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09.制服と褒美

「これを着てみろ。今の制服と同じサイズで作られているから問題ないはずだ」


給金に釣られたレオンでなければ、この黒い制服に憧れを持つ騎士は直々に手渡されることに喜びを感じるのだろう。




漆黒の何にも染まらない黒ーーーーー




手渡された制服を凝視していると『早く着替えろ』と急かされる。


「あの、何故、ここで?」


「詰所の方が良かったか?ここなら周りを気にすることなく着替えられるだろう」


「はぁ……気にする???あの、それよりも制服がジルクハルト殿下の部屋にあることの方が気になります」


「昨夜受け取って寝室に置いたままだった。部屋の場所を教えるついでになっただろ」


「部屋の場所?」


「この部屋の場所は解るか?」


「良く分かりません」


知っているが分からないことにした。一度でわかっては怪しまれるからだ。レティシアの時でさえ、与えられた部屋の場所を一度で覚えられなかったのにジルクハルトの部屋の場所を一度で覚えてしまっては怪しまれる。


ジルクハルトが深くため息をつき『後でもう一度教える』と呆れていた。


「で、着替えないのか?」


「着替えます。着替えるんで、出てもらえます?」


「何故だ?騎士が着替える時は周りに人がいるだろう」


「私は人前で着替えません」


晒しを巻いているとはいえ、見る人が見れば女だとわかる身体つきなのだ。ほんの少しでも線の細さを見せるわけにはいかない。


「恥ずかしがることはない」


「違います。見られたくないものもあるのです。例え主であるジルクハルト殿下が相手だとしても、です」


「見られたくないものとは?それ次第だ」


力のある者は、どうしてこうも我儘に振る舞うのだろう。ズカズカと人の心にすら無断で入ってくる。そして、心も身体も傷つけ用が無くなれば立ち去る。


瞼を閉じ思い出す。あの忌まわしい日々を。あれからセシル以外には見せたことがない。今でも傷を癒してもらっているのに消えない、それは心の傷のように。


「身体に……身体に傷があります。見られたくないですし傷のことを聞かれるなんてもっての外です。いくら殿下のご命令でも従えません」


義母と義妹につけられた傷は薄く痕が残っている。貴族令嬢としては傷物だ。セシルが治癒魔術で治そうとしてくれているが古傷までは癒せない。傷がついた時に自分でも治癒をしたが治せなかった。あの時は気づかなかったが、魔術を使われていたのかもしれない、と、今になって思う。


「そうか、すまない。私は隣で待っているから終わったら出てきてくれ」


「殿下の部屋を貸してくださり、ありがとうございます」


頭を下げてジルクハルトが部屋から退出したのを見計らって急いで着替えた。



(着替えるところを見たかったのかしら。それってやっぱり……男色ってことよね?!うわぁ……あれ?立太子しているのに世継ぎを望めない相手が男だったら将来は第二王子の御子が世継ぎになるのかしら?それとも……いや、義妹に興味ありそうだったから両方いけるのかも)



この二日でジルクハルトと義妹、果てや義母のことまで思い出して胸が痛い。忘れたい捨てた過去を切り離せない。自由になりたくて懸命に生きているのに運命とは残酷だ。


「あの、着替えました。サイズは問題なさそうです」


男にしては小柄と言われる自分のサイズにしっくりくる物が仕立てられて驚いた。二番隊は滅多に人員が増えないから余分な制服はないはずなのに、一晩で用意したのだろう。


「ふむ。黒も似合うな。その黒は私の色だ」


「色?あぁ!ジルクハルト殿下の髪色と同じでしたね、言われてみれば」


髪色に合わせるとかドレスじゃあるまいし、と、ごちる。そもそも、王家の人間は殆どが黒髪だ。


近衛の二番隊の黒は血の色が目立たないようにするためだ。ジルクハルトの盾になり血を流しても怪我をしているとは思わせないように、周りに侍っていても血を流している騎士がいると思わせないようにするため。大量の出血を伴う時は、目立ちすぎるので直ぐに場を離れることになっている。


「次の予定まで時間がある。お茶にしよう、これは合格祝いだ」


着替えている間に用意されたらしく、お茶の準備がされていた。

苺を使ったケーキが用意されている。市井で暮らし始めてから、口にしていなかった苺が目の前にある。王城でジルクハルトとのお茶の時間で食べたのが最後だ。邸で苺が出ても自分のは用意されていないし、そもそも、デザートに苺が出たことがあったのは両親が生きていた頃だ。義母や義妹、義父がレティシアとセシルのために用意してくれたことはない。


久しぶりに見る苺とケーキに興奮する。


「私は護衛ですよ?いただいて、よろしいのですか?」


「構わん」


「…………」


「どうした?」


「何を企んでいるのですか?いくら殿下とはいえ、ただの平民上がりの騎士に対する扱いとは思えません」


「何も企んではいない。ただの褒美だ。主からの褒美くらいは素直に受け取れ。それに、お前は細すぎるから少し食べろ」


企んでいるような笑みは感じられないから本心として受け取っていいのだろうか。王族が、平民出の騎士に対して褒美を渡すなど考えにくいのに。やはり……男色……?



(考えても結論がわからないし、企なら乗ってみることで手の内を知れるかもしれないわ)



浅はかだろう、でも、ジルクハルトの事を知らなすぎるから一旦は掌で転がされてみようと思い至る。



で、美味しいのだ。久しぶりに食べるケーキや果物、特に苺が美味。思わず頬が緩む。



淑女ではないということで、手にケーキをとって齧り付いても誰にも咎められない。夢だった両手食い!!どれも好きな甘すぎないクリーム少なめで果物がふんだんに使われている。


特に!王家専属のパティシエが作るカスタードクリームのフルーツケーキは絶品だ。カスタードクリームは市井では見ることすら叶わない、貴族街でも予約を取らないと入れない店でしか提供されていない。


「お前は美味しそうに食べるのだな。そのケーキが気に入ったのか?」


「ふぁい、おいひいれふ」


口に物を含みながら話すなんて貴族令嬢がすれば噂の的だ。行儀が悪いなんて気にするもんか。


「あっ!ジルクハルト殿下、食べますか?」


そういえば、と、毒味係であったことを思い出し、一齧りしたケーキを差し出すと、ジルクハルトが目を見開いて驚いている。


「あれ?毒味は必要ないですか?」


「あ……あぁ、ここでは……まぁいい。いただこう」


かぷり。と、差し出した手にあるケーキを口に含んだ。途中、ジルクハルトと視線が交わり羞恥から頬が朱に染まってしまう。


「んっ……甘いな」


小さめなケーキを差し出したのが間違いだった。指に付いたクリームを舐め取りながら自分を見つめるジルクハルトの視線から逃れられない。トクン…と、胸が苦しい。


「あ……甘い物は苦手なのですか?」


「得意ではないな」


「そうですか、じゃぁ残りはいただきますね」


「お前、身体に似合わず結構食べるのだな」


「甘い物は別腹です」


あらかた食べた後は紅茶を飲んで一息つく。最高級のシェール産の茶葉を使っており香りがとても良く、以前、飲んだのを思い出した。


「食べ方はおいといて、茶を飲む所作は美しいな」


「はい?」



(しまった!無意識で身体に染み付いた所作が……女っぽかった??)



「この後だが、学園へ入学するまでにマナーやダンスのレッスンをしてもらう。私の周りにいても問題ないレベルになってもらう」



眩いくらいの笑顔で告げられた企みである突然のマナーレッスンに頬が引きつる。

昔、散々、叩き込まれたのにまたやるのか。いや、レオンは平民だからマナーなんて身についていないから受けるのは当然なのだが……



「えっと……あと数日ですよね?」


「そうだ。身体に叩き込む。覚えるまで帰れると思うな」


「ひぃっ!!」


このお茶はレッスン前の最後の休息だったのか。もう、食べちゃったわよ。トホホと、企に乗ったはいいものの、すでに完璧にマスターしているマナーを下手な振りして受けなければいけず手の抜き加減に思案する。



(天性の才能ってことで見逃してもらおう。男性としてのマナーは知らないから、今後のためになるだろうし)



既に褒められたお茶の飲み方を崩すことはできず綺麗な所作で飲み切ってみせた。



「ほら、これも食え」


フォークには苺。まだ残っていたのか!と嬉しくなりパクッと食いつく。餌付けされている感は否めない。男同士でも、こういった事は普通なのだろうか。



この後、入学までマナーとダンスレッスンの他に王国の貴族の家名や地位、関係性などを学んだ。現在の勢力図を知ると、この二年で水面下では大きく動いていたようだ。これも、レティシア・ヴィクトリウスが行方不明になった事で自分の娘を王太子妃に据えたい者やヴィクトリウス侯爵家を潰すか隠蓑にして悪巧みをしている貴族が増えたせいでもある。


勢力に変化は生まれるだろうと思っていたが、ここまで変化するとは想定外だ。まさか、あの男まで担ぎ上げられているとは。

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