17 『埋め合わせという名のお出掛けであり、それはつまるところ世間一般で言う、デートと呼ばれる行為なのだけれど、弓削くんは気付いてくれているのかしら?』
突然呟かれた「埋め合わせ楽しみ」という言葉。俺はその囁きに気を取られながらデスクに戻った。
すると机の上に付箋が貼られているではないか。
柴犬が尻尾をフリフリしているもので、それは瀬能先輩が愛用している可愛らしい付箋だ。
こういうちょっとした小物を見るだけで瀬能先輩の素の可愛さが伝わってくる。でも瀬能先輩のことだから本当は鮭の付箋があったら、喜んでそっちを使いそうな気がする……。そうなったら可愛さではなく面白さが勝りそうだ。
……えっとなになに、
『私が考えたとっておきの埋め合わせプラン』
うん。タイトルを見ただけで無自覚天然から繰り出される嫌な予感がビシバシとするのは俺の気のせいだよな?
『人物:弓削くん! (他には誰も呼んじゃだめ!)
日時:今週末の土曜日16時。
場所:会社の最寄り駅。
恰好:ラフな恰好! (お着替えします)
その他:楽しみにしておくこと!』
とりあえず言わせていただきたい。
――肝心の目的書いてないですよぽんこつ先輩!
恐らくだがあえて書いてないような気もするが……。
「弓削、付箋見たか? さっき瀬能が異様にコソコソしながら机に貼ってたぞ~。あいつあれでバレてないとでも思ってるのか全く……」
向かい側で缶コーヒーを飲んでいた釣井先輩が、わざとらしく肩をすくめて笑いながら言った。
「ありがとうございます。ちょうど今見ました」
「あの様子から察するに、何か面倒な仕事でも振られたのか? あれだったら相談には乗るぞ? 手伝いはしないけどな」
飲み干した缶をスリーポイントシュートよろしく、見事にゴミ箱に投げ入れる釣井先輩。動作はカッコ良くも見えなくはないのに、言っていることが頼りない。……というかダサイ。
そういえば以前瀬能先輩に「釣井先輩には気を付けろ」みたいなことを言われたが、最近ようやく分かってきた。
今までは瀬能先輩が俺の直属の教育係ということで、仕事の割り振りをしっかりと決めていてくれていたようなのだ。俺が暇をせず、パンクしない程度の絶妙な仕事量。
それが今は瀬能先輩が課長になり、釣井先輩からちょいちょい仕事を投げられるようになってきた。今はまだ気にする程度の量ではないが……いつかどうにかしないと痛い目を見そうな気がする。
「困った時は相談させてください。今回は大丈夫そうなので」
「そうか。まぁ困ってもお前には大大大好きな先輩がいるから大丈夫だな」
「ちょっ! 釣井先輩声デカいですって! 他の人に聞かれたらどうするんですか!!」
「……はぁ。そんなこと気にする暇があんなら、さっさと告白してこいよ青二才。延々とむず痒い関係を半強制的に見せられてるこっちの気にもなれってんだ」
こっちにも準備というか覚悟というか……とにかく今は納涼花火大会を成功させるので精一杯なんですよ!
――なんて釣井先輩相手に言っても余計にいじられそうなので、俺は愛想笑いを浮かべながら仕事に戻った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あれから数日が経ち、今日は花の金曜日だ。給料日後ということもあってオフィスはひっそりと静まり返っている。それもそのはずで、現在時刻は21時過ぎ。
新入社員の俺には分からないことだが、昨今の働き方改革の一環で帰宅する時間がかなり早くなったらしい。……ただ、その働き方改革を進めて皆の業務効率を上げた張本人は未だにデスクにいるんだけどな。
「総務課は頑張るな~。若いからって無理すんなよ~? お疲れさん」
「「お疲れ様です」」
総務部と同フロアの施設管理課でファシリティマネジメントを担当している先輩が帰っていった。ちなみにあのおっちゃんは栗井さん。なんと釣井先輩と同期で、社内ではつるくりと売れない芸人のようなコンビ名で呼ばれているとかいないとか。
……まぁ、それは置いておくとして。
ついにオフィスには俺と瀬能先輩しかいなくなってしまった。
だからって別に何かある訳でもな――、
「――弓削くん。少しいいかしら?」
「はい」
瀬能先輩からのお呼びの声に俺は考えるよりも早く返事をした。ここまでくるともはや脊髄反射の域だ。
立ち上がって離れ小島の課長席に向かう。口調から察するに瀬能先輩はキリッとお仕事モードっぽいので、特に警戒する必要もないだろう。
席の横に立つとイスに座ったままの瀬能先輩がモニターを指差した。
「納涼花火大会当日の警備スケジュールについてなのだけれど、5分に一巡するのでは足りない気がするの。花火を見るということは立ち止まるということ。それを考慮すると巡回警備よりも一定距離ごとに配置する常駐警備体制の方がいいと思うのだけれど」
「なるほど……そうかもしれません」
「それと仮設トイレの設置場所も少し変えた方がいいわね。花火観覧の想定位置から通路を跨いで向かうとなると、流れを遮ってしまうのと動線が悪いでしょう? だからこのゴミ捨て場をここに移して……ユビノさんのキッズスペースを南側に少しずらして…………これでどうかしら?」
「それもいいと思うのですが……ここのフリースペース部分をまるまる移動させて、そもそもの通路をずらしてしまうのはどうでしょうか?」
「そうね。そのレイアウトの方が……いいと思う」
その後も瀬能先輩から地域ボランティアとして運営に参加してくれる方への食事手配や、救護所での応対マニュアルについてなど、自分では気が付けなかった様々な改善点をあげてもらって話し合い――気が付けば時計の針は22時を過ぎていた。
「先輩、ありがとうございました。去年の資料にも目を通したのですが、まだ理解が足りていなかったみたいです」
「……弓削くん落ち込んでる?」
……え?
落ち込んでるってなんだ?
金曜日で疲れが溜まっているのと、優に半日以上仕事をしている弊害なのか、深くは考えずに思っていたことを口にしてしまった。
「いえ、落ち込んではいませんよ? だって明日は埋め合わせの日ですよね?」
……そう。飲み会にも行かず、こんな遅くまで仕事をしているのは単純で。仕事をやり切った清々しい気分で週末を迎え。そして明日、瀬能先輩と出掛けられることが楽しみで楽しみでしょうがないのだ。簡単に言ってしまえばある種のハイ状態。
「……んっ!」イスから立ち上がって何度もコクコクと頷く瀬能先輩
「だから落ち込んでなんていませんよ? むしろ元気なくらいです」
若干恥ずかしくなったので笑いながら口にしたら瀬能先輩も、
「私も弓削くんと一緒。明日のことを考えると楽しみでワクワクしちゃって……今日はいつにも増して気を引き締めていたの」
どこか自慢気な表情だった。
「だから今日はキリッとお仕事モードが継続中だったんですね?」
「……ん?」
心底からの疑問を顔に出したのに「そんなことよりも――」と言葉を続ける瀬能先輩。……どうも瀬能先輩もハイ状態のようだ。
その証拠に無意識だと思われるが、何故か俺の周りを楽しそうにグルグルと歩き回っているのだ。
この小動物を思わせる行動は長時間労働中の疲弊した精神には癒しだ。しみじみと瀬能先輩が可愛い。もし俺が一緒に回り始めたら……瀬能先輩はニコニコしながらスキップでもしてくれるかもしれない。……スキップしてる瀬能先輩とか想像しただけでテンションが上がる。
「私はとっても、とーっても大事なことを弓削くんに聞かなきゃいけなかったの!」
「大事なこと?」
「……えぇ。――それは――」
~レビューのお礼~
六道 屍様! 記念すべき30件目のレビューありがとうございます!<m(__)m>
>時折、誤字ってますが基本的に問題は無く凄く読み易いですね
⇒グハッ!! こうかはばつぐんだ! しきはらのライフポイントは残り1! 何とか耐えたぜぇ!\(^o^)/
いや~もっとちゃんと推敲しなきゃダメですね。(誤字報告してもいいんですよ?期待の目)
>男性目線と女性目線、その他の登場人物の感情表現がとても豊かで、読んでて恥ずかしさを感じるくらい楽しく? 読めます
⇒読んでくださっている方を恥ずか死させるために頑張っております(笑)
>新卒の社会人が読めば、さぞかし社会生活に夢を感じるでしょう
>ただ、現実は残酷で…
>きっと、入社10日目にして残業消化にドナドナされるでしょう
⇒悲しい現実\(^o^)/
そんな現実から目を逸らすために書き始めた小説なのに、残業時間が延びる一方で……今年に入ってから最長残業時間を記録した、しきはらです(笑)
いや、もう笑えない\(^o^)/泣きたい! 切実に泣きたい! 現実が残酷過ぎる!(笑)
>ヤヴぇぃ( ´ ཀ ` )
⇒個人的にこの顔文字( ´ ཀ ` )ツボです(笑)
ヲタ恋? ……いいえ、私が読んでいるのは〇〇恋です!
小原先輩「…………」(お昼休みに読書中)
瀬能先輩「…………」(カバーが掛かっているので小原先輩が読んでいる本が気になってソワソワなう)((((・ω・))))
小原先輩「…………どうしたの芹葉ちゃん?」逆に気になって声を掛けてみる
瀬能先輩「何を読んでいるの?」
小原先輩「これが気になってたのー?」
瀬能先輩「……ん。その大判サイズに厚みだと……マンガ?」
小原先輩「芹葉ちゃん鋭いねー! そだよー!」
瀬能先輩「!! もしかして読んでいるのって――」
小原先輩「――昨日発売したヲタ恋の最新刊だよー! 芹葉ちゃんも読みたいの?」
瀬能先輩「……ん? ヲタ恋? ……サケ恋じゃなくて?」
小原先輩「…………えぇっ!? サケ恋!?」
瀬能先輩「そうっ! ヒグマがサケに恋をする決して結ばれることのない悲しい愛の物語! 一説によると全米が泣いたって話題作!」
小原先輩「なにそれ逆に気になる!? むしろ話題にならない方がおかしいでしょー!?」
六道 屍様「…………」何それめっちゃ気になるんですけど!?( ´ ཀ ` ) 近くの席で会話を聞いていた六道 屍様はAmazonで速攻でポチったとかポチらなかったとか……
ヲタ恋面白いですよね! 個人的には先輩カップルの太郎と花子が好きです! 癒しやぁ~\(^o^)/