16.ラウル・マインラートと魔術練習
「さぁさぁ!!やろうぜっ!!」
爽やかな笑顔で……いいや、とても嬉しそうに招き入れられたのは王城にある魔術師団長の執務室。招き入れたのは魔術師団長の息子である同級生のラウルだ。
(あぁ、なんていうことだろう。昨日に引き続き面倒なことになってしまった。勤務じゃないのに王城なんて……帰りたい帰りたい帰りたい)
昨日の休暇はリベルトに会い、今日こそは王太子の側近達に関わらずに過ごしたいと願っていたレオンだが、その考えは数時間前に無残にも砕け散った。
時は数時間前に遡るーーーーーー
前日、沢山の本を読むことが出来たことで、不足していた知識を補うことが出来た。セシルも最近の情勢の他に、貴族の関係性を知ることができる資料を読めたことで満足していた。
「姉さん、今日も休みなんだろ?何か予定はあるの?なければ勉強を教えてよ」
「予定はないかなぁ。外国語でも教えようか?周辺諸国、五カ国語くらいは使えると外交官とかになれるかもしれないし」
「いや……外交は興味ないよ。他国へ行く用が出来たら姉さんと一緒にいられないだろ」
「そう?外交官の給金はいい方だけど」
「そこまでいらない」
少し遅めの朝食をとりながら、何をするか予定を決めていた時に、珍しく扉を叩く音がする。
近所の商店のおばさんが作り過ぎたオカズをお裾分けしてくれることはあるが、それも夕方に来ることが多い。それ以外では、滅多に自分達を訪ねる者はいない。
「僕が見てくるよ」
「頼んだ」
レオンは部屋の奥へと行きサラシを強く巻き直す。休みだから気を抜いてサラシは強く巻かずにいたので女の身体が目立つ。
サラシを巻き直していると扉の方では男の……聞き覚えのある声と良く知っている魔力を感じる。
(何故……この家の場所を知っているの……いや、知っていても可笑しくはないだろうけど普通はこないでしょぉっ!!)
恐る恐る、それでも表情を作り上げて扉へ向かうと、いた。とても人懐っこい笑顔で、セシルを突破しようとしているラウルの姿がそこにあった。
「あーーーー!やっぱりいるじゃんっ!レオン!コイツは弟か?すっげぇ怪しまれてる、俺!」
レオンは苦笑するしかない。必死に家に入れないようとするセシルと、笑顔で入ろうとするラウルが対照的だ。
「兄さん!コイツ誰?!不法侵入だよねぇっ?!」
「えーーと、学園の同級生のラウル・マインラート伯爵令息だ。ラウル、弟のセドリックが無礼を済まない」
紹介すると動きが止まるかと思ったが、ラウルを掴み扉の外へと連れ出し追い払った。
「貴族だからって好き勝手が許されると思うなっ!!」
そう言い放ち扉を閉めようとした瞬間、ラウルがにこやかな笑みを崩さないまま、扉を掴み抵抗する。
「弟!セドリックだっけ?お願い!お前のお兄ちゃんを貸して!!何でもするから!!」
「いーやーだー」
扉を開こうとするラウルと閉じようとするセドリック。この二人のやり取りが面白く、レオンは思わず声を上げて笑った。
「ふっ……ハハハ!やめろよ二人とも、何やってんだよ。餓鬼かよ」
「「餓鬼じゃない!!!」」
お、声がハモるなんて仲がいいな。
なんて思ったことは間違っても口にしない。
言い争う二人が想像できて面倒だからだ。
「それで、ラウルは何をしに?市井での買い物のついで、とは思えないけど?」
「毒の打ち消しを教えてくれ!許可はとった!さぁ!やろうぜ!」
(嘘でしょっ!?マインラート伯爵と殿下が許可を出したの?!失敗したら死ぬかもしれないのに……)
レオンは困惑しているが、その言葉を聞いたセドリックの動きが止まる。ラウルを招き入れたのだ。
「なんだ。毒の打ち消しか。なら早く覚えて兄さんの手間を減らす手伝いをすることだな。それと兄さんに抱きつくな」
「うわっ、レオンの弟って俺の弟より厳しい!!しかも上から!」
「す……済まない!セドリック、謝るんだ!」
慌ててセドリックに謝らせようとするがラウルに手で制される。
「いいって。失礼なことをしているのは、多分、俺だから」
「多分じゃなくて結構失礼だけどな。毒の打ち消しはうちでするんですか?」
夜にでもセドリックに対してマナーと常識について教え直さなければいけないと、レオンは強く思い直した。
(セシルとラウルが揃うと弟が二人いるみたいだわ)
ジルクハルトも弟がいて面倒見のいい男だからこそ、ラウルも懐いているのだろう。人懐っこさはあるが、魔術については優秀で将来を期待されている。もちろん、勉学の方も、ジルクハルトの側に居る者として相応しい出来だ。
毒の打ち消しはマインラート伯爵もとい魔術師団長とジルクハルトが許可をしていると言っても、レオンの自宅で行って事故を起こした場合、殺害容疑がかけられる、いや、殺害したと捉えられても可笑しくない。
なので、別の場所で行いたいとレオンが申し出ると『そう言うと思ってたから部屋を用意してある』と、王城にある魔術師団長の執務室へと連れて行かれた。
ラウルは気を使ったのか、王城にレオンが来ていることはジルクハルトには伏せてくれている。なので、休みの日までジルクハルトに会わずに済むが、王城にいるのに挨拶をしなくていいのかと疑問になる。
ラウルには、どうせ忙しいから会う必要はない、と言われたが。
魔術師団長には毒の打ち消しと陣の説明をし、練習の為に毒の摂取と魔術の行使をして良いと許可を取り、弱い毒で練習を始めた。
「うあっ……やばっ」
魔術師団長が使うように指示した毒は弱い。が、飲み慣れていない者には弱くても身体への影響は大きい。
ラウルの陣の発動が遅れ、その場に崩れ落ちたのでレオンは打ち消しを行い解毒する。
「陣の発動が遅い。口に含む前に陣を展開して飲んだと同時に発動させるんだ」
「いや、含む前って……」
「今は練習なんだから、カップを持った時に陣を展開して、口に含む直前に発動させるんだ」
「えーーー、俺もレオンと同じタイミングでやりたい」
「ダメだ。まずは物を口に含む動作と陣の展開と発動の動作を身体に叩き込むのが先だ」
セシルより聞き分けの悪いラウルには、もう一時間も同じことを伝えているが、どうしても、レオンと同じように陣の発動をさせたいようだ。
「むぅ。それなら一回はレオンの言うとおりにしてみるかなー」
「うん、一回くらいは教えた通りにしてくれると助かる」
ラウルはティーカップを手に取り陣を展開し口をつける直前で発動させた。魔術を使っているのがわかるが、上手く発動させることが出来ている。
「おおっ!!毒を感じないっ!!成功?ねぇ、レオン、成功したよな!?」
ラウルの身体に手を翳して毒を確かめると、確かに打ち消しに成功している。
「あぁ、成功している。まずは、このやり方で打ち消しの練習をしてくれ。陣の展開が人に気づかれなくなれば、次の段階に進めるから」
「わかった!で、そろそろ飯に行くか?もうお茶は飽きた」
すでに昼の時間は過ぎており、ラウルは毒の打ち消し練習の為に、何杯もの紅茶を口にしている。教えているレオンは、手本として最初の一杯だけ飲み、その後は口にしていない。
沢山の紅茶を飲んでいても、魔力を使い消耗していることで空腹となったラウルに連れられ王城の食堂へと通された。
そこは騎士や魔術師、文官など王城に勤めている者達が利用している。
ジルクハルトの専属護衛でなければ、レオンもこの食堂を使うことになるのだが、一度も利用していない。
学園が終わった後は王城で護衛兼侍従として勤めており、ジルクハルトの側を離れることはない。
晩餐は帰宅してから食べると伝えているものの、ジルクハルトの毒味ついでに席を共にするよう命令される。ダイニングであったり執務室、果ては私室で晩餐をとることがある。
流石に他の侍従が控えているが、ある程度、食事が進むと部屋から出ていきジルクハルトと二人きりになるのだ。
「食堂を利用するのは初めてなのか?」
「あぁ。ジルクハルト殿下の護衛をしている時は、基本、学園以外では食事をしないようにしている。まぁ……一緒に食事をするよう命令されることが多いけど」
本当に困るのだ。
飲食をするとトイレは行くことになるから、その回数を減らす為に控えているのに、ジルクハルトに何度か説明しても聞き入れてもらえない。
「あのジルクハルトがねぇ。気に入られてるじゃん、珍しいよ」
「そうなの?ジルクハルト殿下のことは知らないから……。私みたいな平民相手に見下さずに接してくれているのには好感が持てるかな」
「ジルクハルトは、レティシア嬢が行方不明になってから変わったよ。以前よりは俺たちが動きやすいように情報を教えてくれる。もちろん秘匿情報は話さないけど、それでも、信じている相手には心を開いてくれるようになった」
目線を落として話すラウルの姿は、どこか嬉しそうで、それでいて哀しそう。失ったものがあるかのようにジルクハルトのことを想っているようだ。
「以前は一人で解決しようとしていたとか?」
「そう。それでレティシア嬢を失った。後から聞いて俺たちは先に話して保護なりしておけば良かったんだって責めてさ。すっげぇ喧嘩した。お互いに立場を忘れて」
言い合って殴り合って、それがあったから信頼が深まった。男同士なんてそんなもんだ、なんて、ラウルは軽く話す。まるで、気にするなとでも言うように。
昼を過ぎた時間の食堂は人が疎だ。交代で昼の休憩に入る者や、仕事が終わらず遅れた者、シフトでこれから仕事を始める者が珈琲を飲んだりしている。
食事を持ち席に着き、ラウルが戻ってきてレオンは遠くを見ることになった。




