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43.視察という名の市井デート

音楽演奏会のことはセドリックへ手紙を出して知らせたが、領地で覚えることが多いらしく『参加できなくて残念だけど、そっちに戻ってから聴かせて欲しい』とだけ返事が届いた。


南の領地は温暖な気候で過ごしやすく、観光業が盛んで領民は、おおらかな気質の人が多い。



(最近は忙しいのか手紙の返事も素っ気なくて寂しい……長く休みを取れたら様子を見に行けるのに、半年後なら無理そうね)



レオンがセドリックを必要以上に心配していることでジルクハルトやクロード達に『いい加減に弟離れをしろ。これは良い機会だ』と呆れられている。もう何度目だかわからない。


「そんなに心配しなくてもいいだろう。お前の弟だぞ?」


「一人で眠れているかな、とか、心配になるんですよ。眠りが浅いことがありますから」


「そこはもう一人で寝かせろ。子供じゃないんだから。兄貴ってより母親みたいだな」


ギクリ、と、狼狽そうになる。

レオンは『ハハハ』と渇いた笑いでごまかした。


「ここがレオンの家があったところか」


ジルクハルトが、王都、レオンの暮らしていた市井の生活に興味を持ち、つい先日、市井の視察を行うことになった。


市井で騎士服の護衛は目立つので、二人とも平民が着る一般的な装いをしている。

ジルクハルトの色は目立つので紫色の瞳と黒い髪色は魔術で茶色くしている。


それでも、品のある所作や美しい顔で平民には馴染みきれていない。本人は、馴染めていると思っているようだが。


「そうですね。一部、壁は残っているようですが、大部分は燃えたようで以前の面影はありません」


侯爵家を出てからセドリックと二人で暮らした家はもうない。慎ましく生活していた、その思い出もあった。


暫く思い出の場所を眺めた後は、ジルクハルトの希望でレオンがよく通う店などを案内することになっている。


日用品を購入する店、食品を購入する店、どれも小さな店だが店主の人柄が好きで利用していた。


久しぶりに訪ねても詮索することなく、いつもと変わらずに接してくれる。


「いい男を連れているね!友達かい?セドリックはどうしたのさ」


「弟は……「私は最近、学園へ編入したんです。南から来たのでレオンに王都を案内してもらっていました。セドリックは学習の関係で南の領地を見学に行っているんですよ」


「そうかいそうかい。弟はいい男になったからねぇ、頭もいいなら将来は安心だね」


注文をとった女将は厨房の方へと向かった。

市井を案内して昼時になったので、特別な日に食べるハンバーグの店をジルクハルトに紹介すると『食べてみたい』となり店を利用することとなった。


「ジルクハルトでん「ジル、だ。その名で呼ぶと姿を変えている意味がないだろ」


「すいません。ジル、、は、市井で食事をしたことがあるのですか」


「以前、な。レティがいるかもしれないと思い捜索で市井へ来た時に二度ほど」


「その時は何を召し上がったんですか」


「さて、パンやスープだったと思う。レティのことを考えていたから覚えていない」


「そうですか」


男の姿になりたてで士官学校へ入学する前だと、女の雰囲気が残っていたから偶然、市井で会っていたら気づかれていたかもしれない。


注文していたハンバーグの香りが食欲をそそる。ジルクハルトに勧めたのはチーズが入ったハンバーグだ。


あっつあつの鉄板に乗せられたハンバーグにナイフを入れると肉汁とチーズが溢れる。

初めてハンバーグにナイフを入れた感動が蘇る。鬱々とした気持ちになりかけていたが、この店でハンバーグに初めてナイフを入れて肉汁が溢れ出たのを目にし、セドリックと共に自然と笑顔になった。


ジルクハルトもハンバーグにナイフを入れ、溢れ出た肉汁とチーズに驚き笑顔になっている。


「このハンバーグが絶品なんです!私もセドリックも好きなんです」


「確かに美味しい」


「でしょう!!!王宮のシェフにも負けません!」


「シェフにハンバーグを作ってもらえばいいだろ」


「いいえ、この店で作られているから美味しいんです。ここで食べるから美味しいんです!!」


言い切るレオンにジルクハルトは苦笑しつつも『そうだな』と同意し『また食べに来よう』と約束をする。


ジルクハルトが気に入ったことに安堵し、特別な日はハンバーグにしましょうと、レオンは嬉しそうにする。


「あ、ジルは食べ方が綺麗すぎるのでガツガツ食べた方がいいですよ。市井のマナーに合わせた方が馴染みます」


「そうなのか?」


「どう見ても食べ方がお貴族様ですから」


レオンは大きな口を開けてハンバーグやパンを口に含み、もぐもぐと美味しそうに食べている。周りを見渡すと、レオンのように口に含む際には大きく開けている男が多くいる。


気付かれないように食事の様子を眺め、ジルクハルトは真似るように大きく口を開けて食べる。


「市井のマナーに合わせた方が、より美味しく感じるな」


「そうでしょう?上品だけがマナーではないですからね」


当初、レオンには視察と伝えていた。なので、最初の二時間程度は教会や孤児院へも訪問した。その後、視察の名目で市井を散策し、少しずつレオンが暮らしていた付近へと移動して案内をしてもらうことになった。


レオンはジルクハルトに市井の平民の暮らしを話して改善点や問題点、課題や対処法など自身が考えていることを伝えていた。


そのうち、レオンは久しぶりの市井で懐かしく楽しくなっていった。


「次は、もふもふ体験です!」


「もふもふ?」


「はい!こっちです!」


食事の後はレオンとセドリックが頻繁に通っていた、もふもふ体験の場所へと移動する。


『体験』だから、何処かの施設へ向かうのだと想像していたジルクハルトは、広場に着いたことでキョトンとする。


「ここですよっ!!ほら!あそこ!」


レオンが目を輝かせて指を差した方には、数匹のもふもふ……もとい、猫がいた。


「もふ、もふ?」


困惑しながらもふもふ、猫を見つめる。

猫に近寄り屈むと人馴れしているのか、『にゃぉ〜ん』と脚に身体を擦り寄せ甘えてくる。


「かわいいっ!」


レオンは猫を抱き上げ頬擦りしながらジルクハルトにも猫を抱くよう勧める。


「ねこ、なのか?」


「猫は嫌いですか?この辺りの猫は『地域猫』なんです。食事処や商店が近くにあるので鼠捕りの仕事を任されているんですよ。いるだけで鼠が減ったみたいで、皆んなが飼い主なんです」


「そうなのか?それは知らなかった」


貴族が暮らす街中は掃除夫が深夜から早朝にかけて掃除をしたり、猫がいても貴族の目につかないところにいる。


王城も猫を飼っているが王族や貴族たちの目にはつかない場所にいるので、この広場のように猫が集まり日向ぼっこをしている姿を見かけることはない。


稀に邸で高級な猫を飼っている場合もあるが、珍しい方だ。


「ほら!この子は大人しいから慣れていないジルでも抱っこできますよ!」


ジルクハルトは手渡された猫を抱き猫を眺めると『にゃぁ』と鳴き頭を擦り寄せ甘えてくる姿に頬が緩む。


「人懐っこいな。猫を触ったのは初めてだ」


「王城だと触るのは馬くらいですしね。あとは犬とかですかね」


「そうだな。乗馬に狩猟で馬と犬だな」


「セドリックも猫が好きなんです。月二回位、ここに遊びに来ていました」


「猫を飼えばいいだろう」


「猫は飼うんじゃないんですよ。主を選びます。下僕になる覚悟がないと一緒に暮らせません」


「下僕、か」


「そうですよ」


レオンが好きなら王城の部屋で飼えばいいと勧めるつもりだったが、真の猫好きは猫を縛り付けないと教えられ奥深さを知る。


『もふもふ体験』の後は執務中に食べられる手軽なお菓子を買い、レオンの個人的な買い物をして王城へと帰宅した。


「視察になりました?最後の方は私の用事みたいになってしまいましたが」


「十分だ。皆の暮らしを知ることができたし、市井で暮らしていた頃のレオンが知れて良かったよ」


「また行きましょうね、視察!」


『あぁ』とジルクハルトは苦笑し『またデートしよう』と声に出したがレオンには届いていない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 視察?いや、デートでしょ。デートでしかないでしょ。自覚ないのはレオンさんだけですね。ジルクハルトさんは彼(彼女?(笑))のそういうところが好きとかいいそうですが。 いや、もうホントご馳走様…
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