31 瀬能芹葉『――こっち、おいで?』
先に言っておきますと……前話のラストは予告で、今回が本題。
何が言いたいのかというと……お話は進んでないよ! ってこと!(土下座)
弓削くんは……?
「んん~っ」
お薬を飲んだおかげで凄く気持ち良く眠ることができたのだけれど、まだちょっこっと熱があるのが分かる。
目を瞑ったまま固まっていた身体をストレッチしようと手を伸ばそうとしたところで、何かを掴んでいることに気が付いた。
おずおずと目を開けて確認してみたら――、
「……ゆげ、くん…………ゆ、弓削くんっ!?」
ベッドサイドの椅子に座りながら俯いている弓削くんの姿が目に入った。
視線を移すと私が握っていたのはそんな彼の手で。
当然離すべきか逡巡したのだけれど、最終的には手を繋いだままにするという刹那的な選択肢をとった。……だ、だって! 手を握っていると安心できるのだから仕方ないでしょう?
弓削くんは私よりも6コも年下なのに落ち着いていて。
だけど仕事には一生懸命に熱く頑張る後輩くん。
こんな後輩くんに慕われると嬉しくなる反面、どんどん彼のことが気になって。
気が付けばいつも目で追うようになってた……。
今もそんな弓削くんを眺めていると、すやすやと穏やかな寝息が聞こえてくる。
あんな体勢で眠っちゃうなんて、きっと私の看病をして疲れちゃったんだと思う。
……ここに来るまでのことを思い返すと、このままお布団を頭まですっぽりと被って、枕に顔を押し付けて「わぁぁぁぁっ!」って叫びたい気分になった。いくら高熱で意識が朦朧としていたからって、あんなカッコイイとは対極の子供じみた姿を見せてしまったのは、恥ずかしい以外のなにものでもない。
結局繋いでいた手を離してそのまま顔を覆い。
ベッドの上をゴロゴロと転がってひとりで羞恥に悶えていたら、何の前触れもなく、とってもイイコトを閃いた。
……あれは子供みたいな駄々を病院でこねていた時のこと。
熱が高かったせいで不鮮明な記憶だけれど、弓削くんは確かに約束を破ったのだ。
私が診察室に入る前に「どこにもいかない?」と尋ねたら「どこにも行きませんよ」って言ったのに……戻ってきたら弓削くんの姿が無くなってた。
はじめは神隠しが起きたのかと真剣に思い至って、ひとりでぽかーんとしていたのだけれど、弓削くんがいないという現実を受け止めてからは、彼の姿を探してふらふらとさまよった。
ただでさえ見知らぬ土地で心細くて。
意識が朦朧としていたこともあって。
不意に恐怖や不安が押し寄せてきて。
思わず泣きそうになっちゃったのだ。
……もう一度ベッドの上で「んんんんんっ!!」と、のたうち回ってから急に不安になって、再度弓削くんがいるか目視で確認する。
――よかった。今度はちゃんといる。どうやらこれは幻じゃないみたい!
勝手に思い出して、恥ずかしがって、不安になって、やっぱり自分勝手に落ち着く私。相当にへんてこなことをしていると自分でも思う。……ん。これは風邪のせいで、私は天地神明に誓ってへっぽこじゃない……はず!
……忙しい感情の波をリセットするようにふぅーっと長く息を吐いて、改めて弓削くんの手を握る。にぎにぎ。
「んぐぅ?」
すると弓削くんが違和感を感じたのかそんな面白い声を漏らした。……か、かわいい!
…………起きちゃうかしら?
ドキドキするあまり息を止めて弓削くんの様子を伺う。
「…………」何事もなくすやすやと眠る弓削くん
――セーフね。
その瞬間、クセになる緊張感が私を逸楽へと誘った。
例えるのならば、眠っている番犬のエサ皿から骨をこっそりと拝借するあのゲームをしているような気分。
……んふふ♪ ぎりぎりまで弓削くんにイタズラをしちゃおーっと!
約束を破った報いはここで受けてもらいましょう。
眠っているのをいいことに、今度は指組みを実行。
特に反応が無かったので、いっぱいにぎにぎしてみた。
「……」にぎにぎ
「……うん?」にぎにぎにぎにぎ
「……なん……ですか?」にぎにぎからのぎゅーっ!
……た、たのしぃーーーーーーっ♪
弓削くんにイタズラするのすっっっごく、わくわくする!!
……んっ。どうしましょう。あまりにも魅力的な緊張感なので自分で自分を抑えられなくなってきました……。
少なからず発熱しているので理性がお仕事をストライキしているせいね。ストライキ万歳。
そんな大義名分? を胸に更にギリギリを攻めようと画策する私。
もぞもぞとベッドから頭だけを出して、イスに座っている弓削くんの太ももに仰向けで乗っかった。
以前歓迎会の時に酔いつぶれた弓削くんに私がやった――膝枕である!
頭をぐりぐり動かして弓削くんの太もものベストポジションを探って。
程なくしてぴったり、すっぽり、しっくりくる丁度良い塩梅に納まって、上を見上げる。
当然私の視線の先には弓削くんの無警戒な寝顔が。
結構近くにあるのでじーっくり観察してから、全然起きそうにないので次なるイタズラをのんびーり考える。
……そして散々考えてやってみたいと思ったのは、たこ焼き、だった。
手始めに様子見で弓削くんのおでことか首筋をツンツンさわさわしてみる……。
「……」おでこツンツンは無反応
「……」あごをもみもみしても無反応
「……んぐぅぅ……?」首筋をさわさわはちょっと起きそうでどきどき
若さなのか弓削くんのお肌はつるつるしてる。
男の子の肌ってもっとこう、ゴツゴツ? してるイメージがあったのだけど、思わぬ肌触りの良さからずっとなでなでしてたい気分。
次はいよいよ頬っぺた……だ! き、緊張するっ!
首筋から手を離して両手の人差し指を真っ直ぐに立てて、弓削くんの頬っぺたに……とつげきーっ!!
「……」ツンツン
「……」ぷにぷに
「……」たこ焼きむぎゅーっ!
色々と試してから当初の目的であるたこ焼きを遂行すべく、指でOKマークを作ってから弓削くんの頬っぺたをむぎゅむぎゅ。
……でも弓削くんったら全然反応してくれないの。
追加で少しつねって変顔弓削くんにしたりしても全く微動だにしなくて。
――私は少し不満になって一気に勝負を仕掛けた。……反応されるとビクビクしちゃうのに、全くの無反応もいやなのだ!
ゆっくりと上体を起こして。
息を殺して彼に近付いて。
そっと耳に息を吹きかけた。
「―― 」
すると弓削くんはビクッと震えたかと思ったら、
「ふぇっ!?」
気の抜けるような寝言を零した。
……だ、だめっ……笑っちゃい……そう……がまんガマン……やっぱりむりぃぃぃっ!!
手の甲で口を押えてどうにか声が漏れないようにしながら、笑っちゃった……もうそんな反応反則!
一頻り涙が出るくらい声を押し殺して笑ってから、落ち着こうと深呼吸。
目尻に溜まった雫を拭ってから弓削くんが起きたかまじまじと観察をしたのだけれど……なんと彼は未だ夢の世界の住人だった。そこでまた笑っちゃったのは言うまでもないかしら……。
もうここまできたら何をしても起きないような気がする。
そう考えてからは早かった。
私は大胆に様々なイタズラを決行していった……。
「……」髪を手櫛で梳いたり
「……」両の耳たぶをデコピンでペチペチとはじいてみたり
「……」同じく耳たぶをつまんでみょーんと引っ張ったり
「……」後ろからぎゅっと抱きついたり
「……」彼の膝の上に恐る恐る腰を下ろして正面から抱きしめてみたり
……色々やったのに起きるどころか、声すら上げてくれない。
「……全然起きないの……」
そんな心の声を垂れ流してから私は考えた。
弓削くんが起きていないのをいいことにワガママ全開。こんな姿は間違っても見せられない。
……でもあとひとつだけやっておきたいことがあるのだ。
多分これをやったらさすがに起きちゃう気がする。
だけどあの時の心地好さと安心感はもう一回だけ堪能しておきたい。
あったかくて、いっぱいくっつけるあの――弓削くん抱き枕だ。
私は自然と頬が緩むのを何とか抑えつけながら、弓削くんの手を握って……、
「――こっち、おいで?」
ベッドへと彼を誘導したのだった……。
もう皆さんお気付きのパターンだと思いますが、次話も瀬能先輩視点。
瀬能先輩視点が好きじゃないよ! という方には非常に申し訳ないです<m(__)m>
もう少々お付き合いくださいませ。