20 『弓削くん……すいとーよ?』
長くなり過ぎたので分割します。
こっちは短めで、次話は明日の20時予約投稿済みです。
空港から地下鉄に乗り、6分程で九州最大のターミナル駅である博多駅に着いた。
平日だというのにさすがに人が多く、歩くのだけでも一苦労だ。
そんな人混みの中を縫うように歩いて行く凛々しい瀬能先輩。
ハーフアップに纏めた長い黒髪を靡かせて、キャリーケースを転がしながら颯爽と歩くその姿はクール美女のキャリアウーマンそのものだった。
傍から見ていると女優さんがドラマの撮影をしているようにも見える。
現に周囲にいた人々は瀬能先輩の姿を見ると、足を止めて眺めたり、わざわざ振り返って2度見をしていたり、仲間内で「なん? あの人ばりカッコよーない?」「なんしよーと?」「あげな美人はモデルさんやろ。やけ、撮影やない?」そんな会話をしているのがこっちまで聞こえてくる。方言なのでなんとなくのニュアンスしか分からないが、瀬能先輩が美人であると言っていることは理解できた。
「弓削くんこっちよ」
「は、はい」
俺が人混みの移動に苦戦しているとそれに気が付いた瀬能先輩が振り返って一言。
ただそれだけなのに異様にカッコイイ。
今の振り向きざまの一瞬はコンサバ系のレディースファッション誌の表紙を飾れるくらい、凄みのあるカッコ良さだった。
……だが博多駅の改札を出る際に瀬能先輩がどや顔で財布から、はやかけん、なるICカードを取り出して使用したあげく、残額不足でオレンジ色のフラップドアに通せんぼされるという、どこかで見たような光景が再現されて、不思議と安心してしまった。
やっぱり瀬能先輩はカッコ良さと可愛さを併せ持つ矛盾した人なんだと。
それと余談だが、その後瀬能先輩が更に得意気な表情を湛えて、SUGOCAというICカードを取り出して「改札もスッとゴーで、SUGOCA!」と楽しそうに呟いていたのを見て、気が付けばいつの間にか俺もそれを買っていた。……瀬能先輩は一体ICカードを何枚持ってるんだ?
「先輩、訪問先の会社の場所は分かっているんですか?」
「えぇ。今から向かうところは何度も行っているから問題ないわ」
その言葉通り瀬能先輩は迷うことなく歩みを進める。
間違いなく方向音痴ではあるのだろうが、瀬能先輩は記憶力が良いので道順さえ覚えてしまえばなんてことないようだ。
逆にあまりにもスムーズに行き過ぎてしまい、近くのコンビニで少し時間を潰した。
「私の髪跳ねたりしていないかしら?」
「大丈夫です。いつも通り完璧です」
「もう……弓削くんはネクタイが少し曲がっているわね……私が直してあげる」
身だしなみの最終チェックを行っていたら「自分でやります」と口にするよりも早く瀬能先輩が距離を詰めてきた。
右手をネクタイの結び目に添えて、左手で角度を直しながら適度に締める。
「……新婚さんみたい?」
ネクタイを直しながら瀬能先輩が意図の読めない真顔でふと零した一言に動揺してしまった。
こんな状況下でそんなことを漏らされると否が応でも意識してしまう。
「ど、どうでしょうか?」
面白い返しでもできればよかったんだが、あいにく口から出たのはそんなつまらないものだった。
質問に質問で返す逃げだ。……さすがヘタレビビリな俺である。
「……夫婦みたい?」
「俺には分かりません」
瀬能先輩の追撃に俺は早々に白旗を上げて投了。
そんな反応に何を思ったのか、瀬能先輩はギュッとネクタイを締めあげてから……、
「弓削くん……すいとーよ?」
訳の分からないことを言っていた。
……何かの暗号か? 「弓削くん水筒よ」ってどういう意味だ?
もしかして瀬能先輩は喉が渇いて俺に「飲み物を頂戴」と言っているのだろうか?
「すみません。水筒は持ってきていませんが、ペットボトルのお茶ならありますよ。どうぞ先輩」
ビジネスバッグからペットボトルを取り出して瀬能先輩に手渡す。
今さっきコンビニで買ったものなので未開封である。
「いっ……いらんもんっ!」
「えっ?」
逆にペットボトルを俺に押し返すと瀬能先輩は眉をハの字にして口を固く結び、欧米人がやるような「やれやれだぜ」みたいなわざとらしいジェスチャーをした。……なんで俺が悪いみたいになってんだ?
「……弓削くん、そろそろ行きましょうか」
「はい」
「はぁ……」
心なしか落ち込んでいるようにも見える瀬能先輩の後に続いて、俺は歩みを進めた。
急性喉頭炎で声が完全につぶれました……今日会社に行ったら「デスボイス怖いから帰れ」と言われて、無事お休みいただけました(笑)
やったぜ!
~ということで? レビューのお礼~
霧島様!
16件目のレビューありがとうございます!
>ベトナムのコーヒーは練乳を入れて飲むから
⇒えぇぇぇッ!?
それってMAXコーヒーと同じってことですか!?
べ、ベトナムに行ったらぜひ飲んでみたいです(……ゴクリ)
>*ただし、甘くない飲料などで読まれることを私は推奨したい。
⇒またまた~!
皆様にはぜひベトナムコーヒーを飲んでいただきながら、お読みいただきたいです!
虫歯にはお気を付けてくださいね!(違う)
~霧島先輩、ベトナムコーヒーで釣井先輩にトドメを指すSS~(先にごめんなさいしておきます)
霧島先輩「ベトナムコーヒーか……頼んでみるか」(カフェで発見して物珍しさで頼む)
釣井先輩「なんだ? 随分洒落たの頼むな霧島。俺も頼んでみるか」(何も知らずに注文する)
瀬能先輩「弓削くん弓削くん! 私、テラス席がいい!」(ふたりとは別で来ていた)
弓削くん「わかりましたけど……先輩! 手を引っ張らないでください! 危ないです」(手を繋いでほのぼのしているふたり)
霧島先輩「あ、すいません。やっぱり私はエスプレッソでお願いします」(ふたりに気が付いて即座に注文変更する)
釣井先輩「霧島、なんで注文変えたんだ?」
霧島先輩「飲んで見れば分かりますよ」
釣井先輩「そうなのか? じゃあ――あっまぁぁぁぁぁあ!? なんだこれ!?」
霧島先輩「ベトナムコーヒーには練乳がたっぷり入っているんですよ。他に甘味が無ければベトナムコーヒーにしたのですが……釣井先輩あれ見てください」(テラス席を指差す)
~ふたりであ~んをする弓削くんと瀬能先輩~
釣井先輩「……あま……しぬ……」(ベトナムコーヒーを飲みながら白目)
霧島先輩「あれ? ……なんでエスプレッソなのに甘いんだ?」(エスプレッソを飲むながら同じく白目)
エスプレッソと釣井先輩は犠牲になったのだ!