50.年終わりの夜会
ジルクハルトは王族席へと座り、来客達には見えぬよう高さを調整された後方に護衛達が控える。
ジルクハルトのすぐ隣にはライナハルトがいる。二人は視線を合わせず言葉も交わさない。
入場した貴族達が王族へ挨拶するために列をなし、ある程度の爵位の者の挨拶が終わり貴族の入場が完了すると、国王陛下が挨拶を述べる。
一年を締めくくる挨拶が終わると乾杯の音頭がとられ、その後は皆、思い思いに過ごす。
下位貴族にとっては、めったに参加できない王城での夜会だ。この日のために準備し、少しでも高位貴族との関係を結ぶのに躍起だ。
貴族が開く夜会でも、高位貴族に招待される下位貴族は子供の友人関係か親の代から仲の良い場合が多い。
王城で一番広い会場のシャンデリアは大きく、光が煌めいている。
このシャンデリアは先週、新しい魔道具を開発した魔術師から献上された。光の属性者が魔力を与えることで、その与えた魔力量に比例して光り輝く。
王城に仕えている光魔術を行使出来る治癒術師か魔力量の多い国王、ジルクハルト辺りが魔力を与えれば、通常よりは光が強くなる。
列席している貴族達も入場してから数度は、頭上のシャンデリアを眺めている。
「素晴らしい輝きだわ。この大きな会場を、あのシャンデリアで明るくしているなんて」
「稀代の天才魔術師、と、噂されているようですわ」
「とてもお若い方らしいわ。でもローブを羽織っていて顔はよく見えなかったとか」
会場内は、初めてお披露目となったシャンデリアの煌く明かりの魔道具の話題で持ちきりだ。
『稀代の魔術師』が誰かを特定し、自身の邸にも使えるよう魔道具の製作を依頼し王家の次に手に入れたいと考えている。
夜会も中盤からはジルクハルトも王族席を離れ友人の輪に入ったり、貴族当主と歓談を楽しんでいる。
もちろんレオンは一歩後ろに控えてジルクハルトとその周囲を警戒している。
「ジルクハルト殿下は稀代の魔術師が誰かご存知ですか?」
侯爵家当主が、シャンデリアから噂の魔術師へと話を変えた。
実はレオンも気になっていた。
ジルクハルトが魔術師と会ったという記録がなかったからだ。
「知っていますよ。友人、と言うべきかわかりませんが、知り合いの弟なんです」
「ほぅ。それは」
「どこの誰とは、まだお教えできません。恥ずかしがり屋なものでね」
学園の友人か王城で関係する人間の弟なら身元はしっかりしている。
ただそれだと、貴族の子息になる。
稀代の魔術師と噂されるのなら幼い頃から貴族達の間で噂になるはずだ。
レオンはジルクハルトと関わりのある人物を思い出すが弟に稀代の魔術師と呼ばれるような人は思い当たらない。
夜会も終盤になり日付が変わると、新しい年になる。改めて国王陛下より、お言葉を頂き、新年を祝う夜会へと姿を変える。
新年を迎えると無礼講よろしく酔い潰れる者や休憩室へと消えていく男女が多くなる。
今夜のジルクハルトはお酒の量も少ないので、当たり前だがレオンの毒味の回数も少ない。
会場にはシャンデリアに負けない煌びやかなドレスを身に纏った美しい令嬢が沢山いる。
ジルクハルトはこの中のご令嬢から婚姻相手があてがわれるのかと思うとレオンの心にチクリと痛みが走る。
(以前の私ならジルクハルト殿下の新しい婚約者のことを考えても辛いなんて感じる事がなかったのに、今は私の思い違いだとわかってしまったから……他の方が隣に立つなんて考えたくもない)
それでもレティシアへと戻り想いを伝える覚悟が出来ない。全てを失いたくないからだ。この数年で築き上げたレオンとセドリックとしての生活を壊し、ヴィクトリウス家へ戻り貴族として生きていくことは困難だ。
また、義家族から嫌がらせを受けるかもしれないと考えると身体が竦む。
「ジルクハルト殿下」
「ナタニエル伯爵令嬢か」
深紅のドレスを身に纏いクリーム色の髪を巻いたエミリカがナタニエル伯爵と共に声をかける。
「ナタニエル伯爵も変わりないか」
「えぇ、変わりございません。娘の方から声を掛けてしまい申し訳ございません。あと少しで貴方の隣に立てると思い、先走ってしまったようで」
ニタリと笑い、自分の娘がジルクハルトの婚約者になるのだとよく通る大きな声で会場中に聞こえるように話し、他の候補者達を牽制する。
「私の隣にナタニエル伯爵令嬢が立つことはあり得ないので今後は間違いを犯さないように娘を教育した方がいい」
「なっ!」
「それと、ナタニエル伯爵令嬢、貴方は私の友人に親しく話しかけるようだが私の婚約者でもないのに彼らに近づくのは遠慮いただきたい。彼らも相愛の婚約者がいるのでね」
エミリカは自分はジルクハルトの婚約者になるのだから未来の王太子妃であると考えた。
それなら側近達とも仲良くしようと思ったのか、ベタベタと必要のない触れ合いまでして彼らの気を引こうとしていた。
ジルクハルト以外からも大切に扱われてこそ、真の婚約者になれると考えていたが手法を間違えていた。
そのようなこともあり、ジルクハルトの側近達は変な噂を立てられぬよう、婚約者と共にいる時間を増やしている。
婚約者達に聞かれて問題のない話なら時には王城の執務室へと招き入れ、偶然を装って王城でエミリカと出会し馴れ馴れしく近寄られることを避けていた。
もちろん、婚約者に誤解されないこともだが、ジルクハルトの側近達がエミリカと仲が良いと噂されると婚約者で未来の王太子妃だから扱いが違うのかもしれないと変に勘ぐられることを防ぐためでもある。
目の前の二人、ナタニエル伯爵と令嬢は眉を潜めている。
レティシアが見つからない以上、オースティン侯爵の意向でエミリカとの婚姻がほぼ確定している。
にも関わらず、ジルクハルトの態度が変わらないことが苛立ちの原因だ。
「エミリカ様、見苦しいですわ。ご自分の立場を弁えたらいかが?ジルクハルト様!きっとお姉様は、他の殿方に匿われていて幸せに過ごしています。諦めになった方が国のためになりますわ」
エミリカを笑うためだったのかマリアンヌが近づき嘲笑う。
マリアンヌは銀色に黒の薔薇があしらわれているドレスを身に纏っている。ジルクハルトの色を使い、周りを牽制しているのだろう。
だが、エミリカも同様に深紅のドレスに黒い薔薇をあしらいジルクハルトの色を主張している。
周りの貴族達はエミリカとマリアンヌの仲が悪いことを知っており一触即発を懸念している。
煌びやかな会場とドレスとは反して彼女達の心内は醜く歪んでいる。
マリアンヌはジルクハルトに腕を絡め身体を預けようとしたが、すぐに払われた。
驚いて見上げたマリアンヌは、ジルクハルトに睨まれ身体がビクリと強張る。
マリアンヌにとっても初めて、彼を怒らせたのだ。
レティシアの目の前で腕を絡めても何も言わなかったジルクハルトが、ゴミでも見るかのようにマリアンヌを見下ろしている。
「お前達は王太子妃になった後、何を望む?何のために王太子妃になりたいと考えているのだ?」
その問いに会場中の貴族が注目する。
扇子で口元を隠しヒソヒソと話し合う夫人達や興味ある問いに友人と意見を出し合う令嬢、その様子を見守る貴族当主たち。