身に受け、とても居心地が悪い。一歩前に出て会釈すると、髪の長い飄々とした男が腰を屈め詰めて来た。
「え、ぁの…ちょっと…。ひっ⁉︎」
たじろぐ僕を品定めでもするかのように見つつ、首筋から顎にかけ指を滑らせニヤリと笑う。草食を思わせる羊人族のはずが、体躯も振る舞いも肉食そのもの。身の危険を感じずにはいられない。
「君はとても美しいな、見ているだけで心が洗われるようだ。どうだい?今日こうして出会えた記念に、おじさんとデートしないかい?」
今の外見であれば性別を間違えるのは無理もないが、こういう軟派な男に出会うのは初めてのことで扱いに戸惑う。
思い違いを修正しようとした矢先、男の脇腹に後方からの蹴りが減り込み、その勢いのままに吹き飛んだ。
腕組みをして見下ろす形相の恐ろしさよ。羊人族とはどうやら思いの外にアグレッシブな種族のようだ。
「嬢ちゃんが怯えてるだろう!自重しな‼︎」
「いや…僕、男なんで。なんか…申し訳ないですけど。」
恐る恐る告げる僕に、再び視線が集中した。他三人の羊人族も、完全に僕の性別を誤って認識していた様子。何か小声で言い合っている。
「ユヌ村で会ったんだけど、カルムは魔法が得意でさ。俺が剣しかマトモに扱えないから魔法使いの仲間が欲しいんだって話したら、冒険者ってのにずっと興味があったらしくて、即仲間になってくれたんだ。こいつらを簡単に倒せたのも、カルムの魔法のおかげなんだぜ。なっ?」
「へ?あ、あぁ。いえ、僕の魔法なんて大したことは…」
王の承認を得られていない勇者に、転生したばかりの救世主。説明するのはややこしいし、無闇に正体をひけらかすものでも無い。そこそこ腕の立つ冒険者パーティーという設定を通すつもりなのだろうアルに合わせ、僕は魔法使いのポジションで挨拶しておいた。
さっきの戦闘ではビビって腰を抜かし殆ど何もできなかったとは言え、使える魔法の数と魔力量を見れば、この世界の一般的な魔法使いよりも数段優秀なのだ。その職を偽ったところでバレる心配も無いだろう。
「アンタ、あたしらの町に立ち寄ったことは無いのかい?魔法が得意ってんならテレポートくらい使えるだろう。」
「あー、今まで一度も村から出たことが無くて、今日が初めてなんです。アルに聞いたところ、皆さんの町までは歩いて三日はかかるそうですし、一度運んでもらってポイントを設置させてもらおうかなと…」
「ふぅん、まぁいいさね。何にせよアンタらは恩人だ。町に戻ったらもてなすよ。あたしの名はルクラ、町長の娘だ。よろしくな。」
「カルム・オレオルと言います。よろしくお願いします。」
何か疑われている感も否めないけど、とりあえずは納得してもらえたかな。
他の羊人族も各々に自己紹介をしてくれたが、相変わらずカタカナな響きばかりで一度聞いたくらいでは覚えておけない。会話する度に名前を尋ねる面倒と無礼を回避すべく、早速また手帳のページを埋めていく。
「それは暗号か何かかい?」
「ひあぁ…⁉︎」
それぞれの名前と特徴を走り書きする手元を肩越しに覗き込まれ、驚きのあまり変な声を出してしまった。
「っくっくっく…随分と可愛い反応だなぁ。おじさんの名はエトバス。カルム君のように美しい容姿の子が大好きなんだ。できることなら部屋に閉じ込めて、一日中でも眺めていたいくらいなんだがねぇ。くくくっ…」
「は、はぁ…」
喉を鳴らして笑うエトバスの言葉が冗談ばかりとも思えず距離を取る。すかさずルクラさんの拳が彼の腹部を捉え、縋るように手を伸ばしながら崩れ落ちた。
「いい加減にしな!まったく…。コイツは農業の腕は立つし戦士としてもかなり優秀なんだが、見ての通りオツムの方に難があってね。多少痛めつけても構わないから、変な事されないように気をつけるんだよ。」
アロガンさんと言いエトバスと言い、この世界では秀でた能力を持つ者程、紙一重でなければならない決まりでもあるのだろうか。
アルを盾に遠目からヒールをかけてやれば、こちらに流し目を送りニヤリ笑みを浮かべている。
「痛めつけるとか、そういうのはちょっと性に合わないので。適正な距離感を保っていただけると助かります。」
「はっ…あっはっはっは!アンタ優しいねぇ。流石、箱入りだ。あの村の外でこの先も冒険者としてやってくつもりなら、もっと非情にならなきゃ…そのうち大怪我するよ。」
「俺が守るから、心配ないよ。」
僕を小馬鹿にするような態度が仲間として気に入らなかったのだろう、少々不機嫌にアルが言った。
とは言えルクラさんの忠告も尤もだ。まだ世界の大半を知らないが故、僕には危機感が足りていない。非情とまではいかずとも、身の危険が常に傍にあることだけは頭に置いておかないとな…
それから僕は、羊人族の町シャーフまでテレポートで送ってもらいポイントを設置。農場へ戻り翼龍の死体を解体場まで運ぶ手伝いをした後、三匹もの巨体を持て余した作業員達に代わり、解体までやる羽目になってしまった。
魔物の解体なんて初めての経験で多少不安はあったけど、この世界での通貨を報酬として頂けるとあっては、現状無一文の僕に断る理由は無い。勿論アルも同意で、金額の交渉も後回しに作業場に立つ。
おおよその流れを聞いてみれば、やることは案外単純だった。切り捌いて洗ったら、用途ごとに乾燥、冷凍などの加工を施すだけ。僕とアルにとっては、その程度造作も無い。
解体作業員の指示に従いアルが剣で緻密に切断。僕が水の魔法で洗浄し、装備に使うパーツは火と風の魔法で乾燥。食肉に回す分は氷結魔法もかけ、普通なら何日もかかる作業を二時間で片付けた。
アルの常人ならざる剣捌きと、時操スキルでのタイミング操作によりあちこちで同時発動する僕の魔法。まるで戦闘でもしているかのような派手な光景に、解体作業員のみならず武具素材や食肉の受け取りに来た者達も、開いた口が塞がらない様子であった。
極力目立たないようにと考えていたのに、ちょっと張り切り過ぎたかな。この様子じゃ、じきに噂が広まるのも止む無しか…
「カルム、あんま無理すんなよ。ネルにも言われただろ。」
報酬に釣られたのは事実ながら、それより何より困っている人を放っておけなくて解体まで請け負ったこと、アルはお見通しだったようだ。作業を終えるなり、消費した分の魔力を生環スキルを使い再び補ってくれた。
「ごめん。なんかアルばっか働かせてるみたいで申し訳なくて…」
そう言って返すと、アルは心底呆れた様子で盛大に溜息を吐く。
「カルムってほんと人の事ばっかだよな。俺だって、困ってる人を一人でも多く救いたいって思ってるから、気持ちが先走るのはわかんなくもないけど…。誰かを助けるにしてもさ、自分が元気じゃなきゃどうにもなんねぇだろ?ちょっとは冷静になって、仲間を頼れ。」
やや強い口調とは裏腹に、頭を撫でる手はとても優しい。魔力の譲渡を終えて尚、僕の体調を気に掛けているのが伝わってくる。
「ぁ、う…。ごめん。」
中身では二十も歳下の相手に、こんな風に説き伏せられようとは思いもしなかった。いや、生きてきた年月の差など今は関係ないか。
常に他者を気遣えるだけの余裕があるのは、そうなれるだけの並外れた努力を積んできたということだ。大した争いも無い平凡な田舎でただ生きていただけの男が敵うはずもない。
「アルはホントに勇者なんだね。」
「え⁉︎俺が勇者だってこと、実はまだ疑ってたのか…?」
「そういうことじゃなくて。アルの勇者としての心の資質を言ってるんだよ。凄いなって思ってさ。」
「?そうか?」
無自覚なのがまた凄いんだよなぁ。
唐突に今回の解体で貰える報酬のことを思い出して、そのお金で何を食べるのかなんて言い出したし。
いやでも、村ではアロガンさんの手料理ばかりだったから、この世界の食文化にはとても興味がある。解体場まで来る途中、食事処やら露店から食欲をそそる香りが漂っていた。どれくらいのお金になるのかわからないけど、報酬を受け取ったらちょっと行ってみようかな。
「まだギルドに登録してもいない新人冒険者⁉︎冗談はよしてくれ。君らみたいなバケモノを、ギルド側が放っておくわけがないだろう!」
面と向かって僕達をバケモノ呼ばわりしてくるのは解体場の場長バッズさんだ。報酬を頂いて早々に退散しようと思っていたのに、受け渡し手続きに少々時間がかかるからと半ば強引に応接室に押し込まれてしまった。
殺伐とした雰囲気の作業場に対し、アンティークなインテリアで纏められたその部屋は静かで居心地も良い。アロマオイルでも使っているのか部屋を満たす癒しの香りに目を細め、ガラスの器に盛られた砂糖菓子を一つ口へと運んだ。
「アルも僕も、田舎から出て来てまだ間が無いんです。バケモノだとか言われても、誰かと自分を比較する機会も無かったので、よくわからないと言うのが本音でして…」
「あぁ、いや、すまない。ワシもこの仕事に就く前は長らく冒険者をやっていてね。それこそ翼龍を単独で倒せるような者も幾人かは見てきたんだが…。先程の作業風景には、まったく言葉を失ったよ。」
嘘は言っていないのかも知れないが、深夜の通販番組さながらの大袈裟な言い回し。僕らをこの場に引き止め時間稼ぎをするのが目的とは気付いたけど、人前で力の一端を晒した自分が悪いのだし今更だ。諦め会話を続ける。
「そんなに…ですか?身一つで田舎を飛び出して来たものの、お金が無くて困ってたんです。やはりギルドに登録した方が稼げますかね?」
「君らなら稼げるなんてもんじゃ無い。ギルドに登録した者だけが受けられるクエストの中には、貴族や王国からの依頼もあってな。当然難易度は高いが、その分報酬はデカい。金も名誉も手に入るとあっちゃ、興味も湧くんじゃないかね?」
要するに、そういった依頼が現在ギルドに届いていて、僕らに受けさせようって魂胆なのだろう。もし依頼を達成できれば、恐らくギルドとしても何らかのメリットがある。現状、僕ら以上に使えそうな冒険者に心当たりが無いのだとしたら、ここで確保しておきたいと考えるのも当然の話だ。
「そういう依頼をこなせば、王様に俺のこと知ってもらえんのかな。」
「それは勿論!王国からの依頼は王の命で出されている。クエストが達成できれば、その報せは国中に届く。一躍ヒーローだよ!」
「別に有名になるのとか興味はないんだけど……そっか。なぁ、カルム。」
アルが言わんとしていることがわかり頷いた。
依頼達成で王様からの覚えが良くなれば、謁見が叶う日も早まるかも知れない。それに、依頼をこなす事自体が人助けになれば、お金にもなる。アルがやりたいと望むのなら、この時間稼ぎに付き合う必要はもう無いだろう。
「ひょっとして、既に僕らのギルド登録の手続き…進めてます?」
「あー…はははっ。勝手にすまない。解体作業の様子をギルド長も見ていてな、王国の依頼を受けてもらえるよう話を進めておけと任されたんだ。ランク認定試験の準備が済み次第、迎えに来ることになっている。」
ランク試験…、まさか筆記試験だなんてことは無いだろうから、実戦を模した実技試験なのだろう。アルとのパーティー戦なら良いんだけど、そうもいかない気がする。
王国の依頼に関しても、詳細を聴けていないのが何ともな…。
「依頼内容がわからないのは少しばかり不安ですが、そのギルド長さんは僕達ならばと判断されたんですよね?なら、ご期待に添えるよう頑張ります。」
「おぉ!そう言ってもらえると助かるよ!姑息な真似をして悪かったね、これは解体の分の報酬だ。少しだが多めに入れてある、受け取ってくれ。」
「ありがとうございます。助かります。」
渡された布巾着はずしりと重く、存在感のある金属音がやたらと心を躍らせる。価値がどれくらいのものなのかわからなくとも、労働に見合った対価を貰えるのはやはり嬉しいものだ。
教会を訪ねれば衣食住の心配は無いとは言え、自分で稼ぐ手段があるうちはそちらを優先するつもりだったし、幸先の良いスタートと言っても過言ではないだろう。
暫しの談笑の後、ギルド長自らのお迎えで町の真ん中に位置する建物へと移動した。認定試験を受ける新人がいったいどんな奴なのか気になったのだろう、羊人族の他様々な種族の冒険者達が依頼を受けるでもなく周辺に集まっている。
「カルム君とアルディート君でしたね。まずは、こちらの要請を受諾していただき感謝いたします。あなた方の力の程は解体場にて確認済みではありますが、ギルドの規定もございまして。これより冒険者ランクを決定する為の戦闘試験を受けていただきます。事務的な手続きはその後でも構いませんか?」
元冒険者というのも頷ける逞しい肉体のバッズさんがその命令に従っているから、てっきり筋肉隆々ワイルドな外見のオッサンかと思ったのに。ギルド長を名乗ったのはスーツを纏い髪型もきっちりと整えたロマンスグレーの紳士。洗練された動きはまるで執事のようで、羊の執事なんて下らないワードが頭を過ぎった。
ギルド長の名はベルデ。自身もSSランクの冒険者資格を持ち、驚くべきことに王様とも交友があるのだと言う。
上手くいけば、ベルデさんから王様に取り次いでもらうこともできるかも知れない。信用を得る為にも、さっさとギルドへの登録を済ませて大きな依頼をこなさなくては。
「実のところギルドの仕組みもよくわかっていないので、全てお任せします。ただ…やはり戦闘試験なんですね。それぞれ単独で戦わないといけないんでしょうか?」
「はい。冒険者ランクは個人毎設定されるものですから、お一人ずつこちらで用意した魔物と戦っていただくことになります。が……もしや、カルム君はあまり戦闘の経験が無いのではありませんか?」
戦闘試験と聞いても一切動じないアルに対し、緊張を顔に出す僕に気付き聞いてきた。
「あまりというか…、実は一度もありません。本当のことを言うと、例の翼龍と戦ったのもアルだけなんです。」
「そうだったのですか。ふむ…、でしたらカルム君は私がお相手いたしましょう。カルム君の魔法が実戦で通用するレベルなのかだけ見せていただければ結構です。」
正直に答えれば僕だけ試験を見送られるか、それでも魔物と戦うことを強制されるものと思ったが、ギルド長が直々に相手をするとは一体どういうことなのだろう。その軟弱な根性を叩き直して差し上げます!なんて、ボコボコにされたりしないよね。SSランクの冒険者が相手だなんて、そこらの魔物を相手にするよりもずっと恐ろしい気がする。
「危害を加えるつもりはございませんので安心してください。救世主様に怪我を負わせたとあっては、世界中を敵に回すことになり兼ねませんから。」
「っ⁉︎どうして…」
耳元で告げられ驚いた。ユヌ村を出て以降、誰にも救世主であることは話していなかったし、アナライズでステータスを見たところでそこまではわからない。
「ギルドは教会とも連携しておりますので、そういった情報は自ずと私の耳にも。」
警戒し身構える僕に、ベルデさんはニッコリと笑いそう答えた。
「あぁ…そういうことですか。もう町中に知れたのかと思って焦りましたよ。自分のやるべき事はしっかりやっていくつもりですが、無用な争いに巻き込まれるのも避けたいので。できれば僕の正体、黙っていてもらえませんか?」
「承知しております。ですので、ここでは新人冒険者ということで。認定試験、頑張ってくださいませ。」
「あ、はい……頑張ります。」
ベルデさんに連れられギルド受付の裏手、長い階段を下りた先には訓練場と試験場を兼ねた地下空間が広がっていた。ぐるり周囲には簡易な観覧席もあり、先ほど外で見かけた冒険者達が僕らに向け野次を飛ばしている。
正確には僕に向けて、か。か弱いお嬢ちゃんだの、ひょろひょろのモヤシだの言いたい放題だ。
これも娯楽の一つなのだろうし、実際僕が貧相に見えるのは事実だから仕方ないとは言え、なかなかどうしてイラっとするな。
「先に僕からお願いしてもいいですか?今なら、やれそうです。」
「えぇ、構いませんよ。」
中央まで歩み出て、ベルデさんと距離を取り向かい合う。
佇まいから相手の力量を測るなんて僕にはできないけど、どんな魔法を使おうとも通るイメージが湧かない。これが隙が無いってことなのだろう。
「この空間には、どれだけ暴れようとも外へ被害が及ばぬよう強力な結界が幾重にも張られています。また最上位の回復魔法リザレクションを込めた魔籠石がギルドには保管されておりますので、万が一手足を失う程の大怪我を負ったとしても、完全に回復することが可能です。ですので……」
説明を終えしなやかに右手を上げると、そのまま横に払い魔法陣を展開する。
「私を殺すつもりでかかってきてください。マジックウォール!」
圧のある声と共に、その身体を淡い光の壁が覆った。流石はSSランク、防御魔法を詠唱のみで発動する点からも経験の豊富さが窺える。
対して僕は雑魚だ何だと野次られながら“命譜の書“を呼び出し、同レベルのマジックウォールであれば破壊できる可能性のある魔法を選んだ。
「…っ、行きます!ファイアーレイン‼︎」
呼び出された無数の火球がベルデさんに降り注ぐ。動かぬ的に全弾命中するも、爆煙の狭間破壊されていない魔法壁を確認。すぐさまフレイムカーペットで足元に炎を敷き、続け様にグランドスピアを唱えた。地面から急激に突き出す石の槍がベルデさんを襲う。
「アクセレーションっ!」
アルが翼龍と戦った時に使っていたのと同じ魔法だ。効果は加速。
目で追えぬ程の速さで周囲の槍を蹴り折り、その風圧で炎を消し去ると、何事も無かったかのように初めの位置に戻りスーツの乱れを整えた。
ほんの数秒の出来事に沈黙していた観覧席が、舞い散る土煙りが落ち着くにつれ次第に騒めく。
僕を応援する声もちらほら出始めたはいいが、どいつもこいつもお嬢ちゃんお嬢ちゃんと…。いつもならどうとも思わないのに、今は何故だか無性に腹立たしい。
「僕は男です!ちょっと黙っててください!」
苛立ちを隠さずに怒鳴れば、再び静けさが訪れる。
ベルデさんから終了の合図はまだ無い。この程度では納得できないってことなのだろう。
ちまちまと攻撃魔法を当てていたところで、埒が明かない。気は乗らないけど、本当に殺すつもりで行かなきゃ駄目っぽいな。
「ふぅ……サンダーレイン。ストーンプレス。」
ゆっくりと息を吐き、二つの魔法を唱えた。しかしどちらも発動する気配が無く、ベルデさんとアルを除き皆首を傾げている。
なぜだかすっかり僕の味方になったつもりでいる者達からは、励ましの声が上がり始め。未だ僕を欠片も認めていない者達からは、使えもしない魔法を唱えるななどと嘲笑う声が投げられた。
皆好き勝手に騒いで…、こちとら必死なんだぞ。これでどうにもならないんだったら、経験を積んでまた出直すしかない。
「アル!手間かけさせて悪いけど、みんなを守って!」
「おー、わかった。任せとけ!」
右手を高く掲げると同時に、時操スキルでタイミングを遅らせた二つの魔法が発動する。地を抉るような雷撃と無数の巨石が、ベルデさんへ向け激しく降り注いだ。
「スゥ……フレイムバースト‼︎」
追って撃ち込んだ爆撃魔法も、まだまだレベルは低いが破壊力は抜群。雷撃と合わさり更に威力を増して、積み上がった巨石をも砕く高熱の爆風が吹き荒れた。
あ…ヤバい。これ僕も逃げ場が無いんじゃ…
ゲームでは殆どの場合、放った魔法に自分が巻き込まれるなんて事は無いから完全に失念していた。これは現実、爆風が僕だけを避けていくはずも無ければ、残念なことに躱せるだけの身体能力も備わっていない。
岩でも当たればそれこそ致命傷だろうけど、こんな閉ざされた空間で防御の考えも無しに威力の高い魔法を使った僕が悪いのだから仕方が無い。
あぁ、またアルに叱られてしまうな―――
やがて爆風が収まり、あたりが静かになったのを感じ目を開くと、そこにはベルデさんが背を向け立っていた。初めに使ったマジックウォールとは別の防御魔法だろうか、僕たちを覆う光のドームがガラスのように砕け散る。
「カルム君。あなたをAランクに認定します。行使可能な魔法はSランクに相当しますが、まだご自身の能力を把握でいていない上、状況に応じた判断力も欠けている。Sランク以上の冒険者は魔王戦などで軍団長を任されることもございますから、現状カルム君にその資格を与えることはできません。もし更に上を目指されるのでしたら、もっと経験を積んでまた試験に挑戦してくださいませ。」
「…はい。すみませんでした…」
それ以上、返す言葉も無い。
魔法の火力にだけ関して言えば評価に値するものだったのかも知れないが、全くの無傷で立っていられると、それすら自信が持てなくなってしまう。
とは言え、魔法を撃ち込んだ先に目をやれば、我ながらちょっと引いてしまうくらいには地形が変わってしまっていた。練習する場も無かったから攻撃魔法なんて初めて使ったけど、えげつないな。
「お疲れさん。」
試験場の端まで飛び散る岩を飛び越え、アルが声をかけてくれる。その背後、観覧席を強固に守っていた魔法壁が光の粒子となり消えていった。
「今度は俺の番だな。えっと、俺は魔物と戦うんだっけ?」
「大型のメタルスコーピオンを二匹ご用意いたしました。この魔物、生捕にするのは容易いのですがとにかく硬く、鍛冶屋に持ち込めるサイズに加工するのも一苦労なのです。ですから、おおよそこれ位のサイズで上手く斬っていただけると助かります。」
両手で五十センチ程の大きさを示し微笑んでいる。実践能力を見るのが目的のはずが、これでは解体作業の続きじゃないか。
「そんじゃ、腹も減ったしさっさと済ますか。今夜はルクラが美味い飯でもてなしてくれるって言ってたし。へへっ、楽しみだなっカルム!」
「ハハハ……そうだね。」
ベルデさんの意図を知ってか知らずか、それでも能天気に居られるアルが羨ましい。
観覧席に引っ込む僕を見送りヒラヒラと手を振った。
ベルデさんの中では、アルのランクは既に決まっているのだろう。ギルドの規定に従い、カタチばかりの試験を行うだけのこと。どうせやるならとギルドの利益になるものを選ぶあたり実に強か。長を務めるだけのことはある。
高く掲げた右手の上方に大きな魔法陣が展開した。これはベルデさんの魔法ではなく魔道具の力か。人差し指にある指輪の宝石が強い光を放ち、魔法陣から二匹のメタルスコーピオンが呼び出される。
銀色に艶めく巨大なサソリが二匹。両のハサミを上げ尾を震わせながら不快な音を立てた。
「では、始めてください。」
観覧席にAランクを上回る者は一人も居ないようで、僕が最後の魔法を放って以降、静けさを保っている。
その顔を見渡せば、もはや呆然とするばかりの冒険者達。彼らはこの後起こる出来事に、戦慄することになるのであった。