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35 『平熱時の瀬能芹葉など、我ら四天王(甘えん坊・駄々っ子・酔っぱらい)の中では最弱ッ!!』

今日はエイプリルフール&新入社員の入社式&新元号の発表があったり、イベント盛りだくさんだった気がします!

新入社員は相変わらず眩しいくらい若々しくてエネルギッシュでした。……弓削くんもこんな感じなのかな~なんて考えながら、今晩は歓迎会(という名の飲み会)に参加しておりました!

ここのところ忙しくて久しぶりの飲み会だったので、飲み過ぎました……。

何か文章がおかしかったら報告いただけますと幸いです。

「――弓削くん。私から話をさせてほしいのだけれど、いいかしら?」

「どうぞ」


 洗面所から戻ってきた瀬能先輩は対面のベッドに腰を下ろして、先程の上機嫌なものから打って変わって真剣な表情で口を開いた。

 俺は髪を結っていないその姿と、ちらりと覗く太ももに見惚れながら、さぞ間抜けな表情で返事を口にしたことだろう。……だ、だってシャツワンピースの格好で足をパタパタされたら、男なら無意識に見ちまうだろう!?


「……まずはごめんなさい。本来はあなたを導くために教育係の私がいるというのに、結果的に……その……色々と迷惑を掛けてしまったわ」


 心底からの謝罪の言葉に、間抜けモードから瞬時に頭が切り替わる。

 この真面目な先輩のことだ。きっと体調管理も自分のせいにしているのだろう。


 実際どんなに気を付けていても風邪は引く。

 だが、ここでそれを言っても瀬能先輩は決して認めない。絶対的に自分が悪いと考えているはずだ。


 正直言うと仕事面で迷惑を掛けられたという認識は全くなく。

 看病の際に甘えられて……寝ぼけていたであろう瀬能先輩にあろうことか――首筋を甘噛みされたことのほうが、俺の精神衛生上よっぽど迷惑を掛けられた、と言っていいものだろう。


 なので仕返し……でもないが、少しイジワルをすることに決めた。


「……ホントですよ全く」

「……うぅぅ……」


 悲しそうな顔を浮かべ、猫背になってしゅんとうなだれる瀬能先輩。上目遣いに不安そうな視線をこちらに向けてくるその様は、警戒している猫のように愛らしいものだった。

 わずかそれだけの反応で俺の中の罪悪感ゲージが振り切れた。……これもある意味ヘタレビビリってことなんだろうか。いや、イジワルをすると決めたその5秒後には、態度を改めているのでまごうことなきヘタレビビリだよな。


「――なんて言うとでも思いましたか?」

「……ん?」小首をちょこんと傾げる瀬能先輩

「いいですか先輩? 今は1秒でも早く元気になってもらうのが先なんです」

「う、うん……」


 瀬能先輩は窺うような仕草でコクリと頷いてから、気持ち柔らかくなった顔つきで俺を見つめる。

 風呂に入っていたことから察するに既に熱はなく、体調は回復しているのだろう。……だが、油断をしてはならない。風邪を早く治すには、ひき始めと治りかけが重要だからだ。

 ひき始めの対処が遅れれば風邪は長引き。治りかけたからと調子に乗るとぶり返す。今更言うまでもなく当たり前のことである。


 ……なので苦い顆粒薬が苦手で、実は子供っぽい瀬能先輩が調子に乗っていないか、キチンと確かめておこう。


「……それならば、もちろんご飯は食べてますよね? 苦手な薬もちゃんと――飲んでますよね?」


 冷蔵庫には昨晩買った飲むタイプのゼリーの他に、瀬能先輩が眠っている間に抜け出して買っておいた、ヨーグルトとカットフルーツが入っている。

 それは俺が朝この部屋を出ていく際に書き置きを残しておいたので、瀬能先輩が知らないはずはない。ちなみに書き置きには、俺がひとりで訪問先に向かうこと、延泊申請をしてあることなど連絡事項全てを書いておいた。社会人の基本である報連相だ。


 ――すると俺の問い掛けを聞いた瀬能先輩は、何も無いはずの虚空に顔をサッと向けて。どこか遠い目をしてから無感情に言った。


「…………食欲は……探さないでくださいって私に言い残して、家出しちゃったからお腹減ってな――」鹿爪らしい顔の瀬能先輩

「――先輩? 風邪、治す気あるんですか?」


 謎の食欲家出理論なるものを持ち出して、何とか誤魔化そうとするぽんこつ具合。

 凡人にはとても考え付かないとんでも理論……という名の言い訳に不覚にも噴き出しそうになりながらも、詰め寄る。

 ここで甘やかしてはダメなので、俺は珍しく強気だった。……実は笑いを堪える為だったりするのだが。


「ゆ、弓削くん……もしかして、怒ってる?」


 そんな対応が功を奏したのか。

 瀬能先輩がぷるぷると小刻みに揺れながら、油が切れたロボットのようにギギギと音がするような鈍い動きで、ゆっくりと顔をこちらに向けてきた。

 眉は八の字。口はヘの字。切れ長のアーモンドアイに至っては真一文字に細められている。


 ……どういう表情なんですかそれッ!?


 ついツッコミたくなる気持ちを抑えて、絶妙に面白いその表情を眺める。

 美人は何をしても絵になるというが、これはこれでまた違った良さがあるな。

 普段のキリリとした表情の対極にあるそのイジけた顔(?)は、何分でも見ていられるような気がしたが、心を強く保って先輩相手に偉そうにお説教を続ける。……既に流され気味な気もするが。


「えぇ。もしかしなくても怒ってますよ。ちなみにどうして俺が怒っているか分かりますか?」

「……ん~……あっ! 昨日の村田本部長との飲み会に行けなくなっちゃったから怒ってる? でも私も弓削くんがもし飲み会に行ってたら…………考えるのもやだぁ……」


 仕事中の冷静沈着美女(クールビューティー)モードや、鋭くなくていい時にはやたらと鋭いのに。

 気の抜けただらけモード(?)の時にはズレまくる天然っぷり。


 自分で言っておいて嫌になるって……何してるんだか。可愛さ有り余ってそろそろ瀬能先輩が爆発するかもしれない……。


「俺が飲み会に行けなくなったから怒ってると、本気で思っているんでしたら……もっと怒りますよ?」


 とりあえず俺の真意が伝わっていないようなので、わざとらしく怒った演技をしてみたら、


「……本気……じゃないもん。……これっぽっちも、本気じゃないもんっ!」


 焦ったように「1ミリも、1ヨクトグラムも本気じゃないからぁ!」そう続ける瀬能先輩。髪を結っていない状態で首を左右にブンブンと振るので、それはもう甘い香りが広がって俺にはこうかはばつぐんだ! 状態である。

 ……そもそも1ヨクトグラムってなんですか? 聞いたことない単位なんですが……。


 日常生活では絶対に使わなさそうなヨクトなる単位は一先ずおいておくとして。

 最優先は瀬能先輩に真意を伝えて宥めることだろう。


「俺はですね……苦しそうにしている先輩を見ていたくないんです。先輩にはカッコ良くて、たまに面白くて、頼りになって、尊敬できるいつもの可愛い姿を見せてほしいんです」


 いざ口にしたら若干恥ずかしくなった挙句、余計なことまで口走るアホっぷり。……もうね、自分のアホさ加減に泣きそうになった。


「…………」

「俺が怒ってた理由は分かりましたか?」

「…… (わかったぁ)」こくこくと頷く瀬能先輩


 顔を伏せた瀬能先輩は、小声で呟くとコクコクと何度も頷いた。

 それから枕を拾い上げて胸に抱き。体育座りの姿勢を取ってからポフッと顔を埋めた。……体育座りの姿勢を取ってから枕にポフッと顔を埋めたのだ。

 ……大事なことなので2回言いました。


 ――なんて気分を紛らわせながら「今、下を見ようものならば昇天(しぬ)」と己に言い聞かせ、視線を向けぬよう自制心をフル稼働して何とか乗り切った。……いくら何でも無防備過ぎやしませんかこのぽんこつ先輩。


「それじゃあご飯食べますか? 先輩の好きな鮭おにぎりといくらのおにぎり買ってきたんで、どっちがいいですか?」

「……う~ん…………しゃけ!」

「分かりました」


 離脱をするために言うが早いか流れる動作で立ち上がり、テーブルの上に置いたコンビニ袋を取ろうとしたが――、


「……ゆげくんゆげくん」


 瀬能先輩に手を掴まれて逃げ出すことは叶わなかった。

 見ればどこか恥ずかしそうに遠慮がちな視線を投げてきて。

 思いのほか強い力で俺を引っ張ると、自身の隣に座らせた。


「なんですか?」


 尋ねてみるとベッドのスプリングを軋ませながら、猫のように手を付いて近づいて来て。――「お耳、かして?」とちょこんと首を傾げた。


 何だか昨晩もこんなことがあったような……と、そんな既視感を覚えていたら、


「…… (あ~んして) (ほしいの) (だけれど?)


 案の定、完璧なデジャブになった。


 囁きは耳の奥の鼓膜を直接貫いて。脳に突き刺さるような威力で俺の全身を駆け巡った。

 昨晩は熱で甘えたがっていたのは分かるが、今のこの状況はなんだ!?


「もう熱もないんですから、自分で食べてください」


 半ばパニックになったが、口調は極めて冷静だった。

 予想外過ぎて驚きを通り越して変に落ち着いてしまったのだ。


 だがそんな俺の態度がお気に召さなかったのか「……昨日、目一杯甘えていいって弓削くん言った! ……覚悟はできてますって言ってたもん! 私、ちゃんと覚えてるっ!!」なんて、力強く一生懸命に伝えてこようとする瀬能先輩。


 こうなったら最後。

 瀬能先輩は俺が「あ~ん」をするまで、永遠に駄々をコネコネコネコネし続けるような気がしたので、諦観して駄々っ子先輩様のご意向に沿うことを決めた。……おかしい。熱が無いからマシなはずなのに、今日の方が駄々コネ具合……というか甘え具合に磨きがかかっている気がする。


「分かりました。……それでは――」


 おしぼりで手を拭いて。

 鮭おにぎりの封を開け。

 瀬能先輩の口元に運ぶ。


 それから羞恥心を握りつぶして「あ~ん」と口にしたが、瀬能先輩が全然近づいてこない。

 それどころか口をもごもごして、少し開いては閉じ。また開いてはきつく結ぶ。そんな行動を数回繰り返してから、瀬能先輩はおにぎりを俺の手からかっさらって、言った。


「――やっ、やっぱり、自分で食べるっ!」と。


 ……それなら初めからそうしてくださいよ。言っておきますけど俺の方が1兆倍恥ずかしいんですからね!?

 喉まで出かかったそんな言葉を飲み込んで、顔を真っ赤にして小さい口でリスのようにもぐもぐと、鮭おにぎりを食べ始めた反則的なまでに可愛らしい瀬能先輩を眺めながら、俺は密かに安堵の胸を撫で下ろしたのだった。

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