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竜の帝國  作者: 飯屋魚
5/12

05:英雄を継ぐ赤ん坊(竜暦紀元前278年

書けたので投稿します

竜暦紀元前278年 6ノ月


そろそろだね。

そろそろだよな。


井戸端で談笑する主婦たちも。

夕暮れ時の居酒屋で飲む男たちも。


そろそろだね。

そろそろだよな。


アイハラーンでは誰も彼もが会うたびに同じことを言っていた。


メガラリカの侵攻を単騎で退けた竜の英雄たるジャグと、アイハラーンの姫シェイナが婚姻をしたのが約8年の昔になる。

当時13歳だった少年と12歳だった少女は、当然のことながら月日とともに成長し、英雄は21歳の青年に、可憐な少女は20歳の凛とした女性になっていた。


8年の間、ジャグは竜を駆ってアイハラーンに生息する魔物・魔獣を精力的に駆除して回った。

このことで農民は怯えることなく耕作地を増やし、駆除した魔物・魔獣の素材が国庫を潤した。


また、竜の脅威を侮った他国の侵攻を2度、ジャグは退けてもいた。

竜暦紀元前283年と竜暦紀元前281年のことである。

その際にも多額の慰謝料と和解金を頂戴し(そのせいで侵攻国は両方がほどなく隣接した国に潰されている)、豊富な予算でアイハラーンは月日とともに目を見張るような発展をし続けた。


その陰にはシェイナ姫の功績があった。

犬人のジャグにまつりごとは向かず、現王であるジンドは凡人であり、代わりに政務を取り仕切ったのがシェイナ姫だったのである。


元メガラリカの難民を受け入れ、混乱と対立をピシャリと捌き。

これもまた元メガラリカの知識人を招聘しょうへいし、アイハラーンに取り込んだりもした。


もはやシェイナはアイハラーンで隠然たる地位を確立していた。


目覚ましい発展を続けるアイハラーン。

国力は飛躍し、動員兵力は500~1000にも達していた。


おかげでアイハラーンと国境を接する国々は緊張していたが、当のアイハラーンに他国を侵すつもりは微塵もない。

理由は単に戦力が不足しているからである。


現在、アイハラーンが平和を享受しているのは、唯一拓けた南の国境をジャグが竜のライハジーラで守っていることによる。

しかし所詮は単騎。

他国を攻めるにはライハジーラ1騎で足るにせよ、その間に本国アイハラーンを攻められたのなら容易に取られてしまうというわけだ。


だからアイハラーンはまどろむような平和のなかにいる。


もっとも不安がないわけではなかった。

おおきな不安があった。


竜の英雄と姫君とのあいだに子が産まれなかったのである。


ジャグは犬人。

シェイナは人間。

珍しい組み合わせではあるが、子が成せないわけではない。


だというのに、いっかな出来ない。


もしや2人は不仲なのでは?

噂がたったが。

いやいや、ジャグ様とシェイナ殿下は睦まじくいらっしゃるぞ。

否定され。


ではシェイナ殿下が石女うまずめなのか?

そうかも知れぬ。

だったら側室を入れねばならぬな。


女姫の専横を恨めしく思っていた輩が暗躍を始めた折りも折りだった。


シェイナが懐妊したのである。


アイハラーンの人々は老若男女奴隷にかんけいなく、この話題に沸いた。

側室をいれようと企んでいた連中ですら喜んだ。結局は、彼等もアイハラーンの人間なのだ。


待ちに待っていた事態に、商人有志によって無料酒が振る舞われたほどだった。


それから10(と)つき

人々はソワソワとその時を待望していた。


「ええい! まだか!」


声を荒げたのはジンドだ。アイハラーンの現王である。もっとも今や形ばかりではあるが。


彼は城の自室にいた。

そう。城、である。

メガラリカからぶんどった金銭で建設されたこの城は、防衛はいっさい考慮されておらず、小ぶりではあるがただただ華美を求めてつくられていた。


ジンドの趣味である。

普通の才能をもって、普通の王族としてプライドをもっていた彼は、長いあいだ『城』に憧れており、多額の金銭を得たことで、普通の王らしく、求めていたものを作り上げたのだった。


苛々と歩き回る。

侍従や侍女も眺めているだけだ。シェイナ姫が産気づいてからというもの宥め通しで疲れてしまっていた。


コンコン

扉が叩かれた。


「はいれ!」


侍従よりも先に声をかけたジンドは、入室した老齢の侍女に目を向けた。


「お産まれになりました! 男児にこざいます!」


聞いてもジンドの眉は晴れない。

男児であることは喜ばしい。英雄の血がアイハラーン王家と交じり合ったのは重畳だ。


しかし、聞きたいのはそんなことではなかった。


「人間か?」


ジンドの言葉に


「犬人にございます」


言って、直ぐに侍女は顔を伏せた。


「そうか」


ジンドの声に感情はない。


侍女は顔を上げ、けれど視線は伏せたまま


「シェイナ殿下はご無事です」


それだけを言って退室した。


「…そうか」


しばらくして、ホッと安堵した声音がジンドから漏れた。

彼は父親だった。娘の体を心配してもいたのである。


使い古された椅子にギシリと腰掛ける。

わざわざ館から持ってきた愛用の椅子だった。


この椅子に座りながら、何度ぐずるシェイナをあやしたことか…。


そんな他愛のない過去に思いを馳せてしまうのは、現実逃避の一環だった。


人間と犬人とのあいだに産まれた子は、必ず片方の特色だけをもつ。

すなわち『人間』か『犬人』として産まれるのだ。あいの子というのは産まれない。


アイハラーンの人々は……英雄の子を待望していたが、ただ子を期待していたのではない。

2極化していた。

人間は、次代の英雄に人間の姿を求め。

犬人は、さらに犬人の英雄が続くことを望んだのである。


「…陛下」


侍従や侍女が何とも言えない表情でジンドを見る。

彼等彼女等は人間だった。


ジンドは煩わしく思いながらも、アイハラーンの行く末に頭を悩ませた。


今まで犬人の支配者であった人間。将来、2代にわたって、その頭の上に犬人の王が就くことになるのだ。

幸いにもアイハラーンに奴隷に対する差別はない。

貧しかったことで人間と犬人は互いに助け合わなければならなかったからだ。

せいぜいが本家と分家ぐらいの扱いの差だろう。


しかし面白いと思わないのも確かだ。

加えてメガロニカからの移民もある。彼等は明確に犬人をさげすんでいた。

己よりも更に下層の犬人がいると思えばこそ、矜持を保っているのだ。


カーン カーン

表では鐘が鳴っていた。


鐘の音で赤ん坊が産まれたことを報せているのだ。


ほどなく爆発したような人々の歓声が聞こえてきた。


アイハラーン万歳!

竜の英雄ジャグ万歳!

シェイナ姫万歳!


アイハラーンはまだ平和であった。




【竜暦紀元前278年 6ノ月


アイハラーンの姫シェイナが竜の英雄ジャグとの子を成す。

犬人の男児であった。


国人は大いに祝い、行く末に不安を抱く者はいなかった。


だが。同日。

城は密かに動揺していた。


英雄ジャグの竜ライハジーラが卵を産んだのである。

評価していただいた方、ありがとうございます!

ぼちぼち書いていきます。


6/12 ジングとジャグの表記違いを訂正

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