10 『――しぇんぱい……だもん……』
空のお弁当箱をただただむなしく見つめる瀬能先輩。
その横顔はかつてないほど深い悲しみを湛えたもので、しょんぼりとしている姿からはとりあえず――あまりのショックで目が覚めた、ということだけは理解できた。おにぎりが入っていなかったのは本人としても予想外だったらしい。
……こんなことを思うのは失礼かもしれないが、しょぼくれている瀬能先輩もまた良きものであった。
「――ゆげくん! みてっ!!」
瀬能先輩は空っぽのお弁当箱を必死に指差しながらこちらに振り向いて。半泣き状態でお弁当箱を見るように何故か催促してきた。そんな驚愕と失望感が漂う眼差しを向けられたら、その行動の意図は読めずとも、とりあえず言われた通り見てあげることしか俺にはできなかった。
「……えっと……あの、見ましたよ?」
傍から見れば何も入っていない弁当箱を眺めるアホにしか見えないだろう。……だがそれが瀬能先輩の願いというのならば、俺は喜んでアホになる所存だ。
「――おにぎり――はいってないのっ!!」
……うん。知ってた。見たら分かる入ってないやつやん。
よっぽどその事実を伝えたいのか、何度も指を差して忙しそうにお弁当箱と俺を交互に見やる瀬能先輩。
俺はそんな瀬能先輩を微笑ましく眺めるだけだ。……瀬能先輩が今日もぽんこつ可愛くて最高です。
「――お・に・ぎ・り! な・い・のっ!!」
何も反応をしなかったことに対して不満を表明するように、俺のシャツの肘部分をクイクイと引っ張り。涙の膜を薄く張った瞳で上目遣いをしながら、頬を膨らませている。
……で、でた! 瀬能先輩が最上級に拗ねている証――頬っぺたプクーッだ! か、可愛過ぎる! 少しくらい突いても――、
「…………ぷひぃ~っ…………!?」頬っぺたを俺にサンドイッチされて空気を漏らす瀬能先輩
――なんて思った時には既に身体は動き出していた。……好奇心は猫を殺す。まさにイギリスに伝わることわざの通りだった。
不意にそんなことを仕掛けられた瀬能先輩がびっくりして硬直しているので、俺は何事も無かったかのように平然と話を進めた。……悪い後輩である。
「それで先輩のおにぎりはどこにいってしまったんですか?」
「――せ、せんぱい!! 今、先輩って!! 言ったぁ!!」
幸運にも別のことに食いついた瀬能先輩が目を見開いて、口をω←こんな形にして、ソワソワとしている。……この天然先輩はどうしてこうもいちいち愛らしい仕草をするのだろうか……いいぞ、もっとやってください!
「昨日約束したじゃないですか? ふたりきりの時は、先輩、呼びをするって」
「……んー? 昨日? ……全然、覚えてないの……」
酔っぱらい先輩を村田本部長と一緒に散々いじりまく……ゲフンゲフン……あんなに楽しく飲んだというのに。……瀬能先輩は何も覚えていないらしい。
何だかそれはそれで面白くないので、少しイジワルをしてみたいと思う。
俺の中の悪魔が「やっちまえ!」と囁くので仕方なくだ。決してノリノリでやる訳ではないからな?
…………反応がめちゃくちゃ楽しみだ。
「そうですか。……憶えていないのならばこれまで通り、課長、呼びに戻させていただきま――」
「――先輩!」
「…………課長呼びにもど――」
「――せ・ん・ぱ・いっ!!」
「…………課長呼び――」
「―― …… ……」
や、やばい! 瀬能先輩の反応が幼可愛過ぎてつい悪乗りをしてしまった……!!
瀬能先輩は落ち込み過ぎたせいなのか「先輩」と言う言葉を噛みながら、今にも泣き出しそうな声音で口に。姿勢も背筋を丸くしてちんまりと縮こまってしまった。
さすがに罪悪感がある。今すぐに土下座をしたいが、それはそれでドン引きされそうな気がするのでやめておく。
「すみません先輩。反応があまりに可愛かったので少しイジワルをしてしまいました」
……少なからず俺は焦っていたんだと思う。
ポロッと口から零れたのはただの本音だった。……アホなのか俺は。
努めて平静を装っているが俺の羞恥心メーターは既に振り切れている。レッドゾーンに突入して、なんなら針が1回転してスタート地点に戻っているほどだ。
対する瀬能先輩は縮こまり過ぎて、いつの間にか椅子の上で体育座りをしている。……椅子の上で体育座りって、どんだけ落ち込んでるんですか。
顔を膝に埋めているので表情は見えないが、耳だけがピクッと動いたような錯覚を感じた。……なんだか気分屋な猫みたいだ。
「 」
……おぉぅ。本格的に拗ねてしまったのかもしれない。
「申し訳ありません先輩。どうすれば許していただけますでしょうか?」
「 」
……なるほど。
………………。
……………………。
――全然分からん!
そこで俺は開き直ってモーニングに誘うことにした。
おにぎりを忘れてしまった瀬能先輩はきっと朝食が無いはずなので、謝罪の意味も込めて奢らせていただこうという魂胆だ。
それと単純に瀬能先輩とふたりでモーニングをしたいだけというのもある。
……いや、むしろこんな機会はまたとないので、ぜひともしたい。ヘタレビビリとしては結構頑張っている方だろうか?
時刻を確認する。
幸いにも俺と瀬能先輩は就業開始の1時間以上前から出社しているので、充分余裕はある。
……よ、よし。誘うぞ!
「それでしたら先輩、今から朝食を食べに外に行きませんか? イジワルをしてしまったせめてもの罪滅ぼしに、モーニングを奢らせてください」
予備動作なくパッと顔を上げた瀬能先輩。
いつも通りの真顔なのだが色んな感情が入り混じっているようで、半目を俺に向けること数秒。
「べ、別にごはんに釣られた訳じゃ……ないけどっ!! ……でも、弓削くんが……どうしても――私と朝ごはんが食べたいって言うのならば――行ってあげないこともない気分……ってだけだもん!」
早口なのに言葉に詰まりながら。
途中でツンデレ要素も交えつつ。
瀬能先輩は俺の様子を窺うように半目を継続している。
半目から伝わってくるのは不信感だ。
さんざっぱらしつこくイジワルをしたので当然だろう。
なので俺は心の底から思っていることを誠心誠意、言葉にした。そうでないと瀬能先輩に更なる不信感を与えてしまうような気がしたので、ヘタレビビリを無理矢理押し殺しての行動だ。
「――どうしても先輩と朝ごはんが食べたいです! 他の誰でもない先輩と一緒に朝食を食べたいんです! ……イジワルをしておきながら虫がいい話かもしれませんが、よろしくお願いします!」
「――うんっ♪ 一緒にごはん食べにいこっ?」
「ありがとうございます!!」
天真爛漫な笑みを浮かべた瀬能先輩は、ごく自然に俺に向かって手を差し出してきた。
俺はその手をしっかりと握り。ふたりで連れ立って無人のオフィスを後にしたのだった……。
ちなみに1階に向かうふたりきりのエレベーターの中で――、
「――ところで、どうしてさっき私の頬っぺたをむにゅ~ってしたの?? ぷひぃ~ってしたかったの? ……もう1回……やる?」
と若干頬を赤く染めた瀬能先輩に話し掛けられ。
その純真無垢な問い掛けに「だ、だだだ大丈夫です!」と悶え死にそうになったのは言うまでもないだろう……。
ということで……昨日5月15日――ついに書籍版が発売となりました\(^o^)/
可愛さ全開の瀬能先輩が表紙になりますので、もし本屋さんでお見かけになりましたら
「立ち読みしてこの本を砂糖まみれにしてやろ!」ということはせずに、ご購入いただけますとありがたいです!
※フリじゃないですからね!? 決してフリじゃないですからねッ!?(笑)
さてWEB版との変更点を少し説明しておきます!
①まず社名が違う!
⇒某大企業様をもじりました! 皆様の中にいないことを祈ります(笑)
②瀬能先輩がクール!
⇒WEB版より少しクールめにしています! 皆様をギャップ萌えで悶え殺すために!(笑)
③瀬能先輩がお仕事できるカッコイイ人に!
⇒WEB版ではぽんこつ要素を強めにしているので、瀬能先輩が取り組んだ業務や偉業について大幅に加筆してます! もちろん皆様をギャップ萌えで悶え殺――(以下略!
④しぐれうい様の超絶素敵なイラスト付き!!
⇒もはや言うまでもなく最高のイラスト、押絵が付いております!
スーパー可愛いイラストだけでむしろ文章要らない説\(^o^)/
⑤特典のSSがいっぱい!
⇒書店様特典もそうですが、初回版限定特典のSSは規定文字数を3倍近くオーバーした編集さん泣かせのものになっていますので、ほっこりお読みいただけますと嬉しいです!
⑥書籍のあとがきでWEB版を読んでくださっているここの皆様をネタにする!
⇒先に謝っておきます! オロロロ系レビューを書いてくださった皆様ごめんなさい!<m(__)m>
どうしても皆様を晒し者……じゃなくて、感謝を伝えたくて書きました(笑)
レビューのお礼で散々ネタにしておきながらこの仕打ち!! まさに鬼畜の所業(`・ω・´)キリッ
こんな感じです!(笑)
この物語を読んでくださった皆様。
面白感想をくれたりレビューを書いてくださった皆様。
ブックマークやポイント評価で応援して下さった皆様。
どうもありがとうございました<m(__)m>
これからものんびり頑張りますので、よろしくお願いいたします!
識原 佳乃