32.シルヴィア・ラファエルとの出逢い
昨日、活動報告に小話アップしました。
「こんばんわ」
ローストビーフを口に運んでいたシルヴィアは口に含んだところで話しかけられて驚き、フォークを加えたままクロードを見た。
「?!?!ぐっ……げほっ!」
「すまない、美味しそうに食べていたから声を掛けたくなった。水はいるか?」
「おね×△○◻︎⭐︎%」
「ふっ……ははっ!!」
水を手渡しながら思わず笑ってしまった。
失礼だとは思ったが、驚いて喉に詰まらせたのか慌てている姿が面白い。
「ぷはぁっ!」
「くっ……ふははっ、大丈夫か?」
「な、なんとか死なずに済みました。お見苦しい姿をお見せして申し訳ございません。ご挨拶が遅れました。お久しぶりです、アマルフィ様」
「楽しんでいるのに急に話しかけて申し訳ない。貴方も婚約者がいなかったのですね」
「はい!うちは後継ぎのお兄様と三歳上のお姉様の相手に力を入れていたので未子の私は放置なんです。今夜は手間が省けるから行って来いって、ポイってされましたの」
侯爵家のご令嬢にしては素で話していて大丈夫なのかと心配になる。
(狙ってやってるのか?)
別に苦手意識もないし嫌いでもない。公爵夫人としての立ち振る舞いが出来るなら、計算された態度でもいいとさえ思う。
女同士面倒を起こさない、公爵夫人としての義務を果たし浪費しなければいい、苛烈な性格ではなく従順さがあれば尚よしくらいには思っている程、ある意味では公爵夫人を狙う女性には手厳しい条件をクロードは持っている。
「あ、すいません。レティシア様がいた頃のように気軽に話してしまいました」
シルヴィアはペコリと頭を下げる。
レティシアが王城で開催したお茶会には、シルヴィアとラウルとリベルトの婚約者が出席していた。
当初、シルヴィアが参加した理由はセシルの婚約者になる可能性があったから、交流のためだと聞いている。が、父親に王城へ連れてこられて仕事の都合で時間を持て余していたシルヴィアを見つけたレティシアがお茶会に出席してもらったらしいと、ジルクハルトから聞いている。セシルの婚約者候補の話は後付けだろう。
「貴方のところにレティシア嬢から連絡はありますか?」
「レティシア様がセシル様と行方不明になられた頃に手紙が届きました」
「手紙を受け取っていたのか?どんな内容だ?」
「個人的なことですわ。でも最後に『手放すのは意外にも簡単だった』と書いてありました。だからきっと、今は幸せなんだと思います。もう一度、お逢いしたいのですけどね」
行方不明になった頃にレティシアと連絡を取っていた人はいない。レティシアが信頼していたのがシルヴィアなのだろう。
「手紙での交流は一度だけ?」
「行方不明になる前は何度もやり取りをしていましたわ。あの、ご両親が変わってから、お茶会を開催する回数も減りましたでしょう?それから手紙が届くようになって、私も返事を書いたのですけど、届いていないのかもしれません」
「何故、そう思う?」
「私の問いへの返信がありませんでしたもの。ご自宅に届いてもレティシア様の手元には届いていないのかもしれません」
そうだろうと、クロードは納得する。
あの邸の使用人は前侯爵が亡くなってから多数が入れ替わった。
職を失った優秀な使用人達は王城やフロレンツ公爵家、アマルフィ公爵家で雇った。
「レティシア様は見つかりそうですか?」
「さぁ?口外禁止事項でね」
「まぁ!私も友人として気にしていますのに」
徐々に侯爵令嬢としての態度と表情に切り替えていくシルヴィアに笑ってしまいそうになる。
「見つかったら今まで通り仲良くして欲しい。戻ってくれば彼女も不安だろうしね」
「もちろんですわ!私、レティシア様以上に仲の良い方はいませんの。レティシア様のいない学園なんて退屈すぎるくらいですわ」
シルヴィアからはレティシアとの思い出話を聞き、その話からもレティシアと仲が良いことがわかった。
病弱であるセシルとも何度か会ったことがあったと。ただ、伏せる事が多かったのか会ったのは数回だと。
レティシアを見つけた後、どのように社交界へ連れ戻すのかが懸念事項になる。
最も問題視されるのは貞操のことだろう。
行方不明になっていた数年間、本当に貞操は守られていたのか疑問に思われたら……娼館で働いていたとデマを流されたら……社交界の噂を消すには行方不明の時に何をしていたのか、身元を保証する人の保護下にいたことにする必要がある。
社交界での些細な噂にも注視する際に味方は一人でも多くいた方がいい。特に、レティシアを護る人物は多い方が。
「あら、他の方もアマルフィ様とお話ししたいようですわ。私ばかりがお時間をいただいては公平ではありませんものね」
「ラファエル侯爵令嬢、よければ今度、話す機会をいただきたい」
今この場から離れたら次に会う機会はないだろう。それこそ、正式に婚約者として希望しないと会うことは叶わない。
学園で声をかけ予期せぬ噂を流されるのも面倒だ。
「はい、よろこんで」
「では後日、連絡します」
「お待ちしておりますわ」
公爵家からの申し出を断る事はできないのを理解して誘った。一瞬、眉が上がったから約束を取り付けられて驚いたか嫌悪してのことだろう。
シルヴィアと別れた後は他の令嬢とも分け隔てなく話すことで彼女を特別にしたことを悟られないようにする。
マリアンヌが近寄ってきたが、他の令嬢が牽制してくれた事で必要以上に近い距離で話すこともなかった。
この夜会では可能な限り目的の人物達を足止めする。
ライト・オースティンもその一人だ。
彼の機嫌が良いなら令嬢に手を出しても構わない。その令嬢も自分の意思で部屋へついていくのだから。
珍しくオースティン侯爵が不参加なのが予定外だ。『息子の見合いの場に親が出るのは見苦しいから』と連絡があったが真意は違うだろう。
ヴィクトリウス侯爵はご機嫌だ。夫人も機嫌が良く、ご婦人達と談笑している。
マリアンヌはあちこちとフラフラしてはいるが高位の貴族令息と仲良さげにしているから暫くは大丈夫だろう。
数人の高位貴族の令息はジルクハルトに仕えている。その者たちが勘違いさせるようにマリアンヌを持ち上げ、気分を良くさせ帰宅させないようにしている。
もちろん、ヴィクトリウス侯爵と夫人に対しても同じように対応している。
ジルクハルトから指示されたのは日付が変わって二時間までは足止めすること。
婚約者探しだけでは間がもたない。
当主同士が有意義な時間を過ごせるよう、商談のことも含めて話せるようにしている。
あと一時間、ここまでくれば目当ての者たちは帰宅しないだろうと踏んでいた。が、ライト・オースティンの姿が三十分ほど確認できず、部屋を共にした令嬢は会場に戻っていると報告が入った。
クロードは油断していた。
令嬢が会場へと戻った際に他の令嬢に話し掛けられてライトの姿を確認していなかった。
それに、マリアンヌの姿もない。
二人で部屋へと入った報告はなく、ヴィクトリウス侯爵家の馬車がないことから夫人と帰宅したようだ。
クロードが他の子息令嬢と話していることで侍従からの報告が遅れた。
多めに時間を確保しているので手遅れではないだろうが、ジルクハルト宛に手紙を認め早馬で届けさせる。現場への連絡は公爵家の影から王家の影へと連絡させることにした。
(手遅れでなければいいのだが……)
鉢合わせでもしたらアイツの命が危うい。