03.王城で知らされた重要任務
「おい!レオン!おーーい、あんま見惚れんなよ」
絵姿を凝視していたことで心配したジェイドが小声でレオンを注意する。
「あ、あぁ。どうして女性の絵姿があるんだろう?」
「誰かの婚約者でも探すための絵姿じゃないか?」
「婚約者を探すための絵姿?」
「貴族は釣書を出す時に絵姿も一緒に渡すんだよ。後は、王宮にも保管しておくんだ。何かあった時に、すぐ見れるようにな」
「さすが子爵家次男!ふぅん。じゃぁこれも釣書の絵姿か」
そんな訳がないと自分に突っ込みつつも、何故、この絵姿があるのか知りたいと思い周りを見渡すが、話し込んでいるようで確認できない。部屋に入った時に待つように言われたままだ。
近くの机にも同じ絵姿が数枚あり、釣書のためではないだろうと推測される。
三十分ほど待っていると、漸く、警護班の班長であるヴィンスから声がかかった。
「待たせてすまない。こっちに」
「「はい」」
手招きをされたので近寄り頭を下げる。頭を上げるように声がかかったので顔を上げると、その場にいた者たちがレオンとジェイドを見定めていた。
「バイロン子爵次男のジェイド・バイロンです」
「レオンです。あの、平民なので家名はありません」
名乗ると平民が物珍しいのかクロード・アマルフィがレオンを観察するように見ている。
王太子の幼なじみで未来の宰相候補とあって見た目麗しく蜂蜜色の髪に海よりも深い青い色の瞳をしている。
最後に会った時よりも背が伸び幼さが消え男らしさが増している、にも関わらず美しい。広い肩幅に、しっかりとした腰付き。自分にはない男らしさが羨ましくなる。
「この二人は士官学校を卒業したばかりで両親との連絡も気薄です。誰の手にも染まっていませんし、ご要望通り若いです。ジェイドは十八、レオンは十六です。あ〜、今年十七ですね。ジェイドは両親から離れて学園の寮住まいの後、中退して士官学校に入っています。その間、連絡は取っていないと聞いていますし、レオンは身寄りがありません。平民ですが士官学校の筆記の成績はトップで侯爵家の嫡男にも負けていません」
レオンとジェイドの事を簡単に話し出したヴィンスに驚くが、ここに呼ばれたのは挨拶のためではないと知ることになる。
(ご要望通り?目的があって呼ばれたの?誰の要望なのか……それによっては……)
「バイロン子爵家はオースティン侯爵の血縁だろ?オースティン侯爵と関わりがあるのは困るな」
クロードはジェイドを見定めている。使える人間か、使えない人間か、いや、忠誠を誓い従順になるかを見定めている。
「確かにバイロン家はオースティン侯爵家の分家です。ですが、私は自分がバイロン家の人間だとは思っていません。バイロンの家名を名乗らなければいけないのは私の恥です」
バイロン家の台所事情はよくなく、領地を王家へ返す見返りにお金を受け取ったり切り売りしていて、領民からの不満も多いのに両親の浪費が止まらないと愚痴を聞いた覚えがある。
「その平民が侯爵家の嫡男より成績がいいのは本当か?」
士官学校には学園を卒業した成績優秀な者や、高等教育を受けている高位貴族も通っていた。次男や三男といった爵位を継げない者や、近衛騎士になり王太子の近くや王家の近くに侍るために騎士となる嫡男も多い。
「はい。読み書きができますし計算も問題ありません。座学は満点以外の成績をとっていません。確か……暗号解読は素早いです。懸念点は剣の腕が中程度である事と少しですが身体が弱いようで倒れたことが数度ありますね。それらは魔力量と魔術の腕でカバーしていました」
レオンは入学当初の好成績を後悔していた。侯爵家の嫡男に喧嘩を吹っ掛けられて意地になり満点を叩き出した。その後も数度、満点を取り続けて目立ってしまい、点数を落とすことが難しくなったからだ。
「魔術の属性は?」
「水です。あと、氷も使えます」
魔術属性には、光・火・水・風・土があり、上位属性に闇・聖・炎・氷・雷がある。光属性や火の属性は少なく、さらに上位属性は一握りもいない。特に闇と聖は数百年に一度の顕現と言われている。
(本当は聖属性だけど知られるわけにはいかない)
レティシアとして過ごしていた時に光属性が顕現したが水の属性であると偽っていた。それは実の両親から口外しないように口止めされていたことと、国王陛下からの命であったからだ。王太子であるジルクハルトにすら伝えていない。魔力量が多いことから、いずれ、聖属性が顕現する可能性を考え身を守るために口外しないことになった。
元々、母親の生家である公爵家は光や聖属性を顕現する血筋であったことから、魔力量の多いレティシアとセシルのどちらかは光の属性が顕現するだろうと考えられていた。
(私もセシルも光属性を顕現させたのだけどね。平民で光属性なんて何を言われるか、権力者たちに目をつけられたら面倒だから水の属性と偽っているけど……この王城にいる優秀な高位貴族達の前で、どこまで誤魔化せるか……)
「上位である氷属性が使えるから王都警護班に配属されたのか。氷の属性は私の他には魔術師で一人いるくらいだから貴重だな」
「はい」
王太子であるジルクハルトは闇と光の珍しい組み合わせの二属性を持っていると噂されている。レティシアが婚約していた頃は光属性だけだったから、その後にでも顕現したのだろう。
闇属性は三百年ぶりの顕現で、とても貴重だ。確実に子孫へ血を受け継がせるために、相応の血筋の令嬢を妻として迎えて子を生ませる必要がある。
自分の代わりに重責を負うことになる令嬢には頭が下がる思いだ。
自分は関係ないと他人事のように感じているのは、恋心が無くなったからだろうか。
「実は近日中に付いて欲しい任務がある。殿下が学園を卒業するまで側で護衛の任に就いてもらう。学園内も護衛するから入学できる年齢の者にしか任せられない。殿下の友人として共に行動し、近づく者への警戒と素行調査もしてもらうことになる」
学園へは十六歳になる年に入学し十八歳になる年に卒業する。
誰の手にも染まっていない者は、どの貴族の派閥にも属さず裏切る可能性の低い者のことだ。その身を盾にジルクハルトを護ることを最優先任務とする。親と仲違いしている者や身寄りのない者が適任だ。
「私は一度、学園を中退していますが」
「復学扱いにするか名前を変えて入学することもできる。年の見合うちょうど良いのが、お前たちしかいないんだ。他の候補者だと少し、都合が悪い。ジェイドは学園にいたのだから成績面は問題ないと判断している。レオンは条件に見合うからだ。最終決定は殿下がする」
「平民のレオンが入学して殿下の側に侍るためには特待生として入学する以上の成績が必要ですよ?!それこそ、殿下以上の成績とか」
「なら、ジェイドが復学して殿下の側に侍れる成績を取ることだな。子爵家の次男じゃ侍るには立場が弱い。で、これから二時間でテストをしてもらう。今の成績を確認したい」
渡された問題用紙と解答用紙を持ちレオンとジェイドは離れた席に座りテストを受けることになった。
(ど……どうしよう?!これで好成績だったら高位貴族の中に放り込まれる?!いや、バレるし無理っ!普通に王都警護をさせて!)
「あ、学園へ行きたくないという理由で出来の悪い結果を出したら辺境に飛ばすからな」
(あ……無理。辺境に飛ばされたらセシルが一人になるわ。いや、でも……適当に……いやいやいや、侯爵家嫡男より成績良かったのにここで悪かったら今までの成績が疑われて結局、辺境へ飛ばされるわよね?!)
問題用紙に向き合い真剣に解いていく。学園入学レベルではない。三学年目に学ぶ内容も含まれており、ジルクハルトの側近となる子息なら簡単に解けるだろう問題ばかりだ。
平民であるはずの自分が、解いてしまうことに違和感がある。
(もしここで成績が悪いと、来年、特待生として受験するセシルに悪い印象がもたれるかもしれない。それは困る。できるなら、好成績をとってセシルの印象を良くして学園へ入学しやすくすれば……大丈夫、貴族達が平民が殿下に侍ることを認めるはずがないものね)
二時間が経過し終了の合図と共にジェイドを見るとグッタリとしていた。久しぶりのテストに疲れたのだろう、周りの上官達の目を気にせず机に突っ伏している。
クロードが採点をしている間、ジェイドと二人、部屋の隅に立ち結果を待つ。
「なぁ、お前が入学した方が良さそうだよな。俺は中退しているし、お前は優秀だから学園で学べば文官になれるかもしれないぞ」
「文官なんて興味ないよ。弟が学園を卒業したら騎士団をやめて市井で細々と働くつもりなんだから」
「騎士団に入ったのに市井で働く?!お前、本当に弟のことしか考えていないんだな」
「弟の幸せが私の幸せだ。将来は弟の世話になる予定だ」
二十歳を超えて女の身体で騎士団に勤め続けるのは難しい。今ですら、体格差や力差から苦労することが多いのに、二十歳を超えてまで働けるとは思っていない。
「お前……早々に隠居が夢なのか」
「そうとも言うね。持つべきは優秀な弟だよ」
採点が終わったのかクロードと団長達がコソコソと話し合っている。チラリとレオンを見てヴィンスは首を傾げた。
「なぁ、レオンよぉ、お前の両親はどこの出身だ?」
「どこ、とは?」
「この国で間違い無いか?」
「えぇ、恐らく間違い無いかと。亡くなった両親のことは詳しく知らないんです。父は早くに亡くなりましたし母は病弱でしたから」
「母親の容姿は?」
「えーーと、私と同じ栗色の髪に緑の瞳で……す。母の顔立ちに似ていると言われたことがあります。弟は父親似のようです。色味は私と同じです」
本当は金髪だが平民には少ない色になるので魔術で栗色にしている。もちろん、セシルも魔術で髪色を変えている。
「お前、弟がいるのか?!」
「はい、二つ下にいます。士官学校の寮にいた頃は教会が運営する孤児院に預けていました。今は一緒に暮らしています」
「お前が貴族の息子ってことはないか?もしくは、お前が思う父親とは違う男が父親だったり」
「貴族の男との間にできた子供だと?ありえません。弟と私は似ていますし父親は同じでしょう。何故、親の話に?」
顎に手を置き話を聞いていたクロードがテストの結果を教えてくれた。
「レオンと言ったな。結果は満点だ。カンニング出来るような場所でもないし魔術の発動も確認していないから実力なのだろうな。だが、このテストは殿下と私も受けている。殿下は百九十五点で私は百九十三点だった」
二百点満点で百九十点以上なら良い結果だが、平民であるレオンが満点だったことで、出自に疑いがでたようだ。
「そうでしたか。高位な方より得点が高いのは嬉しいことです。調子が良かっただけかもしれませんが」
ジェイドの結果が百二十六点だったので次に採点したレオンの結果も、それを少し上回るくらいだと想定していたが、ジルクハルトを超えたことでヴィンスは驚いたようだ。
クロードとヴィンスに親のことで知っていることを聞かれているとノックもなく豪奢な扉が開いた。
扉が開くと同時に感じる懐かしい香りーーーーー