06.試験の合否
翌日、学園へ向かうと試験時間は四時間で知らされていたものより受験科目数が増えていた。
貴族の令息令嬢の通う王立学園は広大な土地に白を基調とした本館と地方に住まいのある者向けの寮が同じ土地に建てられている。
王都の中心部から少し距離はあるが馬車で移動すれば二十分程度で着く。乗合馬車も用意されているので下位貴族や特待生の平民が利用している。
レオンは騎士団から馬を借り王立学園へと向かった。
昨夜、王城から帰宅した後は心配していたセシルの尋問により王太子と接触したこと、王立学園へ入学し王太子に侍り護衛することが決まり、その為に試験を受ける必要があることを伝えると『今直ぐに荷物をまとめて辺境へ行こう』とせがまれ、宥めるのに時間がかかり、さらに心配させる訳にもいかないので、数年前に売った髪の毛が王太子に見つかってしまったことを話せないでいた。
(昨夜は心配し過ぎるから一緒に寝たけど、護衛で帰りが遅くなったり帰らない日にセシルが一人で眠れるか心配だわ)
時たまセシルは不安や心配、寂しいなどの雰囲気を出したり直接伝えることでレティシアを抱きしめ眠りにつくことがある。
レティシアにとってはかけがえのない唯一の家族であるセシルは上手く姉に甘えて自分の側から離れないようにしているが、レティシア自身は気付いていない。
四時間の試験時間は長く取られているのか三時間経たずに全ての問題に回答し見直しまで終わった。王太子からは五百点満点中四百九十点以上は取るように命令されている。
(何度か見直したし、大丈夫よね。学園で学ぶ内容以上の問題だけど、特待生がこの試験を受けるなんて高いレベルが必要になるわ)
中途入学者はレオンだけとなるため、試験内容は王太子からの指示で通常より難しい内容に変更されていた。例え王立学園に三年通っても学ばない問題が出題され高位の地位となる文官が受ける試験と等しい内容になっていた。
レオンは、その試験を四時間かけずに終わらせ三時間経った頃に退出した。
退出時間が王太子に報告されることも知らずに。
王城へ向かう前に自宅へ戻りセシルに試験が高度であったので勉学の範囲と難易度をあげるように伝え、今日から三ヶ月の勉強計画を立てた。日中の時間を上手く使えば三ヶ月で成績を上げる事は無理なくできそうで、必要な参考書や視野を広げるための書籍を購入する。
昼が過ぎた頃、王城の執務室へ行くと既にジェイドとクロードが到着しており、ジルクハルトが来るのを待っていた。
「お疲れ様です。遅くなり申し訳ございません」
「気にすんな。で、試験はどうだった?」
昨日よりは幾分、口調が柔らかくなったクロードはニヤニヤしながら試験の出来を尋ねた。
「まぁまぁだと思います。殿下のご命令通り四百九十点以上は取れているかと」
「マジかよ。あの試験内容で?俺でも四百八十三点しか取れなかったのにか?」
「えっ?!」
「本当、お前はどこの誰だよ」
「いや……どこのって、この国の平民で護衛班のレオンとしか言いようがありません」
「殿下も子供の頃は神童と言われていたけど、お前もそうだったんだな」
「……たまたま本を読める環境にいただけだと思います」
やはり、あの試験内容は高度なもので自分を試すためだったのかと、本気を出しで挑んだことを後悔する。
「あの試験内容は難易度が高いですよね。弟に試験までに難易度の高い勉強に切り替えるように伝えてしまいました」
「弟はお前と比べてどうなんだ?」
「私より優秀ですよ。私が三年かかったことを一年でこなしてしまうんです。自慢の弟ですよ。高位の文官になって私の世話をしてもらうのが夢ですね」
「騎士を辞めるのか?」
「そのつもりです。弟の勤め先が決まったら騎士をやめて市井で職を探して働きます」
「結婚は?」
「しません。女性が苦手なんです」
「ふぅん」
本当はセシルの勤め先が決まり落ち着いた頃に修道院へ入り神に仕える予定だ。光と聖属性の魔術が使えるから怪我をして病院へかかれない人に回復や治癒の魔術を施すためだ。
「そうか、レオンは私付きの護衛を辞めるつもりなのだな」
「ひぃぃぃぃ!!」
扉が開く音もなく後ろから耳元に囁かれ、驚き身体が硬直する。低い声で耳元で囁かれると腰がゾクゾクする不思議な感覚に逃げ出したくなる。思わず耳を手で隠ししゃがんでしまう。
「ジルクハルト、昨日から変だぞ。どうしたんだ?」
「私が変?だとしたら、優秀な奴が現れて嬉しいのかもしれないな」
「確かにレオンは優秀だろうけど、そこまでする程、興味を持った相手は少ないだろ」
何やらジルクハルトに興味を持たれていることは解ったが、この男は興味を持った相手は男女構わずこの態度なのだろうか。婚約していた時には知らなかった一面を知ると、あの期間は何だったのだろうと虚しくなる。
「レオンの試験結果を受け取った。おめでとう、合格だ」
人生で初めて受けた試験が合格であり素直に嬉しく感じている。ほっと胸を撫で下ろし安心し、ジルクハルトを見ると口の端が上がりニヤリとしている。
「四百九十六点だ。私も同じ時間に試験を受けていたが四百九十八点だったからな。ただし、レオンは三時間経たずに試験を終わらせたのに私は三時間半かかった。それなのに二点差とは、お前は私の側に付くのに相応しい」
レオンの試験結果を受け取り確認したクロードがジルクハルトに耳打ちしている。話を聞いたジルクハルトはクツクツと笑い肯定していた。反対側でジェイドは問題を見て目を見開き驚いている。
「あの、これ……学園の入学試験ではないですよね?」
(…………え?)
ジェイドが見て学園への入学試験ではないと判断したのは学園で学ぶ内容が含まれていないからだ。
「基本は学園で学んだ内容だけど応用問題が主だ。それにこの問題は王国の情勢の他に他国の情勢、過去のことまで含めて理解していないと解けないだろ?私では回答できない」
(その情勢や他国のことは学園で学ばないの?!)
レオンは驚いたが顔には出さず首を傾げ様子を伺う。ここでの出方次第では正体が暴露てしまうかもしれない。
「他国の情勢は書物を読み込んでいれば解けるかもしれないな。王国のことは回覧や情勢に目や耳を向けていれば情報を入手できる。士官学校なら国に関する情報は充分なくらい閲覧できたはずだが」
「うーーん、確かにレオンは書物を読んでいる時間が長かったので情報を得る機会は充分にあったかもしれません。私の学ぶ姿勢の不足でした。失礼しました」
「これから学ぶことだな」
「はい」
(いやいやいやいや!!士官学校にあった書物や情報誌に試験の内容に関わることは書いてないわよ!あ、弟の持っている書物や参考書に載っていたことにしよう!名案ね!)
何故、他国や王国の情勢について詳しく知っていて回答できたのか尋ねられなかったのでニコニコと微笑みその場を凌いだ。聞かれたって動揺して明確な回答をする自信はないから聞かれないなら黙っていることが得策だ。
ジルクハルトはニヤリとする以外は、何故、問題を解けたのか、自分と同じくらいの成績なのか問うことはなく嬉しそうに腕を組み机に寄り掛かり目を細めてレオンを見つめていた。
「そう言えば学園で護衛する理由を伝えていなかったな。クロード、説明を」
昨日は学園での護衛という話だけで、護衛が必要になった理由は聞かされていなかった。そもそも、王立学園は王族や高位貴族が通うことから警備は万全で提供される食事も安心できるとされている。
それなのに、ジルクハルトの側に付かなければいけない程の護衛が必要ということは、貞操か命に関わる危険が起きたということだ。
例えジルクハルトに婚約者がいたとしても既成事実を作れば王太子妃になれるかもしれないし、若しくは、側妃になれる可能性がある。
姿を現さない婚約者に遠慮する必要はない。娘を王太子妃や側妃にしたい親や、王太子の隣に立ちたい、王妃になりたい令嬢がジルクハルトの隣に侍るために水面下で壮絶で醜い女の争いを繰り広げていても可笑しくない。
「先週、王立学園で事件があり二週間の休暇に入った。ジルクハルトが狙われた」
安全なはずの王立学園でジルクハルトが狙われた?