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24 『……ゆげくん……どこ?』(待合室でぽつーんとしている瀬能先輩)

「お客さん、病院着いたばい」


 病院に着いてスヤスヤと眠る瀬能先輩を起こすのは少し心苦しかったが、そうも言っていられないのでなるべく優しく起こした。


「ありがとうございます。……先輩、病院に着きましたよ」

「……ん? びょう、いん?」


 高熱でボンヤリとしているのか、それとも寝起きでボーっとしているからなのか……はたまたその両方ともなのかは分からないが、瀬能先輩は顔を上げると目を瞑ったまま首を傾げていた。うん、とりあえず可愛い……じゃなくて、気持ち程度の睡眠をとっても呂律は怪しいままだった。


「はい、病院です。降りられますか?」

「びょういん……」

「そうですよ」


 そこで瀬能先輩の表情が今までに見たことのないようなものに変化した。

 極限まで眉根を寄せ、口をツンとすぼめて、ジト目で俺のことを真っ直ぐに見つめてきた。

 例えるならば、とてつもなく苦いもの食べた時のような、渋い表情だ。

 瞬きもせずにこちらを見てきているので瀬能先輩の背後に、ジー、っという文字が浮かんで見えそう……、


「じー」


 とか考えていたら瀬能先輩が本当にそんなことを口にしたので、俺も思わず「……はぁ。先輩可愛過ぎますよ」なんて零しながら、抱きしめてしまった。


 ……え……抱きしめてしまった?


 ――って何やってんだ俺!? 気を緩めすぎだろッ!?


 ハッと気が付いた時には既に手遅れだった。

 俺の腕の中には悪寒を感じて縮こまっている瀬能先輩が、プルプルと震えながらすっぽりと収まっていた。 


「……ここが、びょういん! ゆげくんが、せんせ――」

「――お、お客さ~ん? はよ病院行った方がよかよ?」

「す、すいません!! 先輩、降りますよ」


 俺が瀬能先輩を抱きしめながら固まっていたら、申し訳なさそうな顔をしたタクシーの運転手が正論を言ってくれた。

 あまりの気まずさに背に回していた手を勢い良く開いて、天井にぶつけてしまった……死ぬほど恥ずかしい。


 瀬能先輩は何故か「……むうぅぅぅっ!」と唸りながら、渋々と言った様子で俺の手を掴みながらタクシーから降りてくれた。

 運転手からふたり分のキャリーケースを預かり、もう一度「ありがとうございました」と伝えてから、コロコロと牽きながら病院へ。


「ゆげくん、て!」腕をピーンと伸ばして俺の方に向ける瀬能先輩

「キャリーケースを引いてるので無理です」


 瀬能先輩は俺とどうしても手が繋ぎたかったらしく、ムスッと膨れながら「わたしよりも、きゃりー……とった」と、どこかの歌手のようにキャリーケースのことを呼んでいた。

 ふくれっ面の瀬能先輩は充分可愛いのだが、モノに対してやきもち? を焼くのはどうなのだろうか?

 ……おそらく風邪が辛すぎて甘えたがりになっているんだろうけど、俺の理性が爆発する恐れがあるので正直やめてもらいたい。


 トボトボと後ろをついてくる瀬能先輩を気にしながら、外来受付に向かう。


「本日はどうなさいましたか?」

「……おねつがでて、かぜ?」


 受付の看護師さんの問い掛けに、俺の陰から恐る恐る顔を出した瀬能先輩がボソッと答えていた。

 ……というか「お熱」って答え方反則でしょ。高熱のあまり瀬能先輩がどんどん子供っぽくなっていっている。

 早くどうにかしないと俺が持たない……! 俺を助けてください先生!


 その後保険証を渡し、ベンチに並んで座りながら診療申込書を記入していたのだが……、


「ゆげくん! のみかい……いっちゃ――やだぁ」


 突如思い出したように顔を上げた瀬能先輩が涙目になりながら懇願してきた。

 言われなくてもこんな状態の瀬能先輩をひとりにする気はなかったので「行きませんよ。今日は先輩の看病をさせてもらってもよろしいでしょうか?」と、逆にお願いをした。


 ……そういえば17時半を過ぎているので、そろそろ村田本部長に断りの電話を入れないとマズいな。


「……ん! いっしょ、いてくれるの?」

「はい」

「のみかい、いかない?」

「行きません」

「……んっ♪」


 途端に上機嫌になった瀬能先輩はスラスラと診療申込書を書き上げ、順番が来るまで足をブラブラさせたり、時折俺に寄り掛かって「ふんふんふふ~ん♪ さ~もん♪」鼻歌を口ずさんだりしながら待っていた。……今さりげなく「サーモン」って言ってたような?

 とにかく少し元気が出たようで何よりだ。


 その後診察室までついてきてと瀬能先輩に言われたが、そこはさすがに断った。……言わずもがな俺の理性が木っ端微塵になる可能性があったからだ。

 何度も「どこもいかない?」と確認してくる瀬能先輩に「どこも行きませんよ」と声をかけて見送ってから、村田本部長に電話を掛けるために病院の外へ。


 6月中旬ということもあり、辺りはまだ明るい。

 これからうだるような暑さが待っているのか……嫌だな。

 なんてことを考えながら村田本部長から頂いた名刺を取り出し、書かれていた携帯番号に掛けた。

 するとワンコールもしないうちに『お電話ありがとうございます。ユビノ・ホールディングスの村田でございます』と、フォーマルな口調の村田本部長が出た。キャリアウーマンモードのカッコイイ村田本部長だ。


「先程はご対応いただきましてありがとうございました。リーンスティアの弓削です」

『瀬能ちゃんのところの弓削くん?』

「はい、そうです」

『よう電話できたっちゃね? 瀬能ちゃんにくらされんかったと?』


 うん? どういう意味だ『くらされんかった』って? それともうキャリアウーマンモードじゃなくなってしまった……悲しいような嬉しいような。


「すみません。くらされんかった、とはなんでしょうか?」

『……あら、ごめんなさい。芹葉ちゃんにぶたれなかったかってことを聞いたのよ。こっちの方言で、くらすぞ! というのはぶん殴……ではなくて、ぶっちゃうよ! って意味なの』


 ……今絶対、ぶん殴るぞ! って言いかけたぞこの人……おっかねぇ。


「そうだったんですね。ひとつ勉強になりました。ありがとうございます」

『……ふふっ♪ 分からんことがあったら聞いてよかけんね? お姉さんが優しゅう教えちゃるけん』


 電話越しだが村田本部長がニコニコ笑っているのが容易に想像できた。

 それと同時に何故か鳥肌が立ったんだが?


「そ、それでお伝えしなくてはならないことがありまして、お電話させていただいたのですが……」

『なんね? はようお姉さんと一緒に飲みたかったと? ……弓削くんとやったらなんでん奢っちゃるよ?』

「いえ、それが……瀬能が体調を崩しまして――」

『――え? あの仕事の鬼みたいな瀬能ちゃんが体調崩したと?? ……ほんに?』


 かなり驚いているのが伝わってくる。

 それにしても仕事の鬼って……まぁ、鬼のように仕事をしているので分からなくもないけど。


「はい。本人も初めは、飲み会に行く、と言ってきかなかったので、無理矢理病院に連れてきた次第です」

『あらら……それは瀬能ちゃんには悪かことしたとね……。うちが焚き付けたけ、瀬能ちゃんも引くに引けんかったんやろうね』


 いまいち要領を得ない回答だったが、どうも村田本部長のおかげで瀬能先輩は飲み会に行こうとしていたらしい。……実は瀬能先輩は村田本部長と飲むのを楽しみにしてたのか?


「は、はぁ」

『それで弓削くんはどうすると?』

「……せっかくお誘いいただいたのに誠に申し訳ありませんが、辞退させていただいてもよろしいでしょうか?」

『――よう言うたっちゃね! それでこそ男ん子やね! これで彼女ば放り出して、飲みに来るなんて言うたら、うちがくらすところやったばい』

「え!? 彼女だなんてそんなことないですよ!」


 どうも村田本部長が猛烈な勘違いをしている。


 あんなに仕事も出来て、超絶美人で、おまけに頭脳明晰なのに天然で可愛い瀬能先輩が俺の彼女だって?


 ……ないない。

 ある訳がない。

 それだったらまだ宝くじで1等に当たる方が現実味があるというものだ。

 そもそもそういった対象として見られているのかも怪しい。

 瀬能先輩からしたら俺なんて部下の新卒(ペーペー)としか思っていないだろう。……自分で考えてみて悲しくなった。何やってんだ俺。


 それとさりげなく村田本部長が『くらす』って言ってたような……。


『またまた~。照れんでよかよ? それともなんね? 社内恋愛禁止やけん隠しとーと?』


 ……社内恋愛禁止!?

 え!? うちの会社って社内恋愛禁止なのか!?

 マジで!?


「うちの会社って社内恋愛禁止なんですか!?」

『……ふふっ♪ 弓削くん勘違いしとーよ? うちは社内恋愛禁止やけん隠しとーと? って聞いただけっちゃけど?』


 や、やらかした!

 冷静に考えてみれば他社の村田本部長がそんなことを知っている訳がない!

 今すぐ記憶を消し去って東京に逃げ帰りたいぐらい恥ずかしい。


「すみません! 忘れてください!」

『かぁ~っ! 弓削くんかわいか~っ! 弓削くんは瀬能ちゃんのこと好きなんね? 瀬能ちゃんには秘密にしといちゃるけん、お姉さんに言うてみんしゃい』

「……お、俺は瀬能先輩のことが…………って言いませんよ!?」


 あぶねぇ!

 危うく流れで言わされるところだった……村田本部長マジでおっかねぇ。


『あら~残念。ばってんうちにはバレバレやけんね? うふふっ♪』

「……それでは申し訳ありませんが、本日の飲み会は瀬能共々不参加とさせていただきます」

『よかよ。そん代わりちゃんと看病しちゃるんよ? 後はうちが東京に行った時は必ず飲みにくること! ……よかばい?』

「もちろんです! とっておきのお店を探しておきます!」

『楽しみにしとーけんね? ……ところでこげん長電話しとってよかと? 瀬能ちゃん、いじけとらん?』


 ――ま、マズイ!


 ……言われて気が付いた。

 いつの間にか村田本部長と20分近くも電話していたのだ。

 瀬能先輩に「どこにも行きませんよ」って言っておいたので、村田本部長の言う通り全力でいじけているかもしれない……。


「マズ……あ、ありがとうございます! それでは今後ともよろしくお願いいたします! 失礼いたしました!」

『そうね。それじゃあ弓削くん頑張りんしゃい! お姉さん応援しとるけんね! それと瀬能ちゃんにお大事に言うとって? こちらこそ今後とも仲良うしとーね』


 そして電話を切った瞬間、全力で待合室に向かったのは言うまでも無いだろう。

博多弁好き!

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