23.ダンスのお相手は
夜会の最中、ジルクハルトにはレオンが毒味した飲み物を手渡す。周りには怪訝な表情を浮かべる者もいるが、二度も薬物が混入された事件があったことから、警戒しているのだろうと捉えている。
「ジェイド、このお酒はダメだ」
レオンの近くにはジェイドが控えていた。ウエイターの服装で夜会に紛れて護衛をしている。
「これも……か。さっきはライナハルトの護衛からも差し戻されたな。ラズベリーが二つ入っているのは怪しいかもしれない」
「あぁ、微量の媚薬が混ざっている。ラズベリーに注入して酒に入れて混ぜているんだろう」
「ラズベリー無しにするよう伝える」
「いや、いい。ラズベリー無しにも入っている」
レオンとジェイドは言葉を交わしていると分からないように互いに別のことをしながら目線を合わせぬように会話する。
微量の媚薬なら効果はそれほど期待できないが、飲む量によっては媚薬の量も増えるので警戒する必要がある。体調次第では微量の媚薬にも反応する可能性があるからだ。
夜会も終盤に差し掛かった頃、ジルクハルトがダンスをしていないことを不満に思ったのか、ヴィクトリウス侯爵が詰め寄った。
レオンは咄嗟にジルクハルトの前へ出るが制される。
「ジルクハルト殿下、娘のレティシアがご迷惑をお掛けして申し訳ございません。ご迷惑をお掛けしておりますので、婚約者をマリアンヌに代わっていただいて構いませんよ」
少し大きめの声でホールの中央にいたジルクハルトに話しかけるヴィクトリウス侯爵は、マリアンヌを連れ立っている。
(顔も見たくない男だわ。少し老けたようだけど……。お義母様も相変わらずだわ)
苛立ってはいるが顔に出さず王太子としての表情を作りヴィクトリウス侯爵を見るジルクハルトは冷気が漂っているようで少し威圧がある。
「お姉様がご迷惑をお掛けし通しで申し訳ないと思っていますの。ですから、同じヴィクトリウス侯爵家の娘である私が姉の代わりを務めさせていただきたいのです」
マリアンヌはなかなか靡かないジルクハルトにヤキモキしていた。姉がいた頃は、邸でももう少し距離が近く腕を回すことだってできたのだ。
姉がいなくなったことで、漸く愛されている自分が真の婚約者になれると思っていたのに、見向きもされなくなり以前より距離が遠く感じていた。
「ジルクハルト殿下は春を祝う夜会にも関わらず、どのご令嬢ともダンスをされないのも如何なものかと。せっかく春が訪れるのですから、寵愛されている方とダンスをしていただけませんか?」
マリアンヌとダンスしろ、でなければ他に寵愛している娘をパートナーに選ぶようにと。
「私がダンスをしたいと思うのは一人だけだ。だがしかし、そうだな。折角の春の訪れだ、ダンスをしないのは失礼だな」
その言葉で会場内が騒つく。
ジルクハルトがダンスをすると。
その相手となるのは誰なのか、自分が選ばれるのか、側近の婚約者を借りてダンスをするのか、若しくはレティシアの妹であるマリアンヌを選ぶのか…………。
リベルトとラウルは自身の婚約者に耳打ちしている。マリアンヌが強硬手段に出た際には、二人は自身の婚約者をジルクハルトの所まで連れて行く。側近の婚約者が相手なら大きな問題にならないと考えているからだ。
リベルトとラウルがジルクハルトに近づくと視線で制される。
ーーーー婚約者を借りる必要はない
そう、目が伝えている。
「こ度の夜会は例年より厳しい冬を乗り越えた目出度い日だ。ならば、その目出度い夜会に相応しい相手の手を取るのがいいだろう」
マリアンヌが嬉しそうに頬を染めジルクハルトから手が差し伸べられるのを待つ。
が、ジルクハルトは直ぐ後ろにいたレオンの手を引いた。
「士官学校を優秀な成績で卒業し、護衛に就て直ぐ私の命を護ったレオンが相応しいだろう」
ホール内に響いた声に、選んだ相手に、会場内の貴族が驚きの声を上げる。中には歓声や悲鳴が漏れ聞こえる。
「なっ……ちょっ!ジルクハルト殿下っ!」
「女性のパートは踊れるだろう?ダンス講師の動きを見て真似ていたのだからな」
ダンスの練習をしていた時に、女性講師の動きを真剣に見ていた。昔と変わらぬステップと動きを思い出していたからだ。
だが、レオンとして女性パートをジルクハルトの前では踊ったことはない。
ホール内は選んだ相手に驚いているが、ジルクハルトは構わず楽士へ合図を出し音楽を奏でさせる。
ヴィクトリウス侯爵は驚き声も出ず、マリアンヌは呆然としている。
音楽が流れジルクハルトのエスコートでレオンは女性パートのステップを踏む。
レオンは初めて夜会に出席した。それにジルクハルトとのダンスは幼い頃に練習して以来だ。
(た……楽しい!ジルクハルト殿下の軸がしっかりしていて安定するから躍りやすい!リードがスムーズで動きやすい!楽しい!!)
思わず微笑むとジルクハルトから熱い視線を感じた。彼も楽しいと感じてくれているのだろうか。
ジルクハルトとレオンが踊る周りではリベルトとラウルも婚約者と踊っていた。二人も楽しそうに、愛おしそうに婚約者をの腰を抱いている。
(ちょっ……私はレオンだからっ!ジルクハルト殿下と踊るって周りからはどう見られてるの?!これじゃぁ、ジルクハルト殿下が男色だと思われるっ!!)
今更気恥ずかしくなりジルクハルトの顔を見ることが出来ない。目線をズラしたことに気づいたジルクハルトは腰を抱く力を強め難しいステップに変えてきた。
(ちょっと!レオンは初心者なんだけどっ!!)
キッと睨みつけると、口の端を上げジルクハルトが笑う。
ーーーー出来るだろ?
悔しくなり下唇を噛む。
そのままステップを間違えずにジルクハルトのリードに軽やかに合わせてみせる。
楽しい。
ダンスとはこんなにも楽しいものだったのか。
レティシアの頃もジルクハルトと練習をした。その時は緊張していて、まともに顔を見ることが出来なかった。
それが今は余裕をもってジルクハルトの顔を見ることができる。きっと、お互いに成長したからだろう。
一曲を踊り終えた後は、ジルクハルトは王族の席へと移動した。レオンはその後をついて行き、ジルクハルトの背後に控える。
飲み物の毒味をした後はジルクハルトへ手渡す。
「レオンは飲まないのか」
「職務中ですから」
「踊ったのに喉が乾かないのか?」
「毒味の際に少し口に含んでおりますので乾きは感じません。護衛は職務中に飲食しません」
「そうか」
ジルクハルトは前を見たまま、背後にいるレオンに話し掛けていた。
ジルクハルトと踊りたくて誘われるのを待っていたご令嬢達が、側にいるレオンを羨ましそうに見ている。
マリアンヌは誘われなかったことで気分を害したのか会場にはいなかった。
エスコートした侯爵家の嫡男を残して。
ジルクハルトがシャンパンを飲み終わった頃、ライナハルトが王族席へと戻ってきた。
今、この場に王はいない。側妃は公式の夜会には参加しないので不在だ。
ライナハルトにも専属の護衛が付いている。その護衛は二番隊で見かけた顔だった。
二番隊はジルクハルト直轄の護衛ーーーー
ライナハルトの専属護衛はジルクハルトの直轄なのだろうか、と、レオンが疑問に感じていると……
「君がレオンだね、やっと近寄れた。僕と同い年の優秀な弟がいると噂に聞いている。逢えるのを楽しみにしているよ」
「弟のことまでご存知なんですね。光栄です」
「年の近い優秀な人間は覚えておいて自由がきく場所でお近付きにならないといけないからね」
ライナハルト『が』お近付き?
普通は逆だ。
ライナハルト『の』お近付きになるのを希望する者がいるのが普通。
「レオンの弟は優秀だ、お前よりな。本来の首席入学は弟のセドリックだが、身分の関係で首席はライナハルトになるだろう」
入学生の代表の挨拶は首席がする。平民のセドリックが王族であるライナハルトに代わって挨拶をすることは一部の貴族が良しとしないと考えて学園長が代表の挨拶を変更するのだろう。
「そうか。それなら入学後は勉学に励み、見捨てられないようにしないとね」
「レオンの弟だ。仲良くしてやってくれ」
「それは僕からお願いしたいね。恐らく入学後はダーク家やオスキャル家の息子が今まで通り僕の周りを彷徨くだろうから」
「その辺りのことはレオンからセドリックに伝えるようにしておく。最悪、立ち回りが悪ければお前を見捨てる」
「そうして欲しい。僕としては穏便に済ませたいけど」
ライナハルトは王位を望んでいない?
側妃と同じ考えなのだろうか。
それとも、表向きはジルクハルトに追従する姿勢を見せ裏では手を回し王位を狙っているのだろうか。
「レオン、時間も遅いからライナハルトが会場を後にしてから三十分後に私も部屋へ戻る」
「畏まりました」
「兄さん、助かるよ。次に話せるのは学園へ入学してからかな。それか誕生日の夜会の時か」
「あぁ、飲食には気を付けろ」
「了解」
王族席から離れた場所からだと、レオンとライナハルトの護衛が前屈みになり、それぞれ主から指示を受けるために話しているように見えただろう。
ジルクハルトとライナハルトの仲は悪いと噂されていることもあり、二人が話していることに気づいている人間はジルクハルトの側近くらいだ。
話が終わった後はライナハルトは席を立ち会場を後にした。
婚約者のいないライナハルトは遅くまでいるとオースティン侯爵に捕まり都合の良い令嬢を紹介され、部屋を利用するように促される。
それから逃れるために会場を後にする。誰にも告げず、信頼できる護衛を連れて。




