7 『弓削くんに指一本でも触れたら先輩の私が許さないから』
日付的には本日2回目の投稿になります!
前話を読んでいらっしゃらない方は、お先にそちらをお読みください。
スマホをテーブルの中央に置き。コール音が鳴った途端に、スピーカーモードに切り替えた村田本部長。「絶対に喋らないこと」と言われていたが、こういうことだったのか。
まだ会議中なのだろうか、長めのコールは心臓に悪い。
――暫くして応答があったが、ガシャン、と、まるで持っていたスマホを落としたような音の後「 ……」なんて、焦ったような呟きも聞こえてきて、思わずほっこりとしてしまった。
恐らく急に俺から電話が掛かってきて驚いているのだろう。
……なんせ今は避けられているのだ。そんな相手から電話があれば取り乱しもするはずだ。自分で言っていて悲しくなるな。
『――も、もしもし!! 弓削くん!? どうしたのっ!? 迷子っ!?』
声だけで分かる、めっちゃ驚いてるやつやん!
……しかも『迷子っ!?』ってどんな心配!?
実は俺のことを笑わせようとしてる……なんてことはないよな。
声が動揺しているので、素で心配しているらしい。……この先輩可愛過ぎかよマジで。
向かいの席の村田本部長を見ると、両手で口を押えて笑い声が漏れないように必死に堪えている。どうも瀬能先輩の天然発言が村田本部長にもダイレクトアタックしたようだ。まさに、こうかはばつぐんだ、状態。
「…………」
『……弓削くん? も、もしかして何も言えないくらい迷子になっているのっ!?』
村田本部長が笑いを堪えている間にも更なる追撃が放たれる。
もはや村田本部長は身を捩りながら声を押し殺して泣き笑い状態だ。
かく言う俺も笑い声を押さえるのに必死で、右足の太ももを思い切りつねって何とか乗り切った。……『何も言えないくらい迷子』ってそれもう迷子の域を超えた何かだと思います。
「……はぁはぁ……ふぅーっ♡ こんばんは、瀬能ちゃん」
何とか言葉を発した村田本部長だが……妙に艶めかしい大人の色香が混ざった声音だ。
わざとやっているのか分からないが、これではあらぬ誤解を与えかねない。
だが喋ることを――村田本部長に禁止されているので、俺は黙ってふたりのやりとりを見守る。
『――んっ!? だ、だれっ!? ゆげくんをだしなさいっ!!』
どうも瀬能先輩は、電話越し+わざとらしい声音+標準語=誰だか気付いていないらしい。
威嚇するような刺々しい声風で『はやくゆげくんをだしてーっ!!』なんて喚いている。……やばいな。久しぶりのぽんこつ天然の破壊力はとてつもなかった。
昇天しそうになる意識を保つため、今度は両足の太ももをつねって現世に残留したいと全力で抗った。
「――あら? そんなことを好き勝手に言える立場なのかしら? 弓削くんの身柄は私が預かっているのだけれど?」
――村田本部長、とんでもなくノリノリである。
『わ、私はっ! 彼の……弓削くんの――先輩だもんっ! だから弓削くんを返しなさい!!』
「それは無理な要求ね。弓削くんのことはこのまま私が――お持ち帰りする予定なの」
『――だめぇぇぇーっ!! 弓削くん連れて行っちゃダメ!! 弓削くんはお持ち帰りできません!!』
――瀬能先輩、何故か英語を喋り出す。
……カオス過ぎる。
笑いを堪えるってレベルは遥かに超えていた。
本気で俺のことを心配してくれているのが伝わってくるので、もちろん嬉しい。
だけどそれ以上に瀬能先輩の反応が可愛過ぎて、愛おしい。
「それはどうかしらね? ……さて、弓削くんのこと、返して欲しい?」
『返してっ! 弓削くん返してっ!! 今すぐに返してっ!!』
「そう……それならばこちらが指定する場所に瀬能ちゃんひとりで来ること。いい? 間違っても警察に連絡しようなんて思わないことね」
『――連絡したらどうするというの!?』
「そうね……それをした瞬間、弓削くんのことは私がホテルにお持ち帰りをして――骨の髄までしゃぶりつくしてから美味しく食べてしまうわ」
電話越しに『――っ!!』と瀬能先輩が息を呑んだのが分かった。
ノリノリの村田本部長が大いに悪乗りをしてツッコミどころ満載な感じになっているが、瀬能先輩は全く疑っていないらしい。
『――弓削くんは無事なんでしょうね?』
そんな瀬能先輩からの質問に「何か言って」と村田本部長が口パクで伝えてきた。
まさか喋ることになるとは思ってもいなかったのと、予想の斜め上をいく展開過ぎて、とっさに口を開いて出てきた言葉は――、
「――先輩、可愛いです!」
だった。
これまで何千……何万回と口にしたり、思ってきたものだ。……こんな状況だから仕方ないと言えばそれまでだが、俺は何を口にしているのか。
……だが、そんな言葉を口にしたら村田本部長から――修羅の笑みを向けられた。その切れ味の鋭そうな眼光が「きさん……誰が惚気ろって言うたと? くらすぞ?」と言っているのが肌で感じられ、逃げるように目を逸らした。……殺し屋かな?
『やっと呼んでくれたぁ! 弓削くん、もう1回……もう1回言って!!』
「――とにかく! 弓削くんを返して欲しければ――」
理由は分からないが突然興奮したように瀬能先輩が『もう1回!!』と言い出して止まらなくなったので、村田本部長が強引に話を纏めにかかった。
すぐに駅前に来ること。
着いたら俺のスマホに電話を掛けること。
メイクは直して、バッチリでくること。
同じ課の人間には「これから弓削くんとふたりで飲みに行ってくるから、心配しないで」と伝えること。
……などと村田本部長が言葉巧みに指示をしていた。
――先輩気付いて!! どう考えても遊ばれてますよ!!
……だがしかし、そんな俺の思いは届く訳もなく、瀬能先輩は力強く言った。
『――あなたの目的はどうであれ、弓削くんに指一本でも触れたら先輩の私が許さないから』
村田本部長が「弓削くん愛され過ぎ」と呟くのと同時に通話を切って。
むず痒くなるような目線を俺に向けてから荷物を持って立ち上がった。
「のんびりしていられないわ! あの様子だと瀬能ちゃんはすぐにでも駅前に来るはず」
……それは村田本部長がすぐに来るよう言ったからじゃ……とは言わず。
「そうですね」
「弓削くん、この辺りでオススメの居酒屋はどこかしら? 出来れば個室居酒屋がベストね」
「分かりました」
急いでカフェを後にした俺達は、個人経営の創作料理を出してくれる個室居酒屋に入った。
ここは以前同期の工藤とふたりで飲みに来たことがあり、その時は「野郎ふたりで来る店じゃなかったな」と、ふたりで気まずい思いをしたオシャレな居酒屋なのだ。
村田本部長も素直に喜んでくれたようで、いつも通りのニコニコ顔を浮かべている。
「良い雰囲気のお店ね。これで水炊きも出てきたら文句無しなのだけれど」
「すみません。水炊きはありません――あっ、着信きました」
丁度個室に通されたところでスマホが鳴った。画面を見るまでもなく瀬能先輩からの着信だ。
会社から最寄り駅まで徒歩10分はあるのに、まだ5分も経ってない。一度電話を切って冷静になって、電話の相手が村田本部長だと気が付いて確認の連絡をしてきたのだろうか?
そう考えてスマホを村田本部長に手渡すと、今度はスピーカーにすることなく、店の場所を伝えて手短に切った。
「瀬能ちゃんひどく息切れをしていたから、十中八九走ってきたわね」
「え?」
「それだけ弓削くんのことが大事ってことでしょう? 良い先輩……いえ、良い彼女さんね」
メニュー表を手に取って眺めながら、なんとなしに村田本部長が言った。
何度目になるか分からないやりとりだったので、俺も動揺することなく返答できた。……いつまでもダサイ反応はできないからな。
「自分と瀬能は付き合っていませんよ」
「そういう返しはもういいのよ? 秘密の関係の方が燃えるものね」
「いえ。本当に付き合っていません」
ニコニコ笑顔でもなく。
修羅の笑みでもなく。
初めて見るポカーンとした顔をして、メニュー表を取り落とした村田本部長。
「――ほんに!?」
「はい。ほんに、です」
「……それなんにあげないちゃついとーと? ……ばりむか。ぼてくりこかしてもいいと?」
全く意味は分からないが、とりあえず不穏なことを言っているのだろうと何となく想像はついた……。
「……それなんにあげないちゃついとーと? ……ばりむか。ぼてくりこかしてもいいと?」村田本部長
⇒「付き合ってもいないのにあんなにいちゃついていたの? めっちゃむかついた。ボコボコ(物理)にしていいかしら?」
……とんでもないこと言ってますこの本部長! 修羅の笑みは武闘派。間違いない!