45.ジェイド・バイロンの任務と失敗
「レオン、今日の任務が終わったら飲みに行かねぇ?」
ジルクハルト殿下の執務室前の扉で待機していたレオンに声をかけた。
執務室内ではレオンに聞かせることの出来ない打ち合わせをしているのだろう。
ジェイドより歳下で女の様な容貌をしているレオンとは士官学校へ入学した時から仲が良い。
というか、余りにも純真無垢で放って置けなくて声を掛けた。そうしなければ、士官学校へ通う男達の餌食になっていただろう。
見た目麗しい男は他にもいるが、それは爵位が高いから簡単には餌食にならない。
だが、レオンは平民だ。
簡単に手をつけられる。
男しかいない生活の場でレオンの少年らしさが抜け切れない未成熟な雰囲気、身体つきは男達に女の身体を妄想させる。
ジェイドは面倒見の良さからレオンの信頼を勝ち取り仲の良い友人枠に収まることができた。
弟のように可愛がり楽しんでいたが、レオンの弟であるセドリックに噛み付かれたりと、大変な目にもあっている。
士官学校に在学中、休日前から市井に出て酒を飲むことは許されていたので、月に数度、仲間達と飲み明かしていた。
レオンは滅多に飲みに出歩かず、出ても数時間で帰宅する。それでも、ジェイドがいる時にだけ参加していた。
卒業間近になると二人で飲みに出歩く程の仲になっていた。
「いいね!二十一時には寝かしつけるから、いつもの所へ行こう!」
「寝かしつけるって、お前の仕事は殿下の護衛だろ」
「二十一時に部屋へ押し込むまでが任務だよ。寝かしつけみたいなもんだ」
仮にもこの国の王太子を私室まで送り届ける任務を『寝かしつけ』などと言えるのはレオンくらいだろ。
今は王城に部屋を与えられているから飲みに出掛けても朝、ジルクハルトを起こすギリギリまで睡眠を取れるので、こうしてたまに飲みに出掛ける。
飲みに出掛けても、レオンはアルコールを打ち消してしまうので雰囲気だけ味わっているが。
「そういえばさ、飲みに出掛ける時って殿下に伝えているのか?」
勤務は二十一時までだが、主に何も伝えずに外出しているのでは、と、疑問を持った。
いや、普通の雇用関係、王族護衛でも主に外出許可は取らないが、ジルクハルトの護衛をしているレオンだから話を通しておくべきだろう、と、ジェイドは考えた。
「なんでジルクハルト殿下にプライベートの報告をするんだ?飲みに行くのは私用だし勤務外だろ?」
「いや、なんつーか、誘った俺もアレだけどジルクハルト殿下に話を通しておかないと俺もアレでソレなんだわ」
「は??ジルクハルト殿下は関係ないだろ?久しぶりに飲みに行けるのが楽しみだよ。明日は学園も休みだし、ジルクハルト殿下を起こす必要がないから遅くまで楽しめるな!」
にっこりと嬉しそうに笑うレオンに、今更、断ることも出来ず、軽い気持ちで誘った事を後悔した。
(俺、ジルクハルト殿下に殺されるかもな。今まで何も考えずに飲みに誘えたけど……うーん、ダメだとは言われてないし命令もされていないからなぁ……)
ジェイドも久しぶりに同僚として飲みに行きたい、レオンとゆっくり話したくて誘ったのだ。
ジルクハルトの顔を思い浮かべては恐怖が背中をつたい、でも、レオンの笑顔を見たくて……誘惑が打ち勝ち、ジルクハルトに伺いを立てずに飲みに行くことにした。
(殺されたらそれでお終い。で、いいか)
誘惑には無理して打ち勝たないが超えてはいけない一線は心得ているジェイドである。
その日の夜、約束の時間になったので二番隊の詰所でレオンを待っていた。
『寝かしつけ』に時間がかかることもあると聞いていたが、意外にも直ぐに姿を現した。
「寝かしつけ、意外と早いんだな」
「あぁ、意外すぎて驚いた。晩餐も執務室で軽く召し上がったし。こちらとしては助かるけどな!」
ジェイドとレオンは私服で乗り合い馬車で市井へと向かった。士官学校より王城からの方が市井へは遠く、歩くと時間がかかるので乗り合い馬車は都合が良い。
王城の近くで乗り合い馬車は珍しい。ジェイドやレオンのように王城に詰めている騎士や文官が利用している。高位貴族では物好きが乗り合い馬車を好んで使用している。
市井に到着してから馴染みの店へと顔を出すと陽気な店主が変わらず迎え入れてくれた。二人が騎士になった時には祝ってくれる程、よくしてくれている。
「親父、ビーラといつもの盛り合わせで」
「あいよ」
平民に馴染み深いのは麦芽を使用したビーラだ。
貴族のように葡萄酒なるルヴァンより一般的だ。シャンパンなんて高価な物は手が届かない。
「レオンは最初の一口以外はアルコールを打ち消すからなぁ。今夜も打ち消すのか?」
「二日酔いは頭が痛くなる。でも慣れた方が良さそうだから一杯目は普通に飲むよ」
「そうしろ。殿下のお戯れに翻弄されないようにするならアルコールに強くなった方がいい」
(と、まぁ、ジルクハルト殿下は嬉しそうだから酒に弱いままの方がいいんだろうけど、後始末させられる俺によろしくない!)
ジョッキのビーラを半分ほど飲んだところでレオンの目は虚だ。本当にお酒に弱いらしい。ここで酔っ払ったら大変なことになる。
ジェイドは水を勧めて、ビーラを飲むペースを落とさせた。そうしないと、二杯目に手を出してアルコールの打ち消しを忘れそうだからだ。
士官学校を卒業して約一年半程だが怒涛の日々だった。
王都警護という騎士の中でもマシな職場に配属され、多少は楽ができ休みの日は遊べる場所がある、ある意味では騎士達に人気のある場所へ配属されたのに、突然の二番隊への配置転換。
それもこれもレオンと仲が良かったことで思わぬ職場への異動となった。
異動後の数ヶ月は、捜索チームの引き継ぎや地方の捜索への参加など、これといった収穫のない日が続いていた。
正直、見つからない人間を探すのは大変だ。やる事の決まっている王都警護とは違い、何かしら情報を掴んで王太子に報告しなくてはと心労が重なっていた。
今は別の意味での心労が重なることが多いが。
「ジェイドは何をしているんだ?そっちの状況は教えられていないから私では何もわからないんだよ」
「ま、あ、うーん、捜索しながら護衛的な任務」
「あぁ、婚約者を探しながら主の護衛か?私の代理で就いていることもあるよね」
「うん、まぁ、そんなとこ」
「見つかりそう?なんか地方にいるとか」
「あ〜〜、そこは行ってきた。しかも日帰りだぜ?酷くね?馬車三日のところを馬で日帰り!何もできねぇだろって」
「それはキツいね。行っても何もできずに帰宅だろ」
「そうなんだよ。目的は修道院の確認だったから、それ程、用はなかったんだけど」
グビグビとビーラを煽る。
最近は、飲まなければやってられない事が多い。ジルクハルトが学園を卒業するまでの辛抱だが、それでもあと数ヶ月は長い。
しかも、だ、今回の任務の功績次第では養子先を見つけてくれるか、騎士爵が与えられることになっている。
バイロン家はオースティン侯爵家の血縁だから、そこから抜けるためだとか。
ジェイドとしては願ったり叶ったりだ。
バイロン家の籍から抜け出せるなら騎士爵でも養子入りでも、どちらでもいい。
再びビーラに口を付けて勢いよく飲み始めると聞き慣れた声に吹き出した。
「二人とも楽しそうだな」
ギギギと声のする方へ顔を向けると、とてもにこやか、爽やかな青年風を装った男の姿が……見たくなかった。




