04.忘れていた恋心
視界に映るのは幼さが無くなり男として成長したジルクハルト王太子殿下ーーーーーー
忘れていた、蓋をしていた筈の気持ちが揺れる。
突然入ってきたジルクハルトに驚きつつも、ジェイドに促されて頭を下げる。レオンとしては、平民が王太子の顔を知っていることは珍しいからジェイドに促されて頭を下げることになり助かった。
「待たせたな。テストまで終わったか」
「はい。結果はこちらに」
最後に会った時より低くなった声にがっしりとした身体つき、高くなった背に見惚れてしまいそうだ。左側の髪を撫であげていることで、横顔がよく見える。切れ長の目が鋭く覇者としての風格を漂わせていた。そうか、一目惚れだったのだから見惚れてしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
(王都で一番会いたくない人なのに!あ〜やっぱりセシルを連れて辺境へ行った方がいいのかしら。いや、そうなると学園へ入る時に寮費がかかるしなぁ)
ジルクハルトはクロードからテストの結果とレオンとジェイドについて説明を受け考えているようだ。テストの結果を見た時に、一瞬だけ凝視しているように感じたが、満点の結果に驚いただけだろう。
結果や二人の素行調査書らしきものから目線がレオンとジェイドへと移る。
レオンはジルクハルトと目が合ったと思った瞬間、ジルクハルトの目が大きく見開いた。
(女だと気づかれた?!)
コツコツコツーーーーーー
こちらに近づき静かな室内に鳴り響く音が耳に触る。怖い、そう感じた瞬間、下を俯いたが視界に黒い靴が映る。
汚れひとつない綺麗な良質な靴、身分の高い者の物だとわかる靴から目が離せなくなった。顔をあげればジルクハルトが目の前にいるから。
「おい、レオンと言ったな」
「は……はい!」
顔を上げると……というか、周りを見るとジルクハルトの腕で囲まれている?!
壁際に立っていたが自分の顔の横にジルクハルトの腕があり屈んで顔を覗かれている。目の前に美しい男の顔があり、男が男に囲われている様子を見ている周りの視線も痛い。
「あ……あのっ」
「お前、女か?」
「い……お……男です!女顔でよく揶揄われますが私は男です!」
婚約者のレティシアで逢っていた時でさえ、これ程まで顔が近い距離にいたことはない。
「私の愛している女によく似ている」
誰にも聞こえないように耳元で囁かれた声で腰が砕けそうだ。昔より低い男の声、色香のある存在に目眩がする。その場に崩れ落ちそうになり堪えたのを褒めてほしいくらいだ。
「ジルクハルト殿下、発言の許可をいただけますか」
隣に立ち動揺しているがレオンを助けるべくジェイドが発言の許可を求めた。
「許可する」
「ありがとうございます。レオンとは士官学校の同期生です。彼が男であることは間違いありません。あの、その……よく、男に誘われる顔ではありますし襲われて逃げる際に相手を返り討ちにしています」
「ほぅ、男色が好む顔とは違うのだがな」
「男の癖に妙に色香があるので女好きの男に連れ込まれそうになることが多いようです」
「ふむ、それは私もそうだと言っているように聞こえるが」
「めっ……滅相もございません!ジルクハルト殿下のことではございません」
「まぁいい。ジェイドと言ったな。レオンのことで調書に記載されていないだろう士官学校での事を話せ」
(何を聞き出すつもりなの?!知られて困ることはないけど、もう勘弁してよ!帰りたい、もういっそのこと辺境に飛ばされたい)
レオンは自分のことを知りたがるジルクハルトに目眩を覚える。満点の結果が、彼の興味を引いてしまったことは間違いないだろう。
「士官学校でのことですか?先輩に夜中に襲われそうになって氷漬けにして謹慎したことで暇を持て余して訓練していたら結界魔術が誰よりも上手くなったこと、防御系の魔術が得意ですね。あっ!薬物耐性があります。同期生で媚薬を持ち込んで飲み物に仕込んだ奴がいました。そいつは退学になりましたが、レオンも仕込まれたのにケロっとしていました。あと毒に詳しく、聞けば教えてくれるので野外訓練の時はレオンと班を組みたがる奴が多くいました」
「媚薬や毒物に耐性があるのか?」
「えっと……はい。幼い頃から定期的に少量の毒物を摂取して耐性をつけていました」
(本当は耐性をつけるのとは別に光魔術で中和しているんだけど水魔術で中和していることにしているんだよなぁ……)
思い出したくもない夜這いと謹慎、媚薬騒ぎが懐かしい。レオンにとって歳の近い友人が出来たのが士官学校で、実の両親が死んでから初めて笑えた場所でもあった。
ジルクハルトが何かを指示して数分後、クロードが小瓶を持って部屋へ戻ってきた。小さな茶色の小瓶にはピンク色のラベルが貼られハートのマークが付いている。カップ一杯分くらいの大きさの小瓶には液体が入っているようで、ジルクハルトがラベルを確認しレオンへと手渡す。
口の端が上がり試すように笑っている顔が向けられた。
「飲め」
「え?」
「命令だ、飲むんだ」
「あ……はい」
手渡された小瓶の蓋を開けると甘い特徴的な香りがした。あの邸を思い出させる香りに顔を顰める。義母が男を連れ込む日は、邸中に甘い香りが漂っていた。
一気に口に含み一瓶飲み干すと、手渡したジルクハルトが驚いていた。
「あの、ご命令通り飲みました」
飲んですぐ体内で打ち消したから効果は発揮されない。
「ククク……まさか全部飲み干すとはな!一口でも効果の高い媚薬だぞ?全部飲むと廃人になるのに飲んでしまうとは」
「あ、一口で良かったのですか?瓶を渡されたので飲み干す物だと……高いですよね?申し訳ないです」
「いや、いい。で、身体の方はどうだ?」
「打ち消しましたので媚薬は無効化されています。何も起こりません」
何が彼のツボに嵌まったのかわからないが、お腹を抱えて笑っているジルクハルトを初めて見た。そうか、この人も普通に笑うんだな。笑わせられるほどの安心感を与えられなかった昔の自分が情けない。その反対に、今の婚約者が心許せる令嬢だから普段から安心した態度でいられるのだろう。
「気に入った!レオン、学園へ入学して私の側につけ。明日はテストを受けろ。細かい説明と報酬の話は入学が決まったら話す。で、ジェイドは捜索チームに入ってもらう」
軽く抵抗をしてみたがジルクハルトには王太子命令と言われ断ることも出来ず、翌日の朝八時には学園で試験を受けることが決まった。中途での入学になることで、通常より試験内容が難しいがレオンなら合格するだろうと言われた。
捜索チームのことはレオンも知っておく必要があると言われジルクハルトがいる場で説明を受けることになった。
説明を受けるのはいいが面白そうに、時に艶のある目を向けられ視線が合うと微笑まれるので居た堪れない。もしかすると、レティシアが逃げ出したことで、いや、逃げ出す前から男色だったのかもしれない、と、レオンは自分に言い聞かせた。
そうでなければ、自分に向けられる熱い視線の意味が解らないからだ。
先ほど拾い上げた絵姿の女性を探しているという。数年も前に行方不明となったが遺体も見つからず弟と共に姿を消した、と。弟の絵姿は幼い頃のものしかなく参考にならないため、容姿が大きく変わっていないであろうレティシアの絵姿を参考に探していた。
行方不明になって翌日のお妃教育に登城しないことから邸に遣いをやっても連絡がなく、翌日、ジルクハルトが訪問したことで行方不明になったことが判明した。
貴族の行方不明は判明した当日中に王宮や騎士団への報告が義務付けられているが、それもされておらず、侯爵達が故意に隠したとされ取り調べが行われた。
行方不明事件の他にも怪しい行動や余罪が多くあるが二人の安否が分からない以上、侯爵家を刺激するようなことはできず罪を問うことを保留している。
「ご令嬢の名前は?」
ジェイドが尋ねジルクハルトは、その言葉に嬉しそうに微笑みながら何故かレオンの瞳に見て答える。
「レティ、レティシア・ヴィクトリウス、私の愛する婚約者だ」