42.音楽演奏会
あと数分で演奏会の本番だ。
レオンとジルクハルトは、側から見るといつも通りの距離感であるが、近しいクロードやラウル、リベルトから見た二人は『何かあった』ような距離感と雰囲気だ。
「あの二人、何かあったのか?」
「ジルクハルトは機嫌がいいしレオンは……怯えているようだな」
「なになに??ついに?ついに?うわぁ〜、そっとしておこうよ」
煌びやかな衣装を身に纏った五人は、これから王城で開かれる夜会にでも参加するかのように、洗練された佇まいで、裏方で控えている生徒達は見惚れている。
遠目からすると、いつものように仲の良い五人に見える。実際は、本番前とは思えないくだらない話を楽しんでおり、揶揄いたくても面と向かってはせず、遠くから面白そうに、本人達に聞かせるように楽しんでいる。
音楽演奏会は全生徒が参加する。
貴族が贔屓している若手音楽家も招待客となり貴族との繋がりを持てるようにしている。
各学年で楽器演奏の得意な、最大五人が選ばれ、ソロやカルテット、ジルクハルト達のように五人で集まって演奏する者など、学年で選ばれた者が話し合って決めている。
ジルクハルト達が選ばれたのは楽器演奏の腕はもちろんのこと、卒業し将来は国の重責を担うことから四人揃って演奏する機会は今年で最後ということで選ばれた。
その四人が選ばれると残り一人となるが、誰もジルクハルト達と肩を並べて演奏など出来ないと拒み、護衛であるレオンが楽器を扱えるということで選ばれたのだ。
(お零れ演者だけど、なんとか四人の演奏の邪魔にはならないような演奏ができるようにまでなったし、あとは本番で力を発揮するだけだわ。緊張しているけど、五人で音を作り上げるが楽しみだわ)
ヴィオラを見て二ヶ月間の練習……ラウルの厳しい特訓を思い出す。叩き込まれたと表現した方が正しい。
レティシアの頃はフルートを吹いていてヴァイオリンの経験はあったがヴィオラを扱うのは初めてだった。
学園生活の良い思い出になる。
それはレオンだけではなく、卒業後は王太子として本格的に執務を始めるジルクハルト、宰相補佐として執務をするクロード、士官学校へ入学し騎士になり近衛を目指すリベルト、魔術師団の見習いとなり魔術師を目指すラウルも同じことだ。
卒業後は学生という身分を捨て、各々が高位貴族の子息として責任ある立場となり、国を支えていく。
「さぁ、学園生活の最後となる舞台へ行こう」
ジルクハルトの言葉に感極まりそうだ。まだ、演奏し終えてもいないのに。
舞台の幕が上がり、渾身の演奏をして五人の音を響かせる。
観客達は、これから先、二度と聴くことができない音色に耳を傾け酔いしれる。
現国王の時でさえ、側近達と共に演奏していない。
王太子と側近の演奏は間違いなく、この国の歴史に残るだろう。
鍵盤から奏でられる音色
弦を弓で弾き奏でられる音色
五人の個性が混ざり合い、一つの曲を奏でる。互いの良いところを引き伸ばす。一音一音がしっかりと、心に響き渡る。
本来なら重なるはずのないレオンの音も四人に受け入れられている。
四人の音色を引き立てるために土台となり奏でられる音を支える。
その音をピアノの音色が纏め上げ、一つの曲にする。
楽器を弾いているのにダンスしているかのように相手の呼吸を感じる。その呼吸に音色を合わせる。
ーーーー気持ちが高揚する
観客達は息を飲む。
ジルクハルト達の姿を目に焼き付けようと凝視している者や、両手で顔を多い悶えている者さえいる。
(た……楽しいっ!!!)
本番で気持ちの昂りを抑えきれそうにない。
それでも持ち堪えているのはレオンとして冷静に対応しているからだ。
稀にジルクハルトと視線が重なる。
視線が重なると、ふっと笑みが溢れる。
演奏が終わると拍手が巻き起こり、会場がざわつく。
周囲と感想を述べ合う者や感激して涙を流すものもいた。
学生の音楽会、ただそれだけのことに感動してくれたことが嬉しい。
五人とも、自分達の腕が良かったとは思わない。プロの音楽家達の方が鳥肌が立つほど良い音色を奏でるだろう。
自分達の立場や将来を含めて想ってくれた称賛だ。
「お疲れ様でした」
演奏が終わり舞台袖に移動し、水差しから水を注ぎグラスを手渡す。
演奏会が終わり歓談を楽しんでから生徒会役員として後片付けや会場の確認をして今日の予定が終わる。
生徒会室へ戻り今回の音楽会の反省会と来年への活かし方などを話し議事録へ纏め、来年から生徒会長となるライナハルトへと引き継ぐ。
夏の長期休暇明けからは生徒会の引き継ぎを行っている。生徒会会長はライナハルトとなり、他の役員はライナハルトが指名する。
セドリックも副会長として指名される予定なのだとか。
王城での政、ジルクハルトの婚約者の問題を解決しないとライナハルトは生徒会役員を指名できない。
今の状態で役員を指名するとなると、オースティン侯爵家の意向に沿った者になる。
これは、第二王子の招来の側近候補と目される。
だからこそ、慎重になる。
「兄さんが素晴らしい演奏をしたから、二年後、僕も期待されそうで嫌だな。セドリックは楽器を演奏できるかな」
「レオンの弟だから練習の時間を作れば何かしら出来るだろう。戻ってから興味のある楽器を聞いてみることだな」
「セドリックとは、そこまで話せる仲ではないからね。戻ってきたら、まずは友人になりたいと頼んでみるよ」
相変わらず、ライナハルトの腰は低い。平民であるセドリックに対して友人になりたいなど、王族であるのに珍しい。
ジルクハルトもたいがいだが。
「兄さんが羨ましいよ、優秀な護衛がいて。あと僕の婚約者の話は兄さんが決まってからになったよ。兄さんの相手によってバランス取ろうと考えているみたいだね」
「そうか。あの人は元気か」
「あぁ、相変わらずだ。もうダメだね。あのまま離宮に隠しておいた方がいい」
「私も幼い頃は世話になったが、もうダメか」
「あの人がまともだったのは、あの時までだよ。結局は覚悟もないまま側妃になって自滅したんだから仕方がないさ」
ライナハルトが告げる国王の側妃になにかあったのだろうか、と思わせる話だ。
息子であるライナハルトも見限るほどの何かがあったのだろうか。
少なくとも正妃がいた頃は明るく気さくな女性だったのにと、レオンは幼い頃のお茶会のことを思い返す。
レティシアはジルクハルトの母親である正妃が亡くなってから、側妃とは顔を合わせたことはない。
「お前が気にしないのなら、こちらとしてもやり易いが、いいのか?」
「好きにしていいよ、兄さんに任せる。冒険者ってのも憧れるしね。そもそも、あの人は僕とは関係ないし」
「流石に城を出て行かれるのは困る。優秀なのは少しでも側にいて欲しいからな。関係あることになっているんだから、もう少し、辛抱してくれ」
「セドリックが仲良くしてくれるなら頑張れそうだ」
「そこでセドリックが出てくる意味がわからん」
「人質にできそうだね?」
「レオンに殺されたくなかったらやめておけ」
「はいはい」
引き継ぎが終わったなら、もう戻らないと怪しまれるから、と、ライナハルトは早々に部屋を後にした。
王城よりも学園の方が怪しまれずに話す場を設けることが出来るらしく、レオンが用事を言いつけられてジルクハルトから離れている時にも何度か生徒会室へ呼びつけていた。
学園を卒業するまでに何をしようとしているのかーーーー
作者、音楽のことはよく分かっておりません。_:(´ཀ`」 ∠):