19.セドリックの試験結果
学園へ入学してから数ヶ月が経ち、冬も終わりに近づいた。レオンが入学した当初に起こった毒の混入事件以降は怪しい動きもなく穏やかな日々が続いている。
相変わらず護衛兼侍従兼生徒会雑用係で、日々、それなりに忙しく過ごしている。
変わった事は、レオンは平民であるにも関わらず、何故か女子生徒から好意を寄せられている事だ。
特に下位貴族の爵位を継ぐ男へ嫁ぐ事を諦めた令嬢達からの人気が高い。
「クロード、助けてくれ」
ラウルやリベルトには婚約者がいて関係も良好だ。よくデートをした話や婚約者の惚気話をされる。
なので、非常識でない限り婚約者のいる二人に言い寄る令嬢はいない。
その婚約者の二人もレティシアの身を案じているとかなんとか。
クロードには婚約者はいないが、近寄りがたい雰囲気なのか、女子生徒から直接的なアプローチをされることは少ない。レオンはそんなクロードを尊敬し、どうにかその手法を学びたくて助けを求めた。
「お前は無理だ。確かに、毒の混入事件の時はお前を恐れる者が多くいたが、今は無理だ」
「なんでっ!?困ってるのに!!」
この数ヶ月でジルクハルトの側近とも仲が深まり、友達として接しても問題ない間柄になった。ジルクハルトに対して敬意を払い、護衛として務めていることで信頼を得たことも理由の一つだが。
「優しいんだよ、基本。ご令嬢へ手を差し伸べたり、微笑みかけるのが。ジルクハルトより王子様のようだからな」
「なんだよソレっ!ジルクハルト殿下が目の前で転んだご令嬢に手を差し伸べるわけないだろ!私の仕事だから手を貸しただけなのに、それで好意を持たれたら仕事にならない!しかも!私は平民!」
ジルクハルトを狙ってなのか、近くで転ぶあざとい令嬢が稀にいる。
もちろん、手を貸して起こすなんて侍従の仕事をジルクハルトがする筈もないし、護衛としてレオンが側にいるのだから、させる筈もない。
……最近のジルクハルトの発言からすると、転んだ相手がレティシアなら喜んで抱き上げるのだろうけど。
「な〜んでだろ〜、レオンって女心がわかっているような感じがするんだよな〜」
生徒会室にあるソファーにうつ伏せで寝転び顎を手に置いているラウルが楽しそうに答える。
「どこがっ!?」
「だって、女の子が喜ぶ言葉を使うじゃん?タイミングよく。ルルが友達と話題に上がるって話してた」
ラウルの婚約者であるルル・バジーリオ侯爵令嬢とはレティシアの頃に王城で茶会を開いて顔を合わせた事がある。
「当たり前の事を護衛としての範囲でしているだけだ」
「優しくて紳士的で平民なのに優秀でジルクハルト王太子殿下の側近、信頼されていて将来有望なら狙うご令嬢も多いって。ルルが心配してたよ。このままジルクハルトの側近になるなら、ご令嬢を紹介したいってさ」
「辞めるから!!弟が学園卒業して文官になったら騎士を辞めるから紹介不要!!」
「お……おぅ。ハッキリしているな」
「バジーリオ侯爵令嬢には気持ちだけ受け取ったと伝えておいて欲しい」
「お……おぅ」
貴族令嬢を紹介されても困る。セシル相手ならいいかもしれないが、レオンはレティシアなのだから。
「で、クロード〜。どうしたらいいかな?」
「知らん」
「酷いっ!!!仕方がない。クロードを真似よう」
「好きにしろ」
「そういったツンツンしているところを真似していくといいのかな?」
やれやれと溜息をつくクロードは、我関せずといった風に生徒会の仕事を終わらせて本を読み始める。
「レオン、近衛を辞めるのは早くて三年から四年後か?」
ラウルとクロード、レオンのやり取りを黙って聞いていたジルクハルトが笑顔で話しかける。
近衛騎士を辞める話をするとジルクハルトは良い笑顔になる。悪い意味で。
「そーですねー。弟次第です」
「そうか。弟の入学試験は昨日だったよな」
「はい。自己採点では合格圏内です」
レオンが受けた試験内容より簡単だったらしく、ほぼ満点の結果だろうとのことだ。
「セドリックだろ?満点合格だ」
「へ?」
「レオンの弟だから興味があってな。先に試験結果を確認した。優秀な弟というのは本当だったのだな」
昨日は学園が休みで、平民特待生の入学試験が行われていた。その時に、弟の名前と試験を受ける事を伝えていた。
「満点合格?!やったぁ!!今夜はご馳走だぁ〜」
クロードにラウル、リベルトもお祝いの言葉をかける。
「セドリックは試験前でも孤児院にいたのに合格だなんて凄いな」
「そういえば何度かリベルトと孤児院で会ったと話していたな。気分転換になるから子供たちと遊んでたんだよ。頭が柔らかくなるらしい」
試験の前日も孤児院へ行き子供達と一緒に剣を教えてもらったと楽しそうにしていた。久しぶりに体を動かして凝りが取れたと。
「セドリックと私の弟は同じ学年だ。今回の試験結果からすると、私の弟より優秀なのだろうな」
ジルクハルトの弟は二つ下で名をライナハルトと言う。側妃の息子で第二王子だ。
レティシアとして接した頃は兄であるジルクハルトを尊敬していた。
「ライナハルト殿下ですね。弟が同じ学年で学ぶ事ができるなんて光栄です」
「私も嬉しく思うよ。レオンの弟なら、ライナハルトの友人になって支えて欲しい。周りが許せば、だがな」
オースティン侯爵は選民意識が強い。
ただ、側妃であるルシエラ妃は違う。
正妃と側妃と三人でお茶会をした時には、正妃を支える女性という印象だった。権力に興味がなく、他国から嫁いできた正妃を尊敬して立てていた。
現在もなお、ルシエラ妃の想いは変わらないようで空席となった正妃の座への繰り上がりを拒否している。
実家となるオースティン侯爵家は、繰り上がって正妃となることを望み、それにより正妃の息子となるライナハルトを次期国王へと推している。
ライナハルトの周りにはオースティン侯爵家の息がかかった者が集められている。実力よりもオースティン侯爵家への忠誠が優先されていることで、能力的にはジルクハルトの側近たちに劣る。
権力を望む者であれば、実力以外での勝負、陰謀や策略で地位を手に入れようとする者がいるからだ。
「ライナハルト殿下とは話されないのですか?」
「今はその時ではない。全てを片付けてからだ」
何を?とは聞けない。
ただの護衛であるレオンには話されないこと。
時折、ジルクハルトとクロード、ラウルとリベルトで会議をするが、レオンは退室を命ぜられる。扉の外で護衛として声がかかるのを待つのだ。
この数ヶ月でレティシアの捜索に進捗はない。最近では、セシルの想像した姿を描き捜索に利用している。
前ヴィクトリウス侯爵、レティシアとセシルの実父の十六歳頃の絵姿とフロレンツ公爵家の亡くなった嫡男の絵姿を元に、そして、レティシアの顔から推定される姿を。
フロレンツ公爵家には後継となる息子がいた。レティシアの母親の弟の一人息子だ。
そのフロレンツ公爵家の嫡男は、前ヴィクトリウス侯爵夫妻が馬車の事故で亡くなった同時期に賊に襲われて命を落とした。
公爵家の馬車なので護衛はついていたが、数名は行方を晦まし、数名は殺害されていた。
想像したセシルの絵姿を見た時は少し安心した。あまり似ていなかったからだ。特徴は捉えているが、男らしさが強く出ている。
父親は武に長けていてがっしりとした身体つきだが、セシルは剣を学び始めたばかりで線が細い。
訓練をしているが筋肉がついても線が細いままなのは、幼い頃、病気がちだった事も関係しているのかもしれない。
(全てを片付けてから……か。今の権力闘争、王太子の挿げ替えを行おうとしている勢力を押さえつけて、本当の意味での王太子となることで全てが終わるのかしら)
王太子に対する反発は以前からあった。他国の血が混ざっている王子を次期国王にしたくない貴族たちがいる。
王女を正妃として娶ったことで隣国との友好関係に必要なことは済んでいる、なので、国内貴族への利権のために、次期国王には側妃の息子であるライナハルトを推している。
その全ての均衡を崩したのはレティシアとセシルの逃亡。いや、崩すために嵌められて動かされていたのはヴィクトリウス侯爵、レティシアとセシルの義両親。
それは数年前から計画されていたーーーーーー。
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