13 『こんなんを社内でやってみろ。大半のやつが冗談抜きで吐くぞ』
各地を転々とする出張からようやく帰還しました。……ほぼ毎日日付を跨ぐ飲み会だったので死にかけました。
それとあとがきにお知らせをのせますので、よろしければ見てくださると嬉しいです!
爆弾発言をぶちかましたというのに終始ご機嫌で。手をブンブンと振りながら歩く瀬能先輩に引っ張られるようにして、カフェまでやってきた。席はもちろん景色の良い2階のオープンテラスだ。
4人掛けの席に着くなり瀬能先輩はメニューを広げて隅々まで真面目に目を通して、ポツリと一言。
「……しゃけ……ないの」
――正直、言うと思ってた。
表情はどうにか課長らしいクールなものを維持しているが、声音は完全に落ち込んでいる。
そんな頑張って外面を保とうとしている可愛い瀬能先輩をいつも通り眺めていたいが、今はそれが許される状況にないのだ。
瀬能先輩も一応は気にしているようだが――対面に座る甲斐先輩と小原先輩の目があるからだ。
「…………」耳打ちをしながらこちらをチラ見する甲斐先輩
「…………」同じくコソコソ話を継続しながらガン見してくる小原先輩
「……! 弓削くん、こしょこしょ話!」何故か張り合おうとする瀬能先輩
「……はい」
張り合って何がしたいんだこのこしょこしょ先輩は……。
それと今更だけど、なんでコソコソ話じゃなくてこしょこしょ話なのか。……くすぐられるのかと思って毎回一瞬警戒してしまうんだが。
瀬能先輩が椅子を俺の隣にピッタリとくっつけてから顔を近づけてきた。俺も若干顔を寄せて不意打ちに備えるよう、深呼吸を1回。
さて、何を言われるのやら……。
「―― 」
――うん。知ってた。つい数秒前にも聞いてた。
何を言われてもいいようにと身構えていたので、思わず椅子から転げ落ちたくなった。
恐らく何を言うか決めるよりも先に張り合いたくなってしまったのだろう。
……いつも以上にぽんこつな気がする。きっとまだ眠いのかもしれない。……眠いってことにしておこう。
瀬能先輩が顔を離したことを確認してから、言う。……俺は張り合うつもりなんて微塵もないので、耳打ちではなく普通に。
「では何を頼みますか?」
すると瀬能先輩は驚いたように俺をポカーンと見つめてから、無言で顔を左右にフリフリしている。これは鮭がないなら頼まないという意思表示だろうか?
見れば甲斐先輩と小原先輩も訝しそうな目つきでこちらを……正確には瀬能先輩のことを見ていた。
放っておいたらずっとフリフリを継続しそうな気がするので、もう一度尋ねてみる。
「注文は決まりま――」
「――弓削くん!!」テーブルを両手でドーンする瀬能先輩
……俺達しかいないからってさすがにお行悪いですよこしょこしょ先輩。
これ以上壁ドンならぬテーブルドンをしないよう、瀬能先輩の両手を握っておく。
「「…………」」ヒソヒソと話し合う甲斐先輩と小原先輩
甲斐先輩と小原先輩がいるというのに冷静沈着美女の仮面が剥がれかかっているので、瀬能先輩のイメージを守るためにもここは俺がフォローするしかない……!
「はい。どうかしました?」
「どうかしました!! なんで……なんでこしょこしょしてくれないのっ!? 私、こしょこしょって言った!」
……あっ。これもう俺にはフォロー出来ないやつかもしれない。
不満を訴える様に握られた両手を俺の胸元に、ぽこすかと打ち付けてくる瀬能先輩。痛みは全くない。なんなら絶妙な力加減でマッサージをされているようだ。
――っていかんいかん。真面目に瀬能先輩をどうにかしないと甲斐先輩と小原先輩にバレてしまう。
「こしょこしょ…………コショウが効いたメニューが良いってことですね!」
俺が必死こいて頭を捻って何とかそれっぽい会話に修正したというのに、瀬能先輩は「ぜんっぜんっ!! ちがう!!」とでも言いたげな表情でこちらを見ている。
……人の気も知らないでこのぽんこつ先輩は。なので俺はついうっかり安直な行動をとってしまった。
「――コショウじゃな……もごっもごごごごっ!?」
とっさに瀬能先輩の口を押えてしまったのだ。……なにやってんだよ俺。
瀬能先輩は驚いたように「もごもご」してから、今度は一転して瞳を輝かせた。
間違いなく楽しんでいるようなその反応。フォローをしなくてはならない俺にとっては勘弁してほしいものだ。
……一体この状況で何を楽しんでいるのだろうか。
「……先輩……いいですか? 何故今自分が口を塞がれているのか理解してくれていますか?」
「…………」口を塞がれながらこくこくと首を縦に振る瀬能先輩
おっ……意外なことに理解してくれているらしい。一安心だ。
ゆっくりと慎重に手を離し、ほっと一息つ――、
「――こしょこしょじゃなくてもごも……ごごごごっ!!」
――けなかった!!
……全く理解していない。何なら塵ほども理解していないんじゃないかと思う。
手を離した瞬間「待ってました!」と言わんばかりの勢いで、早口に喋り始めた瀬能先輩。
その爛々と輝く瞳は楽しげで。見ているこちらとしては、可愛いぞもっとやれ! という感情と、やっぱり堪忍してくれ! という気持ちが複雑にせめぎあっている。
「先輩! メニュー以外口にしたら……一生鮭が食べられなくなる呪いをかけますよ?」
心を鬼にして。どうにか絞り出した言葉は子供騙しのような戯れ言だ。
こんな言葉ばしか浮かばないほどに俺は参っていたのだろう。
冷静になって考えればただのアホである。
いくら無類の鮭好きたる瀬能先輩であってもさすがにこれは……なんて思っていたら。
「……もごっご!」
決意の滲んだ鋭い瞳で俺のことを真っ直ぐに見つめ。
口を塞いでいる俺の手の上から、自身の両手を重ね合わせ。
恐らく「わかった!」と口にしながら、力強く頷く瀬能先輩。
……どんだけ鮭好きなんですか……。
そんな前世がヒグマだったのかもしれないレベルで鮭好きな瀬能先輩を信じて、手を離した。
「注文はどれにしますか?」
「……フレンチ……トースト」
恐る恐るそう口にした瀬能先輩は、言い終えるとすぐに俺の手を掴んで再び自分の唇に押し当てた。……どうも本気で呪いをかけられると思っているらしい。
――ぽんこつ先輩がピュア過ぎて尊みがヤバイ。
……そんなバカなことを割と本気で考えながら、悪いことをしてしまったと反省していたら――声を掛けられた。
もちろん口を塞いでいる瀬能先輩ではない。
――終わった。完全にふたりの存在を忘れていた。
「あのー……うん。仲良いのは悪くないと思うんだけどねー? そのー……度が過ぎてるって言うかー、アツアツ過ぎてお腹いっぱいって言うかー」
「……さすがにいちゃつき過ぎだろお前ら。見てて吐き気がしてくるからさっさと注文してくれ……。もうなんか色々とバカらしくなってきたな。俺はブラック飲むけど……朱莉はどうする?」
「うーん……私もまーくんと同じのにするー♪」
「やっぱり先輩達ってお付き合いしているんですね」
「…………」未だにお口チャック状態でこくりと頷く瀬能先輩
「皆には内緒だよー? それにしても芹葉ちゃんって思ったよりも――へっぽこちゃんなんだねー♪ カワイイかもー♡」
「……弓削。お前がしっかりしてないと大変なことになるぞ? こんなんを社内でやってみろ。大半のやつが冗談抜きで吐くぞ」
「……え? 吐くってなんですか?」
「…………?」ちょこんと小首を傾げる瀬能先輩
「うわぁー……まーくんこのふたりとんでもないスーパーウルトラアホバカップルだよ!!」
「……勘弁してくれよ」
――こうして初めてのモーニングで甲斐先輩と小原先輩相手に盛大にやらかした俺と瀬能先輩だった。
~書籍化のお知らせ~
既に活動報告やTwitterではお伝えしているのですが、私が書いております別作品
『僕のクラスには校内一有名な美人だけどコミュ障な隣人がいます。』
こちらが書籍化する運びとなりました!<m(__)m>
第七回ネット小説大賞に応募していたら最終選考に残って~といった感じです!
この作品はクール美女(?)の瀬能先輩のもとになったキャラが活躍しているお話です!
ちなみに内容はふたりのコミュ障がイチャイチャしてるだけの、バカップルものです(笑)
もしよろしければお読みいただけますと嬉しいです!
6月中にはコミュ障の更新も再開させるつもりですので、よろしくお願いいたします!\(^o^)/