Prologue
王都に来るのは何ヵ月ぶりだろうか。
街道を走る乗合幌馬車の中で揺られながら、流れていく景色を眺め青年は心の中で呟くとレザーベストの懐から手紙を取り出して内容を確認する作業に戻る。
移動を始めてから三日、故郷から二つの街を経由して進む馬車は特にこれといった問題は起きずに順調に目的地に進んでいた。
手紙の内容はかつて共に王都で働いていた友人からのものだった。
――傭兵としての君に依頼がしたい。詳しい話は来た時にでも話そう。
手紙に同封されていたのは王都に滞在する許可証、ここ最近の国での状況が纏められたメモだ。
簡潔に書かれた手紙に反比例するように事細かく書かれており、これらを覚えてから話を聞けという事なのだろう。三日間の移動中の大半はこれらの記憶に時間をかけていた。
「お客さん達、王都が見えてきたぜ」
御者の声に気づくとメモを読む手を止めて青年は再び視線を外へと向ける。
数ヵ月ぶりの王都は当然だが変わりはない。
白く塗られた城壁で明るい印象こそ受けるが、馬車が王都に近づくにつれて明るい印象はその壁の高さから来る威圧感によって塗りつぶされていく。
都市と外を結ぶ跳ね橋は下ろされており、城門の両側の塔と橋近くに二人ずつ門兵がついていた。
馬車に向かって近づいてきた門兵の片方に御者が許可証を見せ、他愛もない話をし始めると、もう片方の門兵が歩いてきて親しみを込めた声色で幌の隙間から覗いていた青年に話しかけてくる。
「お久しぶりです、フェルディナントさん。王都の依頼で此方に?」
「俺の所に友人から手紙が届いたものでね、私用を頼まれてそれを済ませに来たんだ」
兜から覗く顔と声で、王都で働いていた時によく親切にしてくれていた門兵だと気づいた。
乗客全員の許可証の確認を慣れた手つきで済ませた門兵は一度御者側の方を見る。あちらは話が弾んでいるようで、馬車が動く気配はまだない。
ため息をつくと青年に申し訳なさそうな顔を向ける。
「全くあいつは……すみません、最近入った新入りなんですが好奇心旺盛で御者と会う度に色んな街の事情を知りたくてああやって話し込んじゃうんですよ。迷惑になるとあれほど言ったんですがね」
「まぁ、門兵なんてかなり退屈そうなものだからな。俺ももし門兵になったら口数が今より倍に増える自信がある」
「おしゃべりなフェルディナントさんとか想像出来ませんね。どうです、二日ほど門兵になってみませんか?」
「いいや、やめておくよ。どうせ口数が増えても愛想は良くならないだろうからね」
そう言った青年は馬車から降り、代金を御者に支払った後に知り合いの門兵に軽く手を振って城門をくぐり抜ける。
サンエルツィア、中央大陸に存在する四つの国の中でも最も広大な領土を持つ国だ。
王都は西側の海に面しており、それを利用して近隣の三国だけでなく盛んに他大陸の国と交易を重ね、今や古今東西様々な物や人材が集まる大都市となっていた。
石畳が敷かれている中央市場方面の大通りの途中でも様々な店が立ち並び、そのいずれも客を集めようと宣伝の声が飛び交っている。
それらを聞き流しながら彼は通りを途中で左に曲がり、路地の奥の方へと向かっていく。
そして“テルナッド魔道具店”とドアの上にある看板に書かれている店を見つけると店内へ入った。
ドアに取り付けられた鈴が小気味良い音を響かせた店内には客は居ない。
暫くして奥からこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。
「やぁ、フェルディナント。わざわざ遠くから来させてしまってすまないね」
そう言って笑顔と共に店の奥から出てきたのは着古した灰色のローブに身を包み、赤髪で片目を隠し、もう片方の目にはモノクルを付けている店主テルナッドだ。
「えっと、ムンベールからサンエルツィアまでいくらだったかな? あまり行ったことのない場所だから覚えてなくてね」
彼は革袋の紐を緩めれば中身を探りつつ問いかける。
「大してかかってないから気にしなくて良い──それより、貴方が手紙に書いていた頼みというのは?」
フェルディナントは首を振り、じれったそうに告げる。
テルナッドはその言葉で探る手を止めて小さく息を吐けば店内の奥へ向かい、カウンターの向こう側の扉を開けてこちらへ向くと入るように促す。その表情は店を営むために必要な笑顔ではなく、『仕事』をする時の真剣な表情に切り替わっていた。
「……立ち話するのも何だし、とりあえずこっちで話そうか」
奥は住居スペースとなっている。すぐ右手には2階に上がる階段があり正面には客室というにはだいぶ質素な部屋が見える。中央に大きめの古めかしいテーブルと座り心地が硬そうな椅子、奥に戸棚があるだけだ。
フェルディナントは手前の椅子に座ると、向かいに居る薄く笑みを浮かべたテルナッドは口を開く。
「ここ最近、探知魔法の精度向上のお陰か、サンエルツィア北西部にある遺跡でもアーティファクトだけでなく、“オプス”が出土し始めたっていうのは聞いているかな?」
アーティファクト。古代ヒュプロス時代の遺跡から発見される人工遺物の総称だ。
その時代の文明レベルは千年経った今より高く、魔法、魔科学どちらも高度な技術を誇っていたという。
そして各地で発見された遺跡からはその技術の結晶たる遺物が数多く発掘されている。
装身具、武具、雑貨品等……これらの遺物は長年の研究の成果か、発掘された大抵の物は復元され、質はかなり劣りこそするが複製・実用化に成功し、魔道具“アーティファクト”として人々の生活に取り入れられるようになった。
だが、つい二十年程前から“ヒュプロス時代の技術であっても製造、加工不可能だと判断される”遺物が発見されるようになった。
それがオプスと呼ばれるものだ。
「もちろんそれはムンベールにいる時にも聞いた。長く発掘を続けてるんだ、あそこからオプスが出てきたって不思議じゃないだろう」
「うん、ばっちりだね。遠い君の街までちゃんとその情報が行き届いてるのなら心配する必要はなかったね」
当然、といったように返すフェルディナントにテルナッドはどこか安堵したように頷く。
……もし情報が届いてない時を考えていたのだろう、先ほどのテルナッドの話もしっかりとメモに書かれていた。
ご丁寧に赤いインクで下線を引いてまで強調される形でだ。
高度な文明であった当時でも製造不可能なものならば今の時代でも当然出来るはずもなく、専ら“美術品や伝世品”として扱われ発掘された国の美術館に厳重に保管・展示される事になる。 それらを総称する言葉として<オプス>と呼ばれるようになったのだ。
武具、装身具などは稀に、その構造が既存のアーティファクトに近かった為に使用のみは出来るケースが確認されている。
その際の威力、効果はアーティファクトの比ではないものが多く、それらは国から封印指定され、他オプスと変わらずに保管される事になるのだ。……表向きは。
「で、オプスが出土した事をきっかけに我が国でも積極的にオプスの研究が行われ始めたんだ。幸い王都には人材自体は沢山居たし、援助金を出すとお触れが出た事もあって王都所属の研究員もここ二ヶ月で十数倍にまで増えている」
「へぇ、それは凄いじゃないか」
元々数が少ないから人数自体は大したものじゃないけどね、とテルナッドは付け加えた。
「でもそのおかげか僕のチームも今や二桁にまで増えてね、調査が捗るようになったんだ。おかげでこの店より忙しいよ」
テルナッドは魔道具店を開く前から王都の研究員として従事していた。
王都に住む研究者は一定期間魔道具の調査や遺跡の発掘に従事し経験を積み、王国に申請し許可が下りれば自身を中心とした研究・調査班を組めるようになる。
そして彼はオプスの研究チームにも加われるようになる程の実績を積み重ねていた。
「そこでだ。君には遺跡に向かっている僕のチームの護衛と遺物の鑑定を頼みたい。報酬は一部先払いするし君の費用の大半は僕が負担する。僕が言うのも何だが良い依頼だろう?」
そういったテルナッドは先払いの報酬をテーブルに置いた。革袋から覗くのはかなりの数の銀貨。……少なくとも一、二週間は王都で暮らしても不足は無いほどだ。
「……念の為に聞くが、どうして俺にそれを依頼するんだ? それだけ渡せるんだから、もっと良い傭兵を見つけられるだろうに」
確かにテルナッドの報酬は魅力的ではある。革袋に詰められていた銀貨を見る限り、調査護衛の相場を軽く超えている。
例え装備を全て新調してもお釣りが返ってくるほどの額は依頼の内容にしては破格だ。
こうした身に合わない高額の依頼は傭兵にとっては警戒の対象だ。フェルディナントは微笑んでいる店主の顔を不審そうに見つめながら問いかけた。
「傭兵は他にも雇っていて先に向かってもらってはいるんだけど……やっぱり今起きている問題が問題だからね。なるべく戦力は多いに越したことはない」
そういった彼は戸棚から数枚の紙を取り出してテーブルに広げてみせる。
うち三枚はこの国、サンエルツィアの地図で残りは似顔絵が書かれており、懸賞金が書かれている。……書かれている金額から推測するとかなりの悪行を重ねているようだ。
「他国の方でも配られている手配書だ。サンエルツィアでもつい三日前に北西の遺跡付近で姿が目撃された。主に盗掘や窃盗をして手に入れた品を別の街で売りさばいている盗賊団だ。そこだけ見ればよく話の種に上がる中々捕まらない盗賊団、というだけなんだけど」
一息。フェルディナントは黙って先を促した。
「――彼らはどうやら、“ オプスを使って悪事を働いている ”らしい。少なくとも被害者もかなりの数出ている」
「……本当に、この手配書の奴らが持っているっていうのか?」
「被害者の証言もあったし、そのオプスの特徴も報告されているから間違いないよ」
使用法と使用者の安全が確保されたオプス、特に武器は複製が出来ずとも国にとっては戦術兵器に等しいものだ。そういった武器は大抵保管はされずに軍事転用されるだろう。
そんな代物を盗賊達が持っていて、かつそれを使っていたとしたらまず太刀打ちすることが難しいだろう。
フェルディナントは装備も王国内で普及している武具と自身の魔道具のみだ。そう簡単にはその差は覆らないだろう。
「それなら俺達のような個人だけじゃなく、国にとってかなりの問題のはずだ。この事は王都へ報告したのか?」
「勿論報告はしたさ。なるべく早く対策するし、前もって騎士団を派遣するとは言ってくれているけれど、期待出来ないだろうね」
そう言ったテルナッドは肩を竦めている。
オプスを持っているとなれば、まともに戦ってしまえば騎士団も遺跡も被害は甚大なものになるはずだ。
最近目撃されていたとはいえ、いつ再び来るか分からない盗賊団相手に長い間常駐は出来ないだろう。
「君にこうして依頼する前に、何人か腕の良い傭兵の噂を聞いて依頼しに行ったんだが、大体は盗賊の話を聞いた途端断られてしまってね。結局受けてくれたのは極僅かさ」
テルナッドは苦笑いを浮かべながらテーブルに置いていた右手の小指でとんとんと手配書を小さく叩いていた。
彼が不安になった時に出る癖だ。
「だからこそ、君にも頼むしかないんだ。……引き受けてくれるかい?」
危険要素が高い依頼は断られやすい。報酬が例えどんなに高くとも自身の命が大事だと考える者が大半だろう。
そのせいか、報酬が高い理由を誤魔化したり、嘘をつくこともする悪どい依頼者も居る。
フェルディナントも程度は違えど――傭兵を始めたばかりだからそういった経験がないのもあるのだが――何度かその被害に遭っている。
テルナッドはそれを是とせずに、フェルディナント以外にも内容を隠さずに全て話した上で来てくれる者を募っていたのだろう。
依頼者としても友としても悪い印象を持つはずはない。
「……遺跡についての現状と出土した遺物、それと盗賊団について分かっている事を詳しく教えてくれるか? 把握が出来ないままじゃ依頼を受けられないからな」
テルナッドは驚いたように数回瞬きをする。
断られても仕方ないと考えていた所だったのだろう、たっぷり間を空けた後にモノクルの位置を直し笑みを浮かべた
「ありがとう。じゃあ早速打ち合わせを始めよう、善と発掘は急げと言うからね」
別に発掘は急がなくても良いと思うけどな、と突っ込みかけたがテルナッドが話し始めたので何とか声を抑え込み、打ち合わせに集中する事にした。