46.ジェイドの任務は続く*勝手に飲みに出歩いてはいけない
あぁ、見つかった。
あの笑顔、王城へ戻ってから精神的に殺される。
ジェイドとは異なり、レオンはポカンとした顔で男を眺めている。
この飲み屋に似つかわしくない男が二人。見た目麗しい男は目立つ。
「ジルク「ジルだ」
「ジルとリベルトは何故ここに?」
ジルクハルトがお供の代わりにリベルトを連れて飲み屋に来ている。二人とも、市井に馴染む服装だ。ジェイドは飲みに行く事を話していないし、レオンも勤務外のことだから話していないだろう。
「見て分からんのか。飲みにきた」
わざわざ、こんな場所へ来なくても上質な酒を私室で飲めばいいのに、何故、ここで飲もうとするのか謎だ。
「突然、ジルに呼び出されて驚いたよ。市井へ飲みに行くから付き合えって。これも騎士になる男の務めだとか言われて意味わかんねぇ」
そりゃそうだ。
レオンが『寝かしつけ』した筈の男が友人とこの場にいて、席につきビーラを注文している。
念のため確認しよう、と思い立ち、ポカンとしているレオンに小声で確認する。
「お前、寝かしつけに失敗したんじゃねぇの?」
「まっさか……いや、そうかも。今夜は聞き分けが良かったんだ。きっと、私達が飲みに出る事を知っていたのかも」
「子供が聞き分けのいい時は碌な事ないぞ。セドリックだって聞き分けの良い時は碌な事なかっただろ」
「うぅ……そうだった」
誰に聞いたのか、影を使ったのかはわからないが、ジルクハルトはレオンとジェイドが飲みに出かけるのを知っていたから、私室にレオンを引き止めるのではなく外出させて市井で会おうと考えたのだ。
目の前のジルクハルトは楽しそうにしているが、リベルトは無の境地でジェイドを睨んでいる。
恐らく出掛ける直前に呼び出されて、市井で落ち合ったのだろう。
「あの、では、かんぱーい!ってことで?」
ニコニコしているジルクハルトが何も言わないので、レオンが乾杯を促すと嬉しそうにジョッキをあわせた。
「騎士はこういった店で飲むのか?」
店が珍しいのかリベルトは店内を見渡していた。リベルトも卒業すれば士官学校へ通うことになるから騎士の私生活に興味があるのだろう。
リバルトの場合は既に士官学校と同じ訓練規定をこなしているので在籍期間は短くなる予定だが。
「士官学校では有名な店だよ。高位貴族の坊ちゃんも一緒に通ったな。こういった店に慣れておかないと地方へ遠征した時に食事に困る。この店なんて上品な方だ」
「へぇ。ビーラも初めて飲んだが美味いな」
「だろ?上品な味だけが酒じゃないんだよ!ビーラは地方でも好まれて平民達はよく飲んでいるからな。飲み慣れておいた方がいい」
グビグビと勢いよく飲み干すリベルトは既に二杯目を注文している。
対するジルクハルトはニコニコとレオンに笑顔を向け、ゆっくりビーラを飲んでいる。
笑顔を向けられているレオンは『何でここにいるんだよ』とでも言いたげな目でジルクハルトを睨んでいる。
二杯目を手にしているレオンはアルコールの打ち消しを忘れてビーラをチロチロと舐めるように口に含んでいる。
レオンとしては睨んでいるのだろうけど、隣から見ているジェイドからすれば、上目遣いでジルクハルトを見つめているようにしか見えない。
恐らくジルクハルトには、睨んでいるつもりなんだろうけど睨んでないな、と思われているだろう。
「私の勤務時間は終わっていますが?」
(あ……レオン、わざわざ喧嘩売りに行くなよ。大人しく飲んでろっ)
ジェイドの心の声はレオンには届かない。
レオンにしてみれば友人との楽しい時間で、やっと愚痴れるストレス発散の時間だ。
ストレスなんて主のことが多いのに、目の前に元凶がいては愚痴ることも出来ない。
「友人として飲み明かすのは問題か?俺も、市井で飲んでみたかったんだ。偶然、同じ店を利用したのだろう」
「ちっ」
「お前、聞こえているぞ」
「今は友人なら聞こえても問題ない筈です。心広いですよね?」
「ちっ」
次はジルクハルトが舌打ちをする。
あー言えばこー言う状態だ。
リベルトは慣れているのだろう。我関せずで、盛り合わせや他の肴を注文している。
「レオンは何でビーラを舐めているんだ?」
「なんれって、飲み過ぎ防止れす」
さっき、ジョッキ半分までグビグビと飲んでいたし、その後も勢いがあったから酔いが回ってんだろう。呂律が回っていない。
焼き鳥を手にしているレオンはモグモグと食べ、ジルクハルトはレオンの食べ方を真似ながら食している。
「ジルは食べ方が上品なんれすよ。嫌味?」
と、レオンは馬鹿にしてグビグビとビーラを飲み干す。アルコールの打ち消しを完全に忘れている。ジルクハルトとジェイド、リベルトはアルコールを打ち消さずにビーラを飲むレオンを驚きながら見るも、本人は全く気付いていない。
食べ終わった焼き鳥の串でジルクハルトを指差すようにし『勤務外に上司がいると酔えない』と文句を言い出した。
(勤務外に上司がいても酔っ払ってると教えてやりたい。レオンと酒は混ぜ合わせ厳禁だ。ついでに殿下までいたら危険物でしかない。で、俺が酔えねぇよ!!!)
ジェイドは久しぶりに同僚と楽しみたかっただけなのに王太子の接待とレオンの世話をすることになった。
酔っ払って二杯目のビーラを飲み干したレオンは突っ伏して寝入っている。
ジルクハルトとリベルトは楽しんでいるようで、メニューから珍しそうな物を頼んでいる。意外にも口に合うらしく『美味しい』と喜んでいる。
「俺も士官学校へ入学したらジェイドは先輩だから今から教えてもらわないとな。騎士生活の大変さとか」
「高位貴族の坊ちゃんは、一回谷底に突き落とすからな。入学早々、新入生でチームを組んで三日間の野宿だよ」
「三日?!」
「ある程度の道具は渡されるけど、森の奥深くに置いていかれるからな〜。俺らの時は一番肝が座っていたのはレオンだよ。突然、荷物の確認して水がないからって、川を目指してさ。まぁ、プライドの高い奴は付いて来なかったけど、レオンについてきた奴らは勉強になったな」
高位貴族でもレオンの行動を予測した者は同じ班を組み三日間、一緒に過ごして共に学んだ。
その時に班を組んだ五人は今でも仲が良い。
高位貴族の二人は近衛の違う班、一人は辺境地を希望して王都を離れた。
近衛の二人は式典の際に王太子の側に控えるが、それ以外では闇の活動を主としている。華やかさが主の一番隊ではなく闇を主としているので四番隊だ。
「リベルトが士官学校へ通っている間は、私も騎士の訓練を受けようと考えている。執務の合間にはなるが、指揮を取ることもあるから、今まで以上に理解を深めたい」
ジルクハルトは既に士官学校の訓練規定は終わっているが、レオンのように崖から突き落とされる経験はしていない。もう少し、手荒な訓練を受ける予定だ。
「ジェイド、今夜、レオンを誘った理由は何だ?」
絶対零度のオーラを放つジルクハルト。
ジェイドは特に理由がなく正直に話すしかない。
「いや、あの、昔からの癖でつい。飲みたいな〜、レオン誘って飲みに行こう!という軽いノリです」
「お前……二人きりにはなるな!」
「すいません。迂闊でした。次はジルも誘いますね」
「レオンを誘わないではなく俺を誘うのか」
「嫌ですか?レオンだって王城から出て羽を伸ばしたいでしょうし、何なら今しか出来ないことですからね!」
「わかった。それなら俺を誘うように」
「あ、護衛が二人いるなら俺は誘わなくていいから」
「リベルトも来て欲しい。一人で二人の世話は困る」
この、合わせたら危険な二人を一人で面倒見るなんてごめんだ。ジルクハルトが暴走したら止められない。
「えーーー、めんどくせぇ」
「お前の友人だろ!本当、頼むって!!」
「わかった、わかった」
市井での男達の夜は更けていく。
最後はジルクハルトがレオンを背負い馬車に乗せ、三人で王城へと帰宅した。
リベルトは早めに一人で逃げた。朝まで付き合えないと。
翌朝、目覚めたレオンは唖然とする。
自室ではあるが隣にジルクハルトがいたからだ。気持ちよさそうに寝息を立てている。




