憧憬
気がついたら彼女を見ていた。白い首筋を、透き通った眦を、何も考えず眺めていた。
細い手で戸棚を開けて中を覗き込む、その横顔を、鼻筋を、耳の形を、その刹那の色彩すら忘れないよう脳裏に映した。ただ綺麗だと、奇跡だと思いながら見ていた。なんでもない時、不意に彼女は光を纏った。
彼女は私に笑顔を向けてくれた。一人の友人として信頼してくれた。私はそれがたまらなく嬉しくて、悲しかった。きっと彼女は何も知らなかったし、それで良かった。でも、たまに不思議な夢を見た。その夢での私は、素直な気持ちで彼女の手を握っていた。
青い春の気の迷いだなんて言ってしまうには、私はあまりに正直で素直だった。無意識下の視線は、鼓動は、叶わぬ夢は、何よりも雄弁に私の中の本当を暴き出した。
遠い日の修学旅行、彼女と同じ部屋で寝たとき、私は何を考えていただろうか。眠気と懊悩に挟まれて右往左往彷徨っていた私の思考は今ではもう辿れない。ただ覚えているのは、隣の布団で眠る彼女の寝息。呼吸を合わせて、そっと目を閉じていた。幸せな私は何の夢も見なかった。
気づけば別れの時が来ていた。彼女は笑いながら泣いていて、皆と言葉を交わしていた。それぞれの道へ歩み始める中、聡明な彼女はもう私が触れられない世界へと羽を広げていた。
夕暮れの帰り道で私と彼女は二人になった。幾度も通った畦道は、生涯で一番短く感じられた。焦燥が私の足取りを重くさせたが、否応なき別離はすぐそこまで来ていた。
分かれ道で彼女は微笑んで、私に五文字の感謝を告げた。その夕影は薄暗い世界の中でも美しかった。
さよならを終えても涙は出なかったが、しばらくの間、私は虚空に浮かぶ残像を眺めていた。
長い時間が過ぎ去った今でも時折思い出す。時が経とうと、どこへ行こうと、彼女が誰と愛し合おうと、私はあの情景にいつまでも憧憬し続けるだろう。その光へ手を伸ばせなかったことに、少しだけ後悔を抱きながら。