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25 『本当は寂しくて、いじけているだけ』

 急いで待合室に戻り、瀬能先輩の姿を探していたら突然、背後からかなり強い力で抱きしめられた。

 一瞬焦ったが、花のような甘い香りと押し付けられる女性的な部分で、見るまでも無く瀬能先輩であることが分かった。

 瀬能先輩は非力で尚且つ体調が悪いというのに、ここまで強く抱きしめてくるということは余程の不安を与えてしまったらしい。

 顔を下に向けると瀬能先輩の細い腕が俺の胸元でシッカリとクロスされていて「もう絶対に離れない!」と、言っているように見えた。


「先輩?」

「……どこもいかないって、いったぁ…………どこもいかないって、やくそくしたもんっ!」


 俺の背中に顔を押し付けているので、瀬能先輩の熱い吐息がほとんどダイレクト伝わってくる。

 怒っているのか、それとも悲しんでいるのか。

 声の調子だけでは判断がつかなかった。


 ただひとつ分かっていることと言えば、俺が全面的に悪いということだけだ。

 体調不良で身体的にも精神的にも弱っていた瀬能先輩を約束していたのにも関わらず、結果的にひとりにしてしまったのだ。

 これは直ちに謝るべき案件だろう。


「すみませんでした。村田本部長に飲み会を欠席させていただく連絡をしていました」

「…………」


 俺の謝罪だけでは不満なのか瀬能先輩は抱き着いたまま、無言どころか無反応を貫いている。

 もしかしたら本気で離れるつもりがないのかと、逆にこっちが心配になってきた。


 ここは夜間診療も受け付けている大きめの病院なので……人も多いのだ。

 そんな中、待合室の出入り口の横でスーツ姿のモデル体型の女性が、同じくスーツ姿の男をバックハグしているこの異様な状況。

 一言で表すと、カオス、である。


 ……一体何が言いたいのかというと、そんなカオスを作り出しているので、周囲にいる人達からの視線がとんでもないことになっているのだ。

 大半は興味本位。

 一部は好奇の眼差し。

 ごく一部は名状し難い生温かい視線をこちらに向けている。


 瀬能先輩が吐息をダイレクトアタックしてくるのもあるが、何とも背中がむず痒くなるような感じだ。

 気まずいというより、圧倒的に恥ずかしい。


「先輩、一旦離れてもらえますか?」

「…………」背中くっつき虫になった先輩

「あの……先輩? 聞こえてますか?」

「…………」背中くっつき虫のまま微動だにしない先輩


 ……あかん。

 瀬能先輩が一切反応しない。

 これはかなり怒らせてしまった可能性がある……。

 今のところ俺は最高でも3パーセントしか瀬能先輩を怒らせたことが無いので、全く想像がつかない。

 今更になって重い後悔が胸中を占めてきた。


「先輩……今何パーセントくらい怒ってますか?」

「………… (きゅう)――」


 9パーセント!?

 過去最高の3パーセントから3倍増だなんて、これはかなり怒って――、


「―― (じゅうきゅ) (うぱーせん) (と!!)


 【悲報】瀬能先輩が激おこぷんぷん丸【怒りゲージ99パーセント】


 ……なんて冗談のテロップを脳内で流して、何とか落ち着こうと足掻く。

 ようやく喋ってくれたかと思いきや、どうやらカンカンに怒っているらしい。

 これは終わった。

 約束を破ったので当然と言えば当然だが、心が折れそうだ。

 もはやどう許しを請えばいいのか分からないレベルだ。


「……どうすれば許していただけますか?」


 自分でもズルい選択肢だと思ったが、瀬能先輩の怒りが収まらない事の方が問題なので開き直った。


「……きょ――」

『――受付番号114番でお待ちの瀬能さん、受付番号114番でお待ちの瀬能さん。受付窓口までお越しください――』


 瀬能先輩が何か言いかけたところで、スピーカーから呼び出しを告げるアナウンスが流れた。

 せっかく怒りモードからシフトしてきたのに、タイミングが悪い。今聞いておかないと今度はいじけモードに突入してしまうような気がする。

 ……だからといって呼び出しを無視するのは言語道断だ。


「先輩、受付に呼ばれているので一旦離れてください」

「……だめ! はなれたら、またゆげくん、どっかいっちゃうもん!」


 熱があって辛いはずなのに瀬能先輩が更に強く抱きしめてきた。

 ここでどんなに安心させるようなことを言っても、約束を破ってしまった前例があるので俺は素直に従うことにした。それに余計に興奮させても何もいいことはないはずだ。


「分かりました。ではこのまま歩いて行きますので、準備はいいですか?」

「うんっ!」


 めちゃくちゃ嬉しそうな返事の後に「むかできょうそう」と、そわそわしているような声音の呟きが背後から聞こえてきた。


 ……何度も言っているがここは病院である。

 そんな場所でスーツ姿の男女が密着しながら歩き始めたら一体何が起きるか。

 答えは簡単だった……。


「ママー! あのおにーちゃんとおねーちゃん、ムカデきょうそうしとーよ!? まいもいっしょにムカデきょうそうしたいっちゃけど!」

「……麻衣(まい)ちゃん、あれはとっても仲良しさんじゃないと、一緒にやったらいかんとよ? よかね?」

「うん! やけんママと一緒にやりとーばい!」

「あ、あはは……」


 そんな親子の微笑ましい会話やら。


「あのふたりなんばしよっとー? ばり面白いっちゃけど!」

「……あー。ただのバカップルやん。こんな平日になんしとんのやろ?」

「バカップルとか、羨ましかー……って抱きついとー人、スタイルばりよーない?」

「――ほんとやん! ばり良き! 良き良きの良き!」

「「…………」」

「「……はぁ。爆発してくれんかなー」」


 学生と思わしき女性同士の会話などが聞こえてきた。


 ただでさえ注目を集めていたのにこんな行動をしたら……俺だって見るだろうしなんだったら「爆発しろ」と言いたくなる気持ちも分かる。


 ……だが待ってほしい。

 俺と瀬能先輩は別に付き合っている訳でもないのだ。

 このムカデ競争状態も贖罪を行っているだけなので、もしかしたらこの羞恥プレイも罪滅ぼしの一環なのかもしれない……冗談だが。


 それから俺のことをバックハグしたまま器用に会計を終えて、処方箋を受け取った瀬能先輩はようやく背中から離れた。


 やっと解放されて密かに安堵の胸をなでおろした。……よく耐えた俺。


「……さらざっく、はいごうかりゅう……」


 処方箋をしかめっ面で眺めた瀬能先輩は思い出したように顔を上げて、焦ったように俺の手を掴んできた。

 ギュッと握ってからニコリと微笑んで。


「ゆげくん、いたっ!」


 安心したように言葉を零す姿は、迷子になった幼い子が親を見つけたようなそんな反応だった。

 普段は冷静沈着(クール)美女(ビューティー)で。

 素は可愛くてぽんこつ天然。

 そして風邪を引いた時は幼子のような反応をする瀬能先輩。


 とにかくギャップが凄まじい。

 もし会社の人達に見られたとしても、誰ひとりとして同一人物だと思わないだろう。恐らく真剣に「双子でもいたのか?」と首を傾げる様が容易に想像できる。


 ……ヤバイ。瀬能先輩が素直に甘えてくるのはさすがに理性が持ちそうにない。


 そんな一抹の不安を胸に薬局で薬を貰ってから、ホテルにチェックインしたのだった。

弓削くんに甘えたいけど、

放置プレイされていじけて、

それでもやっぱり構ってほしくて、

ただただくっついていたくて、

色々ごちゃまぜになった結果、だだっ子になる瀬能先輩。

……麻衣ちゃん(5歳児)並みに甘えん坊と化す……!

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