38.マリアンヌの訴え
魔物討伐訓練で用意されたのは小型の魔物だったが、忍び込んでいた五人の魔術師が大型の魔物を放ちジルクハルトを狙った。
マインラート魔術師団長により身体に残った魔術痕から身元を特定できた。ただ、間違いないかの確認が必要となるため、特定した人物の身元を調べ、行方不明と判断した際に犯人となる。
魔術痕からの特定でも、血の繋がりが近く似ている魔力を持っていると割り出した人物が間違っていないとは限らないからだ。
あの日、魔力を消耗して疲れ身体の線を気にしていたレオンをジルクハルトは光魔術を使い眠りにつかせた。
陽が昇り始めてすぐに起こして洞窟を出て少し歩いたところで捜索していた魔術師とジェイドに会うことが出来た。
あの訓練から数日後にジェイドが市井での拠点にしていた家が放火された。
犯人はレオンの家を放火した犯人と同じだろうと考えられている。
心配してレオンはジェイドに声を掛けるも『そろそろ場所を変える予定だったから荷物も置いてないし問題ない』と気にした様子はなく、ジルクハルトの好意で王城に部屋を与えられたらしく『むしろラッキー』と浮かれていた。
しかも、部屋はレオン達の近くに用意されたらしく、仕事終わりに遊びに来てはセドリックを揶揄い満足して帰っている。
例年よりは短かったが学園は夏季休暇があり、その間、レオンはジルクハルトの護衛をしながら休みの日はラウルやリベルトと魔術や剣を交え、クロードとは図書室で参考になる本を教えてもらったりと充実した日々を過ごしていた。
セドリックも学園の課題をこなし、さらには、クロードが王城の図書室の利用と、自宅の邸にある図書室の利用を許可し、二人は頻繁に会っていた。
セドリックが一人でアマルフィ家の邸へ行くことを心配していたが、ジルクハルトに『弟離れをしろ』と説得されレオンは渋々了承した。セドリックには正体が暴露ないよう細心の注意を払え、と、出かける都度、言い聞かせていた。
大きな問題も起きず夏季休暇も終わると考えられていたが、それは淡い期待だった。
誰が、昼を終えた後に執務室へ戻ると扉の前にマリアンヌがいると想定していただろうか。
ヴィクトリウス侯爵と登城しオースティン侯爵家に関わる人間にジルクハルトの執務室を案内させたが、扉の前の護衛はマリアンヌの侵入を拒んでいるところだった。
(扉の前の護衛がオースティン侯爵家の息がかかった人だったら侵入を許していたのかしら)
まだまだ終わりの見えない争いには溜息しか出ない。他にも有意義な時間の使い方はあるだろうに、己の権力や利益に固執する人間の欲は果てしないのかもしれない。
「ヴィクトリウス侯爵令嬢ですね。ジルクハルト殿下の執務の時間になりますので、お引き取りいただけますか」
『早く立ち去れ』と言外に込めて、にっこりと微笑んでみせるもマリアンヌも引かない。
「今日はどうしてもジルクハルト殿下にお話ししたいことがあるのです。今まで黙っていましたが、姉のことです。ジルクハルト殿下を裏切っているんですから」
顎に指をあて成り行きを見守っていたジルクハルトは部屋への入室許可と、ジェイドを呼びつけ至急、クロードに執務室へ来るようにと言付けを頼んだ。
クロードが到着し、レオンがお茶を煎れるのを待ってマリアンヌは話を始めた。
多数の男と女性一人では醜聞になるので偶然居合わせたラウルと婚約者のルルの同席をマリアンヌに許可させた。
レティシアのことをマリアンヌが悪く話したとしてもラウルと婚約しているルルなら口外させないことも可能だ。
「それでレティシアのこととは?」
ソファーに深く腰掛け脚を組みぞんざいな態度でジルクハルトは問う。
「ジル様はお姉様に騙されています!」
胸元で両手を握り胸の谷間を強調させ潤んだ瞳で心配しているかのような素振りをする。
「私は貴方に愛称呼びを赦した覚えはない。立場を弁えろ」
が、ジルクハルトには効果がないようで当たり前のように愛称呼びに不快感を示す。
「うっ……私と殿下の仲ではありませんか。私のことも、どうぞ、マリアとお呼びください」
「断る。話がそれだけなら退室を」
「失礼しました。お姉様のことだけでも聞いてください」
「なら話せ」
マリアンヌは瞼を閉じ目尻の端から涙を数滴流す。瞼を開け、意を決してジルクハルトに姉が裏切っていたと話す。
ヴィクトリウス侯爵を継ぎ、邸に来て仲良くしようとしても無視され、セシルにまで疎まれていた。
ヴィクトリウス侯爵家の領地経営が傾いており立て直すのに父親である現侯爵が力を尽くしている。
学園へ入学してからも心配してくれる子息が自分の周りにいるが、その男達は姉と言葉に出来ないような深い関係にあり、自分も軽く見られており言い寄られている。
邸で姉は淫らな生活をしており、いつも数人の男が出入りしていた。
姉は邸を出る際に高価な宝飾品を持ち出していた。
などなど、頭の悪い女が考えるような姉の悪口を永遠と、たっぷり一時間も話していた。
「話は以上か」
「はい。ですからお姉様は王太子妃には相応しくないのです。お姉様の事を想ってくだはっているのは父を含めて私にも伝わっています。どうか、ジルクハルト殿下が想う方と結ばれてください!それに……」
「なんだ?」
「あの頃、私と仲が良くてお姉様の事を邪魔だと思っていたのでしょう?なのに、どうしてお姉様がいなくなってから邸に来てくださらないのです?もう、お姉様の事を気にせず私達の仲を深めることができますのに」
やはり、あの頃の言動で勘違いをさせたままなのか、と、ジルクハルトはこめかみを抑え自身の失態を悔やむ。
相手を油断させるためだったとはいえ、やり方が不味かった。今更悔やんだところでどうにもならないが。
「私は貴方と仲を深めたいとは思わない」
「以前は、ジルクハルト殿下の隣は私の場所でしたのに!お姉様より、私の方がいいでしょう?」
「話にならんな。それと、先程の件だが、領地経営が傾き立て直している計画書と傾いていると判断した資料、レティと既に深い関係にある子息の名前を家名付きで、淫らな生活の詳細、出入りしていた男の名前、持ち出されたとされる宝飾品のリスト、他にも、セシルに襲われそうになった証拠、レティが嫌がらせをした証拠、怪我をさせられた侍女や使用人の名前と診断書、それらの用意はあるか」
「え?」
「証拠はあるのか、書面で用意しているのかと聞いている」
「あ、りません」
「証言だけを鵜呑みにすることはできない。証拠を用意するんだな。こちらで証拠の裏付けを取る」
「宝飾品のリストなんて……」
「簡単だ。高価な物ほど執事や侍女長が把握しているだろう。それと、こんなことすら自分で考えて用意出来ないようじゃ、王太子妃は務まらないと証明したようなものだ」
「私は早くジルクハルト殿下に事実をお伝えする必要があると考えて!」
「だが、用意する時間は何年もあったのだろう。言い訳は必要ない。レオン、彼女はお帰りだ」
ガックリと項垂れているマリアンヌに声を掛け、レオンは扉へと誘導する。部屋を出た後は護衛に馬車までお送りするように伝え、近くを通りかかった侍女に付き添うよう、お願いした。