27 『……!?』(ビクンと揺れるお布団星人)
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速攻でスーツから普段着に着替えて瀬能先輩の部屋……ではなく、1階に入っていた青と白がメインカラーのコンビニへと向かう。
瀬能先輩の体調から察するに恐らく食欲はあまりなさそうなので、飲むタイプのゼリーとスポーツドリンクやらお茶、それに熱さまし用の冷却ジェルシートを買う。もし食欲があった時ように、瀬能先輩が大好きな鮭おにぎりも買っておいた。これで準備は万端だ。
コンビニ袋片手に瀬能先輩の部屋の前に立ち、一度長く息を吐いて覚悟を決めてからノックを数度。
「俺です」
「……おれ?」
すると扉の向こう側から続けて「……オレオレ、さぎ?」そんな言葉が聞こえてきて笑った。
……このぽんこつ天然な先輩は全く。
せっかく覚悟を決めたというのに、気が抜けてしまった。
「オレオレ詐欺じゃないです。弓削です」
「……ん。じょうだん。いまあけるね?」
ゆっくりと扉が開いて普段着……ではなく、恐らくだろうが部屋着に身を包んだ瀬能先輩が立っていた。
オフホワイトと淡いサーモンピンクのボーダーワンピースで、その生地は見るからにモコモコとしている。……ナイトウェアがクールどころか可愛さ全開なんだが?
それにいつもハーフアップに結わっていた長い黒髪は解かれていて、川のように流れる艶めいたその様に思わず見惚れてしまった。……可愛くて美人とかこれ如何に。
「……はずかしいから、あんまりみないで? ゆげくんに、みられるって、おもってなかったから……もこもこにしちゃったの」
「モコモコ……あったかそうで可愛いですね」
「……もう。……ゆげくん、はいって?」
恥ずかしそうに俯いた瀬能先輩は上目遣いでこちらを見やると、俺の服の裾を引っ張って部屋に招き入れてくれた。
部屋の作りは俺のところと全く一緒だったが、心なしか花のような甘い香りがする。この芳香は瀬能先輩のものだと気が付くのに時間はかからなかった。
……今更ながら緊張してきた。
「お邪魔します」
「いらっしゃいませ?」
「いらっしゃいました?」
のほほんとしたやりとりを行ってから、首を傾げているモコモコ姿の瀬能先輩は顔を下から上に動かして一言。
「ゆげくん、なんかおとなっぽいふく。わたしより……ぜんぜん、かっこいい」
そりゃあそんな可愛いさの塊みたいなモコモコを着ていたら、カッコ良さは1%もありませんよ。
……なんて言葉を飲み込んで恥ずかしさのあまり頭を掻きながら「ありがとうございます」と伝えた。
今の服装は出張が決まってから買ったものだ。
カッコイイ瀬能先輩と一緒にいても浮かないようにと、店員さんにアドバイスをもらいながらなるべくシンプルな服を買った。
黒のスキニーパンツにグレーの七分丈のカーディガンと白シャツだ。モノトーンに纏めたので少しは大人っぽいはずだ。
自分では似合っているのか分からないが、お世辞でも瀬能先輩褒めていただけたので買ってよかったと思う。……ありがとう店員さん!
「ありがとうございます! それで先輩、食欲はありますか?」
コンビニ袋を掲げてみせると瀬能先輩は少し驚いたように瞬きを。
それから俺が持つコンビニ袋をツンツンと指で突いてから、無言で小首をちょこんと傾げた。……何ですかその滅茶苦茶可愛い反応は? 俺を殺す気ですか?
「かってきて、くれたの?」
「はい。丁度1階にコンビニがあったので」
「いくら?」
「……いくら? すみません。いくらのおにぎりは品切れだったので鮭おにぎりを買ってきました」
全く、瀬能先輩はぽんこつ可愛いなぁ。
なんて思っていたらどうやら俺の勘違いだったらしく……、
「ちがうの! おかねいくらだった、ってきいてるの! ごまかさないで!」
頬っぺたを膨らませてぷんすこと怒り出した。といっても、もちろん本気で怒っている訳ではないが。
……おぉぅ。割と真面目におにぎりの具に対してのことだと思っていたので、誤魔化そうなんて全然考えていなかった。
ただここでお金を払ってもらうのもなんとなくカッコがつかないので、何か良い案はないものか。
……思考すること数秒、我ながら名案だと思う回答を思いつき、瀬能先輩に伝えた。
「先輩、これは俺が勝手にやっていることなので気にしないでください。……と言っても先輩は納得してくれないと思いますので、この借りは俺が体調を崩した時に返して下さい」
目には目を。
歯には歯を。
看病には看病を。
どこかで聞いたことがあるであろう、ハンムラビ法典に則った返しだ。
今回は瀬能先輩と一緒に出張をしているから看病ができたので、普段ならば返してもらうことはないだろう。
――別に見返りを求めて看病をする訳ではないので、この時の俺は返ってこなくていいと軽く考えながらそんなことを口にしたのだが……まさか本当に実行されるとは思ってもいなかった。まぁ、これはまた別の話だが――。
「わかった。ぜったいかえす!」
「はい。それでご飯は食べられそうですか? 薬を飲むので少しでもお腹に入れられればいいのですが」
「あんまり……へってない」
瀬能先輩をベッドに座らせてからコンビニ袋から買ってきたものを取り出す。
「そこは頑張って食べてください。ゼリーとおにぎりだったらどっちがいいですか?」
マスカット味の飲むゼリーを取り出してから、次におにぎりを見せたら瀬能先輩が食いついた。
さすが鮭好きの瀬能先輩だ。こんな時でも鮭ならいけるらしい。
「しゃけ!」おにぎりを指差してニコニコしている瀬能先輩
「分かりました。はい、どうぞ」
鮭おにぎりを手渡してから冷却ジェルシートを冷蔵庫にしまっていたら、布団が捲れる音がしたので振り返る。
――すると瀬能先輩の姿が無くなっていた。……正確に言うと掛け布団に頭まですっぽりと入って、俺の視界からは消えていた。
「何してるんですか先輩」
ベッドの上には鮭おにぎりとゼリーがポツーンと取り残されていた。
この行動から察するに……どうやら瀬能先輩はご飯を食べる気がないらしい。
「…………」布団の中でもぞもぞと動いている瀬能先輩
「ご飯食べないと風邪治りませんよ?」
「…… 」
布団が左右に揺れているので恐らく中で、イヤイヤと顔を左右に振っている気がする。……なにこの可愛い生物。
ずっとこのまま眺めていたい気もしたが、さすがにそれをやっていては看病の意味がないので、ベッドの横に移動してお布団星人と化した瀬能先輩に話し掛ける。
「でも食べないとダメですよ?」
「 ……」
「分かりました。それならば俺にも考えがあります」
「…… 」
「布団から出てこないと実行しちゃいますよ?」
「…… 」
瀬能先輩……ではなく、お布団星人は何やら掛け布団に絶対的な自信を持っているようなので、俺はそのガードを取り払うべく作戦を実行した。
スマホを取り出して、耳に当ててわざとらしく言う。
「あ、突然失礼いたします。リーンスティアの弓削ですけれど……」
「……!?」ビクンと揺れるお布団星人
「……はい、お疲れ様です。村田様……」
「―― 」プルプルと揺れているお布団星人
よし。食いついているな。
あともう一息だ。
「本日キャンセルさせていただいた飲み会なのですが、瀬能が行ってこいとのことで、申し訳ありませんが今から合流させていただ――」
「――だめぇーっ! ゆげくん、いっちゃ、やだぁーっ!!」
ガバッと掛け布団が捲れたかと思いきや、お布団星人と化していた瀬能先輩が泣きそうな顔をしながら飛び出してきた。
そのままの勢いで俺に飛びつくように抱き着いて、通話を妨害するようにスマホのマイク部分で、
「やだやだやだぁーっ! ゆげくん、とらないでっ! いっしょにいてぇーっ!!」
喚き続けた瀬能先輩。
……うぐっ! やっぱり風邪ひいた状態の瀬能先輩はいつも以上に子供っぽくて、ギャップがヤバすぎて俺、昇天しそう。
ようやく出てきてくれたのでスマホをベッドに放り投げてから、逃がすまいと瀬能先輩の背中と膝の裏に手を入れて持ち上げた。
俗に言うお姫様抱っこだ。
瀬能先輩は思っていた以上に軽くて、ちゃんとご飯を食べているのか? と少し心配になった。
「罠にかかりましたね、先輩」
「…………!?」
未だに事態が呑み込めていない瀬能先輩は、顔を真っ赤にして俺のことをぼんやりと見つめてくるだけだった。……いかん。興奮させ過ぎて熱が上がってしまったようだ。
「降ろしてほしいですか?」
「うぅぅぅっ!! ゆ、ゆげくん………おろして! はずかしいからぁ!」
ようやく現状を理解した瀬能先輩がジタバタともがくが、抱き上げたまま諭すように優しく声を掛ける。
「ならばご飯を食べると約束してくれますか?」
「す、する! するからぁーっ! おーろーしーてーっ!」
「分かりました」
ゆっくりとベッドに降ろしてから、掛け布団を瀬能先輩の下半身に掛け、ポツンと置かれていた鮭おにぎりを渡す。
さすがにもうお布団星人化するつもりは無いらしく、素直に鮭おにぎりを持って――、
「ゆげくんが、いじわるしたぁ……だから……ひとりでたべたくないっ!」
プイっとそっぽを向いてしまった。
……どうもイジけてしまったっぽい。それに「ひとりで食べたくない」とはどういうことなのか?
「それならばどうすれば食べてくれますか?」
「……そのまえに、あたまなでて! ちょっとおこってる!」
「はい」
言われた通り頭を撫でてみたら、瀬能先輩が俺の手の感触を楽しむように目を細めてくすぐったそうにしていた。……やめて! そんな反応されたら俺の理性が塵になっちゃう!
一頻り撫でられることを楽しんだ(?)瀬能先輩は、ゆっくりと俺の方に向くと鮭おにぎりを渡してきた。
「ゆげくん、あけて」
「ま、待って下さい。それなら一旦手を洗ってきますので」
「……まってる!」
理性が溶けかけていた俺はそう言って洗面所に逃げ込み、手を洗うついでに顔に冷水をかけてクールダウンを図った。
落ち着け。
まだ始まったばかりだ。
こんなところで躓いていたら間違いなく……死ぬぞ。
気合を注入するために両頬を軽く叩いてから、瀬能先輩のもとに向かう。
「……ほっぺ、あかいよ?」
「なんでもありません」
緊張と動揺を悟られぬよう瀬能先輩の隣に腰を下ろして、鮭おにぎりを受け取る。
なんてことのない封を開ける動作すら若干ぎこちない。
「開きましたよ先輩」
「……あ~ん」小さく口を開けている瀬能先輩
「な、何してるんですか? ちゃんとひとりで食べてください」
自分で言ってみてようやく理解できた。
瀬能先輩は自分で食べるつもりがないらしい。
確かにおかゆなどを病人に「あ~ん」とすることは間々あるが、そもそも食べやすいおにぎりでそれをする必要はあるのか?
……自分で食べた方が絶対食べやすいと思う。
「や・だ!」
凄い分かりやすくハッキリと拒否されたので、逆にちょっと面白かった。
とにかく「あ~ん」をすれば食べてくれるのならば、俺が恥ずかしがっている訳にはいかないよな。
優先すべきは瀬能先輩の体調を回復させることだ。
俺はごくりと息を呑んでから、雛鳥のように口を開けて待つ瀬能先輩に「あ~ん」を実行した。……以前ランチをした際にカルボナーラでやった時よりも、ふたりきりで密室空間だからなのか、余計に緊張した。
「先輩……あ、あ~ん」
「あ~ん…………」もぐもぐしている瀬能先輩
瀬能先輩は相変わらず少量を口に含んでから、長いこともぐもぐしてから飲み込んだ。……食べてる姿が可愛いって何なんだろうな本当に。反則かよ。
「……おいしぃ♪ ……あ~ん」
「は、はい」
「…………ゆげくん、なでなでして」
「え? 分かりました」
「ゆげくん、てつないで? ……あ~ん」
「はい」
こうして俺は瀬能先輩のスローペースな食事が終わるまで、ひたすら「あ~ん」をやったり、言われるがまま頭を撫でたり、手を繋いだりと……、
「メス」
「はい」
「汗」
「はい」
といった手術中の助手になった気分で「これはオペだからしかたがないのだ」と己に言い聞かせて、何とか乗り切ったのだった。
書籍化作業もそうですが、本業も期末が近づいていてヤバイです……
プレゼンやらデザインレビューやらがいっぱいでたのしいな!(白目)