02.専属護衛の条件
「えぇ、全てお任せください」
クロードは国王と宰相から承認を取り付け、自身の執務室へと移動した。執務室では護衛を学園へ入学させるために必要な手続きを確認し、学園長へ手紙を認め侍従へと手渡す。
黒を基調とした執務室から窓の外に視線をずらすと既に日が沈みかけていた。
事件の起きた昼から数時間経過している。
緊急の措置としてジルクハルトを眠らせていたが、そろそろ目が覚める頃だろう。
何か問題が起きればラウルかリベルト、もしくは魔術師や扉前の護衛が駆けつけるはずだ。
眼球に疲労を感じ眉間を指で抑える。
入学してから一年半が経ち問題なく過ごしてきたが、貴族達も限界なのだろう。
クロードとて今の状況は好ましいものではないと理解している。
ジルクハルトの婚約者であるレティシア・ヴィクトリウス侯爵令嬢の遺体が発見されていないのだ。
数年が経過しているのだから死んでいれば白骨化していると考えられる。弟のセシルと共に行方を眩まし目撃情報すらない。
子供である二人の行方がわからないのであれば死んでいるか奴隷として売られたと考えられるが、早々に王太子妃教育を完了させたレティシアのことを考えると『生きている』と思うしかない。
そのこともありジルクハルトは頑なに婚約者の変更に応じない。
恐らく生きていた際に備えているのだろう。王太子の婚約者としての席を空けておき帰る場所を残しているのだ。
クロードも学園への入学前と後に数度の説得を試みたが、ジルクハルトは譲らなかった。
ジルクハルトからレティシア以外に王太子妃に相応しい令嬢を問われて思い至らなかった。
ラウルやリベルトの婚約者の他には歳の離れた令嬢か、他の貴族令息の婚約者しかいない。
どの令嬢にしても貴族の関係性が荒れてしまう。さらに、フロレンツ公爵家がダンマリを決め込んでいる以上、下手に動くわけにもいかない。
クロードは椅子に深く座り背もたれに体を預け天井を見つめる。
自分にはジルクハルトのような恋心は理解できない、と。
そこまで考えてすぐに思考を切り替える。
早急に護衛の選定が必要だ。二週間の休暇中に選定とジルクハルトの了承、入学準備の全てを済ませる必要がある。
選定した者の学力が不足しているなら特別授業を行い知識の補填、さらに、下位貴族なら高位貴族の礼儀作法を学ばせる必要がある。
護衛の条件を厳しくして、少しでも手をかける手間を省く必要がある。
専属の護衛の条件を書き出し、翌日に備える。王都護衛班の長であるヴィンスを呼んでいるからだ。
今日は生憎、王都から離れた場所で捜索活動をしているので明日の面会になる。
最近は捜索場所が定まらないでいる。
この数年、フロレンツ公爵領やヴィクトリウス侯爵領や王領などを捜索していたが二人の目撃情報を得られていない。
初心にかえり王都の周辺都市を捜索しているが結果は思わしくない。
平民出身の護衛班の騎士に尋ねるも、この数年で王都には新しい顔ぶれが増えていて『知らない顔』の把握は難しくなっているようだ。
執務室にいても状況は変わらない。
今すべきことはレティシアの捜索範囲を考えるのではなくジルクハルトの体調の確認が最優先だ。
媚薬を口に含んでいるのだから今夜が山場だろう。身体の熱を発散させる方法をいくつか用意しなければ、そう考えながらクロードはジルクハルトの部屋へと戻りラウルとリベルトに様子を確認する。
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翌日、クロードの執務室には王都護衛班の長であるヴィンスが訪ねてきた。
ヴィンスはクロードへ挨拶を済ませると学園へ不審人物を侵入させたことを詫びていた。
「護衛班の管轄外だ。元々、学園内にいた者の犯行だから防ぎようがない」
「そうなのですが、しかし...不審物を持ち込ませたようなものですし、その...媚薬の取引を撲滅できておりません」
貴族に流行っている媚薬のことはヴィンスの耳にも届いている。捜索にも関係していることだからだ。
「媚薬の件はいい。それよりも早急に頼みたいことがある」
その言葉にヴィンスは姿勢を正しクロードの言葉を待つ。
王太子もしくはレティシアに関わることだろうと察したからだ。
「オースティン侯爵家と関わりがなく、可能な限り身内と親交の浅い者、そしてジルクハルトに侍れるだけの学力を持ち裏切らない者を紹介して欲しい。もちろん、騎士として卒業して学園へ入学できる年齢だ。年齢の多少の誤差はこちらでどうにかできる」
クロードは学園へ入学でき学のある騎士をジルクハルトの専属護衛として考えている。
他の貴族と同様に学園生活を送れるよう、さらに、学生として入学させることで気を遣わせない護衛を望むことにしたのだ。
クロードの伝えた条件が厳しいのか、ヴィンスは頭をかき思案してある。その条件に合っているなら騎士はしていないし近衛か二番隊に配属されている。
クロードも近衛や二番隊の騎士を検討したが全ての条件に合う者がいない。
既にジルクハルトとの主従関係ができているので学園で学生として過ごすには都合が悪い。
「可能な限り条件に合う人物を。最終決定はジルクハルト殿下が下すから気負う必要はない」
ジルクハルトが了承した相手でなければ学生として側で侍るのは難しいだろう。
もし条件に合う人物がいなければ......ジルクハルトには悪いが普通の専属護衛をつけるしかない。
ヴィンスは条件の書かれた紙を受け取りクロードの執務室を後にする。すぐにでも取り掛からないと学園への入学に間に合わない。
最近卒業した騎士なら若いだろうと考えて、クロードの執務室から騎士団の詰所へ移動し騎士の名簿を漁る。
『該当者なし』
そのような報告はできない。
王太子の専属護衛の選定を次期宰相候補であるクロード・アマルフィ公爵令息から依頼されたのだ。
国王陛下と宰相が承認済みの案件を『できない』と片付けることは無理だ。
ブツブツと呟きながら経歴書を穴が開くくらい見ているヴィンスに騎士団の人間は誰も近寄らなかった。
そして夜になり帰宅する前のクロードに書類が手渡された。
そこには今年卒業したジェイド・バイロンとレオンの二名の名前と経歴が記されていた。
「想定より早かったな。助かった」
書類を受け取りクロードはヴィンスに軽く礼を伝えた。この数時間で老けこんでいるヴィンスを哀れに思ったのだ。
「お心遣い感謝いたします」
礼を言われたことで頭を下げたヴィンスに明日の業務について二、三伝えクロードは執務へと戻る。
書類に目を通した後、クロードはジェイドとレオンの経歴に偽りがないかと、素行調査を公爵家の影に依頼する。
「明朝までにわかる範囲で可能な限り」
クロードの言葉に従い、影は調査を開始する。
「ジルクハルトが認める程度の学力さえあれば、あとは付け焼き刃、もしくは誤魔化して侍らせるか」
クロードとて無理な条件であることは承知の上だ。
それなのに翌日、王城へ来た人物にジルクハルトが深く、深く興味を持つとは思ってもいなかった。
クロード達では知ることのできない、気づくことのできない些細な情報も得られたのは思いがけない収穫だ。