27.入学式
「セシル、準備は大丈夫?制服は?髪型は?」
「姉さん、心配しすぎ。準備はできているし大丈夫だよ。前髪も伸ばしたから目元も目立たないし解らないって」
セシルが学園へ入学する。
実父に似た目元を隠すために前髪を伸ばし、それに合わせて髪の毛も少しだけ伸ばした。野暮ったい、という人もいるだろうけど、セシルの顔は見えないようにした方がいい。
変に悪目立ちすると貴族子息に嫌がらせをされる可能性があるからだ。
前髪を短くして髪を撫であげれば、優しい目元の美しい顔が目立ってしまう。
目立たぬよう魔術で髪を栗色にしている。瞳の色はそのままで翡翠色だ。レティシアも瞳の色は変えていない。
ジルクハルトの護衛となってから瞳の色も変えておけば良かったと後悔した。目元が似ていることでレオンからレティシアを、セドリックからセシルを連想しないか不安だ。
「生徒代表の挨拶はライナハルト殿下だ。突っかかったりするなよ?」
「わかってるって、しつこいなぁ」
「あと、友達とは仲良く!いい?」
「姉さんと立場が違うんだから友達になりたがる奴はいないよ。俺は一人でも平気だし」
「寂しくなったら、いつでも来ていいからね?生徒会室の場所も教えるし」
「だぁーー、もう餓鬼じゃないから!一人で大丈夫だから!それよりも、俺は姉さんの方が心配だ。姉さんも学園に行くんだろ?」
「あぁ」
朝早い時間にセシルは一度起きてレティシアを見送る。王城へ向かうために早起きをしているのでセシルには起きる必要はないと伝えていたのだが、見送りたいと。
入学式では生徒会長であるジルクハルトが挨拶をする。他の生徒会役員も学園内で運営のサポートをする。
もちろんレオンはジルクハルトの護衛をするために学園へ行く。
入学式ーーーーーー
中途入学のレオンは初めての式典。
ヴォルヘルム王国第二王子であるライナハルトが入学する。不仲と噂されている王太子のジルクハルトと同じ学園に通う。
ジルクハルトがいることで生徒会長にはならないし、役員にもならない。
生徒会役員は生徒会長の指名または身分の高い者が担う。王族が学園へ入学した場合は生徒会長となり役員を指名するのが慣例だ。これは、将来の側近候補を役員に据えて執務を執り行う練習のようなものとされている。が、実際には、学園入学時には既に執務を開始していることが多く、王子や王太子としての学園外の執務の補佐をするために側近が選ばれている。
オースティン派はライナハルトが生徒会役員として加わることを望んでいない。
ジルクハルトとライナハルトの接点を減らしたいからだ。
学園内のことには口を出し辛いが、息子達が生徒であればジルクハルトとライナハルトの行動を見張ることができる。
生徒である息子達からの報告は断片的となり、その噂が社交界で一人歩きすると、これからの計画が後手に回る可能性があると考えているジルクハルトはライナハルトを生徒会役員として指名しない。
不仲な兄弟でいるために。
式典の会場に到着すると、ライナハルトの周りにはダーク伯爵家の次男とオスキャル伯爵家の嫡男が侍っていた。
ライナハルト自身は我関せずという興味なさげな顔をしているが。
式典が始まり生徒会長であるジルクハルトが壇上に立つ。
「春の息吹が感じられ温かい日差しが降り注ぐようになりました。新入生の皆様、この度はご入学おめでとうございます。在校生一同、心より歓迎申し上げます。みなさんと一緒に学生生活を送れることを楽しみにしていました」
良く通る聞き取りやすい声が会場に響く。
定型の挨拶で始まり、新入生を歓迎する。
歓迎と共に勉学の大切さ、友人を持つ意味、社交界へ仲間入りし、国や領地、家のために勤めていく力をつける場になるのが学園であること、家を継がない者であっても将来の道を作るために必要な努力を怠らないように、と、学生であっても甘えずに精進していくようにと話す。
その後、新入生の代表として挨拶したのはライナハルトだった。
首席入学ではなく新入生代表とだけ紹介された。
「本日は私たちのために、このような盛大な式を挙行していただき誠にありがとうございます。新入生を代表してお礼申し上げます」
ライナハルトは、初めの挨拶は手元の紙を見ていたが、その紙を横へ置いた。
「本来、私はここで挨拶するべき人間ではありません。試験結果は私は二位でした」
教師や来賓、生徒達が騒めく。予定にない言葉で、特に教師陣が驚いていた。
「喜ばしい事に首席での入学を果たしたのは特待生です。王族、そして貴族である私達は学ぶには充分過ぎるほどの環境が与えられています。王族である私は、最高の教師をつけて学んできました。ですが、特待生は満点という試験結果を残しています。これは、学ぶ環境がどうであれ、本人の能力、そして努力と学ぶ姿勢があって成し遂げられた事でしょう」
名前は出していないが、今年の入学で特待生はセドリックだけだ。セドリックは端の席に目立たぬように着席しているが、平民である事に気付いている生徒がチラチラと見ている。
「学園へ入学したのですから、王族、貴族だからと奢ることなく学び、この国を支え民とのために貪欲に学び、人生の糧となる関係を築いていきましょう」
それはジルクハルトも挨拶の時に話していた内容だ。ライナハルトからも伝えることで両方の派閥に受け入れされる。
無事にライナハルトの挨拶が終わり壇上から降りる。ライナハルトはセドリックの方へ視線を向ける。
権力のある人間のお近づきになりたいと思う人間は多い。だが、ライナハルトは優秀な人間のお近付きになりたい、そう考えている。
学力試験が行われると、セドリックの順位は偽装されるかもしれない。そう考えたライナハルトは自分よりも成績が優秀なのは特待生であると伝えた。
偽装される可能性は残るが、行動を起こせばライナハルトが動く、と、思わせることができたはずだ。
「あいつ、予定にないことを」
「どうしてくれるんですか?!セドリックには目立たぬようにと言ったのに無駄になるじゃないですか!目立ちます!」
「もう終わったことだ、諦めろ。ライナハルトにも考えがあってのことだ。自分を、セドリックに認めさせたいのだろう」
「ですがっ」
壇上から降りて新入生から見えない位置にいるジルクハルトとレオンは小声で言い合っている。
「お前の弟は優秀なのだろう?なら、乗り越えることだな。高位の文官になるなら大人しいままでは無理だ。参謀に陰謀、策略が当たり前の貴族達の間で生き残るなら、今回のことはお遊びみたいなものだろう」
「そうですが」
「弟離れをしろ、優しいだけが兄弟ではない。時には見護ることも必要だ」
「は……い……」
ジルクハルト達のように本当の男兄弟であれば時には厳しく接していけるのだろうか。
幼い頃は病弱で両親を早くに亡くし義両親に虐げられたことで、過度に弟を甘やかしているのかもしれない。
(甘やかしていたとしても我儘に育っていないことが救いかもしれない……)
レオンはセドリックとの距離感に悩む。