18.あの頃の贈り物
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ありがとうございます。゜(゜´Д`゜)゜。
「はい?」
「行方不明になってからは購入だけして私の部屋に保管しているのだ。今年は何を贈ったらいいか……女性の喜ぶ物を知っているか?行方不明になる前も贈っていたのだが……な」
真面目な顔をして問われたのはレティシアへの誕生日プレゼントについて。それを、毎年のように贈っている……と。
義両親が来てからプレゼントは一切、受け取ったことがない。だから……。
「レオンに伝えておく。私はレティを愛しているんだ。彼女へ贈ったものが妹であるヴィクトリウス侯爵令嬢が持っていた時には驚いた。一度、『いつもプレゼントを贈って下さりありがとうございます』と言われた時には驚きすぎて何も言えなかった」
「マリアンヌ嬢が……?」
マリアンヌに贈っていたのでは……?
「最初の頃は私が贈った物と同じ物をヴィクトリウス侯爵令嬢が身に付けているのを見て、同じ物を購入したか、レティが一時的に貸していたのだと思っていた。だが、それを言われてからは、あの家では私が贈った物をレティではなくヴィクトリウス侯爵令嬢宛として渡してあることがわかった。それも、レティの目の前でヴィクトリウス侯爵令嬢に渡していた」
そうだ。
レティシアはジルクハルトからの贈り物が届いた時は、必ず、サロンへ呼び出されていた。まるで見せびらかすかのように。
嘲笑っていたのだ。婚約者のお前は、何も贈られていないがマリアンヌには定期的にプレゼントが贈り届けられている、と。
ジルクハルトが心から妃にしたいと想いを寄せているのはマリアンヌなのだと、思わせるかのように。
知らなかった事実に混乱する。
でも、今はレオンだ。レティシアの頃の事で動揺するわけにはいかない。
でも知りたい。そう思ってしまった。
「い……今まで何を贈られたのですか?」
その後、ジルクハルトが嬉しそうに自分が贈ったものを教えてくれた。行方不明になってから購入した物も。それは誕生日プレゼントだけではなく、定期的に贈るためのプレゼントや婚約した記念日のプレゼント、視察で訪ねた先で購入した物も含まれていた。
「一番喜んで身に付けてくれていたのは、私の瞳の色に合わせたアメジストの首飾りだ。普段使い出来るよう、小さめの宝石に細いチェーンで作ったのだ。お妃教育で王城へ来ていた時に身につけていたのを覚えている」
それはレティシアが最後にもらった、受け取ったプレゼント。直接、ジルクハルトから手渡され嬉しくて大切にしている宝物。
家を飛び出した時に、その首飾りだけは持ち出した。マリアンヌに取られたくないから。
「あの……もう既に沢山の物を贈られているのですから、何を贈っても同じような物になりますよ」
「そうか。本当は次の夜会のためにドレスを贈りたいのだがサイズが分からなくてな」
「いや、行方不明なんですから作っても夜会には参加できないですよね?」
「そうだがな。では何を贈ればいい?」
「もう贈らなくていいんじゃないですか?婚約解消を望んでいるかもしれませんよ」
揶揄うつもりで発した言葉はジルクハルトを怒らせるのには十分で。怒りで顔を歪めたジルクハルトの顔が目の前で。そんな彼の姿を初めて見て、怖い、と感じた。
気づけばジルクハルトに手首を掴まれて組み敷かれている。男同士でもソファーの上で、このような状態になるのだろうか、と現実逃避をしたくなる。
「お前はっ……!!本心から婚約解消がしたいのかっ!!!」
穏やかなジルクハルトには似つかわしくない声音で、その声の力強さに男なんだと思わされる。
「あっ……その……」
勢いに負けて言葉が続かない。
「俺はっ!あの頃は全て自分の手で解決出来ると驕っていた。それで失い、大切な人を傷つけた。それでも、愛しているんだ!!レティから赦しを得て愛を乞うつもりだ。なのに、お前は婚約の解消を望むのか?!」
その言葉は、まるでレティシアに告げているかのように……
「も……申し訳ございませんっ。その、レティシア様が家を出るほど苦しんでいたのなら、婚約していたことも原因の一つかと思い至り……その……不敬な発言への処分は謹んでお受け致します」
我に帰ったジルクハルトは手首を解放しレオンから離れる。
手で顔を覆い深く溜息をしている。
「いや、済まない。私が悪かった。処分はしない。レティが苦しむ原因の一つが婚約だとは知っていたが手放す事が出来なかった。それに王妃になる者なら、その苦しみから逃れる事も必要だと考えていた。その考えが甘かったのを後で知ったが」
「お赦しいただき感謝致します。その……何でもいいのでは?心が篭っていれば喜ばれると思いますよ」
「あぁ……そうだな」
(この人は何故ここまで苦しんでいるのだろう。ただ、婚約者が行方不明になっただけなら……情報を待てばいいだけなのに)
次に見たジルクハルトは優しく微笑んで、レオンの頭を撫で胸に抱きしめた。
「お前が辛そうな顔をするな。笑っていろ。お前が笑っていると俺も嬉しいからな」
頭を撫でながら耳元で囁かれると逃げたいのに力が入らない。
本当にこの人は、この短い時間で感情が溢れている。
(ジルクハルト殿下って普段は『俺』って言うのね。そういえば最後に会った帰りの馬車の中で俺って言っていたかもしれない)
ジルクハルトの腕の中は居心地が良くて身を預けていたことに気づき慌てて腕から逃れる。
「だから近いんですって!!これはレティシア様にしてあげてください!寂しいなら今夜は女性をご用意しましょうか?」
「いらない。なら、レオンが付き合え」
「はい?」
「レティの事を思い出して寂しいからな。今夜はレオンが側にいろ」
「は?」
「抱き枕があった方がよく眠れる。お前は良い香りがするしな」
貞操の危機。
男でも女でも貞操の危機に変わりない。
レティシアを愛していると言いながら男なら側に置いてもいいのか、と、何度か突っ込んではみたが話を逸らされ言い負かされそうになったのを何とか説得して帰宅することになった。
帰りの馬車を用意すると言われたが、王家の紋章入り、もしくは、紋章がなくても品質の良い馬車が市井に入れば目立つ。なので断り徒歩で帰宅することにした。
徒歩であっても、レオンであれば問題なく帰宅できる。令嬢の頃とは違い、体力がついたから歩く距離が長くても平気なのだ。
「なんだか今日はどっと疲れたわ。ラウルは体力を消耗するし休みなのに働くしジルクハルト殿下の相手もするしで……まぁ、でも、ジルクハルト殿下の突拍子もない言動以外は、女だと経験できないことだったし、これも良い思い出になるのよね」
陽が傾き薄暗くなってきた空を見上げる。
数年前の義両親との生活からは考えられない充足感に満たされる。
帰宅するとセシルの作ったシチューの香りで頬が緩む。
貴族の時には当たり前に享受していたことは、とても贅沢なことだった。今は地に足をつけて生活していることで、本当の意味で、民にとって必要な事が何かを知ることになった。政策として提案出来る立場にはないけど、この経験はセシルが文官になってから役立つはずだ。
「ただいま」
ここが姉弟の大切な場所。
これはきっと、これから先も変わらない。
帰ってきたい居場所があるのは幸せな事だ。
「姉さん、お帰り」
笑顔で迎え入れてくれる家族がいる。
心から心配してくれる。
それがレティシアの求めた家族。
それなのに、今日のことでレティシアはジルクハルトに対して誤解をしていた事に気づき、自分の行動が正しかったのか、もしかしたら助けを求めたら連れ出してくれたのかもしれないと考えてしまう。
あの時は悩んで、悩んだ末に命が大切で、セシルを守りたくて飛び出した。誰かに頼るなんて出来なかった。
レティシアとセシルにとって、自分たち以外は敵に見えていたから。
(拒絶ばかりしないで、しっかりと、ジルクハルト殿下を見よう。リベルトやラウルにクロードのことも。私が思い込んで見落としていた事があるかもしれない)
レティシアは決意を新たにして眠りについた。




