14.しっかり者の弟
食堂での毒物混入事件では実行犯と協力者、その家の者達が処罰された。もちろん、実行犯と協力者達は相応の処分が下された。
ジルクハルトが立太子した頃から燻っている王位継承争いは下火になることなく今もなお続いている。
国王陛下がジルクハルトを指名し立太子させたが、第二王子派は良しとしていない。この第二王子は側妃の子供であり側妃はオースティン侯爵の妹だ。
オースティン侯爵としては甥にあたる第二王子を即位させることで王城内での発言権、権力を保ちたいと考えている。
ジルクハルトの母親である正妃は隣国の王女で同盟のために嫁いできた。国王も王妃を寵愛していたが、よしとしない貴族もいるため国内の暴動を起こさないために側妃を娶った。
その後、ジルクハルトが婚約してすぐに正妃は病で亡くなったとされている。公にはされていないが毒が盛られ殺された。
毒殺されたことが公になると隣国との同盟にも影響が出てくるため秘匿とし、隣国の血を受け継ぐジルクハルトが立太子することで関係性を維持している。
ジルクハルトの相手は国内貴族の勢力バランス、国内の血を濃く受け継がせるために王国になる前から力を持っていた歴史あるフロレンツ公爵家の血を継ぐ者のいるヴィクトリウス侯爵家の娘を婚約者とした。マリアンヌではなくレティシアでなければいけないのはフロレンツ公爵家の血を継いでいるからだ。
フロレンツ公爵家の後ろ盾があればいい。ヴィクトリウス侯爵家がフロレンツ公爵家との関わりを絶っていなければマリアンヌが婚約者になっても充分、後ろ盾になる、と考える貴族もいる。
「って姉さん、それは僕に話してよかったの?初めて聞くこともあったんだけど…!」
「いいんじゃない?知らないのは罪だよ。平民のままでもセシルの血にも関わることだし」
「だからって……いや、知ってはいたけどさ」
はぁぁぁと、額を抑えながら俯くセシルは、我が姉ながら頭はいいのに抜けているところに呆れる。
(いや、可愛い姉だからいいのだけど)
「知ってたの?!幼い頃のセシルは身体が弱かったから家庭教師をつけていなかったしフロレンツ公爵家のことは伝えていなかったのに」
実の両親が生きていた頃、セシルは病気がちだった。元気になってから家庭教師をつけて侯爵家の嫡男としての勉強を始める予定で、両親が亡くなる一年前に、ようやく家庭教師をつけて勉強を始めた。
義両親に引き取られてからは家庭教師代は無駄とされ、侯爵家嫡男として学ぶ機会を失った。それでも勉強をする下地が出来上がっていたことで本を読んだり資料を見ることで充分、知識を得ることが出来ていた。
「知ってるに決まってるだろ。昼間は家にいて暇なんだから調べ物くらいできるよ。それに邸にいた頃は、朝の早いうちならアイツらは起きてこないから昼近くまで図書室で大抵のものは読んでたよ」
というのは嘘で、侯爵の執務室へ出入りしてアイツに見られたくない書類を別の場所へ隠していた。侯爵家のことが記されたものをほぼ他人である義父に見せて利用されたくなかったからだ。
証拠品だって見つけた。その証拠品は隠しているが早く安全な場所へ移したい。
「あの人たちが来てフロレンツ公爵家とも縁が切れたから助けも頼めなくて……」
「何言ってんだよ。あの状況のヴィクトリウス家に手を貸せばフロレンツ公爵家が非難されるだろう。アイツらは、それだけの事をしているんだから」
「でも……私達に酷いことはしていても国に対して問題になるようなことまではしていないでしょう?」
「してるね。充分すぎるくらい。それに領民に迷惑をかけているだけでも罪だよ」
「それは私たちが言えた義理じゃないけどね」
ヴィクトリウス邸から逃げ出すのが遅くなったのは領民の事を心配していたからだ。まともな領地経営も出来ない義父だから、姉弟で裏から手を回して領民達の生活を守っていた。少ない知識と少ない支援金で。
あの義両親は金を使うことしか出来ない。足りなくなれば領民が納めた税にも手をつけるだろう。義妹が卒業する頃までは贅沢が出来るくらいの資産はあるはずだから、まだ、領民は苦しんでいないはず。
今でも領地の孤児院や教会へは匿名で寄付をしている。ギリギリのお金で生活して将来のために蓄え、そして、少しのお金を寄付に。
平民になっても貴族としての誇りを忘れない。邸を出るまでは領民が納めた税で暮らし、お妃教育は民の納めた税が使われた。
その税に見合う働きができなかったことがレティシアの後悔だ。
領都で贔屓にしていた店の女店主は元気だろうか。今の季節の見頃の花や楽しかった思い出が蘇る。
「それでも、僕達が生きていることに意味があるんだよ。生きていれば、きっと、領民達のために出来る事がある」
「そうだね」
(早く学園に入学できれば復讐に必要な準備が整うのに……)
セシルは義両親を許していない。レティシアと共にされた仕打ちを忘れてはいない。復讐するために知識をつけ侯爵家を陥れるために必要な地位を手に入れると心に決めている。
「それより僕は学園でジルクハルト殿下や側近達と近い場所にいる方が心配だよ。気づかれていない?王都警護に変えてもらえないの?」
「王太子命令だし二番隊へ配属されたから無理だよ。今の所気づかれてないと思う。ただ、ラウルのスキンシップが激しくてバレるんじゃないかってハラハラしてる」
「ラウルって当主が魔術師団長をしているマインラート伯爵家の嫡男だよな!?あいつ、魔術好きらしいけど……何かされてない!?大丈夫?!」
「いや……頻繁に抱きつかれる……たぶん、スキンシップの激しい人だと思う。たまにジルクハルト殿下にも抱きついているし。魔力の多い人が好きみたいで、魔術の話も好きみたい。今度、毒の打ち消しの練習に付き合うことになった」
魔術の話をしている時は目をキラキラと輝かせて年相応の少年、青年の雰囲気になる。公の場や学園でも仲間内といる以外の場では伯爵家の嫡男として相応しい落ち着いた好青年だ。
「毒の打ち消し?あ〜、マインラート伯爵令息も出来るようになると姉さんの負担が減るかもね」
「いや、やらせちゃダメでしょ。それ、二番隊の私の仕事だから」
「僕は元々、姉さんが騎士になるのも反対なんだ。僕の勤め先が決まったら辞めてよね?姉さん一人くらい養えるから!」
「はいはい、でも結婚したら私は邪魔になるから市井で働くわ」
「それは好きにしていいよ。騎士団よりマシ」
セシルは、このまま平民なら結婚せずに一生、レティシアと二人で暮らすつもりだ。
久しぶりの休日、レオンとしての護衛の仕事も休暇を与えられた。初めのうちは学園へ通うから身体を慣らすために、しっかりと休息するようにと、王太子命令だ。
部下の体調を気遣う事が出来る男のようだ。
久しぶりにセシルと二人で王都の外れにある教会へ行き手伝いをする予定だ。小さい子供の世話や文字の読み書きを教えたり、貴族の慈善活動よりも寄り添えるし子供達も喜ぶから楽しめる。
「それじゃぁ、行こうか。レオン兄さん」
「あぁ。セドリックは頻繁に顔を出しているんだろ?羨ましいな」
「週に一回位だよ。レオン兄さんと行く方が子供達が喜ぶ」
市井でセシルはセドリックと名乗っている。平民でセシルの名は珍しいから一般的なセドリックと名乗っているのだ。
教会に着くと珍しく子供達が外で騒いでいた。見慣れない人がいる?
「あっ!レオンお兄ちゃんとセドリックお兄ちゃん!!」
子供に呼ばれて手を振ると見慣れた男がーーーー