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竜の帝國  作者: 飯屋魚
6/12

06:金の王(竜暦紀元前269年

竜暦紀元前269年


竜暦紀元前275年。ジャグは戴冠したことでアイハラーンの王となっていた。


しかし彼が城に居るのは稀だった。

いいや。もっと言えば、国に居るのも。

さらに言えば、大地に降りていることすら食事と眠りと排泄を除いては稀だったといっていい。


アイハラーンの王。犬人ジャグは1日のほとんどを愛竜ライハジーラの背で過ごし。

そして。

1年のほとんどを戦場で生きていた。


竜暦紀元前269年 8ノ月


蒼穹をライハジーラが駆ける。

不思議なことに、曇天であろうと雨雲がかかっていようと、ライハジーラが空を走れば、雲は割れて溶けてしまう。

まるで王の威厳にひれ伏すかのように霧散してしまうのだ。


だから竜が戦場に現れたのなら、たちどころに知れた。


わぁあああああああ!


味方した国の軍勢から歓声が上がった。


勝った!

これで勝負はついたぞ!


わぁあああああああ!


敵対した国の軍勢から悲鳴が上がった。


まずい!

森に逃げるんだ!


ジャグは早々に逃げ出した軍勢にブレスを吐いた。

その際に細心の注意を払って被害を…人殺しを過ごさないようにする。


戦場の空をおおきく回って威嚇。

ダメ押しに森が延焼しないように気を使ったブレスを吐く。


これで勝負はついた。

しばらく空を旋回して敵兵の気配がないことを確認してから、ジャグはライハジーラを戦場だった大地に降ろした。


竜との癒着を解いて、ジャグは地面に足をつける。


30歳。男盛りとなっていたジャグは泰然とした貫禄にあふれていた。


「グゥルルル」


もう仕舞いなのか?

不満気なライハジーラの兜を撫でてジャグは宥める。


やがて味方をした軍のなかから騎馬牛に乗った男たちが進み出てきた。


「こたびの合力、感謝いたします」


男たちは牛をおりると軽く頭を下げた。


不敬である。常識で考えたのならありえない。

ジャグは今や2000の軍勢を動かせる国の王なのだ。

しかも援軍として足を運んでいる。


本来ならば片膝をついた礼を示すべきだった。


が。ジャグが機嫌を損ねるようなことはない。

弁えていた。

自分が他国では奴隷の扱いである犬人であることを。


これまで幾人も『偉い人』に会ったが、彼等がジャグに礼儀を払うことはなかった。

ただの1度も。


なかには「畜生ごときに頭を下げられるものかよ」小声で毒づいた者すらいた。

犬人の聴力を知らなかったのだろう。


それに、だ。


「これが今回の謝礼です」


男たちのなかで2番目に偉そうだとジャグが目算をつけていた者が小ぶりな革袋を差し出した。


もっとも地位のある人間が差し出さない理由。

彼等は、金銭を下賤の物であると考えているからだった。

金勘定をあくせくするのは下々だけ。

高貴なる身分ともまれば、あれが欲しいと口に漏らせば、意をくんだ下郎が調達をする。

であればこそ、金銭は己が手にするものではないのである。


もっとも。

ジャグの前に並ぶ男たちの中で本当に金銭に困らないほどの大身はいない。

それは動員している兵数が200もないことから明らかだ。


要するに建前と見栄なのであった。


「ああ」


言葉少なにジャグは皮袋を受け取って、その場で中の確認をした。


男たちが侮蔑の表情を隠すことなく浮かべる。


しょせんは犬人よ。

しょせんは奴隷よ。

しょせんは浅ましの傭兵王よ、と。


とはいえジャグにだって言い分はあった。

過去に中を確認せずに帰ったところ、鯖を読まれてだいぶんに少ない金額だったことがあるのだ。


以来、ジャグは人前であろうが臆面もなく確認することにしている。


しかし彼等がジャグを蔑んでいるのはこうした上位者に相応しからぬ態度を取るからとか、犬人だからという、それだけではない。


もっともおおきな理由。

それは。


ジャグはこの5年を傭兵としてライハジーラを駆って北方を駆け回り……騒乱を広げていたのである。

あえて劣勢なほうに付き。

一強があることを許さず。

絶えることなく争乱が続くように仕掛けていた。


先のブレスで人死にが出ないようにしたのは、ジャグが命を奪うのを厭うたからではない。

人が多く死んでしまえば、争いが起きなくなってしまう。傭兵の需要がなくなってしまう。


もっとハッキリと言ってしまえば『金が手に入らなくなってしまう』からだった。


こうしたジャグの行いは、国々の王族や貴族もそうだが、民草からも憎まれていた。

戦いが起これば農村から男は徴収されるし、男がいなくなれば生産力は甚だしく落ちる。そのうえで戦費をまかなうのに税は高くなり、生活が苦しくなるからだ。


ジャグは味方をしたはずの兵士に睨まれていた。

睨んでいるのは人間ばかりではない。


軍勢には当然のことながら奴隷の犬人もおおぜい居たが、彼等もまた嫌悪を隠そうともせずに、なかには牙をむきだしているのもいた。

同族であればこそ、その非道が許せないのだ。


彼等が思うのはひとつ。


なぜ!

あんたが北方を統一して平和をもたらさないのか!


どうして!

それだけのちからがありながら戦乱を煽るだけなのか!


ジャグは竜の英雄である。

しかして、そう崇められているのはアイハラーンでだけだった。


1歩外の国に出たのなら、英雄は地に堕ちた。

かねの傭兵王。

それがアイハラーン王ジャグの蔑称だった。


「アイハラーン王よ、質問を許されたい」


男たちのなかで身分が一等高そうな者が言った。


「あなたは、この北方で続く争乱をどうお思いなのか?」


ジャグは答えない。

黙って男を見る。


冷たい目だと男は思う。

まるっきり傍に侍る竜と同じ目だと。


「心苦しく思われることはないのか!」


アイハラーンの王は答えない。

黙って男たちを見る。


感情のない顔だった。

まるで人種ではないかのような。


れ者が!」


男たちは騎馬牛に跳び乗った。

同時に居並ぶ兵のなかの十数人が弓に矢をつがえる。


周囲の兵士が呆けたように、矢を放つ同僚を見る。


アイハラーンの犬王を打倒する。

北方に平和を戻す!


そのような企みをもって紛れ込んでいた者たちだった。

もしくは。

他国の指示でそうなるように扇動した男が潜んでいた。


放物線を描いて、複数の矢がジャグに迫る。


ドス ドス


矢が刺さった。

腕に。脚に。腹に。胸に。首に。


だがジャグは倒れなかった。

死ななかった。


200人の男たちが身じろぎどころか呼吸すら忘れて恐怖するなか、埃を払うように体に刺さった矢を1本1本抜き取り、抜き取るそばから傷はふさがった。


「化け物が!」


何者かが叫ぶ。

それはとある国から派遣されていた男だった。

犬王を打倒すべしと扇動した男であった。


ジャグは無傷のライハジーラにまたがった。


竜は飛び上がったが、矢は飛んでこなかった。

既に矢を射た軍勢は報復を恐れて我先に逃げ出していたのだ。


その様子を見下ろしながら、金の傭兵王は


「帰ろう、アイハラーンに」


愛竜を走らせた。


雲が割れて溶ける。

蒼穹に竜だけが飛んでいた。



【竜暦紀元前274年


アイハラーンに疫病がはやる。

翌年。

シェイナ妃もまた罹患する。


魔女は言った。

治療薬は希少な植物を使うため高価にならざるを得ない、と。


その費用を工面するために、竜の英雄は傭兵として北方の戦乱をあえて煽るようになる。


かねの傭兵王。


それが他国からの蔑称であった。


同時期。

アイハラーンでも『竜の英雄』とは別に、王のことをさる言葉で呼ぶようになっていた。


人間、犬人、その区別なく疫病にかかった者を見捨てない姿を。

妻をただひたすらに愛する姿を。


輝かしい『きん』に例えて。

他国からの蔑称に対する反発を込めて。


密かに呼んだ。


きんの英雄王、と。

ライハジーラの卵はどうなった?

追々、ということで。


6/13 ジャグが味方した兵のなかの、複数だけが殺害を計画しているように書き足し

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