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竜の帝國  作者: 飯屋魚
10/12

10:フオ王子②(竜暦紀元前245年

竜暦紀元前245年


街は大いに盛り上がっていた。

いいや、アイハラーンという国そのものが盛大に賑わっていた。


それというのもフオ王子の婚姻が決まり、同時に婚姻した日をもって王位を継承する儀が執り行われると発表されたからである。


アイハラーンに住み暮らす人々が長らく待ち望んでいた日が、ようやく訪れようというのだ。

これが嬉しくないはずがない。


「めでてぇ、めでてぇ!」


酒場でも、むくつけき男の人間や犬人たちが酒を飲みながらガハハと笑い合っていた。


「にしても、いきなりだったな。結婚と王様になるのが同じ日なんてよ」


「日にちを分けてくれりゃあ、酒を飲む理由が2つできるってのに。気が利かねぇよ、おかみは」


「なに言ってんで。かみさんにほうきで叩かれても、毎日、酒を飲んでるくせして」


「そうだ、そうだ」


囃し立てられて飲兵衛が「へへへっ」と頭を掻く。


「話を戻すけどもよ、フオ様が結婚と王様になるのが同じ日な理由。オレ、小耳にはさんだぜ」


「ほうほう、面白そうじゃねーか」


「勿体ぶらずに早く話せよ」


「おっし! これは大きな声じゃ言えないんだけどな」


と言いつつも男は声を落とさない。

むしろ周りに聞かせようと若干声を張り上げて


「お妃様の腹に」ポンと男は自分の太鼓っ腹を叩き

「赤ん坊がはいってるんだとよ」


聞いた男と犬人たちは視線を交わし合ってから


「やるもんだ!」


「フオ様のこと見直したぜ!」


大笑いをした。


「そういえばリドルの答えは分からず仕舞いだったな」


どうしてフオ殿下は妻帯しないんだろう?

ふっと思い出したように酒を煽っていた男は言うと、酔った気安さで隣のテーブルで飲んでいた犬人に話しかけた。


「よっ! あんたはどんな答えを考えてたんだ?」


「そうだな」話しかけられた犬人は残っていた酒を飲み干すと

「彼は、愛することを恐れていたんだろうよ」


言って、席を立った。


この酒場はふところに冷たい風の吹いている連中の溜まり場だ。食い逃げを警戒して、飲み食いをするのなら事前に金を払うことになっている。


席を立った犬人。

彼こそフオであった。


こうして気ままに市井を覗くのは今日で最後だろう。

これからは責任がつきまとうことになる。


店を出て、そぞろ歩きながらフオが思うのは父のことだった。

愛する女に尽くし、しかし報われることなく、殺されてしまったジャグ。


あの日に見てしまった光景は、フオの心に深刻な傷として残った。


そうしてフオは知ったのだ。

自分たち。竜と契約した竜人を殺す方法を。


寿命。

これは命あるものなら避けられない。


首を刎ねられること。

頭と胴体がおさらばしてしまえば、流石に生きてはいられない。


この2つは知っていた。

リッセックウが教えてくれたから。


けれど知らなかったのだ。


愛した女だけは。

普通の人を殺すように、竜人も殺せる。ということを。


リッセックウが教えてくれなかったのは『愛したことのない』リッセックウもまた知らなかったのだろう。


以来、フオは愛することを恐れた。

真に愛するということは、己を容易に殺せる何者かをつくるということだから。


『だけど』とフオは思う。

俺は変わった。


フオは彼女を愛してしまったのだ。

出会ってからの何気ない日々。

笑い合って、喧嘩もした。

王子であると打ち明けると、彼女はフオの前から姿を消した。

必死に探し、見つけた時には彼女のお腹は少し膨らんでいた。


守ろう、と思った。

彼女を命懸けで守ろうと決意した。


フオが父親の気持ちを深く知ったのはこの時だった。


「父さま」


知らずこぼれる。幼いころのように父を呟く。


フオは愛するということを知った。


だからこそ、許せないのだ。

母親であるシェイナを。


もちろん大人になって、現実を知り、政治を知り、フオは母親の行いを理解してはいた。

ジャグは他国で酷いことをしていた。

人々の恨みを晴らし、アイハラーンとの関係を回復するには、どうしたってジャグは障害になった。

排除するしかなかったのだ。


しかし。理解するのと納得するのは違う。


加えて、竜人を殺したシェイナという人間をフオは恐れていた。


郊外にまで歩くと、フオはリッセックウを呼んだ。

待つほどもなく愛竜はやって来る。


「行こう」


飛び乗ったフオはリッセックウを城へと向けた。


きっと彼女はもう眠ってしまっているだろうけど。

額にお休みと口づけをしたかったのだ。




つつがなく、終わった。

王子は結婚し。

その日のうちに王となった。


しばらくすると新たな王妃は赤ン坊を産んだ。

犬人の女の子。

竜舎には御霊も生まれていた。


シェイナが倒れたのは、そんな時だった。


眠るでもなく眠っていたシェイナは目を開けた。


枕辺に気配がした。


目を向けなくてもわかる。

特徴のない顔の男がいるはずだった。


「好くやってくれました」


シェイナはか細い声で、天井を見ながら話しかけた。


「契約ですから」


男は感情のこもらない声で返す。


シェイナは思う。

昔はもっと感情の豊かな子だったのに、と。


しかし男を変えたのは自分だった。


魔女の森。

彼女たちは窮乏していた。

それというのも何処かの気前のいい王子が竜のブレスで怪我人や病人を治してしまうからだ。

わざわざ魔女の薬を買おうという客がいなくなってしまったのである。


そんな時であった。

シェイナから声がかかったのは。


シェイナは魔女の森の男を購入すると言った。

購入した男は、魔女の森で特殊な技能を叩き込む。

薬で強化もして欲しい。


その代わりに。

魔女の森には多額の金を毎年支払おう、と。


シェイナは王家のためにだけ働く部隊をつくったのだ。


竜がアイハラーンの表なら。

陰ではたらく裏の戦力をつくったのである。


「それでも感謝をします。あなたがたのお陰で、フオは王となりました」


「…………」


シェイナは目を向けていないが、男が無表情であることは分かっていた。

多感な性質たちであったため、薬で感情を殺すよう魔女に指図して仕上げたのだ。


もっとも謝るつもりはない。

契約なのだ。

シェイナは魔女の森の男たちを金で買ったのだから。


シェイナは呟く。


「子も成しました」


可愛らしい子だった。

わきわきと腕を足を動かしていたちいさな命を思い出して、シェイナは微笑む。


あの赤ン坊は特別だった。

ミルスとフォシ。

双子王子の血を継いでいるのだから。


フオの妻となった女は、シェイナと裏の用意したものだった。

商人の娘と偽っているが、本当の出自は魔女の森。

父親はミルスの血を。

母親はフォシの血を。

それぞれが継いでいた。


「これで」とシェイナは思う。

兄さまたちの恨みも晴れるだろう。

代をまたいで、ようやく竜の御霊を継げるのだから。


コンコン、とノックの音がした。


「フオです、入ります」


ドアが開けられる前に枕辺の気配は消える。


入室したフオは、やはりシェイナの枕辺に立った。


彼女は視線だけを向けた。

もう頭を動かすことすら億劫だったのだ。


息子は硬い表情をしていた。


きっと妻に尻を叩かれて、渋々遣って来たのだろう。


室内に静寂がある。

あわせて明確な死の気配もあった。


シェイナはかすむ目でフオを見詰めた。


なんて手のかかった子だろう。

でも自分の腹を痛めて産んだ子だった。

可愛い可愛い子だった。

嫌われていても、愛していた。


あの人も、きっと同じ気持ちだったのね。


「お願いがあります」シェイナはかそけき声で言った。


あまりにも儚い声に、フオが腰を屈めて耳を寄せねばならないほどだ。


「わたくしを、ジャグ様と同じ墓に入れてください」


それだけを言うと、シェイナはフオの目をジッと見詰めた。

いいや、拒否したら許さないとばかりに睨んだ。


「わかりました」


フオが頷く。


シェイナは安堵して目を閉じた。


スッと意識が遠のく。


これで。あの人に。


「あやまれ…」


それがフオの耳にした母親の最後の言葉だった。


目を閉じたまま、シェイナは2度と起きなかったのである。




【竜暦紀元前245年


アイハラーンのフオが婚姻。

同日、王位を継承する。


同年。フオの妻が犬人の女の子を産む。


同年。アイハラーンを支え続けたシェイナ皇太后が亡くなる。

   盛大な葬儀が執り行われたが、シェイナの遺体は何故か王族の墓地に埋葬されなかった。

ブックマークありがとう!

STEAMで今更ですがFallOut3を遊んでます。

楽しいのですが、1時間もしないうちに酔ってギブアップの毎日です。

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