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49.薔薇と気持ち

年終わりの夜会の日、王城内は朝から忙しなかった。かなり前から準備で忙しくはあったが、やはり、当日も忙しい。


レオンも近衛の警備計画や当日の警備の配置、各々の役割の確認や調整、当日のジルクハルトの動きの確認と、側近となる令息達への警備の確認、高位貴族への対応の把握、自分の担当の確認と連携方法を覚えるために時間を要した。


とは言っても、警備計画などの大掛かりな職務は上の人間が担当しているので、レオンは与えられたものの確認と、当日の動きをジルクハルトと調整したり、出される飲食物の把握など、殆どが覚えるだけだ。


ジルクハルトとは大枠で調整し、当日、その場で動きを決める。


ジルクハルトも当日の警備計画書や自身が関わること、それと、四番隊を経由して手に入れたライナハルトの警備計画とオースティン侯爵家について把握するくらいだ。


レオンはジルクハルトの御身を護ることだけを考える。必ず側に仕える。


当日の昼過ぎからジルクハルトの護衛をジェイドと交代して二番隊と近衛の警備計画の変更点の説明を受けていたレオンはジルクハルトの私室を尋ねるのが夕刻になった。



(きょ……今日はやけに引き止められたように感じたわ。まさか魔術師達もいるなんて!魔術のことで雑談が多くて警備計画以外の話で盛り上がったわ。それに、ラウルまでいるなんて思わないわよ!帰宅してから、また、婚約者と王城へ来るなんて大変そう……)



警備計画の変更の説明が終わると、年終わりの夜会の警備は初めてだろうから、と、貴族の夜会について説明を受けた。


最近の貴族関係まで教えてくれたのには助かったが、そこで魔術師達が詰所にやってきて各部屋の室温管理の話になり、ラウルまで来て新しい魔術陣の話になり……かなりラウルの魔術話に時間を費やした。


魔術師達が楽しそうだから途中で抜け出すことも出来なかった。


扉をノックすると部屋からジェイドが出てきて、引継ぎ事項はなしと確認し入室すると真っ暗だ。


部屋の明かりを消すと年終わりの夕刻は既に暗い。



(あれ?どうして暗いの?)



後ろを振り返るとジェイドの後ろ姿が見えたが扉を閉められたので真っ暗。光のない室内にはジルクハルトの魔力が感じられる。



(寝たの?引き継ぎでは起こすようにとは言われていないけど……)



真っ暗な室内にジルクハルトの気配と魔力はあるからいるのだろう。意を決して声をかける。


「ジルクハルト殿下?」


と、唐突に部屋が明るくなる。

一気に明るくなったことで目が眩みギュッと目蓋を閉じた。

手を引かれたので身を任せて歩を進める。



「そろそろ光になれたか?ゆっくり瞼を開けるといい」



その言葉通り、ゆっくりと瞼を開ける。驚いて気づかなかったが室内は薔薇の香りがする。



「ぅわぁ……き、れい」


ジルクハルトの部屋の至る所に薔薇が飾られていた。


部屋を見渡すと、赤、青、白の薔薇があり、部屋の中心には紫色の薔薇が飾られていた。

大きな壺にグラデーションで紫色の薔薇が飾られている。


レオンは思わず薔薇に手を伸ばし鼻をつけ香りを嗅ぐ。

薔薇のめくるめくばかりの重い香りが鼻を通る。


この薔薇が部屋にあればアロマの代わりになるだろう。薔薇の香りに包まれて眠りにつけば、きっと良い夢をみられる。


ジルクハルトのことを忘れて夢中で薔薇の香りを嗅ぎ、その美しさにも見惚れていた。



(あぁっ!忘れていた。ジルクハルト殿下の部屋だったわ)



恐る恐るジルクハルトの方へ振り返るとソファーの背もたれの後ろ寄りかかり腕を組んで目を細めて微笑んでいた。



(あぅ……ど……どうしよう)



薔薇から離れ『コホン』と咳払いし、目を逸らして身体をジルクハルトへと向け立ち直った。


「好きに観ていい」


「へ?」


「気に入ったのなら好きに観るといい」


「あ、いえ、その」


「薔薇は嫌いか?」


「す、好きです」


「そうか、良かった。レオンの部屋にも飾っておいた。あとで楽しんでくれ」


「あ、ありがとうございます」


ジルクハルトの部屋だけだと思った薔薇が自分の部屋にあると思うと嬉しくなる。

夜会の後は身体が疲れているから入浴する際に薔薇を浮かべよう、と、考えるとワクワクする。


これで、気の張る夜会の後の楽しみができた。


レオンの部屋だから花瓶に数本の薔薇だろうけど花びらを浮かべれば、いつもよりは癒される入浴の時間になる。



(幼い頃は侍女が薔薇を浮かべてくれることもあったわ。懐かしいなぁ)



大きな壺に飾られた紫色の薔薇は、セドリックがプレゼントしてくれた薔薇によく似ている。


あの日、セドリックがプレゼントしてくれた薔薇は大切にして栞にした。

大切な花を栞にすると読書の時間も楽しめるのだ。


「この薔薇の色は昔、セドリックに貰った薔薇と似ています」


レオンが手にしたのは濃い紫色の薔薇だ。

鼻を近づけて香りを楽しむレオンの横顔は美しく、ジルクハルトは見惚れている。


「紫の薔薇は珍しいですよね。とても綺麗な色ですね」


昔を思い出し、大切なものを扱うように薔薇を触るレオンはジルクハルトに微笑みを向ける。


「あぁ。紫色の薔薇は珍しい。その薔薇は俺の瞳をイメージして作られた色だ」


ジルクハルトの瞳の色と聞いたレオンはコテンと首を傾げる。

薔薇とジルクハルトを数度見て『そういえば色味が似ていますね』と興味なさげに返した。


それでも愛おしそうに薔薇を見つめるレオンの姿が、まるで、自分を愛しんでくれているようにさえ感じてしまう。


ジルクハルトは後ろからレオンを抱きしめる。


レオンの身体がビクリと震える。

背が高く肩幅のある男の身体が後ろから抱きつくと、背中に、その存在を感じる。


ジルクハルトは肩に顔を埋め、息がレオンの首に吹きかかり、その度に身体が強張る。


「あ、の」


「もう少し待つつもりだった。でも」


「でも?」



鼓動が高鳴る。

ジルクハルトの熱が身体を支配する。








「レオン、愛している。俺のものになれ」









その言葉に身体が囚われたように固まる。動けない。逃げられないと悟った。


首筋に口付けられ吐く息が触る。

息がかかると身体がゾクゾクする。



「夜会の後でいい。レティシアから返事が欲しい。無理なら……レオンからで構わない」



レオンから離れたジルクハルトは何事もなかったかのように夜会服の上着を羽織り『行くぞ』と声を掛ける。



夜会が終わるまでにレオンはレティシアとしてジルクハルトの想いに答えるべきか決めなければならなくなった。


レティシアとして覚悟を決めるときが来た。

でも、どうして、と、レオンは思う。



どこでレオンがレティシアと暴露たのだろうか。



初めは順調だったはずだ。

どこで間違えたのか、どのタイミングで気付かれたのか、レオンには見当もつかない。


もしも、だ、暴露ているのがジルクハルトだけではなかったら……自分は彼らの中で疎ましく思われていただろう。


男だけで話したいこともあっただろうに、レオンが護衛についていることで面倒を感じていたはずだ。


折角の学園生活を台無しにしたように感じる。




レオンはどうするべきか考えながらジルクハルトの後をついて会場へと向かう。

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