20.セシルの本当の顔
試験結果を聞き、護衛と侍従の勤務時間が終わり王城を後にしようとしたところ、ジルクハルトに呼び止められ、お祝いとしてケーキと果物をお土産として贈られた。
断ってはみたもののジルクハルトには『優秀な者が増えることは国の発展に繋がる。今後も精進してくれ』と言われ受け取ることにした。
レティシアとしてケーキでお祝いをしたかったし、何より、王城のパティシエが作ったケーキをセシルにも食べさせたかった。
(今回のお祝い以外でも、頻繁に手土産を渡されるのは何故かしら。作りすぎて余っているとかではないような。この前は万年筆をプレゼントされたし……弟みたいに思われているのかしら)
ライナハルトとまともに会話もできない現状で、弟代わりに扱われているのだろうと納得する。
試験結果が出ていることを知らないので、セシルはいつも通り食事を用意しているだろう。そのセシルを驚かせると思うとウキウキする。浮き足立ったまま、自宅の扉を勢いよく開ける。
「ただいまーーー!!」
「おかえり。姉さん、何かいいことでもあったの?」
いつも通りの振る舞いを心がけたつもりなのに、嬉しすぎて今にもスキップしそうになっていて、そんなレティシアにセシルは怪訝な表情になる。
「やだっ、そんな顔しないでよ!嬉しい知らせがあるのよ!!」
「姉さんの嬉しい知らせってなんだよ」
「合格!」
「は?」
「入学試験の合格おめでとぉーー!!」
レティシアはセシルに抱きつくき、セシルは言葉の意味を理解するのに少し時間を要した。
「本当?」
「本当!ジルクハルト殿下が試験結果を教えてくれたの!満点合格だって!!」
初めてみたと思えるほどセシルは声を上げて喜びレティシアに抱きついた。
「おめでとう。入学してからの三年間、不自由なく勉強に集中できるように、お姉ちゃん、頑張るからね」
「頑張りすぎないで。学生に騎士で護衛は大変だろうし。本当は少しでも働きながら学園へ通えるといいんだけど」
「気にしないで。私の学生生活は任務なんだし!それより、孤児院への訪問を続けて欲しい。私は忙しくていけない事が多いから」
「うん、孤児院への訪問は続けるよ」
遅い夕食の時間は、セシルが作ったビーフシチューと貰ったケーキでお祝いをした。
自分のお祝いを自分の作った料理で祝うのはセシルらしい。
(私は料理が苦手でセシルほど上手くは作れないからなぁ。今度、簡単な物でも作れるように練習しよう)
ジルクハルトからケーキを貰ったことを伝えると嫌そうな顔をしつつも、久しぶりのケーキを食べ、二人でテンションが上がる。
「ケーキなんて久しぶりだ。それも、カスタードのフルーツのタルト?初めてみたよ。王城のパティシエは凄いんだな。父上と母上が生きていた時に邸で食べたことあったかな?」
「あの頃はまだ、レシピが知られていなかったから邸では食べたことがないわ。チーズケーキは食べたけど」
「このケーキは学園の食堂にもあるかな?たまには食べたいな。姉さんは食べる機会はあるの?」
「以前は、お妃教育の合間のお茶の時間に出てたかな。学園の食堂にはないかも。今はジルクハルト殿下の護衛で王城に居る時に、お茶に付き合えと言われて食べる機会があるくらい」
他の侍従を退席させてから、お茶に付き合うのも仕事のうちだと言われ付き合うことがある。
数回に一度、タルトのケーキが用意される。ジルクハルトは甘い物を食べないのに。
用意されたケーキは、全て、レオンが美味しくいただくが、それをジルクハルトは嬉しそうに眺めている。
(ジルクハルト殿下とのお茶の時間は、餌付けされている野良猫の気分になるのよね。たまに、ラウルも苺を持ってきて餌付けみたいなことをしてくるから困るわ。美味しいからいいのだけど)
王城に勤めるような文官になれば食堂で食べる機会があるかも知れない、だから、高位の文官を目指して勉強を頑張れと、レティシアは伝える。
夜は疲れていることもありレティシアは先に眠りにつき、セシルは一人、夜空を眺める。
日付が変わる前の遅い時間、夜空を見上げると満点の星空がセシルの合格をお祝いしているかのようだ。
煌く星の瞬きは貴族でも平民でも平等に見ることが出来る。
美しい宝石のような煌めきは、夜空を模したドレスを作る程、貴族令嬢に人気がある。
昔、レティシアが夜空を模したドレスを着ていた事を思い出す。
ジルクハルトから贈られたプレゼントだ。
あのドレスを着たレティシアは美しかった。両親とレティシアは、王城で国王陛下夫妻と王太子殿下との食事会へ招待された。
あの頃が一番幸せだったのだろう。
セシルから見ても、レティシアは笑顔が溢れていてジルクハルトと一緒に居れることに幸せを感じているように見えたのだ。
ドレスを着た姿を褒められたのだと、嬉しそうに話していたレティシアのことを覚えている。
頬を赤く染めジルクハルトのことを思い出しながら告げた言葉、その姿、セシルから見ても美しく女神のようで、血の繋がった弟であることを憎んだほどだ。
その女神と生涯を共にできるジルクハルトを羨ましく思い、それでも、支えられる臣下となれるよう勉学に励もうと誓った。
(やっと、やっと学園へ入学できる歳になった。家を出たことで高位貴族と関わる事が出来なかったが、孤児院や教会での活動はリベルトを通して知ってもらえただろうし、姉さんが得たレオンとしての信用で、ある程度の地盤は出来ている。あとは……あの人に接触するだけだ)
セシルは孤児院へ来ていたリベルトが下位貴族ではなくヒネーテ家の嫡男だと知っていた。
ジルクハルトが教会と孤児院へ視察へ来たことは、別の日に訪問して知った。
それから、偶然にも訪問した日にリベルトが来て話すようになり優秀な平民として振る舞い、名前を覚えてもらえるようにまでなった。
レティシアがジルクハルトの護衛となり、側近の中にリベルトがいる事を知り、運が向いてきた、レオンを通して自分の優秀さを知ってもらうチャンスだと。
幼い頃は病弱で子供が集まる茶会などの社交へ顔を出したこともなく、義両親が来てからは隠れるような生活をして存在を忘れられていた。ツテを作ることもできないまま貴族社会から逃げ出し、平民として、何も持たずに知識と誠実さだけを武器にのし上がる事を考えていた。
全ては、高位の貴族に取り入るために。
貴族社会から逃げ出しすことは必要だった。身体と心を護るために。何より、レティシアを護るために必要だった。
姉であるレティシアが知らないアイツらの悪事を知り、隠している証拠を取り戻すために。例え、あの醜い女に取り入ってでもヴィクトリウス侯爵邸へ行き取り戻す。
全ての悪事を暴き、奪われた物を取り返す。
(姉さんが幸せになれるなら、僕は……人を殺すことだって厭わない。それに、姉さんを騙してでも幸せを取り戻す。だから……そのまま優しい姉さんでいてね)
両親が築き上げたヴィクトリウス侯爵家の信頼と信用を取り戻し、その名を取り返す。その後になら侯爵家を取り潰しても構わない。馬鹿な男の所為で領民へ迷惑をかけ苦しい思いをさせているから、取り戻してから償い、取り潰して王家へ領地を返上する。
領民たちへの損害を最小限にするためには、義両親達に罪を償わせる必要がある。
「アイツらも黙って子爵位のままでいれば良かったものを。身の丈に合わない侯爵位になっていい様に使われて破滅するなんて、馬鹿だよなぁ」
あの義両親を思い出し嘲笑う。
幼い自分では立ち向かえなかった相手に、牙を向くために必要なものが手に入る学園へ入学し、必ず、復讐を果たし後悔させる。
瞬く星に誓う
ーーーー必ず、僕が姉さんを幸せにする
セシルの腹黒さ好きです。