47.護衛の仕事と好きな花
ジルクハルトが学園を卒業するまでにレティシアを見つけ出せなければ貴族会の勧める令嬢も婚姻すると発言してから三ヶ月が経過した。
発言した当初は、令嬢達からのアピールが多くあったり、魔物や魔術師に殺されかけたりしたが、今は何事もなく穏やかだ。
残り二ヶ月となり、ジルクハルトと婚姻させる令嬢がほぼ決定したこともあり、あとはレティシアが見つからないように捜索チームやジルクハルトの側近が見張られている。
捜索チームでは嫌がらせを多数受けている。以前、ジェイドが市井での拠点にしていた家が放火されたのもその一つだ。
捜索に人を動かすと他で事件や事故を起こされたり、危害を加えられる。実際に重傷を負った者もいる。
ジルクハルトは、ある程度の情報は揃ったと捜索チームに伝え解散させた。代わりに貴族会たちが直接手を下せない影と闇の一部の者に任務を与えた。
これで捜索についての情報は一切外部に漏れることがなくなり、貴族会も情報を掴めないでいる。
季節が巡り、北にある領地では初雪が観測されたそうで、王都でも冬支度が始まっている。
「そろそろ春夜会と卒業式に向けてレティのドレスを作り始めたい」
いや、それは早いだろう、時期的に。まずは年終わりの夜会が先だろと突っ込みたいが、突っ込んだところでレティシアはいないから作る必要もない。
レオンは無表情のままジルクハルトの後ろに控える。
ジルクハルトは執務室のソファーに腰掛け、書類を確認しているところだ。夜会とは関係のない書類である。
「あ、その前に年終わりの夜会か。流石に年終わりの夜会には出席しないから花でも贈ろうと思うがどうだろう」
この執務室にいるのはジルクハルトとレオンの二人。クロードは宰相の執務室で補佐の業務についていて不在だ。最近は、クロード不在が続いている。
「レオン、どう思う?」
「花をどこに届けるのですか?」
「レティ宛に」
「ですから場所はどこですか?」
「そうか、届ける場所がないな」
「でしたら贈ることは出来ませんね」
「残念だ」
と、残念そうな顔はせず楽しそうにしている。本当に贈るつもりなのだろうか。
「レオンの好きな花は何だ?」
「私の好きな花ですか?」
「そうだ」
ここはレオンとして答えるべきかレティシアとして答えるべきか悩むこところだ。
(好きな花なんてレオンとしてはどう答えたら……悩むわ)
暫く出して答えたのは
「百合、でしょうか」
「百合?」
「はい」
これは嘘だ。セシルの好きな花が百合なのだ。本当は濃い紫色の薔薇が好きだ。赤い薔薇も。あの華やかさが好きだ。
「本当か?」
「はい」
「そうか」
な、ぜ、残念そうな顔をするのだろうか。そな顔は、花を届ける場所がないとわかった時にする顔だろう。
何事もなかったかのように書類へ目を通し、必要事項をメモ書きしている。そのうち、執務机へと移動して手を休めることなく書類の作成と承認案件、決済案件を片付け始めた。
で、二時間ほど経過してから扉の外で待機しているジェイドと交代を命じられる。
最近は物騒なのか扉の外には護衛が二人いる。そのうちの一人は必ずジェイドだ。
捜索チーム解散後は王都護衛の任へ戻るか配置転換になるかと思われたが、二番隊所属のままジルクハルトの護衛を務めている。
レオンは扉の外へと出て交代を告げると、ジェイドは嫌そうな顔をして中へと入っていった。
「扉の外の護衛って、なんで二人か聞いてるか?」
レオンは右手に立つ護衛に質問する。
「物騒だからとは聞いている。あとは……ジェイドが中に呼ばれることが多いからだと思うけどな」
「それなら私と交代すればいいだけなのに」
「いや、ジェイドが中に入っても必ずレオンが外に出るわけではないだろ?だからだよ」
「そういえば何で私は外に出るように言われることがあるんだろ」
「さぁ?」
何故、扉の外へと出るのか理由を聞いたことはない。…………いや、聞かないでおこう。碌な事はないのだ、と、レオンは自分に言い聞かせる。
「ここで立ちっぱなしって、いつも何したらいいのかわからない」
「あ〜、まぁ、な」
「いつも何をしているんだ?」
「扉の中に聞こえない程度の声の大きさで雑談とか。人が近くを通る時は無言。影に聞かれているかもしれないし、闇の連中が何処にいるか解らないから余計な話はしないかな。任務の話はしない。雑談が無難」
「雑談って?」
「王都の流行りものの話とか。婚約者の話もしないな〜。流行りもの、領地の特産物とか。あとは……他国で起こっていること。まぁ、あれだ、最新の情報って何だ?をアウトプットし合う」
「それいいね。護衛で黙っていると言葉の発し方を忘れそうになる」
「ジルクハルト殿下に話しかけられるのが多いのにか?」
「多いかもしれないけど半日、声を出さないこともある。殿下が忙しいと側に控えているだけってのも多いしね」
「へぇ。ここで立ってるより面倒そうだよな」
実際にはただ突っ立っているだけではなく周りの様子を確認し、通った人間の顔と名前と時間を記憶している。もちろん、服装や手にしている物、会話が聞こえれば内容も全て、だ。メモに控えることなく頭で記憶するので賢くなければ務まらない。
護衛二人で囁きながら覚え間違いがないか確認することもある。
ジルクハルトの執務室内では何が話されているのか……レオンよりジェイドが適任の執務内容とは……仲間外れ、という訳ではないが、寂しさは感じる。
よくよく考えるとクロードやラウル、リベルトと話す際もレオンは扉の外で護衛をするが代わりにジェイドが室内で護衛をすることがある。
自分も男なのだから、男同士の密談に加わっても問題ないようなのだが。
(ジェイドが中に入らなければ、特に変だとは思わないのだけど、私と代わりに中で護衛するのが違和感なのよね……何なのかしら。あ、そうか、私、あと数年で騎士を辞める予定だから知られては困ることもある、、、のかしら)
レオンはこの後の予定を思い出しながら中にいる二人に呼ばれるのを待つ。
執務室内の二人は、ジェイドにとってはどうでもいい話をしていた。
「レオンの好きな花は何だ?」
「は?」
「好きな花だ」
「はぁ……」
「知っているか?」
「花、ですか?レオンの好きな花?」
「そうだ」
「本人に聞いてみては?」
「百合、だと言っていた」
あぁ、そういえば家へ遊びに行くと稀に花を飾っていたが百合は高いから数ヶ月に一度しか買えないと話していたな、と士官学校時代のことを思い出していた。
士官学校時代は週末の休暇に自宅へ帰宅するレオンに付き添ったことがある。
その日はセドリックも自宅に戻っており、百合が飾られていることがあった。
でも確かそれはレオンが好きな花ではなかったような……。
「百合……」
百合の花を見て嬉しそうにしていたのはセドリックだったはず。レオンは、そのセドリックを微笑ましく見ていた。
「どうした?」
怪訝な顔で考え込んでいたジェイドにジルクハルトが声を掛ける。何度か声を掛けるも考え込んでいるようで反応がない。
「あっ」
何かを思い出したようにジェイドが声を漏らす。




