30.その温もりに癒されたい
「ジェイド?」
騎士服を見に纏ったジェイドが他の騎士と一緒に市井に来ていたようだ。恐らく火事の連絡を受けたからだろう。
「この辺り一帯って結構な数だな。通報があってきたけど、火が治るまで何も出来ないな」
今夜は王都の見廻りをしながら人探し、本来の任務をしていたと、教えてくれた。
「レオンとセドリックも巻き込まれたのか」
「あぁ。当面の生活費はどうにかなるけど、色々と諦めないといけない事も多くてね」
「そうか。ちょっと待ってろ」
手紙を書いたジェイドは早馬に乗った騎士へと手渡した。
一時間後、ジェイドの案内で歩を進めると紋章は付いていないが一級品の馬車が止まっていた。
「ジルクハルト殿下がお呼びですよ、護衛殿」
「は?」
「とりあえず王城に来いだって。ほら、乗った乗った!お前が王城へ行かないと俺が怒られるから!セドリックも乗れ!」
背を押され無理矢理馬車へと乗せられる。
馬車へ乗り込むとセドリックは機嫌良さそうに暗くて何も見えないのに外を眺めている。何故だろうか。
「何で機嫌いいの?」
「えっ?王城なら安全だから安心できる」
「でも……」
「ジルクハルト殿下は信用できるよ、今のままならね」
「へ?」
ふふ、と笑うセドリックの笑みは人を惹きつける。青年になろうとしている、あどけなさの残る微笑みだ。
王城へ到着するとジルクハルト自ら出迎えた。
「大丈夫か?」
「はい、ほとんど燃えましたが命が無事なので何とかなります」
「部屋を用意している、というか、もともと用意していた部屋だが」
二人はジルクハルトの後を付いて歩く。嫌な予感がするレオンは当たってないでくれと思いつつも、その見覚えのある部屋の前に到着した。
「とりあえず、俺の護衛用の部屋だ」
与えられたのはジルクハルトの隣の部屋。レオンが着替えるために使っている部屋である。
隣と言ってもジルクハルトの部屋が広いので、扉からは少し離れているが。
「寝台が一つしかないが眠れるか?」
「兄さんと二人で使います。お心遣いありがとうございます」
「暫くここに住むんだな」
「ですがっ」
「光属性で魔力量が多いから保護の名目で王城に住むようにセドリックに話していたんだ」
「えぇっ?!」
「だからお前たちがここにいて変に思う奴はいないから安心しろ。レオンは少しくらい好意を受け入れろ」
「は、い。ありがとうございましす」
ふっと笑ったジルクハルトの顔が、可愛いと思ったのは何故だろうか。
「夜遅い時間だが明日からのことを話す。レオンは私の部屋に。セドリック、ゆっくり休め」
「…………」
「お前はレオンに似ているな。取って食いはせん」
「わかりました」
ジルクハルトには腕を引かれ部屋へと連れて行かれる。明日のこと、護衛の制服もなければ学園の制服もない。仕事ができない、ということになる。
部屋へ入るとジルクハルトはソファーに腰掛ける。隣を座るよう誘われたが断り、斜め前に立つ。
「制服は用意させている。セドリックの制服も用意するから安心してくれ。放火の犯人はわかり次第、処罰をする」
「あの……あれは放火魔の仕業なのでしょうか」
「恐らく表向きはそうだ。犯人の狙いは確認中だ」
十軒程度の家が炎に包まれた。
お年寄りが逃げ遅れて二名亡くなり、怪我人は三名。
夜中だったが気付いた住人が家へ入り起こしたりと、迅速に対応出来たことで被害は最小限に抑えられた。
(それでも亡くなった方が……)
レオンは騎士として誰よりも先に気づき避難の誘導が出来なかったことを悔やんだ。
セドリックに起こされるまで気づかなかった。起きた後も周りの住人達や怪我のケアをしたのはセドリックだ。
(肝心な時に足がすくんで身動きできないなんて、騎士失格じゃない)
こんなんでジルクハルトの護衛が務まるのかと不安になる。
「あの場でセドリックに話しかけライナハルトに譲らなかった私の落ち度だ。オースティン侯爵がいたのに引かなかったからな」
「オースティン侯爵が関わっているのですか?」
「オースティン侯爵としても平民の魔力持ちは魅力的なのだろう。それも魔力量が多ければ脅威になりかねん」
「だからといって殺しては意味がないのでは?」
「レオンが氷属性を使えることは知られている。魔力量も多いだろうと、な。なら、レオンごと処分すれば魔力量の差を埋めやすくなる。今はライナハルト側、オースティン侯爵の派閥の方が不利だ」
ジルクハルトとライナハルトを比べるとジルクハルトの方が魔力が多い。側近達を比べてもジルクハルト側が優位だ。そこにレオンの能力が加わっている以上、セドリックの魔力属性と魔力量が陣営に加わると不利でしかない。
「ライナハルト殿下に婚約者は?」
手っ取り早く陣営の能力、魔力量を確保するなら婚約者と、その親族関係を取り込むのが手っ取り早い。
「いない。婚約したが儚くなった」
「それは……」
「たった一ヶ月だ。会ったのは二回で時間にして三時間」
「それって」
「婚約者はマインラート家の遠縁だった。魔力量としては申し分ないが家柄が、な。婚約する直前にオースティン侯爵家が難色を示したが婚約した。ご令嬢には申し訳ないことをしたとライナハルトは話していたな」
自身の欲望のために人の命を簡単に消すことを厭わない。そこまでして何を手に入れたいんだ。
マインラート家の遠縁ならラウルの親戚になる。彼は悲しんだのだろうか。彼らは、自分たちの無力さに嘆いただろうか。
「人は失うことで強くなる。あの頃に比べてライナハルトも享受するだけではなく以前よりも考えるようになった。私とライナハルトは、それ以来、仲の悪い兄弟だ」
ジルクハルトの側近であるラウルの遠縁と婚約して護れなかったライナハルト、と考えれば仲違いしたと思われても可笑しくない。
寂しいだろう。
仲の良かった二人が策略から逃れるために仲違いをしているフリをするのは。
「レオン」
思案しているとジルクハルトに名前を呼ばれ
、手を引かれた。ジルクハルトが引く力が強く身体のバランスを崩しよろける。
それをジルクハルトが受け止めた。
座っているジルクハルトに抱きしめられている。胸のあたりにジルクハルトの顔、自分の身体がジルクハルトの脚の間にある。
距離が近いーーーー
「ちょっ!何やってるんですか!!」
腕から逃れようとするが逆に抱きしめる力が強くなった。
「無事で、良かった。レオンが無事で」
「セ……セドリックに助けられました」
「そうか、それが約束だからな」
「約束?」
あの時にジルクハルトとセドリックで何か約束したのだろうか。
「この部屋に泊まっていけ」
「こ……断りますっ!セドリックが待っていますから」
「なら少し付き合え」
「もう遅い時間ですっ!」
「貞操を守りたければ少し大人しくしろ」
貞操と引き換えとは脅しにも程がある。貞操を守るためなのに。
「あの……?」
「少し抱きしめていたい。お前は甘い香りがして癒される」
「いや、あの、コゲ臭いと思いますけど?」
「ふっ…確かにコゲた匂いはするがお前自身が甘い」
なんだそれ、恥ずかしいだけだ。
体勢を変えてソファーに座らされて後ろから抱きしめられる。背中の温もりに安堵する。
生きていて、良かった。
死んでしまったら遺体で女だと暴露てしまったかもしれない。なんて、情緒のないことを考えているのだろう。
ジルクハルトは後ろからレオンの頸から耳の後ろにかけて順にキスを降らせる。
(いや、だ。ゾクゾクする)
逃げたくても逃げ出せない。
この温もりに縋り付きたい。
背中をジルクハルトに預けてみたら、ビクリと反応した。直ぐに、ぎゅうっと抱き締められた。
抱き締めて満足したのか、十五分程度で解放された。気恥ずかしさを隠しながら礼を伝えて部屋を後にする。
部屋へ入るとセドリックは寝ていた。
(良かった。今は顔を見られたくなかったから)
今日は沢山のことがあり疲れた。明日は学園を休むから、ゆっくり眠りにつこう。