53.レティシアの想い
レティシアはセシルにプレゼントされた白いワンピースを着ている。
南の領地で経営を学んでいるセシルが、給金が出たから、と、いつ使うか分からない女物の服をプレゼントしてくれた。
白いワンピースを箱から出した時は心が躍った。
こんな可愛らしい物を自分が手にしていいのか、と。でも少しだけ不安にもなった。髪を切ったあの日から、女物の服を着ていなかった。もう手にすることはないと思っていた。
修道院でさえ、男の服装のまま行くことを考えていた。訳有りのように見えて根掘り葉掘り聞かれないだろうから。
平民向けの服なので丈は膝又だ。貴族令嬢として考えると短く心ともない。
さらに、コルセットを持っていないから身体を締め付けることは出来ず、簡易な肌着の上に着ていることで、いけない事をしているような気がしてしまう。
首にはジルクハルトから贈られた大切なアメジストの首飾り。髪にはジルクハルトの瞳の色と同じ薔薇を差し込んだ。
もちろん、髪の色も魔術で染めていないので金髪だ。
少しでもレティシアとしての誠意を見せようと着飾ってみたが足元がスースーするし、久しぶり過ぎて恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。
いくらワンピースでも薄着になるから肩には二番隊の制服の上着をかけてみたが、そうなるとワンピースを着ている意味があるのか自分でも分からなくなっている。
夜会では令嬢達は綺麗に着飾っていた。
何故か羨ましいと思う自分がいた事に驚いたのだ。深紅のドレスに銀色のドレス、ピンクにブルーに黄色と、色とりどりのドレスがシャンデリアの光を浴びてキラキラと輝いていた。
ドレスが羨ましいのではない。
婚約者や想いを寄せる相手の前で美しい自分を見せている、その、当たり前のことが羨ましかった。
だから、レティシアとしてジルクハルトと顔を合わせるなら少しくらい着飾りたい。そう考えて、今できる精一杯のオシャレをした。
今では、一人で盛り上がっているようで恥ずかしくて部屋へと戻りたい気持ちだ。
ワンピースの裾を掴み俯いてモジモジしていたが、そろりと目線を上げ『レティシアです……』と告げるとジルクハルトの顔が、ぱぁああと明るくなった。
次の瞬間には視界がジルクハルトの服になったが。
レティシアは強く抱きしめられている。
ジルクハルトもシャワーを浴びたのか石鹸の香りがして心地よいがくすぐったい気持ちになる。
「返事を、聞かせてくれるのか?」
「はい」
「それで?」
抱きしめられていることでジルクハルトの鼓動が伝わる。緊張しているのか早なる鼓動がレティシアを安心させる。
ーーーー緊張しているのは自分だけではない
「ジルクハルト殿下……ううん。ジル様が好き、です。勝手に逃げ出してごめんなさい…………」
ジルクハルトへの想いを口にした途端、涙が溢れた。抑え込んでいた感情が溢れて止まらない。
抑えていた女の性、女としての自分、男として生きて葛藤した。
「見つけてくれてありがとう」
誰も気づかなかったのに、ジルクハルトだけが自分を見つけ出してくれた。
深い深い闇の中で自分の本当の姿さえわからない暗闇の中の、その女である自分をジルクハルトだけが見つけ出した。
見つけ出して無理矢理に連れ戻すのではなく、ゆっくりと、レオンとしてのレティシアを受け入れて信頼してくれた。
ジルクハルトを側で護ってきたのはレオンだけど、側にいることで手を出されず護られていたのはレティシアだ。
ジルクハルトの背に震える手を回すと、ぎゅうっと抱き締められる。それが苦しくて嬉しい。
「護れなくてごめん、逃げ出すほど辛かったのに気付けなかったのは俺のせいだ。戻ってきてくれて、ありがとう。もう、離さない。必ず護ってみせる。だから…!!」
ジルクハルトの身体から引き離される。
涙でぐちゃぐちゃの顔を見せたくない。視線を逸らそうとしたがジルクハルトの瞳にも涙が浮かんでいた。
思わず魅入った。
「俺の隣を歩いてくれ」
その言葉が嬉しい。またジルクハルトの隣に居られるのが嬉しくて、一瞬止まった涙が再び零れ落ちる。
「はい」
涙を流しながら首を縦に振る。
もう離れたくない、許されるなら女として幸せになりたい。
「レティ、辛い思いをさせた分、幸せにすると約束する。もちろん、セシルのことも俺に任せてくれ。もう、全てを一人で背負う必要はない。俺にも背負わせてくれ」
レティシアが背負っていたセシルの養育を、生活の維持を、いや、そんな目に見えることだけではない。
レティシアが抱えている全てをジルクハルトは受け止めてくれる。
もう、一生分の幸運を使い果たしたのかもしれない。そうしたら次は、次に目が覚めたら、絶望しかないのだろうか。
そのくらい、幸せで胸がいっぱいだ。
「好きっ、好きです……わ、たし、いがいと、結婚しないでっ」
レティシアの行方が解らなければ貴族会が決めた相手と婚姻すると宣言した時、ひどく動揺した。
あの後からずっと、夜になると想像してしまっていた。
レオンとしてジルクハルトの一歩後ろで護衛をするが、前方には二人の姿。新しい婚約者の令嬢の姿を想像して胸が締め付けられていた。
それでもレオンとして生きると決めたのは自分だから、仕方のないことだと言い聞かせていた。
無事にセシルを卒業させて一人前に育てることが自分の使命なのだと。逃げ出した自分には隣に立つ資格などない。
オズオズとジルクハルトの背に手を回す。
いつも後ろから見ていた大きな背中が頼もしい。
(護っていたと思っていたのは私だけで、ずっと護られていたんだわ。あの頃から、あの逃げ出した時も)
婚約を破棄すればレティシアが戻る場所、居場所がなくなっていた。
一国の王子が行方不明になった令嬢と婚約を続けることは難しかった筈だ。
ジルクハルトの変わらない態度に苛つき、暗殺を試みた者が多くいたのだろう。
それなのに彼は、ジルクハルトは信じて待っていてくれた。
それがどれほど大変だったか。
どれだけこの人を不安にさせていたのだろう、と、考えれば考えるほどレティシアの瞳から涙が溢れ出る。
目を擦ろうとすると止められた。
「目の周りが赤くなる。今、タオルを持ってくる」
抱きしめていたジルクハルトの手が身体から離れると寂しさが込みあがる。
「い、や、離れないでっ」
意識していないのに甘えた女の声が出て驚いた。慌てて手で口元を覆う。
「すぐに戻る」
抱き上げられ、ゆっくりと寝台へと降ろされ額に口付けられた。
レオンの時以上に優しさが伝わる口付けだ。
戻ってきたジルクハルトは温かいタオルを手にしていた。目が腫れないようにと。
当然のことだが、今はジルクハルトの寝台の上にいる。
しばらく目元を温めていたが、気持ちが落ち着くと状況の不味さに気付いてしまった。
(え、と、不可抗力に近い状況だったとはいえ、密室に未婚の男女が二人きりって……大問題!!)
アワアワと慌て出すレティシアの姿にジルクハルトは思わず声を漏らし笑い出す。
「これはもう、直ぐにでも婚姻するしかないだろう。あと数時間で夜が明ける」
「わ、わたし、部屋へ戻ります!!」
寝台から降りようとすると腕を掴まれ上掛けの中へと引き摺りこまれる。




