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56.見慣れない男と過去の罪

会場の扉に視線を移すと、そこに現れたのは金髪の髪に翡翠色の瞳、長身で細身の男の姿だ。


その服装からしても高位の貴族令息で、王太子がいる場にも関わらず遅れて入ることが赦される程の力がある家の者だとわかる。


学園や社交界で見かけたことのない男に生徒や保護者、夜会に参加している者の全てが驚いて男を見ている。



「待っていたぞ」



皆が驚いている中、ジルクハルトが声をかける。



コツ、コツ、コツ、と、会場内に足音が響く。男が近づくにつれてレオンは膝から崩れ落ちそうになり、側にいたジェイドに支えられる。


いつの間にかジルクハルトの右少し後ろに移動していたクロード・アマルフィ公爵令息、その隣にはラウル・マインラート伯爵令息、左にはリベルト・ヒネーテ侯爵令息が一人の男を受け入れる。


侯爵家の嫡男であるリベルトがジルクハルトの左側の場所を開けて迎え入れる。

男は当然のようにジルクハルトの左に立ち、挨拶を交わす。


誰もが息を呑んだ。

侯爵家の嫡男に場所を譲られる、その男の正体は少なからずヒネーテ侯爵家よりも格上の侯爵家もしくは公爵家であるのに、誰も、その男を知らない。



「予定よりも早く到着することができました。全ての手続きが完了しております」



微笑む男の顔は見慣れている、のに、別人のように頼れる、そんな雰囲気を纏っている。



(ど、うして……だ、だって……)



目の前で起こっていることを受け入れるのに時間がかかる。身体も、うまく動かず、レオンはただ呆然と立ち竦んでいる。



「ジルクハルト殿下!話の続きですぞ。そのような途中で入場するような無礼者に構わず、どちらかお選びください!!!」



キッと男は睨みつけエミリカとマリアンヌの背を押して一歩前に出す。さぁ、早く女を選べ、と。



「私はレティシアと結婚する」


「その女は戻らない、戻ってきても王太子妃にはなれぬ!!」


「何故だ?」


「ヴィクトリウス侯爵家が何をしているか貴方もご存知でしょう?!」


「なら、何故、妹の方を勧めるのだ?」


ぐっ……とオースティン侯爵は押し黙る。

貴族としての失態だ。思わず不要な言葉が出てしまい自分の首を締めてしまった。


「ジルクハルト殿下、発言してもよろしいですか?」


左に立つ男が許可を求め、ジルクハルトは『赦す』とだけ伝える。その顔は何が始まるのか知っているかのようだ。


「ヴィクトリウス侯爵家並びにナタニエル伯爵家、オースティン侯爵家を告発します。証拠はこちらに。残りの証拠は全て陛下に提出済みです」


「なっ……何をっ」


男が出した証拠は王城内の業務で得た金を横領した証拠、人身売買の証拠、その他の不正に関する証拠だ。


「何故だ、何故お前がこれをっ」


掲げて見せた証拠の一部を目にしたオースティン侯爵はガーンと音がするくらい大きな口をあけ驚愕で目を見開いている。


突然始まった告発に貴族達はざわつき会場内が騒然とする。


さらにヴィクトリウス侯爵と夫人、義妹の罪も明らかになった。

あの侯爵邸で行われていた醜い行い。



「あの邸では頻繁に人身売買のオークションが行われていた。また、レティシアの純血を五百万リールで売る計画を立てた。未来の王太子妃を付加価値としてな。その日、レティシアが逃げ出さなければ実行されていたのだろう」


邸中を媚薬香で充満させ、男達を興奮状態にし、誘拐した女を高値で売買していた。


売買で得た金は元締めとなるオースティン侯爵家へ上納後、残りは自分たちの懐へと納めていたのだ。


人身売買のオークションを行なっていない日には定期的に大人の夜会が催されていた。乱交、とでも言うのだろう。


レティシアにとって人身売買のオークションは初耳だ。いつも魔術で結界を作り外の音を遮断していたから知らなかった。


怖かった、あの邸の異様さが。

思い出したくもない、見たくもない、あの、男女の異様な興奮した姿を。


唐突に思い出したことで媚薬の香りと記憶が蘇り吐き気を催す。

と、足元がふらつく。



「お、お父様は、そんなことをしていません!その男が嘘をついているのです!!わ、私だって関係ありませんわ!」


必死に弁明するマリアンヌだが、関係のない証拠などない。



「この男は、お前のことをよく知っているようだぞ。顔を見ても思い出さぬか?」



眉を潜めマリアンヌは男の顔を伺い見る。が、心当たりがない。こんな顔のいい男と出逢った事があるなら忘れるはずがない。


「思い出せぬようだな」


その場にいる誰もが男の顔に思い当たることはない、が、少し離れた場所にいた貴族の数名は男が何者か気づいたのか声を上げそうになり口元を押さえている。



「紹介が遅れたな。セシル・フロレンツ、フロレンツ公爵家の跡取りだ。本日付でヴィクトリウス侯爵家からフロレンツ公爵家への養子となり国王陛下から跡取りとしての許可が降りた」



男を見て気づき声を上げた者は前ヴィクトリウス侯爵とセシルの容姿が似ていたことに気づいたからだ。

フロレンツ公爵家は跡取りである唯一の嫡男を事故で亡くした。あの、レティシアとセシルの両親が亡くなった同時期に。


「あぁ、学園ではセドリックと名乗っていたな」


新たに告げられた事実に驚愕する。

平民の特待生として入学した男は、姉と共に行方を晦ましていたヴィクトリウス侯爵家の嫡男だったのだ。


ジルクハルトの左の男から、皆、自然と後ろにいる護衛へと視線が移る。


視線を受けてレオンは辺りを見渡し慌てる、何を言えば、どうすれば、と、不安になりジルクハルトを見ると優しく微笑まれ手を伸ばされる。



「私の婚約者、レティシア・フロレンツ公爵令嬢だ」



ジルクハルトが手を差し伸ばしたのは自分の護衛として側に仕えさせていたレオンだ。

魔術で変えていた髪の色をジルクハルトが干渉し元の美しい金髪に戻した。男装していることと男として見ていたので、レティシアだとわかっても思考が追いつかない。


常にジルクハルトの側に仕え毒味をし、いや、実際に毒を飲んでみせた男がレティシアだと告げられ理解が追いつかない者が多いのだ。


その反応を楽しむジルクハルトと呆れるクロード、ラウルとリベルトは笑いを堪えているようだ。



「今回の証拠を集めセシルをフロレンツ公爵家の養子とするるためには時間が必要だった。だからレティシアにはレオンとして生活してもらい私の側に仕えさせた。男なら周りも警戒しないからな」



まるで、レティシアとセシルが行方不明になったのもジルクハルトの計画の一つかのように告げられる。


行方不明になっていた期間のことは何も話すなとジルクハルトに口止めされている。含みを持たせた言い方をし、相手に勝手に想像させる。それで、今回の告発のためにジルクハルトがレティシアを護り、動いていたのだと思わせる事ができればいい。


ヴォルヘルム王国では嫡男が他家の養子となる際は十五歳以上であることと現在の生活と養子先の家での生活、他に実績から養子として問題ないか判断される。


そのためには養子先の領地で半年間の生活と領地内もしくは国への貢献が試される。


セシルは南にあるフロレンツ公爵領で生活し実績を作るために王都を離れていた。

そこで魔道具を開発し王家へ献上し実績の一つとした。




稀代の魔術師、セシル・フロレンツ公爵令息としてーーーーー



「それと、オースティン侯爵とヴィクトリウス侯爵は前ヴィクトリウス侯爵の殺害に関与したとして取り調べを行う。二人を取り押さえろ」


控えていた騎士がオースティン侯爵とヴィクトリウス侯爵を取り押さえて連行する。

その際、ヴィクトリウス侯爵は『オースティン侯爵に頼まれた』だの騒いでいた。


前ヴィクトリウス侯爵の馬車事故は仕組まれたものでオースティン侯爵が王太子となったジルクハルトの足元を崩すために婚約者を陥れ自分の都合の良い人間を王太子妃に据え、また、侯爵家を隠れ蓑に人身売買を行うために当時子爵位だった現ヴィクトリウス侯爵に取引を持ちかけ前ヴィクトリウス侯爵夫妻の殺害へと至った。


セシルを殺害しなかったのは、最悪、マリアンヌと婚姻させてヴィクトリウス侯爵家を操るためだ。セシルは病弱とされていたので子を成した後に殺害する予定だった。

レティシアを直ぐに殺さなかったのは、美しい見た目をしていたから成長すれば高値で売れると考えたからだ。


オースティン侯爵にとって二人が邸から逃げ出したのは想定外だった。

虐待をする事で逃げる気力すら失わせたはずなのに、まさか、王太子の婚約者という立場すら手放して逃げ出すとは思ってもいなかった。


直ぐに追手を向かわせたがレティシアに反撃されたか絆されたかで行方を晦まし、生死を確認できていない。


どうせ生きていられないだろうと考えて、捜索はせずにいた。


レティシアは義父によって自身の両親と叔父が殺されていた事実に頭が真っ白になる。

震える身体をジルクハルトが優しく支えてくれる。その手の温もりに安堵する。


オースティン侯爵とヴィクトリウス侯爵夫妻、娘のマリアンヌにナタニエル伯爵、その他に関係していた者も全て連行され、ヴィクトリウス侯爵夫妻は最後まで喚いていた。


レティシアは、ただただ呆然としているしかなかった。両親が殺されたなんて思わなかった。その証拠をセシルが隠し持っていたことも。



呆然としていたレティシアの前にジルクハルトが跪き手を取る。



「レティシア・フロレンツ公爵令嬢、貴方を生涯ただ一人の伴侶としたい。私と結婚して欲しい」



ジルクハルトが何を言ったのか、一瞬、わからなかった。だが、理解すると恥ずかしくなる。皆の前で求婚されるなどとは思わなかったからだ。


口をパクパクさせながら視界を彷徨わせるとセシルと目が合う。『幸せになりなよ』と口元が動いていて涙が溢れる。



自分は、レオンではなくレティシアとして生きていいんだ。ジルクハルトに愛を囁かれて手を取り合い共に歩むことを、皆の前で受け入れていいんだと思うと心から嬉しくなる。



「はい、ジルクハルト殿下のお気持ち大変嬉しく思います」



少し間を置いて、会場に拍手が沸き起こった。



「さぁさぁ!!やっと王太子と未来の王太子妃が揃って、今夜は学生最後の日だ、飲み明かそう!!」



グラスを持ったラウルが声を掛けることで場の雰囲気も変わり、告発の場から祝いの場へと変わった。


皆、ジルクハルトの隣に立つレオンの姿をしたレティシアと話したそうにしている。その空気を察したジルクハルトがレティシアを連れて同級生たちの輪へと入り話し掛ける。



レオンの優秀さを知っていることでレティシアは直ぐに受け入れられた。

あの優秀な男がレティシアで未来の王太子妃なら国の安泰に繋がる。


何より、本当の意味でジルクハルトの身を護ってきたのだ。誰も、レティシアに成り代わろうなんて思わない。




卒業式後の夜会は後世、語り継がれた。

当初はこの回が最終話でした。

でも、モヤモヤを少しだけでも解消しようと思い、明日の分を作りましたー。

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