2 瀬能芹葉『新米課長――瀬能芹葉の心の内』
1が弓削くんの心境で今回は瀬能先輩の心境です!
迷惑をかけたくない後輩VS頼ってほしい先輩……ファイッ!
ひとりぼっちのオフィスで朝食の鮭おにぎりをもぐもぐと食べ終えて。
目を覚ますようにお茶を一口飲みこんでから、私はメールチェックを開始した。
決まり決まったルーティンワークなので、動き出した思考は別に割いている。
ここのところずーっともやもやと考えていること……それは、
――今日こそは呼び方を変えてくれるかもしれない……という希望的観測。
メールを何通か送り返したところで、静まり返っているフロアの先から足音が聞こえてきた。
一定のリズムで規則正しく刻まれるその足音は、真面目な彼らしいものだ。
いつの間にか私は足音だけで彼だって分かるようになってしまったみたい。……自分のことながらちょっぴり呆れる。どれだけ彼のことが好きなのかしら……。
「――おはようございます課長」
深々としたオフィスに彼――弓削くんの声が響く。
よく通る爽やかな声。彼の方が全然年下なのにその声を耳にすると、これまでは不思議と安心できたはずなのに……。
――私はそんな彼の挨拶に眉を顰めた。
彼は私のことを「先輩」って呼んでくれていたのに……今は「課長」としか言わないのだ。……すっごく距離を感じる。
頭では彼のとっている対応が正しいことは十二分に理解しているし、私が勝手に不満を感じているのもちゃんと分かってる。でも……どう言えばいいのか少し困るのだけれど、理解はできていても納得はできないって感じ。
自身のことなのにままならないわね……。
「……おはよう、弓削くん」
少しだけ顔を上げて彼の姿を確認。
猛暑の季節だけあって頬は少し赤くて額にはうっすらと汗が見える。
……ん。弓削くんは今日も元気そうで良かった。
朝の始まりに彼を一目見ただけで私は自然と頬が緩みそうになる。それが露見しないよう、わざと引き締めてから。
今度は今日も「先輩」って呼んでくれなかったと、ひとりふてくされながらそっぽを向く。
――これが私の最近のルーティン。……子供っぽいって自分でも分かっているから、皆まで言わないで頂戴。
「課長、少しお時間よろしいでしょうか?」
ここのところは朝の挨拶だけで会話が途切れていたのに、今日はいつもとちょっぴり違った。
終わったものだとすっかり油断していた私はついうっかり「―― 」なんて口にしながらも、最後にはきっちり「……えぇ」と、何食わぬ顔で言い切ることに成功。
私だって好意を隠そうと思えばできるのだ。……ふふん! 少しは課長っぽいでしょう? 最年少課長は伊達じゃないってことよ。
それから彼は総務課が事務局を行う納涼花火大会について、いくつか確認と提案をしてきた。
まずは納涼花火大会の告知方法について。
今までは街頭に設置された地区の掲示板にポスターを貼ったり、HPでこっそりと宣伝をする程度。これだと地域の常連さんは必ず来てくれるのだけれど、参加人数にはそろそろ頭打ち感があった。
それを彼は……、
「若年層やファミリー層にも新しく認知・参加していただけるよう、会社広報の各種SNSアカウントを用いた情報発信と、いくつか取り組みを考えてみました」
なんて簡単に新しいアイディアを提案してきたのだ。
……あまりSNSには詳しくない私には思い付きもしない発想。思わず「弓削くんすごい!」と頭を撫でてしまいたくなるのを必死に堪える。すっごい堪える。
ふぅーっと息を吐いてから。
きっとここからが先輩で、課長でもある「私の出番だ!」って意気込んで。
「情報発信については弓削くんの言う通りとてもいいと思うわ。何か分からないことがあれば私が窓口になるから――いつでも聞いてね?」
それとなーく「頼っていいよ?」ってサインを出したのに、彼はタブレットをスワイプさせて次のスライドを表示。
――私の考えなんてお見通しみたいで、そこには『現在関係各位と調整中です』なんて書かれている。
「ありがとうございます。会社広報アカウントからの定期的な情報発信は既にITネットワーク部と広報部の担当の方と打ち合わせを進めておりますので、問題なく進捗できそうです」
手際が良すぎるわ……どうして担当者を知っているの?
……だったり。
いつの間にそんなパイプを作っていたの?
……なんて疑問もあったのだけれど。
何よりも一番強く思ったことは「私のことをもっと頼って!」だった。
どうしてかと言うと……私が課長になってからというもの、彼は全ての業務をひとりで平然とこなしてしまうからだ! ……せっかく私のカッコイイ姿をいっぱい見せられるってわくわくしてたのにぃ !
……ん。ごめんなさい。私としたことが少し取り乱してしまったわね。
とにかく彼はどんなことにおいても基本的にミスはなく。
業務態度も新入社員らしく真面目できびきびとしていて。
たとえ教えたことがない業務であっても卒なくこなしてしまう。
――総務課内でも一二を争うほど、手のかからない優秀な部下だった。
少なくとも明々白々な事実として、彼よりも釣井先輩関連に時間を割いている方が長い。……許すまじ、つるりん!
「…………そぅ…………それで取り組みとはどのようなものなのかしら? ご来場いただく方の安全が確保できないような取り組みは許可できないわよ? ……でも、その点も私が内外の担当者に確認することができるから、何か困ったことがあれば――気軽に相談してね?」
つるりんに対する不満と。
彼が頼ってくれないもどかしさと。
そんな幼稚な思考を浮かべてしまう自分が嫌になって。
ぎこちなく反応してからもう一度「頼っていいよ!」ってメッセージを送った。
本当はダイレクトに伝えた方が早いことは百も承知。
だけれどそれをしてしまったら……その、なんだか、恥ずかしいでしょう?
……だってそれってつまるところ「弓削くんもっと頼って! 私、先輩で課長でカッコ良くて、頼りになるでしょう?」って言うようなものだ。
――むり・ムリ・無理! 絶対に言えない! 言いたくない!
胸の内でぶんぶんと頭を振っていると、彼は冷静な声で言った。
「はい。
こちらが今現在企画しているものになります。
ひとつめはスマホで花火を撮影する方が非常に多く想定されますので、通行の邪魔にならない安全な場所に、写真映りが良いフォトジェニックスポットを複数設置します。
このスポットでは安全に静止画や動画撮影が行えるよう、完全に区画を分けるつもりです」
「……これすっごくイイと思う」
気が付けば私はそう呟いていた。
花火大会運営で必ず問題となるのは通路上での立ち見。そして最近はそんな立ち見よりもスマートフォンで撮影をする行為が悩みの種だったのだ。
立ち見の場合は注意アナウンスをすると移動してくれるのだけれど、動画を撮影している場合は中々動いてもらえない。それに撮影に集中してしまっている人を移動させるのも転倒のリスクが高くて、ここ数年「……どうしよう」って頭を抱えていたのだ。
……そんな悩みを彼は逆転の発想で解決しようとしている。
これまでは通路上で撮らせないように監視を強化することばっかりに頭をひねっていたのに。
――それを、撮らせないために撮らせる場所を用意したのだ。
彼はきっと『鳴かぬなら鳴かせてみようホトトギス』の人たらしな豊臣秀吉タイプ。
私は言うまでもなく『鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス』の我慢強い徳川家康タイプ。……だから今も全然頼ってくれない彼に対して、自分の気持ちを抑えて我慢できているのだ。
……ほんのちょーっぴりだけ怪しくなってきているけど。
「次に花火についてですが。
花火の打ち上げをプログラム制御の電気着火で行うことにより、誰でも聞いたことのあるような音楽や名曲とシンクロさせて、より楽しんでもらおうと考えています。
これにつきましては花火業者の流星花煙火店様と楽曲の選定、打ち上げタイミングなどを調整中になります」
少しばかり誇らしげな顔をした彼はそんな取り組みを口にした。
そこで私は瞬時に思い至る。
――ここは絶対に私の出番!
「面白そうな取り組みね。ちゃんと楽曲の使用許諾も申請するのを忘れないように。もし分からなければ――先輩の私が教えてあげるから」
先輩って呼んでほしい。
どうしても頼ってほしい。
ずーっと、そう思い続けて。
ついにポロッと本音を零す私。
……我慢強い徳川家康タイプだなんて言ったそばからこれ。
でもこれでさすがに彼も気が付いたはず……、
「ご指摘ありがとうございます。ですが課長の手間を煩わせるほどのことでもありませんので、こちらで楽曲使用申請についての対応を法務部に確認しておきます」
「…………分かったわ」
なんて期待していたのに彼は今まで通りの対応だった。
……もう拗ねてもいいかしら? いいわよね?
自暴自棄な思考に流されそうになっていたら――彼の口からトドメの言葉が放たれた。
「最後にファミリー層に対する取り組みについてです。
こちらは土手の上にキッズスペースを設けて対応しようと考えております。
想定利用者数やそれに対して必要になるスペースの算出。
また、場合によっては保育士さんを派遣していただいて安全に利用してもらえるよう、ユビノ・ホールディングスの村田様に相談しようかと思っています。
どうも丁度本日東京に来ているそうなので、後で直接会って確認してきます」
先輩で課長の私にはこれっぽっちも頼ってくれないのに!
彼はたった1度しか会ったことがない人に頼るって言っているのだ!
しかも相手はあの――村田さん!
あれは以前彼とふたりっきりで出張に行った時のこと。
村田さんは顔合わせも早々に彼を水炊き屋さんに連れて行こうとしたり、あまつさえうちの会社から引き抜こうとしたのだ!
村田さんは仕事もできて、私から見てもカッコイイ人。
そんな人が私のかわいい後輩くんをたぶらかすのだ。
私にとってはライバルでもあり、警戒すべき……危険人物なのだけれど――、
「――んんっ!? ……もう、弓削くんなんて…………福岡行っちゃえぇぇぇぇっ!!」
「えっ?」
彼を守ろうという意識よりも、私のワガママな本音が出ちゃって。
全力でイジけた私は彼の前にいられなくなって。
走って誰もいないお化粧室に逃げ込んだのだった。
――ど、どうしよう!
彼が――弓削くんが本当に福岡に行っちゃったら…………。
――やっぱりいやぁっ! 弓削くんどっかいっちゃうのやだぁぁぁっ!
でも今更どんな顔をして弓削くんに会えばいいの!?
――そして私は弓削くんが福岡に行かないようにと……ある覚悟を決めた。
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~書籍版表紙公開コーナー~
既に公式ホームページなどで公開されておりますので、こちらでも載せておきます!
しぐれうい様が描いてくださいました、こっそりひっそりしっかりと可愛い瀬能先輩が表紙ですよー!
~お知らせ~
クール美女系先輩の発売日が、令和元年5月15日に決定です!
詳しくは後程活動報告に書きますのでご確認いただけますと嬉しいです!
しぐれうい様からもご許可いただきましたので、各キャラのラフも順次公開させていただきます!
……と言っても私の更新が遅すぎて既に正式イラストが公式ページのお試し読みから見れるんですけどね……\(^o^)/
それと別件なのですが、私の別作品『僕のクラスには校内一有名な美人だけどコミュ障な隣人がいます。』が、ネット小説大賞の2次を通過してました!
かなりビックリしてます!
もしよろしければこちらもお読みいただけますと嬉しいです!
レビューのお返事は次回させてください!
よろしくお願いいたします!