16 『――囁きはすれ違いざまに』
寝ぼけぽんこつな瀬能先輩を見てから数週間が経ったある日のこと。
近付いてきた納涼花火大会の運営に向けて俺は日々忙しくプランの修正やら、社内外の関係者との調整会議、官公庁や区役所への届け出などをこなしていた。
「――弓削様からご提案頂きました音楽と連動させます電気着火打ち上げについてですが、楽曲の選定はどのようになりましたでしょうか?」
そして今は花火を打ち上げてくれる業者の流星花煙火店担当者と詰めの会議の真っ最中だ。
「使用する楽曲についてですが――」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
花火と音楽を連動させるにあたり、俺は瀬能先輩に相談をしていた。内容は楽曲の選定についてだ。
まず地域貢献行事であるため、前提は子供からお年寄りまで誰もが一度は聞いたことがあるものだということ。……だがしかし、この条件に合致する楽曲というのは相当にハードルが高かったのだ。
認知度という点で洋楽は除外となり、邦楽も世代によっては知ってる、知らない、という問題があることが分かった。
そこで煮詰まった俺は気分転換にと、大胆にも瀬能先輩を昼食に誘ってアドバイスを求めた。……ちなみにオフィスで声を掛けたのだが、周りで聞き耳を立てていたらしい釣井先輩をはじめとした総務課の先輩方に「弓削が攻めてるだと!? こりゃあ明日は雨だな」とか「弓削くんファイト! 健気な後輩男子はありよりのありだから目一杯プッシュ!!」と、いじられたりした。
お昼休みも関係なく忙しい瀬能先輩のスケジュールを考慮してランチは社食となった。瀬能先輩が注文したのはヘルシーワーキングライフ……通称スペシャリテSSと呼ばれるメニューのトロふわお豆腐グラタンだった。
熱々のグラタンをフーッと一生懸命に冷まして。充分に時間を置いたはずなのにそれでも熱かったのか、口に入れた途端涙目になりながら「はふはふっ」。それから瀬能先輩はなんてことのないように、俺が頭を抱えていた問題を簡単に片付けてしまった。
「……ぐらたんあちちっ…………ん! クラシックなんてどうかしら?」
熱がっている瀬能先輩の反応が当たり前のように可愛かったのと、周りを気にしてか、わざとらしく咳払いをして瞬時にクールモードになるのもこの上なく愛らしかった。……というのは置いておくとして、クラシックというのは盲点だったな。
確かにクラシックであれば世代は関係ない。何せ誰もが経験している学校行事の数々には、必ずと言っていい程にクラシック音楽が関わっているからだ。
たとえば運動会などで定番の曲となっている『天国と地獄』や、短距離走といったら『ウィリアム・テル序曲』で、行進曲ならば『星条旗よ永遠なれ』など、挙げればキリがない。
「ありがとうございます!!」
「クラシックならばパブリックドメインになっているものも多いから、その点も私としてはオススメね」
「パブリックドメインなら社内外の確認も省けますね……先輩に相談して本当に良かったです。自分ひとりだったら恐らく決め切れていなかったです」
「……ふふ ! 先輩に相談することの大事さが分かったみたいね。これを機にもっと頼っても……いいよ? 前にも言ったのだけれど、弓削くんはひとりで頑張り過ぎ……」
胸を張って得意げな顔を浮かべてから瀬能先輩は言葉を続けた。
「上司として、先輩として、一個人として、私は……きみのことが心配なの」
そう言ってからごく自然な流れで瀬能先輩に優しく頭を撫でられた。
ほぼ満員の社員食堂だったので無性に恥ずかしかったが、撫でられる心地好さもあって結局されるがままに。
頼りがいのある先輩。
天然で可愛らしい先輩。
人として尊敬できる先輩。
鮭が大好きなぽんこつ先輩。
……今更だけど全部ひっくるめてこの先輩のことが好きだわ。俺。
「まずは先輩を心配させないように一人前の社会人になれるよう精進いたします」
「……そういった真面目なところが余計に心配なの。分かっているかしら後輩くん?」
「分かってますよ!」
「……ん。分かってないってことだけは理解できたわ」
瀬能先輩は笑みを零してから、湯気の無くなったグラタンを冷まさずに口に運び、またしても「あっちゅっ!?」とハフハフをするのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「それではパブリックドメインのクラシックを中心としたメドレーということで承知いたしました。リンクさせるタイミングを委細取りまとめましたら後程メールにて資料を送付させていただきますので、今後ともよろしくお願い申し上げます」
「こちらこそ不慣れでご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんが、今後もよろしくお願いいたします」
流星花煙火店の担当者を見送ったところで、次の会議に向かう途中であろう瀬能先輩が凛々しい表情を湛えてやってきた。瀬能先輩の周りには他部署の課長も数名いたので、次の会議は重要なものなのだろう。
――そして俺のすぐ横を通り過ぎる瞬間に、瀬能先輩が誰にも聞こえない小声で囁いた。
「 」
「……!?」
俺は思わず振り返り、止まることなく遠ざかって行く瀬能先輩の背をただただ呆然と眺めた。
……いつも以上に冷静沈着美女モードなのに、あんなことを囁くなんてズル過ぎだろ……。
~レビューのお礼~
びゃこたん様! 29件目のレビューありがとうございます!
>クール美女系ポンコツ天然先輩
⇒(もうこれわかんねぇな)で不覚にも笑いました(笑)
えぇ。私にもよく分かりません。それくらい瀬能先輩のキャラは濃いってことですね(笑)
>物語が進むたびに新たな属性を獲得する先輩。
⇒獲得というか、徐々にボロが出てきているとでも言いましょうか(笑)
今まではある意味猫被ってたみたいな感じですかね?
>作者さんのたまに入るギャグがつぼ。作者さんのたまに入るギャグがつぼ。
⇒大事なことなので二度引用させていただきました(笑)
とてつもなく嬉しいレビューをありがとうございます!
今日は気分よく眠れそうです\(^o^)/
>初レビューでした!初レビューでした!
⇒大事なこ(略
うぉい! やっぱり胃が痛くなりましたぞ!\(^o^)/
悪夢見たら責任取って下さいね!!(笑)
瀬能先輩、属性〇〇を獲得するSS
弓削くん「つ、釣井先輩大変です!! 瀬能先輩が……どうしてか氷属性の魔法が使えるようになったみたいです!!」
釣井先輩「はぁ!? 俺の耳がイカレタのか? 悪いがよく聞こえなかったからもう一回言ってくれ」
弓削くん「信じられないのは当然かもしれませんが、ホントなんですって!! 瀬能先輩が魔女みたいに氷属性の魔法を扱えるようになったんですよ!! とにかく来てください!!」
釣井先輩「おい引っ張るな! 行ってやるから急かすな!」
~休憩室~
釣井先輩「嘘だろ……なんだよコレ!? なんで室内が凍ってんだよ!? ……ってびゃこたんが氷漬けになってるじゃねぇか!?」
びゃこたん様(カチコチの氷漬け)
弓削くん「あ、びゃこたん先輩はなんか、識原って人のギャグがツマラナさすぎて寒くなって凍ってしまったので、瀬能先輩とは無関係です」
釣井先輩「冷静に解説してる場合があったら助けろよ!!」
弓削くん「それが……びゃこたん先輩の氷像に耳を付けてもらえますか?」
釣井先輩「なんだ?」
びゃこたん様「意外と快適なんでこのままにしててOKです」
釣井先輩「うぇっ!? 喋っただと!? ま、まぁ生きてて本人の望みなら一先ずそれでいいとして、瀬能はどうした?」
瀬能先輩「……ここで会ったが百年目っ! いっつも私と弓削くんの邪魔ばっかりするつるりんには、私の必殺技……んーっと、えーっと……“零度の雪花”でカチカチになっちゃえーっ!!」(冷凍ビーム)
釣井先輩「うぉっ!? あぶねぇ!? マジで魔法が使えるようになったのか……っていきなり何しやがる!」
ピシッミシッ(釣井先輩が避けたせいで冷凍ビームがびゃこたん様に直撃し、更にカッチンカッチンになった音)
びゃこたん様「ちょ、これは、さすがに寒い!! 誰か……誰か助けてぇぇぇ!!」
瀬能先輩「次は……う~ん……“エターナルフォースブリザード”!」(効果:相手は死ぬ)
釣井先輩「チッ!! 避けられねぇか!! こうなったら奥の手だ!! “我を守りたまえ・びゃこたんシールド”!」(びゃこたん様の氷像の陰に隠れるつるりん)
びゃこたん様「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
私のギャグを面白く感じている間は氷漬けにならないので安心してくださいね!(笑)
つまらなくなったら……\(^o^)/です!(笑)