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29 『期待を裏切らない安定のぽんこつ』

 俺の嫌な予感は見事に当たった。


「……私と一緒に――寝て?」


 ……何言ってるんだこの先輩。熱が高すぎて思考回路がオーバーヒートしているのかもしれない。


 きっとこんな状況でなければ俺は「えッ!? えぇぇぇッ!? ね、ねねねね寝て!?」といった、挙動不審なテンプレ反応をしていたはずだ。


 瀬能先輩の本心は恐らく「眠るまで一緒にいて?」というものだ。

 体調が悪くなると心身も不安定になり、人間誰しも人肌が恋しくなる。

 今の瀬能先輩はまさにこの状態だ。

 別に俺が特別に選ばれたという訳ではなく。

 偶然同行していたから頼ってくれているだけだ。


 ……勘違いをしてはならない。

 ……舞い上がってもならない。


 俺は冷静に自然に看病をするだけだ。

 下手なことは考えるな。

 余計なことは忘れろ。


「いいですよ」

「んっ!? ほ、本当に!?」

「はい」

「やっぱり、なしって言わない!?」


 瀬能先輩は驚いたように息を呑み。

 確認するようにちょこんと小首を傾げた。

 その仕草の可愛さたるや内心で悶絶ものだ。

 だが、そんな感情を押し殺し平静を装って告げる。


「そんなこと言いませんよ。もし他にもやってほしいことがあったら、遠慮せずに言ってくださいね?」


 いくら表面上は取り繕えても胸中は嵐が吹き荒れていたので悟られまいと自ら、まだ余裕があるぞ、と言わんばかりの墓穴を掘ってしまった。……ただのアホである。


「……いいの?」

「もちろん俺ができる範囲で、ですけどね」

「それなら……わ、私、今体調不良で……それで、えーっと……すっごっく、辛いの」

「はい」


 俯きながらの上目遣いは濡れたように光っていて。

 言いにくいことなのか、ごにゃごにゃ、もごもごとしながら言葉を繋げる瀬能先輩。

 それからベッドの横に座る俺に向かって小さく手招きをしてきた。


「だ、だから…………お耳――貸して?」


 他に誰か人がいる訳でもないのにどうしたんだ? そんな疑問を胸に前かがみになって接近する。

 すると瀬能先輩も顔を寄せてきて、必然的に吐息が耳元にダイレクトアタックをしてくる。

 思わず身震いをしてしまった。

 別にくすぐったかった訳ではない、とだけ言っておこう。


(こ、こんな) (こと……) (年下で後輩) (の、弓削く) (んに言うの) (は……すっ) (ごく恥ずか) (しいのだけ) (れど) (…………)


 鼓膜に伝わる囁き声が脳天を貫く。

 自律感覚絶頂反応(ASMR)特有の、ゾクゾクとした痺れるような波が全身に広がっていく。


 ……気をしっかり保て俺。これは看病であり、邪なことは考えてはならない。


 一度言葉を切った瀬能先輩は深く息を吸ってから、思い切ったように言った。


(……その) (――甘え) (ても……い) (い?)


 ……

 …………

 ………………え?

 既に甘えん坊駄々っ子幼女モードへとチェンジしていたはずの先輩が何か言ってるんだが?

 うん。本気で今更何を言ってるんだろうか?


 ……もう俺には、わけがわからないよ。


 思わずキュウで始まり、べぇで終わるとあるキャラクターのセリフを思い浮かべながら考える。


 ――これ以上甘えられたら俺(の理性)が死ぬ――と。


「甘えるってなにを――ッ!?」


 一旦落ち着くために少しでも距離を取ろうとしたら、いつの間にか瀬能先輩の腕が俺の首に回されていて、離れられなくなっていた。

 時すでに遅し。


 ……あっ。俺死んだかも。


「――い、今は、離れないでっ!? …… (弓削くんに) (顔見せられ) (ないから)……」


 そう言った瀬能先輩は頑なに腕を緩めようとはしない。

 だが俺も「甘えてもいい?」宣言の後にこんなことをされたら、せっかく取り繕っていた平静が音を立てて崩れてしまうのでなんとか抗う。


「分かりました! 先輩の方を見ないので、一旦解放してください!」

「……絶対こっち見ないでね?」

「は、はい! 絶対に向きま――ッ!!」いつもの癖で反射的に瀬能先輩の方を向いた俺

「――!」目をまんまると開けて固まる瀬能先輩


 俺はなんてアホなのか。

 自分から「見ない」と宣言した5秒後にはその約束を破っているというね……。

 この行動は決してふざけている訳じゃない。

 あまりにも動揺しすぎた結果、いつもしている行動が自然と出てしまったのだ。


 一旦離れてから見た瀬能先輩の顔は……高熱でもあるんじゃないかと思う程に真っ赤になっていた。例えるならば完熟トマトや茹でられたタコのように。

 そんな状態から見て分かったこと。

 ……それは瀬能先輩の熱がかなり高そうだということだ。

 思い返してみれば俺は薬を飲んでもらうために、交換条件とやらを呑もうとしていたが、今は一刻の猶予もない。

 早く薬を飲ませて寝かさなくては。


「先輩! 顔が真っ赤です! 早く薬飲んでください!」

「――うぅぅぅっ!!」

「はい水と薬です! 唸ってないで早く飲んでください!」

「だ、だって! 弓削くんが……見ないって言ったのに……見たぁっ!!」


 差し出した水と薬を受け取って尚、瀬能先輩は駄々をこねる様にイヤイヤと顔を横に振る。

 確かに瀬能先輩の言う通りだが、今は薬を飲ませることを最優先に開き直って攻める。


「分かってます。だから薬を飲んでくれたら目一杯甘えてもらっていいですから、今は俺の言うことを聞いて下さい」

「……めいっっっぱい甘えるからね? ――覚悟、できてる?」

「はい。覚悟はできてます」


 何だか怖いことを瀬能先輩が言っているような気がするが……そこは男らしく頷いておいた。

 ……理性? 今優先すべきは瀬能先輩に薬を飲ませることだ。


 瀬能先輩もようやく納得してくれたのか「にがい」と言いながらも、なんとか薬を飲んでくれた。……長かった。途轍もなく長かった気がする。

 後はこのまま付きっ切りで看病をするだけなので、一旦部屋に戻って動きやすいラフな服装に着替えてくるか。

 ……お世辞とはいえ瀬能先輩にこの格好を褒めてもらえたので、もう充分だろう。


「弓削くん! お薬飲んだ!」


 嬉しそうに微笑む瀬能先輩は「ほめてほめて」と言わんばかりに、俺の方に頭を向けてきた。……本当にいちいち反応が可愛いのでやめてほしい。

 俺は瀬能先輩の頭をぽんぽんと撫でてから、冷蔵庫にしまった熱さまし用の冷却ジェルシートを取り出そうと立ち上が――、


「……どこいくの? いっちゃ、やだぁ……」


 ――れなかった。

 瀬能先輩が俺の手を握って、潤んだ瞳で一直線に見つめてきたのだ。

 ……これが甘えるということなのだろうか? このまま甘えられたら、俺は今日ここで死ぬ(昇天する)かもしれない。


「冷却ジェルシートを取ってくるのと、あと一度帰って部屋着に着替えてきます」

「……すぐに、もどってくる?」

「はい。だから先輩は横になって待っててください」

「……ん。……いいこにしてるから……はやく、かえってきてね?」

「もちろんです」


 それから瀬能先輩のおでこに冷却ジェルシートを貼って、カードキーを借りて部屋を出た。……ちなみにカードホルダーからカードキーを抜くと部屋の電源が落ちてしまう仕組みのため、ネットで調べて代わりに俺の名刺を差しておいた。


 一度部屋に戻ってから今後のことを冷静になって考える。

 明日の1社の訪問を終えたら出張は無事に終了となるが、あんな状態の瀬能先輩を連れて行く訳にはいかない。

 幸いなことに今日で訪問時のマナーや段取りなどは覚えることができたので、明日は俺がひとりで赴いて瀬能先輩にはホテルで休んでおいてもらおう。

 ……となればまずは恵比寿課長に事情を説明して延泊する許可をもらって、ホテル側にも延泊可能か確認しておかないとだな。


 着替えを済ましてから恵比寿課長に電話を掛けて、瀬能先輩が体調不良なのでと説明をして延泊許可をもらった。

 その際「そういうことにしておいてあげるから、楽しんでくるんだよ?」と、電話越しに笑っている恵比寿課長によく分からないことを言われたが、とりあえず「はい」と返しておいた。

 内線からフロントに確認したら2部屋とも延泊が可能ということだったので押さえてもらった。日中は瀬能先輩が部屋にいるはずなので、あらかじめルームクリーニングは断っておいた。


 そんなこんなで30分ほどかかってから瀬能先輩の部屋に戻ったら……、


「…… (すーすー)


 予想通りとでもいうべきなのか、いつもの規則正しい天使の寝息を立ててぐっすりと眠っていた。

 今日は色々とあったので疲れてしまったのだろう……それにサラザック配合顆粒のお薬説明書には、眠くなることがある、と書いてあったな。俺としては正直助かった。


 俺は瀬能先輩がいつ起きてもいいようにと、ベッドの横に椅子を置いて腰を下ろした。


「先輩……今はゆっくり休んでください」

「…… (ん~ゆげく) (ん、どこに) (もいっちゃ) (やぁ)……」


 そんな寝言を零しながら布団の中で手をもぞもぞと動かす瀬能先輩。

 ……もしかしなくても俺の手を探しているのだろうか?

 一体どんな夢を見ているのかは分からないが、眠っているというのに表情は今にも泣きそうな半べそ状態になっていた。

 夢の中にいると分かっていても瀬能先輩にはそんな表情をしてもらいたくなかったので、未だに彷徨い続けていた手をそっと握った。


「俺はここにいますよ。先輩」


 聞かれていないと思って我ながら恥ずかしいことを言ってしまった自覚はある。だけどそれが瀬能先輩の不安の解消に繋がればいいと考えてのことだったので、俺の顔も恐らく真っ赤になっていたことだろう。

 横向きに眠っていた瀬能先輩の表情は徐々に落ち着いていき、繋いだ俺の手を自身の顔の横に持っていって頬ずりをしていた。……なんで眠っている時もこんな可愛い行動ができるのだろうか、このぽんこつ先輩は。


 そんな愛らしい瀬能先輩の無意識の行動と一定のリズムで刻まれる天使の寝息に誘われ、俺も瞼が重くなってきた。

 微睡の海に意識を手放す前になんとかスマホのアラームをセットして、俺も眠りの大海原に漕ぎ出した……。






「……ゆげ、くん…………ゆ、弓削くんっ!? ――こっち、おいで?」

~レビューのお礼~

是浦伊様!

20件目のちっくしょうレビューありがとうございます!\(^o^)/

>・・・だけど実はポンコツ可愛い弓削君に甘えたがりで大の鮭&酒好き”笑

 ⇒鮭&酒好き……上手い……Wさけ好きってことですね(笑)

  どっかのWあさひが喜びそうです(笑)

>ちっくしょう!弓削君俺とそのポジションかわってくれ!!!”笑

 ⇒変わると色々大変だと思いますよ? 主に理性が……(笑)

>作者さん色々忙しそうですが頑張ってください!

>応援してます!

 ⇒あたたかいお言葉をありがとうございます! がんばります!


特に何も関係ないよ!SS~是浦伊様、完全にごめんなさい~<m(__)m>

舞野「私はアイリッシュウィスキーのロックで~!」

工藤「俺はアイリッシュワインをグラスで!」

穂村「私は……アイリッシュコーヒーをマグカップで」

弓削「なんだよこのアイリッシュ縛りは……」(不覚にも穂村の注文が可愛かった)

是浦伊様「ちっくしょう! もうこれ以上アイリッシュ〇〇系知らねぇよ!」(隣の卓にいた是浦伊様)

Wあさひ・穂村・弓削「(だ、誰この人!?)」

瀬能先輩「……ん! 私は、アイリッシュセッターでよろしくお願いいたします」(向かいの卓にいた瀬能先輩)

弓削「えっ!? 先輩!? どうしてここに!?」

Wあさひ・穂村・是浦伊様「(……いや、それ飲み物じゃなくて……犬や)」

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