22.春を祝う夜会
冬が終わり春が始まる月に王城で春夜会が開催される。
年に数回ある王城の夜会では、下位貴族まで招待される夜会は二回。それが春夜会と年終わりの夜会だ。
夜会では婚約者や近親者のエスコートをして入場する。
ジルクハルトは婚約者不在のため、毎年、一人で入場している。
王城の開場前の控え室では昨年までとは違い、婚約者のいないクロードと護衛のレオンがジルクハルトの側に控えている。
一人、場違いな人物が訪れていた。
「ジルクハルト様、このドレスはどうですか?お姉様がいらないと仰っていたドレスに付いていた宝石を使いましたの。夜空の星みたいで綺麗な宝石ですね」
ドレスを見せているのはマリアンヌ・ヴィクトリウス侯爵令嬢だ。
夜空を模したドレスには煌く星をイメージして宝石が散りばめられていた。
元となるドレスはジルクハルトがレティシアへ贈ったもので、晩餐会で着ていた物だ。
ジルクハルトは大きく溜息をつくがマリアンヌは気に留めず話し続けている。
当初は『お姉様の事で解ったことを相談したい』と言っていたので控え室への入室を許可したが、レティシアの話は一切されない。
レオンは三十分程マリアンヌを放置したが何も話すことはないだろうと判断した。
そもそも初めから話すことなどないと解っていた。
「ヴィクトリウス侯爵令嬢、もう直ぐ侯爵家の方の入場のお時間です。お引き取りください」
レオンは扉を開けマリアンヌに部屋から出るよう促す。
「ジルクハルト様、私、エスコートしてくださる方がいませんの」
「そうか」
暗にエスコートして欲しい、と、マリアンヌは強請るがジルクハルトは相槌を打つだけだ。
マリアンヌをエスコートすればレティシアからマリアンヌに婚約者が変わったと思われてしまう。若しくは、心移りしている可能性があると捉えられてしまう。
「クロード」
ジルクハルトは話すのも面倒だという素振りでクロードに対応させる。
「ヴィクトリウス侯爵令嬢、エスコートする方は開場の前でお待ちのようですよ。懇意にされている侯爵家の方だとか」
マリアンヌのエスコートを予定しているのはマグリット侯爵家の次男だ。ある意味では懇意にしている相手である。
「ジルクハルト様は、いつもお一人ですよね?エスコート相手がいませんとファーストダンスのお相手もいないでしょうし、私は構いませんよ」
ジルクハルトが座っているソファーの前で胸の前で手を合わせ期待しながら言葉を待つ。
「貴方はレティシアの妹であってそれ以上の関係はない。名を呼ぶ許可を与えた覚えもないしエスコートをするつもりもない」
ジルクハルトのキツイ言い方に分が悪いと感じたのかマリアンヌは礼を取り部屋を後にした。扉を開けていたレオンを睨みつけて。
マリアンヌが部屋へ来た時にレオンを見かけ『平民であるのに何故、夜会へ参加するのか』と質問をしたので近衛に所属し専属護衛であることを伝えると驚いていた。
「あわよくば婚約者にでもなりたかったのでしょうか」
「そうかもしれないな」
溜息をつきながらクロードが答える。
「あの女、レティのドレスに付けていた宝石を使ったのだな」
「レティシア嬢が不要だと仰ったのは」
「レティは、あの宝石のついたドレスを気に入っていた。晩餐会で着ていたドレスの宝石だろう。レティは何も持たずに邸を出たから、宝飾品やドレスも全て勝手にされているだろうな」
ソファーに深く腰かけ直したジルクハルトは脚を組み深くため息を吐く。ジルクハルトからの贈り物はレティシアの手に渡らず、レティシアの手に渡った物も全て取り上げられている。
何か一つでも、自分の贈った物を持って逃げ出していて欲しいと願う。自分への想いがあると思いたいから。
「貴族のご令嬢が何一つ持たずに邸を出ることはないでしょう。市井で生活するためのお金や宝石を持ち出していると思いますよ。持ち出す時に、想い入れのある物も持ち出していますよ、きっと」
レティシアが想いを寄せていなかったと思われたくなくて、つい、レオンは言葉を発した。
想い入れのある物を持って邸を出た、ジルクハルトとの繋がりを全て切った訳ではないと知って欲しくて。
その言葉を聞いたジルクハルトはレオンに視線を移し微笑んだ。
レオンは夜会の間、ジルクハルトの側に付き、飲食する際には毒味をし、近寄る人の邪魔にならないように努める。
「そろそろお時間です」
会場前の扉へ移動し、ジルクハルトが入場する。その後ろ左右にクロードとレオンが付き添う。
この夜会ではレオンは近衛の二番隊の制服を着用している。
そのレオンが宰相の息子で公爵家嫡男のクロードと同じ立ち位置にいることは、貴族達にとって大きな意味をなす。
近衛の二番隊であっても、夜会での入場で王太子の直ぐ近くにいることはない。本来は、階段下や少し離れた場所から護衛をし、歓談が始まってから近寄る。
ジルクハルトが公爵家嫡男のクロードと同じ立ち位置においているということに意味がある。
これで、平民であることを理由に表立ってレオンを陥れるようなことは出来ない。公爵家の嫡男でジルクハルトの右腕となるクロードも認めているのだと、暗に伝える。
夜会中はラウルやリベルトも婚約者と共にジルクハルトへと挨拶する。
入場後、少し時間を空けてからクロードは公爵家の人間として挨拶を受けるので場を離れる。護衛であるレオンはジルクハルトの斜め後ろの位置を取る。
ラウルがジルクハルトと歓談しているとレオンは婚約者であるルル・バジーリオ侯爵令嬢と目があった。
微笑まれたことで、微笑み返し頭を下げる。その様子が目に入ったのかラウルがレオンに視線を移した。
「護衛中のレオンに話しかけてもいいのかな?」
「構わん。レオン」
主であるジルクハルトが許可を出したことでレオンは話すことが出来る。基本、護衛は歓談の輪には入らない。
「ラウル様、何かございましたか」
一応、春夜会という公式の場であるから、言葉遣いは護衛として相応しいように。
「ラウル様って変な感じだな。紹介するよ、私の婚約者のルル・バジーリオ侯爵令嬢だ」
「バジーリオ侯爵令嬢ですね。ご紹介ありがとうございます。ご挨拶が遅れて申し訳ございません、近衛二番隊所属のレオンと申します」
ラウルとバジーリオ侯爵令嬢に頭を下げる。挨拶をするとバジーリオ侯爵令嬢が驚いていた。
「学園で気になっていたのですが、貴方は男性なのですか?」
「はい、女顔でよく揶揄われますが男です」
バジーリオ侯爵令嬢は納得していない様子だ。ぱっと見は気の強い女性という顔立ちのレオンだが、立ち振る舞いは男性なので見間違われることも多い。
「ふふ。女の私から見ても妬けるくらい美しい顔立ちなのですね。ジルクハルト殿下のご寵愛を受けていると噂されてますよ」
「身に余る光栄です」
男であれ女であれ、それが何を意味するかであっても王太子から信頼を得て寵愛されているとなれば光栄なことだ。
「それじゃぁ、私たちはそろそろ。他にもジルクハルト殿下に挨拶したい人がいるだろうしね」
ラウルとバジーリオ侯爵令嬢は場を離れた。他にレオンに興味を持っている貴族とジルクハルトが挨拶をしたり、領地の話をしたりと王太子でも社交に忙しい。
婚約者がいれば夫人の相手をするが、ジルクハルト一人のため夫人にも声を掛けている。ジルクハルトが相手の名前を忘れている場合は直ぐ近くにいるレオンが囁いて教える。
名前以外に、王城への伺候有無に領地の特産や最近の経営状態に相手の人間関係など、会話に合わせてフォローをする。
この情報は、すべて、夜会前までの二週間で頭に叩き込んだ。
レティシアの頃に覚えた情報との差異や新しい事柄を覚えて貴族の顔と名前を子息令嬢含めて覚えるのは大変であった。
それも、学生と護衛、侍従の職務の合間に覚える必要があった。ジルクハルトが執務に集中している時に資料を読み、足りない分はジルクハルトが私室へ戻ってから夜遅くまで王城に残って覚えた。
帰宅が遅くなりセドリックが心配して王城の近くまで迎えに来る事態もあったほどだ。
夜会は遅くまで催され、ジルクハルトが下がる時間も決まっていないので、今夜は王城に与えられた部屋に泊まることになっている。