39.セドリックとレオンのこれから
執務室へと戻ると、笑いを堪えていたルルがお腹を抱えて笑っており、可愛らしい顔を見れた。ラウルは見られたくないのか自分の背に隠し『笑いすぎっ!抑えて!魔力が暴走するから!』と、婚約者を落ち着かせようと必死になっている。
ラウル自身も笑いを堪えているので、それを見て更に笑いを堪えているルルは悪循環に嵌っている。
本当に、この二人は似たもの同士で仲が良い。羨ましい限りだ。
隣にいるリベルトも、何度か咳き込んでいるから笑ったのを誤魔化していたのだろう。
視線が合わない。窓の外を見ている。
彼は騎士の鏡だ。
レオンは、レティシアのことを悪く話すことで自分の印象が悪くなっていることに気づかないマリアンヌの言動に目眩がした。
自分をよく見せる方法を知っているはずなのに空回りしているのは何故だろうか。
相手を選んで演じているんだろうけど、もう少し賢くなって欲しいと、元義姉ながら思ってしまう。
「クロード、先ほどのは全て控えているか」
「はい」
「ここでヴィクトリウス侯爵令嬢が話したことは全て虚言だろう。他言しないように。それと、レティシアが純潔であるかは見つかり次第、私が確認することになっている。さほど、大きな問題にはならないだろう」
リベルトとラウルはニヤニヤしており居た堪れない。見つかったら最後、あの寝台に連れ込まれると思うと逃げ切るしかない。
そんなレオンの心情をジルクハルトは知るはずもなく、また、たまにリベルトから憐んだ目で見られるのは何故だろう。
(それよりも純潔であるかの確認が確定事項になっているのは何故なの?!そこに私の意思はないの!?)
正体を知られぬようにはするが、見つかったら貞操の危機であることに変わりはないので婚約破棄ないし解消を願い出て、この男に捕まる前に逃げ切ってみせると心に誓う。
「いやぁ〜、ヴィクトリウス侯爵令嬢の襲撃は失敗だね。ジルクハルトの執務室前を通りたくはなかったけど、来てよかったよ。面白いものが見れた」
「そ……ですわね。くっ……くくっ……ラウル……さま、私……」
「うんうん、ルルは体調が優れないようだ。ジルクハルト、悪いが帰らせてもらう。ルルが倒れてしまいそうだ」
「あぁ、ルル嬢、付き添い感謝する」
ルルはもう言葉を発せられない状態のようで首を縦に振り、ラウルに支えられながら執務室を後にした。
「レオン!頑張れ!」
「え?はい。は?なんで?!」
と、ラウルは意味のわからない言葉を残して部屋を後にした。
(な、にを頑張ればいいの?)
腕を組み首を傾げて考えるが、これから何かするわけでもないレオンは何を頑張ればいいのやらと困っている。
「あいつ……」
「ジルクハルトがあんな事を言うからですよ。大丈夫、レオンは気付いていません。リベルト、この後は予定通りお願いします」
「あぁ、約束の時間になるから俺は行くわ。じゃぁ、レオン頑張れよ」
「え?あ、うん」
リベルトにまで言われると何かあるのか?とレオンは考えるも、やはり、何も思い出せない。
腕を組み、うーん、と考えているレオンにクロードから声を掛けられる。
「セドリックのことだが」
「セドリック?何かありましたか?」
「本人から聞いていないのか?」
「あ、ここ数日は寝起きの時間が合わなくて話してないのです」
「俺から話そう」
ジルクハルトは和かな笑みをしていた。
その表情に『うわぁ』と声が漏れそうになる。ジルクハルトが企んでいる時の顔だ。しかも既に決定した事を伝えるだけなのだろう。拒否できない状況の際に、この顔になる。
美しい顔ではあるが黒いオーラを感じる笑顔に、何故、世の女性達は騙されるのだろう。
(きっと騙されたくなる顔なのかもしれないわ。私は嫌だけど)
「そう嫌そうな顔をするな。セドリックの見聞を広げるために国内の領地経営について学んでもらう事になった」
「は?」
「それで半年程、南にある伯爵家の領地へ行ってもらう」
「はい?」
「ライナハルトからも希望があってな。将来の側近候補になるだろうし王城で文官をするにも実務を知っていた方がいいから、領地で実地研修を受けさせる」
「はぁ……はぃいいい?!」
「本人も了承済みだ。剣も学ばせる。今はリベルトが相手をして基本を教えている」
レオンの知らないところで話が進み、長期休暇明けには南にある伯爵家の領地へ向かうことになっているらしく、世話になる伯爵家も受け入れ準備が進んでいるそうで断ることもできない状況だ。
セドリックが王城の部屋を出る事で、レオンはジルクハルトの隣室へと移動することになる。
さらにジェイドも巻き込まれているのか近衛騎士が割り当てられている部屋の区画へ場所を移すことになっている。
「セドリックが半年も領地経営を学ぶために学園を離れていいのでしょうか」
「この一ヶ月で単位を取得するために何度か試験を受けたが、問題ないと判断された。半年も離れるのは寂しいか?」
「まぁ、寂しくはありますが……私が士官学校の寮住まいの頃も長らく会えない期間がありましたから。ただ、ご迷惑をおかけしないか心配です」
「セドリックのことを伝えると歓迎していたから問題ない。貴族のマナーも理解しているから失態を犯すようなことはしないだろ。お前の育てた弟は人前に出せないような男か?」
「いえ、いい男に育てた自信はあります!ただ、セドリックは眠りが浅いこともあって一緒に寝ないと眠れないことがあるんです。それが心配で」
「は?一緒に寝る?」
笑顔のジルクハルトから黒いブリザードがでているようだ。声音が低い。怒っているのは明らかだが何に怒っているのかはレオンにはわからない。
「はい、一緒に寝ることが多いです。あ、でも王城のお借りした部屋は寝台が一つなので、ここに来てからは毎日一緒でした!一人で寝るなら広く使えそうです。セドリックの将来のためなら仕方がないですね」
半年後にセドリックが帰ってきたらレオンも学園を卒業する頃になる。卒業してからは、流石に王城で世話になる訳にはいかないから市井で部屋を借りて住むことになる。それまで部屋を探したりと、一日の時間を有効活用すれば、あっという間だろう。
「客間の寝台が一つしか用意されていないとは思わなかった。私の隣室で不足がないか休暇が明けるまでには確認しておくんだ」
「はい」
言葉通り、数日かけて部屋の確認をした。いや、一時間でも充分なのに、何故か部屋にいるジルクハルトにアレコレと聞かれたのだ。
椅子の高さや材質、壁紙や好きな色、好きな柄に最近の趣味など、部屋とは無関係のことまで問われていた。
それだけならまだしも、最近流行の観劇やコンサートに小説、カフェのことまで話し出す始末だ。
暇なら仕事をしましょうと、提案してみるも、全てを却下され、部屋でお茶までしていた。
ここ数日、部屋の確認よりもジルクハルトの質問に答えている方が多かっただろう。
全てを無視したかったのだが、主の気分を害するのは専属護衛として失格、気分良く過ごしてもらうことが求められる。




