21.クロード・アマルフィの誤算
レオンが護衛に着任してから、ジルクハルトは笑顔を見せることが多くなった。肩の力を抜き、心から休息していると思える事もあるほど。大体は、レオンが一緒にいる時だが。
レオンは優秀だ。
適性を図るためのテストで好成績、入学試験は裏で手を回し高位の文官になるための試験内容にすり替え、さらに、難しい内容にしたのに高得点だった。
一問だけ、貴族でなければ知ることのできない問題を混ぜたが正解した。
このことから恐らく、元貴族または高位貴族の庶子であることが推測される。
高位貴族にとっての常識で、優秀な平民でも知ることの出来ない内容だ。高位貴族から教えを受けたか、元貴族で教育を施された者だろう。
クロードから見るとジルクハルトは何かに気付いている。だが、話しを聞こうにもはぐらかす。
ジルクハルトのレオンへの接し方は、友人として問題のない範囲であるが、二人にすると周囲に誤解を招いてしまう程だ。
『寵愛』しているかの様に、大切に扱っている。
レオンが男で良かったと、クロードは心底思っている。
帰宅する際に、レオンへ定期的に手土産を持たせ、執務の合間にお茶をする時間を作り侍従を下がらせる。
ーーーーまるで、失ったレティシアとの時間を取り戻すかの様に
密室で男二人なら問題はない。
もし仮に、ジルクハルトがレティシアを失いレオンに出会ったことで男色に目覚めたら……そう考えるとクロードは、己がジルクハルトの側に歳の近い男を侍らすと決めた事を悔やむだろう。
いや、女を抱いて子を成してくれるのなら、男色であっても構わない。そのための女を用意するのは自分の仕事なのだから。
クロードは目の前で作業に没頭しているレオンを眺めながら、答えの出ない事を考えていた。
この男はジルクハルトの御身を護り、王太子としての立場を確かなものにするために仕えている。
それはクロードも同じなのだ。
「クロード、どうしたんだ?眉間にシワが寄ってるぞ。疲れたなら、お茶を用意しようか?」
考えが顔に出ているなんて、自分はまだまだだな。レオンに『頼む』と伝えると、ジルクハルトの分も用意を始める。
どこで学んだのか、お茶の入れ方を知っていた。いや、知らなかったが、思い出しながら用意をしていたようだった。
「眠気が覚めるようにピトリの茶葉を使いました。必要でしたら珈琲を用意しますよ」
「ありがとう。珈琲は癖になるから、まだいい」
流行りの珈琲は平民や騎士に人気がある。
子供や女性の身体にはよくないらしく、特に、妊娠している女性は飲んではいけないらしい。
眠気が覚めるので夜番の騎士は勤務前に飲み、職務に就いているようだ。レオンは数回飲んだが体質に合わないようで、今は飲んでいないと。
「レオン、資料を集めるのを手伝って欲しい。クロードに付き添ってくれ。私から離れて構わない」
この後に必要になる資料を一人で取りに行く予定だったが、ジルクハルトの心遣いでレオンを借りることができた。
リベルトは騎士団、ラウルは婚約者との逢瀬で来ていないから助かった。偶々、報告のために王城に来ているジェイドに護衛を任せ、二人は執務室を後にする。
「王城内の場所は覚えたか?」
「必要なところはある程度は覚えたかな。ただ、護衛としては抜け道とかも知っておきたい」
「数年後に騎士を辞める予定なら教えてもらえないだろうな。秘匿制約の魔術を使ったとしてもな」
「むぅ、仕方がないか」
クロードにとっての誤算。
一つめは、ジルクハルトが気に入り男色かと疑う程の寵愛を与えている事
二つめは、想定以上に優秀である事
三つめは、優秀であるにも関わらず地位を望まず数年後に騎士を辞め市井で働く事を希望している事
クロードは優秀なレオンを騎士または文官として王城で働かせ、ジルクハルトの側近として仕えて欲しいと願っている。
男色と噂されたくないにも関わらずジルクハルトの側にレオンを置きたいと思う矛盾。
優秀な人材を手放すのは惜しい。
平民であるからこそ、その意見や考えが政策に生きることがある。
先日、クロードとジルクハルトが纏めた政策は平民向けだったことからレオンに意見を求めると『政策内容は平民が求めていることではない。それは平民向けであるようで貴族の利権が守られるための内容だ』と痛いところを突かれた。
元々の平民向けの政策を伝えたところ『その内容なら平民にとっても必要』との回答を得た。
だが、そのまま実行することは難しく、貴族たちの同意を得て実施する際に既得権益や利権が誰の手に渡るかを明確にする必要があり、明確にすると、該当する貴族たちから追加で意見され、結果、貴族向けの政策となる。
それならやらない方がマシ。とまで言われるが、その通りだとクロードは納得する。
結局、政策の実施は取りやめたが、水面下では実施のために必要な準備を進めている。
「資料はこんなところか?他に必要なものはあるか?」
「十分だ」
数十冊の資料を持ち執務室へと移動する。
「弟の入学準備で大変なんじゃないか?」
制服を仕立てるなら今から予約しないと間に合わない。貴族たちが仕立て始める前に準備を開始しないと、平民だと入学までに仕立ててもらえるかわからないからだ。
「制服の仕立て屋を探そうと思っていたんだけど、ジルクハルト殿下のご配慮で紹介してもらえたんだ。だから、仕立ては間に合う。やっぱり数着は仕立てないとだよな〜。すぐに体格が変わるだろうから、制服代だけでも出費が痛い」
貴族向けの制服だから生地やデザインに凝っている。平民の服に比べたら何十倍の値になるだろう。
「特待生なら優遇されて費用負担がされるだろ?手続きはしたのか?」
「セドリックがしていたな。でもなー、かかるんだよ。貴族様にはわからないだろうけど平民には痛い出費だね。私の分の費用がかからないのが救いだよ」
「セドリック一人で手続きしているのか?」
「子供じゃないから一人でやらせている」
貴族の子息令嬢も学園の入学準備は手続きから全て自分でやるようにと規則で定められているが、実際に自分で準備する者は少ない。
ジルクハルトやクロード、ラウルやリベルトは『これも経験』と捉えて制服の仕立て屋を探すところから全て自分達で準備した。
「今年の入学は平民の特待生はセドリック一人らしい。兄弟での特待生は初めてだから注目されるかもしれないな。それに、ライナハルト殿下との入学になるから面倒事が起きなければいいけど」
「セドリックには目立たぬようにと伝えておきます」
「だが、入学して暫くすると魔力属性検査がある。平民で魔力持ちは珍しいから目立つと思うぞ」
「それは……抑えるように伝えます」
「それは無理だ。虚偽の申請は罰せられる」
「はい……」
レオンは中途入学ということもあり魔力属性検査を受けていない。近衛になる際に検査を受けているので免除となった。これもジルクハルトの指示だ。
複数属性を持つ者はいるので一つの属性結果になっても問題ないとされているが、魔力量の偽りは大きな罪になる。魔力量によっては国を滅ぼしかねないし、他国へ渡られては困るからだ。
「弟は魔力量が多いのか?」
「私と同じか少し多いくらいです」
「そうか。目立たぬように過ごすのは無理かもしれないな。社交界では既に、ジルクハルト殿下のお気に入りの護衛に弟がいて優秀だと噂されている」
「えぇっ?!」
「レオンとセドリックを養子にと考えている貴族もいるくらいだ。まぁ、ジルクハルトが良しとしないから抑えつけてはいるようだけど」
「平民を使って取り入るのは辞めて欲しいです。迷惑でしかありません」
「そうかもな。私達も可能な限り巻き込まれないようにはするさ」
「オネガイシマス」
レオンは不貞腐れた様子を見せる。
やはり誤算だ、と、クロードは思う。
少しでも権力や地位、名声に興味があれば使いやすいのに、何一つ興味のない男を動かすには、貴族相手とは違う誠実さが必要になる。
今、レオンが動いているのは近衛の二番隊としてジルクハルトの部下として当たり前にするべきことだからだ。
命令がなければ動かないが、本人の意にそぐわなければ辞めてでも命令に歯向かうだろう。平民であれば失うものも少ない。
それでも、この男の行末を、ジルクハルトの未来を、見護るために必要な誤算ーーーー